近年、企業や教育機関では、サステナビリティについて学び、教え、実践することが求められるようになってきた。組織のホームページを見ると、当たり前のように「サステナビリティ」の項目が作られ、その団体がいかに自然環境や地域社会に貢献しうるのかが記載されている。
企業の中には「サステナビリティ推進」を統括する部署が存在するところもある。また、Chief Sustainablity Officer(最高サステナビリティ責任者)など、サステナビリティ推進を中心となって進める役職まで登場してきている。しかし、サステナビリティとは本来、専門の部署や個人だけではなく、どの部署にも、どの人にも意識されるべきものであって、各人の努力や意識なしには、組織全体のサステナビリティ・トランスフォーメーションは成し得ない。
それでは、チーム全体にサステナブルな意識を浸透させるにはどうしたらよいのだろう。
シンガポールを拠点とする企業・susGain(サスゲイン)はそうした意識の浸透に悩む企業や教育機関のために、「アクションを浸透させる」プラットフォームを開発した。彼らが変革に用いたのは「アプリ」だった。susGainがこれまで歩んだ道のりと、アプリというツールを使ったチームの意識変容の可能性について、同社の代表であるCaloline(キャロリン)さんにお話を聞いた。
話者プロフィール:Carolin Barr(キャロリン・バー)
ドイツとオーストリアで生まれ育つ。シンガポールの永住者として、2020年2月にsusGainを設立。BコープであるsusGainは、報酬をベースとしたエンゲージメントアプリで、企業、学校、NGOなどのコミュニティ内で行動変化を促し、その影響を測定する。それ以前には、人材コンサルティング会社でアカウント・プロジェクトマネージャーとして勤務。アジア太平洋地域でのトレーニング、コンサルティング、変革管理プロジェクトのビジネス開発とプロジェクト管理全般を担当した。
気候変動のスピードは速いのに、ライフスタイルの変化は遅い。susGain誕生のきっかけ
susGainはシンガポールを拠点とする企業であり、現在4名の社員が在籍している。彼らは社名と同じ「susGain」というアプリを展開し、複数人のチームでの行動変容に焦点を当てている。具体的には、企業、学校、イベント主催者を対象に、サステナブルな「意識」を「行動」に変えるべく、創出されたインパクトを測定しているのだ。
「susGainのアプリでは、ゲーミフィケーションの考え方を取り入れています。エコな習慣に対してポイントを獲得できるようになっているのです。アプリはいわば『サステナビリティのフィットネストレーナー』のように機能し、ユーザーはゼロウェイスト、カーボンフットプリントの削減、社会的および個人的なウェルビーイングに関連するタスクに取り組むことになります。そうして獲得したポイントは、植樹、海の清掃、子どもたちへの食事の寄付などの支援に回されます」
もともと個人的にミニマルなライフスタイルに関心があったというキャロリンさん。以前在籍していた会社で、サステナビリティに関するコンサルティング業務に取り組む中で、ある問題に気が付いたという。
「気候変動、大気・海洋汚染、その他の社会問題に対する私たちの意識が着実に高まっているにもかかわらず、日常生活の一つ一つの行動までを変えるのは非常に難しい。そうすると、結果としてスピードが遅くなってしまいます。そのため、『意識』と『行動』のギャップを減らし、より多くの人々がサステナブルな生活を送れるようにしたい──そんな想いからsusGainを創設したのです」
チームで楽しく取り組む?susGainの使い方
2021年に、シンガポールではサステナビリティが大々的に国家の政策の一部に位置付けられるようになった。それが企業への警鐘にもなり、現在やっとCSR(企業の社会的責任)の考え方が浸透してきた段階だ。
susGainのアプリは、サステナブルなアクションを導入したい、あるいはすでに行っている事業の環境負荷をさらに小さくしたいと考えている企業に重宝されているという。使い方は次の通りだ。
「susGainのアプリは基本的にそれぞれの団体向けにカスタマイズして使います。まずは、企業や学校の担当者と話し合って目標設定をします。チームとしての目標を設定し、アクションの項目や、ゲームやクイズの内容、プロジェクトの期間を設定します。そのあと、チームメンバーにアプリに入ってもらい、さまざまなアクションをしてもらったのちに、最終的にはその団体でどのような変化が起きたのかをレポートで報告するのです」
「例えば、ごみの分別に関するアクションを設定したとします。アプリの中に、分別でポイントを貯められるコーナーが表示されるので、参加するメンバーは自分が分別する様子を写真でアップロードします。すると、アプリ側で「分別が適切であるか」が評価され、ユーザーにフィードバックが送られます。そして、もしそれが正しい分別であればポイントがもらえるという仕組みになっています。(※現在これらはsusGainのチーム手動でやっているが、ゆくゆくはAIによって判別できるようにするという。)」
「またシンガポールで働く人々にとっては、屋台で昼食を買い、オフィスへ持ち帰って食べるのが一般的です。屋台では多くの使い捨ての容器が使われているので、企業と相談し、自分の容器を持っていけばポイントがもらえる制度をつくったこともあります。最終的には、どれくらいのプラスチックをチーム全体で削減できたか、可視化されるようになっているのもsusGainアプリのポイントです」
「susGainが意識しているのはとにかく『わかりやすくビジュアルで見せる』ことです。会社のメンバーの中には、自社のサステナビリティレポートでさえ、読んでいる時間がないという人も多くいます。また、そんな忙しい彼らがリサイクルをするとしたらどうでしょうか。リサイクル可能なごみの回収場所がどこにあるかがわからないと、調べるのがまずストレスになり、結果手近な「燃えるごみ」として廃棄してしまうというということも往々にしてあります。susGainは、サステナビリティレポートをわかりやすいビジュアルでまとめる、回収場所を地図にプロットするなどの施策を通じて、人々の『忙しい現実』に寄り添ったアプリでありたいと思っているのです」
コミュニティ単位で環境インパクトを生み出す意味
susGainの強みは「コミュニティ」単位で環境アクションができることだと語るキャロリンさん。一人ひとりのユーザーのアクションを通じて、他の従業員や学生の家族などにもその行動を波及させることを目指している。
「ユーザーからsusGainに対する評価は、今まで非常にポジティブでした。『予想していたよりも多くのことを学んだ』『近所に今まで知らなかった(サステナブルな)場所を発見した』『ゲームの報酬がモチベーションになった』などのコメントをもらっています。特にチーム対抗のゲームに関しては、みんなが楽しんでくれているのが印象的でした」
「アプリを使った生活を通じて、シンガポールのビジネス街にリサイクルの仕組みがないことに気付いた人々がいました。彼らは自治体に打診し、リサイクルの仕組みを導入したのです。それもsusGainの成果であると言えます。合理的な説明だけでチームを動かすことには限界があります。実際に楽しい経験をしてもらうのが大切であり、それこそが一番効率的な道でもあると思うのです」
また、世代を超えたコミュニティでこそ見られる変化もあったとキャロリンさんは語る。
「子どもたちと古着の交換イベントをやったときに、私の娘が古着を嬉々として持って帰ってきました。子どもは中古品に対する偏見がなく、それを喜んで着ていました。洋服の価値は『新しいこと』だけではないなと、子どもに気付かされましたね」
2023年、susGainではシンガポール政府からの資金で、3つの教育機関をサポートし、コミュニティキャンペーンを実施した。キャンペーンは6週間にわたり、対象になったのは、ジー・アン・ポリテクニック、スイスコテージ中学校、連花小学校の3校だ。1,300人以上の学生、先生、家族がsusGainアプリの活動やチャレンジに参加し、susGainのアプリ上で2万4,000以上のアクションが生み出されたという。
「関心のないメンバー」も巻き込むためのコツ
一方の企業はどうだろう。企業では一般的に、ワークショップやクリーンアップイベントなどを通じて従業員のエンゲージメントを促進していることが多い。しかし、このアプローチは組織内の少数の人々にしか届かず、会社のサステナビリティ戦略や目標に結びつかないこともしばしばだ。
「人々がサステナブルなアイデアを気に入って、それを実践できる環境にあることと、実際にそれに参加することはまったく別の問題です。susGainではあくまで『エンゲージメント』に重点を置いており、クライアントと協力して多方面にわたる『アクション』を策定するために多くの時間と労力を費やしています。アプリの大きな利点は、大規模にエンゲージメントを促進できることにあるのです」
susGainが他のアプリと決定的に異なるところは、組織の目標をしっかりと理解し、それと日々のアクションを結びつけるコンサルティング的なアプローチにあるという。また、アプリ上のダッシュボードを通じて社員の誰でもが成果をモニタリングできるようになっているのもポイントだ。
「キャンペーンを開始する前にクライアントとKPIを設定し、キャンペーン全体を通じて『結果』をよく見るようにしています。適切なエンゲージメント戦略を見つけることが私たちのミッションであり、そのためには『キャンペーンを事業の目標に結びつけること』『適切なプロモーション』『リーダーや社内インフルエンサーの支持を得ること』なども大事になってきます」
2023年初めに、シンガポール国外に向けたアプリをローンチし、現在では国境を超えてサービス行っているsusGain。彼らが、日本でサービスを展開する日も近いかもしれない。
編集後記
当たり前のことだが、人が会社に勤めている理由はさまざまだ。そこで得られる給与によって自分の生活が保てればいいと思っている人もいれば、取り組む事業を通じて環境や社会を良くしたいと思っている人もいる。事業の中でサステナブルなアクションを広げようとする立場にある人にとっては「いま流行りのやつね」「それってお金になるの?」といった周りからの冷笑的なコメントが、やる気を削いでしまうこともあるだろう。
しかし、サステナビリティを意識せずに暮らしていくことなど、今後本当にできるのだろうか。気候変動の問題は私たちを待ってくれず、いずれすべての業界に影響を及ぼすことになるだろう。私たちが気候変動に無関心でいられたとしても、気候変動は私たちに否応なしに影響を与えてくる。いずれ向き合わざるをえない問題なのであれば、いま「楽しく」課題解決できる方法を選択し、アクションした方が良いかもしれない。
susGainはあらゆる段階において「集団の力」を用いているのが印象的だった。一部の人々が楽しそうに取り組んでいたら、それは一定の人々に波及していくものだ。そうして「日々のサステナブルなアクションも悪くないかもしれない」とより多くの人に思ってもらうことが、結果的に大きなムーブメントにつながっていくのではないだろうか。
【参照サイト】susGain
【関連記事】ロンドンの街全体がゲームに。歩いて大気汚染を解消する「Beat the Street」
【関連記事】“広告が嬉しいSNS”は存在する?ロンドンの寄付型ソーシャルアプリ「WeAre8」