【イベントレポ】環境負荷データから、サーキュラーな製品・サービスのあり方を描く。 LCAからはじまるビジネスデザインワークショップ

Browse By

もし私たちがこのままの生活を続けると、2060年には2017年と比べて約2倍の資源が必要になると言われています(※1)。そんな社会のあり方を変え、製品やサービスの環境負荷を削減し、サステナビリティを製品の価値として訴求しようと、今さまざまな企業が取り組みを進めています。特に、設計段階から廃棄物・汚染を出さないようにし、原材料と製品の価値を高く保ちながら使い続け、自然の再生までを目指す「サーキュラーデザイン」を通して、直線型だったビジネスモデルを循環型のモデルとして捉え直す動きが各業界であるのです。

しかし、その実践においては一筋縄ではいかないケースも多々存在します。例えば、製品の耐久性を高めるために使用した複合素材によりリサイクルが難しくなったり、リサイクルのための製品回収がユーザーの手間となり、顧客体験を損ねてしまったりすることもあります。

そこで、IDEAS FOR GOOD Business Design Labと株式会社メンバーズによる、脱炭素を実現するための共創型デザインプログラム「Climate Creative Co-Creation」は、製品・サービスのライフサイクル全体における環境負荷を客観的に評価する手法「LCA(ライフサイクルアセスメント)」で算出されたデータを元にサーキュラ―デザインのアイデア創出を行うワークショップを開催しました。

本ワークショップには、サービス開発やサステナビリティ推進、経営に携わる方々にもご参加いただき、実際のLCAデータを参照しながら特定された課題をもとにサーキュラーな製品・サービスデザインのアイデアを創出。またユーザー体験も考慮しながらそのアイデアをブラッシュアップするという一連の流れを体験しました。

ビジネスデザインで考慮すべき4つの視点。

ビジネスデザインで考慮すべき4つの視点。今回のワークショップでは特にSustainabilityとDesirabilityに焦点を当てた。

LCAの意義とは?

そもそも、LCAとは何でしょうか。その意義はどこにあるのでしょうか。

LCAは、「製品やサービスのライフサイクル(原材料調達、製造、流通、使用、廃棄・リサイクル)を通じた環境への影響を評価する手法(※2・※3)」と定義されています。では、ライフサイクルを通じた環境への影響を評価することの意義はそもそも何でしょうか。

今回のワークショップのファシリテーターの一人である我有才怜さん(株式会社メンバーズ)は、「LCAを通して環境負荷データを算出することで、その製品・サービスの環境負荷が高いステージを知ることができ、それに基づいた開発や判断ができる」と言います。

例えば、公表されている東芝グループの電化製品のLCA結果(下図)を見てみましょう。

東芝グループ製品における、ライフステージ別環境負荷

東芝グループ製品における、ライフステージ別環境負荷
(出典:LCA日本フォーラムニュース「東芝グループの環境経営」※4)

これを見ると、SDメモリーカードは製造における環境負荷が大半を占める一方で、ノートPCは材料調達における環境負荷が、家庭用エアコンは使用における環境負荷が高いことが分かります。つまり、どのライフステージの環境負荷が高いかは製品によって異なるのです。

こうしたデータを参照することで、環境負荷低減に向けてより効果的な開発戦略を立てることができます。逆に言えば、こうしたデータがないと、例えばノートPCの開発において「製造時の環境負荷低減策を進めていたが、実際に環境負荷が大きいのは材料調達ステージだったので全体のインパクトは小さいまま」という結果にもなりかねません。

ライフサイクル全体における環境負荷を把握することで、検討しているアクションが本当に求めるインパクトにつながるのかを知ることができます。さらに、「環境に良いと考えていたアイデアが、実はより環境に負荷をかけていた」ということがLCAを通して見えてくることもあります。

実際、2023年にレゴが廃ペットボトル由来のブロック開発を断念した事例があります(※5)。レゴによると、廃ペットボトル由来のブロックを製造するためは工場機械の整備や乾燥の工程に大きな環境負荷がかかり、従来のブロック製造と比べてライフサイクル全体での環境負荷がむしろ大きくなってしまうことが、LCAによる環境負荷評価の結果分かったそうです。

解説をする我有さん

Photo by Ryuhei Oishi

この結果を受け、現在レゴは別のリサイクルプラスチックや生物由来の素材を使用した製品開発を進めています。データ算出を通して自社の取り組みが求める結果につながるのかを確認し、場合によっては新たな方向に舵を切る必要性が可視化されることも、LCAの大きな意義だと言えるでしょう。

さらに、これまで見てきたようなLCAデータの活用したよりよい製品・サービス開発だけでなく、データを用いてのコミュニケーションや算出過程そのものがサプライヤーや社内とのコミュニケーション機会にもなり、エンゲージメントを高める効果もあると我有さんは言います。また、データに基づいたマーケティングはグリーンウォッシュ回避や顧客との信頼関係構築などにもつながるそうです。

歯ブラシの課題を、LCAデータから読み取る

今回のワークショップでは、歯ブラシを題材として実施しました。人は一生の中で約300本の歯ブラシを使うとも言われています。では、現状の歯ブラシの環境負荷を減らすためにはどのようなリデザイン戦略が考えられるのでしょうか。

まず初めに、英国歯科医師会の機関誌に掲載された、英国におけるプラスチック歯ブラシ、竹歯ブラシ、電動歯ブラシのLCAデータが参加者に配布されました。

プラスチック歯ブラシ、竹製歯ブラシ、電動歯ブラシそれぞれのライフサイクルにおける、16項目のLCA算出結果

プラスチック歯ブラシ、竹製歯ブラシ、電動歯ブラシそれぞれのライフサイクルにおける、16項目のLCA算出結果
(出典:Alexandra Lyne「Combining evidence-based healthcare with environmental sustainability: using the toothbrush as a model」(Climate Creative運営事務局にて編集)(※6))

データを見つめる参加者

Photo by Ryuhei Oishi

温室効果ガスだけではなく、水の使用や発がん性物質など、16項目に渡りデータが算出されています。配布された資料をじっと見つめる参加者からは、「電動歯ブラシが、多くの項目で輸送時の環境負荷が高いのは意外」「廃棄時の環境負荷がいずれの項目でも小さいことは新鮮だった。これまで環境負荷のことを考えたとき、廃棄に目が行きがちだった」という声が上がりました。データを見ることで初めて気付くことがあったようです。

さらに、温室効果ガス排出と水の使用、発がん性物質による環境負荷に特に着目したデータも配布され、どうしてこのようなデータとなったのかをチームでディスカッションします。「輸送時の環境負荷は『距離』によるものなのか『量や重さ』によるものなのか」、「竹の温室効果ガスは、その竹の成長における吸収でオフセットされるのではないか」、「パッケージの環境負荷もあるのではないか」など、データを起点に多様な視点を考慮しています。そして各チームで特に注力する課題を特定し、いよいよそれを解決するデザインを考えていきます。

LCAデータを見る参加者

Photo by Ryuhei Oishi

環境負荷の80%はデザインの段階で決まっている

今回のワークショップで強調されたのが、デザインの重要性です。世界的なサーキュラーエコノミーの流れを牽引するイギリスの団体、エレンマッカーサー財団は、「製品の環境負荷の80%はデザインの段階での意思決定によって決まる」と言います。いかに製品やサービスをデザインするかで、その環境負荷の大半が決まってしまうのです。

そこで、デザイン段階から環境負荷を考慮するものとして注目されているのが、サーキュラーデザインに基づく製品・サービスづくりです。サーキュラーデザインとは、廃棄物・汚染を出さず、原材料と製品の価値を高く保ちながら自然を再生させるデザインのことで、これまで廃棄されていたものや無駄になっていた資源やエネルギーなどの活用も軸の一つとなっています。

では、実際にどのようにデザインを進めていけば良いのでしょうか。今回は「Circularity DECK(サーキュラリティ・デッキ)(※7)」というカードを用いてサーキュラーデザインのアイデアを創出していきました。

サーキュラリティ・デッキとは、オランダ・マートリヒト大学で循環型ビジネスモデルのイノベーションに関する研究に従事するJan Konietzko(ヤン・コニエツコ)教授が開発した、廃棄物を出さないことを前提とするサーキュラーデザインのアイデア創出の手助けとなるツールです。それぞれのカードには、5つの資源戦略と3つの階層のうちひとつずつをかけ合わせたアイデアや視点、その事例が書かれており、サーキュラーデザインの発想をサポートする作りになっています。

サーキュラリティ・デッキ

Photo by Ryuhei Oishi

サーキュラリティ・デッキを思考の足掛かりとしながら、チーム内でアイデアを出し合います。「部品の数を減らせないか」「効率よく輸送できるよう、互い違いに重ねられるパッケージはどうか」「素材を国内で調達できれば、輸送コストを減らせるのでは」「販売場所は店舗がいいのかオンラインとするか」「例えば放棄竹林問題など、他の社会課題も同時に解決できないか」。

サーキュラリティ・デッキの階層が「プロダクト」「ビジネスモデル」「エコシステム」と、ミクロの視点からマクロの視点まで設定されていることもあり、歯ブラシというプロダクトそのもののデザインだけでなく、パッケージやサプライチェーン、社会全体など、ズームインとズームアウトを繰り返しながら議論がなされていました。

アイデアをシートに貼っていく

Photo by Ryuhei Oishi

UXの視点でアイデアをブラッシュアップ

ここまで環境負荷を中心に据えながら議論を進めてきましたが、ここでユーザー体験(以下、UX)の観点を取り入れます。どれだけ環境に配慮した製品やサービスを開発しても、それをユーザーに使ってもらえないことにはそもそもビジネスとして成り立ちません。

またファシリテーターの一人である小島さんは、たとえビジネスとして成り立ってはいても、UXがきちんとデザインできていないとユーザーのマインドセットになかなか変化が起きず、より大きな社会的インパクトを生み出す機会を逃してしまうと強調します。デザインの段階で開発者とユーザーの視点を重ね合わせる必要があるのです。

そこで今回は、各グループのメンバーの一人をユーザーのペルソナとして設定した上で、カスタマージャーニーマップを使い、それぞれの段階における歯ブラシとのタッチポイントやユーザーの思考・感情を整理しました。

購入前や購入時の行動としては、ドラッグストアでうろうろ、電動歯ブラシはネットで下調べ、など。使用においては1日に何回使うのか、家庭で使うのか、旅行先に持って行くのか。回収のステージでは「どこに持って行けばわからない」という思考や「分別大変なのは嫌だな」という感情など、そのユーザーになった気持ちで考えます。

UXの視点を取り入れて議論する

Photo by Ryuhei Oishi

一連のカスタマージャーニー分析をもとに、分別の大変さや消費の早さなど各チームで課題を選定し、それに対するソリューションを考えていきます。店舗に分別・回収ボックスを置くという社会インフラを考えるアイデアや、IoTモジュールを歯ブラシに搭載して日々の歯磨き体験をデータ化し、その使用データをもとに適切な買い替え交換時期を教えてくれたり、歯医者からのアドバイスを受けられたりするというヘルスケアにまで視野を拡大したアイデアも飛び出しました。

ユーザー視点でデザインをブラッシュアップした後、もう一度環境負荷について考えてみます。「UXの観点ではサブスクリプション形式も良さそうであるが、そうすると輸送の負荷が大きくなるのでは」という意見が出たグループもあり、これにはLCAデータに触れたことによる参加者の視座の高まりが感じられました。

付箋が貼られたシート

Photo by Ryuhei Oishi

このように、データを基に環境負荷を考えたり、UXを考えてみたりと様々な視点を行ったり来たりすることで、よりクリティカルな形でデザインを推し進めることができます。この視座の高まりこそがコミュニケーション量の増加にもつながり、今回のワークショップでも休憩時間にまで「これはどうか、こういう視点もあるんじゃないか」と、議論やアイデア出しが続いていたのが印象的でした。

アイデアを出す参加者

Photo by Ryuhei Oishi

広がった参加者の視点。そしてネクストアクションへ

ワークショップの最後は、各グループからのアイデア発表と振り返りです。未利用資源の活用といったマテリアルレベルの話から、電動歯ブラシのバッテリー部分の環境負荷に着目して、持ち手部分を家族内でシェアできるようにするアイデアや、購入はハードルが高いため、まずはホテルのアメニティとして置いてつかってもらうといったビジネス展開における初期タッチポイントのデザインなど、クリエイティブなアイデアが各チームから出されました。

振り返りでは、「ペルソナを設定したことで課題の解像度が向上した」という声や、「一通り課題やデザインアイデアを考えたからこそ、またLCAデータを見たくなった」という声が聞かれました。「社内では『今やっていることをどうするか』という視点になってしまいがちだが、『できる・できない』を一度置いたうえで発散的に考えることで得た視点や気づきがあった」という意見もありました。

さらに、「今度はLCAを目的をもって特定の段階に対して使用したい」「より良いUXデザインのためにフィールドワークやユーザーヒアリングも必要だ」という声など、早くもネクストアクションに意欲を示す参加者もいました。

アイデアをシェアする参加者

Photo by Ryuhei Oishi

データ取得はゴールではない。より良いデザインのためのLCA

LCAによる環境負荷算出が様々な業界で求められる中、ともするとデータを取得することがゴールのように見えてしまうことも多いのではないでしょうか。しかしながら、大切なのはそのデータをどう活用し、気候危機の解決へのアクションにつなげていくかです。

今回のワークショップを通して、より良いデザインのためにLCAを活用するという考え方が参加者の間に生まれていたように感じます。LCAは「必要に迫られて行う」と考えられがちですが、そのデータを実際に活用してみることで「より良いデザインのために自らやりたくなるもの」だと感じられ、視野が広がるとともにこれまで持っていなかった視点を得ることで、よりクリエイティブなアイデアにつながっていきます。

▶︎LCAデータの算定や算定結果に基づくサービスデザインにご関心のある方は、ぜひこちらまでご気軽にご相談ください

※1 Global Material Resources Outlook to 2060
※2 環境省: 再生可能エネルギー及び水素エネルギー等の温室効果ガス削減効果に関するLCAガイドライン
※3 LCAが対象とする影響領域は地球温暖化(CO2排出)だけではありません。都市域大気汚染、有害化学物質、オゾン層破壊、生態毒性、酸性化、富栄養化なども評価の対象となっています。CO2排出削減のための取り組みの結果、その他の部分で負の影響をもたらさないようにすることが必要です。
※4 LCA日本フォーラムニュース「東芝グループの環境経営」
※5 Dezeen: Lego ditches plans to make bricks from recycled plastic bottles
※6 Alexandra Lyne: Combining evidence-based healthcare with environmental sustainability: using the toothbrush as a model
※7 サーキュラリティ・デッキの詳細はこちら。また、お問い合わせもこちらのページにて随時受け付けております。

【関連記事】【イベントレポ】サーキュラーデザイン戦略をカードで学べる「Circularity DECK」体験会
【関連記事】【イベントレポ】デジタル・サステナビリティの最前線。サステナブル・ウェブデザイン体験ワークショップ
【関連記事】LCA(ライフサイクルアセスメント)とは・意味

FacebookTwitter