朝起きて、朝食も適当に仕事に向かう。1日はあっという間に過ぎるが、やることは山積み。夜になっても“何かをやり遂げた感”を得られる日はそう多くなく、明日までに終わらせなければいけないことが気になって、せめてインプットだけでもしておこうと、会議の録音を聴きながら眠りに落ちる。
こんな風に時間に余裕がない毎日を過ごしていると、何かをじっくり考えるための、心の“余白”まで失われていく。「本当にこのままでいいんだっけ?」──心の中で浮かび上がってくるそんな問いも、日々の喧騒に押し流されて、きちんと聞かれることがないままにどこかへ行ってしまう。
「School for Life Compath(以下、Compath)」は、忙しい日常から一度離れ、そんな心の中の「問い」に改めてじっくりと向き合い、自己や人生、さらには自分と社会との関わり方を捉え直すための、大人の学び舎だ。
Compathは、創業者の2人がデンマークで180年間続く国民高等学校「フォルケホイスコーレ」に魅了され、さらに北海道の中心に位置する小さな町・東川町に出会ったことで生まれた。いわば「日本版フォルケホイスコーレ」と表現することもできるが、東川町の町民や参加者、関わる人々と共に作り上げてきたCompathの「学び」は、日本、そして東川町だからこそのオリジナルなものに成長しつつある。
IDEAS FOR GOODでは、2020年6月に行われたCompathの会社設立記念イベントを取材した。それから4年近くの間、Compathは東川町全体を学びのフィールドとしながら、試行錯誤を重ねて実地でのコースを開催し続け、250名を超える参加者を町に迎え入れてきた。そして2024年3月。Compath創業時から「いつかは持ちたい」と願い続けてきた自分たちの校舎がついに完成し、その扉が開かれた。
今回筆者は、この校舎の完成に合わせて開催されたコース卒業生が集まる同窓会の一部と、メディア関係者向け校舎内覧会に参加した。校舎という「場所」ができたことを機に始まるCompathの第二章がどうなっていくのか。これまでの歩みや3年の月日をかけた校舎づくりのストーリーを、同窓会の様子も合わせて追っていきたい。
「日本にもこんな学校が欲しい」衝動から始まった、東川町での挑戦
2024年4月20日・21日に新しくできた校舎で開催された初めての同窓会には、全国から約50名もの卒業生が集まった。
筆者が到着した時には、校舎はすでに同窓生やその子どもたちでいっぱいだった。机で絵を描いたり走り回ったりと自由に過ごす子どもたち、久しぶりに会えた友人と楽しそうに会話を交わす同窓生たち……筆者自身はCompathのコースに参加したことはなかったが、そんなことは全く気にならない、心地よい空間ができあがっていた。
Compathがモデルにするフォルケホイスコーレは、17.5歳以上であれば国籍や年齢を問わず誰でも入学できる「大人のための学校」だ。発祥はデンマークで、その起源は同国が民主主義国家に転換した1840年代にまで遡る。
大きな特徴のひとつは、試験も資格もない、「評価」から解放された学びが行われていること。歴史や哲学、演劇やアートまでさまざまな授業を受けられるが、その目的はあくまで知識や技術を習得することではなく、体験を通して自己や社会のあり方を探求することだ。
また、全寮制であることもフォルケホイスコーレの特徴だ。これは、他者と数ヶ月間共に暮らす中で、自分と違う意見に触れたり、他の人と意見をすり合わせたりすることを通して「民主主義(デモクラシー)的なあり方」を育むことが、フォルケホイスコーレのもうひとつの重要な役割となっているためである。
大学時代から教育に関心があった創業者の遠又香さんと安井早紀さんは、会社員だった2017年に2人で旅をしたデンマークでこのフォルケホイスコーレに出会い、ひとめぼれする。「こんな学校を日本にも作りたい」──その衝動が2人を突き動かし、2019年に縁あって東川町でパイロットコースを行ったことが、この場所で事業を始めたきっかけだった。
遠又さん「東川町の人たちは、町外から来たなんだかよくわからない“よそもの”だった私たちに対してとてもオープンで、応援してくれたんです。私たちと同じく、この町に移住してさまざまな実践を行う素敵な大人たちも多かった。そんな東川町の文化に惹かれて、『この町でやろう』と決めました」
町の人たちと共につくってきた、東川町だからこその学び舎
2020年夏、2人は東川町に移住。自分たちも町の一員となりながら、東川町との連携事業としてCompathを本格的に開始した。以後、4年の間に1週間から10週間まで、さまざまなタイプのコースを開催し、場所も人も、その良さや魅力を最大限に活かしながら、オリジナルな学びの形を試行錯誤しながら作り上げてきた。
例えば、Compathのプログラムで講師となるのは、東川町に暮らすネイチャーガイドや木工職人、アーティストといった、町の実践者たちだ。参加者は、周辺の森を探索したり、マイ箸やナイフを作ったりと、身体や五感を使った体験を通して自己を探求する。また、地域で暮らす人々の生き方にも触れることで、人生を捉え直すきっかけを得ることができる。
学びの舞台は、東川町内の施設や自然の中。講師の一人が所有する森や農園、町の中心にあるコミュニティセンター、宿泊施設まで、文字通り町全体を「学びのフィールド」としてきた。
また、プログラムには時間的「余白」も多く、考え事をしたり、町の飲食店を訪問したり町を探索したりと、それぞれが好きなように時間を過ごすことができる。町の中を回遊しながら東川町で暮らすように滞在することで、「地域との関わり方」を考えられることも、Compathのプログラムの魅力のひとつだ。
遠又さん「既存の教育は、どちらかというと必要な人材が先に定義されていて、そこに合わせた人間を作るもの。Compathでやろうとしていることはその逆で、まず『私とあなたの心地よい状態は何か』を考えることで自分の軸を作ります。それがあって初めて、社会や地球とも心地よくつながっていけると考えているからです」
集まるのは、世代もバックグラウンドも異なるさまざまな人たち。卒業生によると、Compathでは通常の上司や部下、先生と生徒のような世代間の固定された関係がなくなり、人々が肩書きを超えてフラットに出会えるのだという。参加者同士は、授業で一緒に学ぶだけではなく、余白時間を一緒に過ごしたり食事を共にして対話したりすることを通して、「共に生きること」を学ぶ大事な仲間たちだ。
2024年4月時点で、これまでのコース受講者の数は、250人を超えた。その中の60名以上が東川町へ再び訪れ、10名が町へ移住したという。また、全国各地で卒業生同士が集まって食事会を開催したり、「卒業生サポーター」としてCompathのプログラムを手伝ったりと、その関係性はコースが修了してからもさまざまな形で続いているようだ。
テーマは「共につくる」。町の人も参加者も巻き込む校舎づくり
そんなCompathが、東川町で事業を始めた当初から持ちたいと強く望んでいた、自分たちの校舎。この校舎づくりのプロセスに、関わる人たちとさまざまな形で対話を重ね、知恵やアイデアを出し合いながら皆で作り上げていく、Compathらしさがぎゅっとつまっている。
校舎の建設を主導したのは、建築家の一色ヒロタカさん(株式会社irodori)、吉田遼太さん・小堀祥仁さん(team TENT.)、Compathの中村優佑さんから成る4人の建築チーム。不動産情報を手がかりに町内の物件を見て回るところから始まった校舎づくり。「東川町の山林を購入しようとしたこともあった」と、4人は笑いながら振り返る。
そんななか、候補のひとつとして有力だった未利用施設「ラトビア館」が、2021年に東川町実施の町有地利活用事業の公募型プロポーザルの対象となり、Compathも応募を決めた。これがきっかけとなり、施設のデザインにとどまらず、「この校舎が町の中でどんな役割を持つのか」「校舎を実際にどう使っていくのか」といったところまで、初期段階から考えていったという。
一色さん「町の図書館で東川や町の歴史を学んだり、神奈川県にあるパーマカルチャーを体現した建築を見に行ったり……単純に『校舎を建設する』だけではないことを色々と実践しました。そうしたさまざまな試行錯誤を通して、町に向けて学びをひらき、町の各所を学びのフィールドとする事業運営モデルを描いていきました」
筆者が最もCompathらしいと感じたのは、このようなプロセスの中に、町民やコースの参加者まで、たくさんの人が巻き込まれている点だ。
一色さん「例えば、まだ場所も決まっていない初期段階では、東川町のマップを自分たちで作ってみました。完成したら、Compathらしく町の人を呼んですぐにワークショップを開催。『Compathの校舎が町の中でどんな存在であるか』を、マップを見ながら一緒に考えていきました」
時にはコース参加者と暮らしを共にし、Compathでの学びやプログラムについてヒアリング。建築チームがCompathのコース内で先生となり、授業を担当したこともあったという。
吉田さん「参加者の皆さんに、『Compathにとっての建築って?』というテーマを考えてもらったんです。やってみたのは、森の中に“森と対話する居場所”を作るという、4日間にわたる建築のワークショップ。東川町の家具を作る文化と重ねて、参加者みんなで椅子を手作りし、それを持って山に登り、森の中で自由に合わせて居場所を作ってみました」
一色さんによれば、この規模の建築を改修するだけであれば1年半程度で完成するという。しかし、こうしたCompathらしい3年間の寄り道的なプロセスが、関わる人を増やし、本当の意味で校舎を町とみんなのものにしていったのだと、話を聞いていて感じた。
校舎の各所にちりばめられた、Compathの時間をつくるデザイン
校舎の役割や町の未来……共に考え抜いて提案した事業プロポーザルが認められ、いよいよ計画が前に進み始めたのが2022年。町の支援を受けつつ、校舎建設に向けてクラウドファンディングも立ち上げ、300人以上の応援者たちから、720万円もの支援が集まった。
対話を通した民主的な校舎づくりを進めると同時に、Compathの理念を細分にまで落とし込み、Compathでの時間を心地良く過ごすために必要な機能が綿密に設計されていることもこの校舎の魅力だ。
例えば、入口を入ってすぐ、Compathの学びの中心にもなるリビングルームは、開放感を感じられるように、元々あった天井をなくして吹き抜けに。自然と隣の人と言葉を交わしたくなるような、心地よい空間だ。
キッチンは、Compathのプログラムで試行錯誤や対話の舞台となる大事な場所。中村さんは、「お鍋は何個?お皿はどこに入れる?冷蔵庫はいくつ必要?と、所有する物品を全て書き出して数えて収納スペースを設計したり、プログラム内での使い方をシミュレーションしたりしながら、いくつもの案を出して検討しました」と話す。
2階の「ヒュッゲ」と呼ばれるスペースも、Compathらしい時間を過ごすのにぴったりの場所だ。改修前から旭岳を望めるベストスポットだったこの場所は、紅茶を飲んで語り合ったり、寝転がってくつろいだり……と、自由に使うことができる。このスペースも、過ごし方を決めない余白のあるデザインを追求し、何度も模型を作り直しながら検討していった。
そのほか、プログラム内で使う付箋などのCompathを象徴するツールがあえて見えるようにデザインされた入口近くの収納スペースや、通りかかった人が中でやっていることが見えるようにとキッチンスペース正面にしつらえた「大きな窓とまちのテラス」など、校舎を閉じずに「外」や「町」へとひらく工夫が、随所に散りばめられている。そのたたずまいは、まさにCompathがこれからも作っていく、町とみんなと共につくる学びのあり方を表しているようだ。
関わる人が育て続けていける、「余白」のある校舎
建築チーム、町の人、参加者。たくさんの人が関わった校舎づくりのプロセスを知ると、この校舎のテーマ「共につくる」の意味がよくわかる。ただし、そのプロセスは校舎が完成して終わり、ではないという。
一色さん「普通は建築って、検討やつくっている過程は周囲から見えずに閉ざされていて、ある日急に完成してオープン!となりますよね。関係者以外が関われるのは、完成したその日の一点。でも、Compathの校舎は完成前から、キッチン、ヒュッゲ、テラス……スペースひとつひとつにたくさんの方々の想いを入れて、小さな“点”を増やしていくような作り方をしてきました」
一色さん「だから、将来的にも訪れる人にその“点”を増やしていって欲しいなと思っていて。例えば外の畑のエリアは、参加者が使うことでこれから点が増えていくようにあえて余白を残して設計しています。Compathのフィールドをみんなで育てていけたらいいなという想いで、僕たちがそのヒントを埋め込ませてもらったんです」
例えば、1階は天井材を貼らず構造や天井の骨組みをそのまま見せていて、建築関係者から見ると「未完成」だと感じられるそうだが、実は訪れる人が手を加えられるようにと残した「余白」のひとつでもある。
今後も、東川町の家具の廃材を寄せ集めて校舎の壁にしたり、外の敷地に小屋を立てたりといったことをプログラムの中で行っていこうと考えているという。校舎を育てていくのは、ここに訪れるあなた自身。「共につくる」という言葉は、これからこの校舎に訪れる人たちに向けられた、Compathからのメッセージでもあるのだ。
校舎ができて始まる第二章。「Compathらしい学び」をもっとたくさんの人に
Compathの理念や想いがまさに形になった校舎ができた今。「場所を持つと、学びの質も変わる」と遠又さん。安井さんも、校舎を使ってやりたいことは尽きないと話す。
安井さん「はじまって1ヶ月ですでに、場を持つことのパワーを感じています。町の人たちが校舎に遊びにくるたびに、キッチンを使ってこんなことやりたいね、今こんな企画を考えていて一緒にやらない?…..と、衝動が重なっていくんですよね。校舎をみんなでめいっぱい使って、町民のみなさんのやりたいことを形にしながら、豊かな社会になるよう働きかけていく場所にできたらいいな」
遠又さん「場所があることでCompathがやっていることを蓄積していけるようになるのが嬉しい。今回のような同窓会もやりたい!参加した人たちが、卒業後も関われる場所にしていきたいと思っています」
Compathでは、いわゆるマーケット分析のようなことはせず、『目の前の人のディープな声』を聴き、その声を信じて進んできた。だからこそ、今後も卒業生の声を大事にしていきたいのだという。
遠又さん「事業プロポーザルが通ったのも、コロナ禍でもコースを開催し、そこに人が集まっていることを役場が評価してくれたから。これまでのコースに参加してくれたみなさん一人ひとりがいなかったら、この校舎自体もできていなかったと思っています」
これまでがCompathの第一章だとすると、この場所を起点に始まっていくこれからは、Compathの第二章。2人は今、どんな未来を描いているのだろうか。
遠又さん「今改めて考え直したいと思っているのは、『Compathらしい学びとは何か』ということ。この4年間の試行錯誤や実験を通して、デンマークのフォルケホイスコーレをモデルにしながらも、それとは違う『Compathだからこその学びのあり方』が段々とできあがってきていると感じていて。だからこそ、『余白』『デモクラシー』『対話』……こうしたキーワードをもう一度咀嚼して、自分たちらしい言葉に落とし込んでビジョンを作っていきたいなと思っています」
安井さん「私も同じだなあ。日本だからこそ、東川町だからこそのフォルケホイスコーレに昇華することって、我ながらすっごい面白いチャレンジ!だと思っているんです。だからこそ、コロナ禍が終わって今また忙しくなってきている世の中に対してもっとCompathの価値を伝えていきたいし、続けることがひとつの目標でもあります。
そのためにも、ここから第二フェーズとして、『地域にとってCompath場所はどういう場所なのか』『参加した人の人生にとってCompathがどんな時間であるのか』ということを、もっと考えていきたい。その積み重ねで社会がどう変わってゆくかを見るのが、楽しみなんです」
編集後記
「共につくる」
Compathの校舎のテーマであり、同窓会で何度も繰り返されていたこの言葉。ここには、校舎だけではなくCompathそのものを共につくるという意味、さらには、その範囲を「地域」や「町」、そして「社会」にも広げていこうという想いが込められているのではないだろうか。
「社会をつくる」と言うと、とてつもなく大きなことのように聞こえてしまうかもしれない。しかし、Compathの校舎づくりのプロセスのように、“点”をひとつひとつ増やしていく、と考えてみるとどうだろう。なんだか自分にも、できることがありそうな気がしてくる。「社会をつくる」ということは、そんな風に身近で、誰もが持っている権利なのだ。
「自分らしく生きる権利も、生きやすく豊かな社会を作る権利も、私たちの手の中にある」
Compathが東川町から増やそうとしているのは、「自分のちいさな問い」を大切にすることで、対話を重ねながら他者と共に社会を自分たちの手で作れる人。そんな人たちが溢れたら、ゆっくりでも、社会はじわじわと「自分たちが欲しいもの」に変わっていく。そんな確信を得た訪問だった。
Compathのコースが気になった方は、詳細をチェックしてみてはいかがだろうか。
【参照サイト】School for Life Compath
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