「小さな問いから社会が変わる」北海道東川町に人生の学校をつくるCompathの挑戦

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2017年9月。はじまりは、デンマークへの二人旅。新しいものに触れて対話をし、人生を問い直した二人が旅の中で一番ときめいたのが、「大人の人生の学校」と呼ばれる、フォルケホイスコーレだった。

「キャリアって、一直線じゃなくてもいいんだ。紆余曲折してもいいんだ」「個人が立ち止まる場所を、合法的に認めている社会があったなんて」そんな感動がいつしか、「日本に問いという一歩踏み出すスペースをつくる」という会社のビジョンに変わった。

「小さな問いから社会が変わるということを、信じたい」

そう語るのは、株式会社Compath(コンパス)共同代表の遠又香さんと安井早紀さんだ。二人は今、北海道の東川町を舞台に、フォルケホイスコーレをつくろうと動き出している。6月6日にオンラインで会社設立記念イベントが行われ、二人のこれからを祝福し、多くの人が集まった。

第一部ではゲストと一緒に「なぜ今、社会にフォルケホイスコーレのような場所が必要なのか?」という問いについて考え、第二部では、Compathが創り出したい社会について話が進められた。本記事では、イベントの中から特に印象的だった部分をご紹介する。

香さんと早紀さんのデンマークの旅

香さんと早紀さんのデンマークの旅

フォルケホイスコーレが、民主主義の成熟に貢献している

フォルケホイスコーレはデンマークを発祥として北欧に広がっている、17歳以上であれば誰でも通うことができる学校だ。今回のイベントのゲストであり、現在ロラン島で食のインターナショナル・フォルケホイスコーレをつくっているニールセン北村朋子さんは「デンマークの民主主義社会がつくられているのはフォルケホイスコーレのおかげ」と、話す。

朋子さん:デンマークでフォルケホイスコーレができたのは今から175年前、民主主義社会が西ヨーロッパから押し寄せてきて、絶対王政が終わった時代でした。国民全員が社会に関わる必要が出てきて、今まで政治に関わらなかった大人も、民主主義に関わるための学びが必要になり、そうしてできたのがフォルケホイスコーレです。フォルケホイスコーレが民主主義の成熟に貢献したといっても過言ではありません。

「民衆の(フォルケ)高等学校(ホイスコーレ)」という名前の通り、フォルケホイスコーレはもともと、教育格差の激しかった1800年代前半のデンマークで「すべての人に教育を」というコンセプトのもと生まれたものだ。デンマークの教育の父、NFS・グルントヴィが理念を提唱し、同じくデンマークのクリステン・コルが実際には創始した。

民主主義の成熟度=自分の手で社会を変えられると信じている人の総量

昨年度、デンマークのロラン島で開かれた「食のフォルケホイスコーレ」短期プログラムに参加したIDEAS FOR GOODの加藤佑編集長。加藤編集長は、そこでまさに「民主主義を料理で学ぶ体験」をしたという。

加藤:民主主義で大切なことは、立場がフラットであること。まず、完成する料理が写真で共有されないので、全員が手探りです。また、調味料の量も具体的には書いておらず、尋ねると“As you want(お好きなように)”と、言われる。答えがないので、対話を重ねる必要があります。また、このプログラムは世界的に有名なシェフであるクラウス・マイヤーと僕たちが、同じキッチンで料理を作ります。みんなで好きなように料理をして、自分で貢献できるやりかたで料理を作っていく。最後は一緒にテーブルを囲みます。うまくいった人もそうでない人も、フラットな立場で答えがない中でも対話しながら進め、最終的に成果を分け合う。そんな、民主主義のいい形を五感で体感できるいい機会でした。

香さん:以前通った刺繍教室で、みんなと同じものを作らなければいけない中、自分だけ作るのが遅くてドキドキしてしまったことがあります。フォルケホイスコーレも同じように、「うまくできる人」と「そうでない人」がいる中で、ちょうどよい塩梅の関係が出来上がるのは一体、何がそうさせているのでしょうか?

加藤:僕の中での民主主義的な成熟度は、「自分の手で社会を変えられると信じている人がどれだけいるか」です。そのためには、ポジティブなフィードバックを小さい頃から受けていることが大切です。デンマークの教育は、否定されずに基本的に褒めて育てると言われますが、それが民主主義に関係していると感じます。みんな小さい頃から、自分が行動を変えたら社会が変わる体験をしているんです。

香さん

香さん

今の世の中に必要なのは「答えをくれる学校」よりも「答えがない学校」

翻って日本社会を考えてみよう。日本社会にも「社会をもっと良くできるかもしれない」という感覚を持つ個人が増えれば、もっと面白い社会になるのではないだろうか。

早紀さん:迷ってたんです。3年前に私たちが出会ってから、『フォルケホイスコーレ』はここ2、3年でバズワードになっていて。「私たちは“デンマークのフォルホイスコーレ”を、日本に持ってくるのだろうか?」という問いがあったんです。フォルケホイスコーレというものに、正解があるような気がしてしまっていて。

朋子さん:日本でもフォルケホイスコーレに関心がある人は増えています。特にコロナを通してみんなが一度立ち止まることを経験して「意外といいな」と、思っている人は多いと思います。人生がどんどん長くなっている中で、人生の中で二回、三回くらい立ち止まってなんぼ。コロナのような予期せぬことがこの先必ず起こってくる中で、フォルケホイスコーレのように議論できる場が、日本でも必ず必要になるんです。

加藤:正解も答えもない今の世の中に必要なのは「答えをくれる学校」よりも「答えがない学校」なのかもしれません。答えがないからこそ、日本流でいいと思うんです。デンマークの完成されたシステムを日本に持ってきてもうまくいきません。どう日本のシステムに埋め込むかも答えはないので、みんなで、考えていけばいいんです。

さきさん

早紀さん

“わたし”と”あなた”からはじまる個人と社会の幸せの問い直し

そもそも二人はなぜ、フォルケホイスコーレを日本につくろうと思ったのか。「デンマークに訪れた3年前は、衝撃よりはショックもあった」と、早紀さんは当時を振り返る。

早紀さん:教育の仕事をずっとしていて、“自分らしく”はキーワードとして自分の心の中に持っていたつもりですが、どこかに枠組みがあったんです。自分らしい世界を作りたいけど“ただし”この枠組みの中に入る人に限る、という。そんな無意識に作っていた枠組みに自覚できたのが、デンマークでした。日本は整頓好きで、とても綺麗なシステムがあります。一見、そのシステムは完璧に見えますが、そのシステムを作っているのは一部の誰かなので、偏りがあります。「完璧で変えられないシステム」と、みんな思い込んで我慢していますが、そうしてペースを崩さないように我慢して進んでしまうと、大事なものに蓋をしてしまいます。

日本社会のシステム

日本社会のシステム|イベントスライドより

デンマークには、“問い”をもらったんです。「あなたはそこまで人を信じられますか?」という問いです。私たちそれぞれが社会システムをつくれるし、システムをアップデートし続けるためには、不完全だからこそ多様なメガネが必要です。私自身も多様なメガネの中の一つであり、一人一人が当事者として登場して表現できるシステムが作れることをフォルケホイスコーレで実感しました。

アップデートする社会

アップデートする社会|イベントスライドより

できないと思うより、「これができると信じたい」と思ったのが、会社をつくったきっかけですね。「学びが民主主義をつくる」という感動がありました。

やりたいことは、“わたし”と“あなた”からはじまる個人と社会の幸せの問い直しです。私の幸せの先に、市民として、社会としての幸せがあるし、その先に地球としての幸せがある。地球の幸せや社会のサステナビリティを大事にすることは、絶対に個人のサステナビリティを大切にすることに戻ってくるんです。

編集後記

「今回の設立パーティーにはこれから旅を共にしたいと思える方々をお呼びしました」。そうまっすぐに話す二人のワクワクが画面越しから伝わるオープニングだった。パソコンの画面をスクロールすると、二人を応援する人々のたくさんの笑顔が映っていて、思わず筆者も心が動かされた。

「Compath」という会社名は、方位磁石コンパスの造語。「人生の岐路のお供」という響きに、com(共に)Path(歩む小道)という語彙が込められたものだという。たくさんの仲間と一緒に、答えのない中で対話をしながら人生の学校をつくろうとしている二人に、ぴったりな名前だ、と思った。

空気が澄んだ北海道の東川町にうまれる新しい場所が、これからの日本社会にどんな「問い」を生み出していくのか、今からとても楽しみだ。

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