複雑な未来を、複雑なままに。脱植民地化と実直に向き合うマガジン「Decolonize Futures」

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複数形の未来を脱植民地化する──この言葉から何を連想するだろうか。「複数形の未来って?」「脱植民地化ってそもそもどういうこと?」と思うかもしれない。これは、環境アクティビストの酒井功雄さんと、台湾の大学に通うSaki Soheeさんによって作成されたZINE(自費出版マガジン)プロジェクト「Decolonize Futures」の邦題だ。

このZINEでは、酒井さんとSoheeさんが脱植民地化というテーマを軸に各分野の専門家にインタビューした内容が、二人の対話・思考の軌跡の丁寧な描写と共に記されている。

Decolonize Futures Vol.1 と Vol.2

脱植民地化とは一般的に、植民地主義が温存された政治的、経済的、文化的システムを解体していく運動および思想のことを指す。脱植民地化運動と一口に言えど、政治的独立を求める運動、経済的独立を志向する運動、文化的独立、あるいは西洋中心主義的な知の解体を目指す運動など、様々なアプローチが存在する。

たとえ被植民地国が宗主国からの政治的独立を果たしたとしても、経済的、文化的側面において植民地主義の影響が残り続け、旧宗主国との間の不均衡な権力関係が温存されたままであることが多い。このことから、脱植民地化とは決して過去に終わった話ではなく、現在まで連綿と続く終わりのないプロセスなのだということが分かる。

ZINEの第1号ではアフリカーナ研究(※)の専門家に、第2号では脱成長や歴史学の研究者にインタビューを行い、脱植民地化と様々な分野との連関について、Soheeさんと酒井さんの疑問も交えながら、アカデミックに議論が展開されていく。マガジンの冒頭には、二人がZINE製作にあたって定めたモットーが記されている。この7つの観点に、二人の哲学が凝縮されているというのだ。

  • 「脱植民地化」とは終わらないプロセス
  • 透明で第三者的な語り手は存在しない
  • 脱植民地化は、メタファーではない
  • 人々の生にまつわる知識の搾取や、抽象化・記号化・表層化・単純化の構造を再生産しない
  • 多元的な未来を考える
  • 人々の闘争と声の上に成り立つ
  • 今日にも続く植民地主義の暴力と責任を見つめる

マガジンは刊行以来、続々と話題を呼んでおり、第1号の増刷版が一週間で完売するほどの人気を博している。今回、ZINEの制作を担う酒井さんとSoheeさんへの取材を行い、脱植民地化を重要視する背景や、それと向き合う中での葛藤、そして二人がZINEに込める想いを聞いた。

※ アフリカーナ研究は、アフリカ、アメリカ、カリブ海地域を主な研究対象として、各地のアフリカ人やアフリカ系の人々の経験を記録・分析する知識体系であり、彼らの文化的、歴史的、哲学的、政治的貢献に焦点を当てることで、過去を再評価し、現在を見直し、未来を形作ることを試みる研究領域である。(参照サイト:Africana Studies, Lehman College

話者プロフィール:saki sohee(サキ・ソヒ)

サキさんのプロフィール画像2001年生まれ、兵庫出身、済州島の血が流れる在日コリアン。日本からアオテアロア・ニュージーランド、そして現在居住する台湾と、拠点を変えながら渡鳥のように生活する。自身の在日コリアンとしての民族的アイデンティティと国外生活で得た移民としての経験を通し、ディアスポラの生と人権に焦点を当てナラティブを広げる。

話者プロフィール:酒井功雄(さかい・いさお)

酒井さんのプロフィール画像2001年、東京都出身。気候変動を文化的・思想的なアプローチで解決するために、「植民地主義の歴史」と微生物を中心に世界を捉えなおす思索を行なっているアクティビスト。日本・東アジアで脱植民地主義を考えるZINE「Decolonize Futures—複数形の未来を脱植民地化する」エディター。2019年2月に学生たちの気候ストライキ、”Fridays For Future Tokyo”に参加、2021年にはグラスゴーで開催されたCOP26に参加。現在米国インディアナ州のEarham Collegeで平和学を専攻。2021年Forbes Japan 30 Under 30選出。

二人の出会いと、それぞれの「脱植民地化」

編集者である二人にとって、そもそも脱植民地化とは何だろうか。

Soheeさん「脱植民地化を考えることとは、植民地化された、あるいは先住民の人々の土地、そしてそこに住んでいる人々の生活が、どのようにその人たちの生と死をあるがままの姿で迎えることができるかについての想像だと思っており、それが脱植民地化を考える上で基本になる部分だと考えています。また、植民地主義への批判、そして植民地主義から脱することを常に意識しています。

ただ、これは簡単そうに見えてとても難しいことです。なぜなら、私たちが生活している土地では、支配を受けた歴史、そして宗主国の影響下に置かれる上下関係や社会構造がすでに長い間構築されてきたからです。そのような状況の中で、脱植民地化の一つのあり方は、過去の歴史的な出来事や支配された歴史に目を向け、そこから脱するための行為であると考えます」

一方、酒井さんは「脱植民地化とは定義できるものではない」という。

酒井さん「脱植民地化は、僕たちが定義できるものでもありません。自分達が見えていない、形を知らない、理解できない形の脱植民地化もあります。一旦定義してしまうと、自分が知りえない脱植民地化の形を否定してしまうかもしれません。脱植民地化とは、誰かが定義できるものではなく、ずっと続いていくプロセスであると考えています。

それらのことを前提としつつ、政治的な独立や、土地の返還を求めていくという形の脱植民地化もあるし、植民地化された人々の内面にまで深く根付く植民地主義の影響に向き合い、精神や文化を脱植民地化するという形もあります。脱植民地化とは、植民地主義がもたらした様々な影響を批判しながら、どのように構造を解体していくことができるのか、といったことに取り組むプロジェクトなのかなと思っています」

二人が脱植民地化というテーマに関心を寄せるようになったきっかけは、一見すると全く異なるものであった。

Soheeさん「もともと、私が日本の植民地支配の歴史に関心を持った、あるいは持たなくてはいけなくなったきっかけは、私自身の在日コリアンというアイデンティティをめぐる出来事や他者との会話です。自分が在日コリアンであることを理解する過程の中で、『なぜ在日コリアンについてネガティブな言説が多いのだろう』『なぜ本や映画、音楽でも情報が少ないのだろう』と疑問に思っていました。

そこから、自分の意見や人権を肯定するために、今それらを肯定させない『何か』をどんな風に批判することができるのだろうと考えている中で、脱植民地化という言葉に出会いました。まさにそのタイミングで、SNSで脱植民地化について発信し始めていた時に、功雄(酒井さん)から連絡がありました」

細かく丁寧にメモが残された紙

二人が初めてミーティングをしたときのメモ

その頃酒井さんは、海外の環境アクティビストが「植民地主義」という言葉を使って、気候危機の要因となる活動を批判する様子を目にしていた。

酒井さん「気候変動が起きた原因を掘り下げる中で、文化的に環境破壊を肯定してきた歴史や思想がどんなものであるかを学び、人間を頂点として自然を支配する構造や、自然を客体化し声なき存在として搾取するという構造が根本にあると知りました。その構造自体が西洋中心主義的な思想から生まれていて、植民地主義とともに世界に広がったことも。

同時に、ジェンダーや家父長制、人種差別をめぐるアクティビストの発言に触れて学んだのは、人間を頂点としたヒエラルキーで最も“人間らしい”とされるのは西洋白人男性が中心であり、その下に自然や有色人種、女性、性的マイノリティーとされる人たちが位置付けられること。植民地主義という問題が、多様な問題のヒエラルキー構造の根本にもあると気づき、これをどう日本の文脈につなげて語ることができるのかと、半年くらいモヤモヤしていました。その頃にSaki(Soheeさん)の投稿を見て、『あ、仲間を見つけた』と思って連絡しました」

東アジアのディアスポラや在日コリアンの歴史という観点から脱植民地化について関心を寄せたSoheeさんと、気候危機の観点から脱植民地化について興味を持った酒井さん。異なる分野を探求していた二人は、「脱植民地化」という地点で道を交えたのだ。そんな二人の対話から、何を学び、何を伝えていきたいのかが、形作られていった。

酒井さん「二人で話し始めた頃、自分たちも、東アジアや日本の文脈において脱植民地化をどのように語るべきか、どんな歴史的事実を考慮していくべきかなど、単純に知らない側面が多いなと思っていました。それならば、『自分たちが実際に学んでいくプロセスを共有して、読んでくれる方々と一緒に学んでいきたい』と話していたのを覚えています」

この学びのプロセスを、今までとは異なる形で届ける方法として選んだのが、小さなブックレット型のZINEだったのだ。

ZINEという媒体の時間的、空間的可能性

二人がZINEという形で学びを発信していこうと考えたきっかけは、Soheeさんが制作しているマガジン「Over and Over」から発想を得ていたという。

Soheeさんが初めてZINEと出会ったのは、ニュージーランドに留学していた時のこと。

Soheeさん「その時の友人が、ニュージーランド人としてのアイデンティティを問うZINEや、朝鮮半島における植民地の歴史についてのZINEを贈ってくれました。このときに、『言説や言葉にするのは堅苦しいと思っていたけど、こんな風に記録して良いのだ』と感じて、私も何か残せるんじゃないかと思い始めました。この二冊のZINEは4〜5年前のものですが、今もこうして私の手元に残っているように、一回限りの出来事とは違う時間軸を持っているのがZINEのユニークなところだと思います」

Soheeさんがニュージーランドで出会ったZINE

一方、酒井さんは気候危機アクティビスムを通じて、アクションを起こしたときに、自分がその時その場で話した人にしか届かないことに葛藤を抱えていた。

酒井さん「当時、自分の伝えたいメッセージは自分が直接喋った相手にしか届かないということに、限界を感じていました。一方で、ZINEという形にすれば、そのZINEがひとりでにどこかへ行ってくれて、一人の読者からまた別の人のところに行くかもしれないし、本屋さんに置いてもらえたら、自分達が出会うことのない人が手に取るかもしれない。それに、自分が話さなくても、それぞれが好きな時間に同じ時間をかけて読んでくれる。そんな風に、時間的にも空間的にも、より多くの人に今までと違う形で考えを届けることができるのではないかと考えています」

こうしてZINEの作成に踏み出し、いくつかのインタビューを終えたあと、まずは周囲の反応を知るためウェビナーを開催。すると、想像以上に多くの参加者が集まった。ここから脱植民地化というトピックへの需要を感じ、さらに専門家への取材を重ねた。

酒井さん「当初のプランでは8人くらいの方にインタビューしたものを一冊のZINEにしようとしていましたが、インタビューを終えた時点で『これを全部一冊にまとめたら600〜700ページくらいになってしまうな』と思い(笑)。まずは編集ができたものから届けていきたいと考えて、複数に分けて出版することにしました」

そうして、ついに世の中に出すことができたのが、2024年1月。反人種差別、フェミニズム、脱植民地化をテーマとして『Decolonize Futures 複数形の未来を脱植民地化する』の第一号が出版されたのだ。

複雑性を保ちながら想像力を喚起するグラフィック

二人はZINEを製作するにあたって、使用する語彙や言葉一つひとつにも念入りに注意を払っているという。「この言葉を使うと分かりやすいけれど、本当に分かりやすい言葉で大丈夫か」「複雑性を上手く保てているか」などの観点から二人で話し合いを重ね、どんな言葉を紡いでいけるのかを試行錯誤した。

また、「日本語話者以外にも広く読まれるように」という想いのもと、ZINEは一冊の中で日英両方で執筆されている。今後は、日本以外の場所にもZINEを届けていくことを考えているそうだ。

デザインは、主にSoheeさんが担っている。流動的で、想像力を刺激するグラフィックが持ち味だ。

Soheeさんは、新しい概念を学ぶ時に「知的体力と自分のキャパシティにどう折り合いをつけるか」という壁に突き当たることがあったという。そこで、抽象的な概念や固有名詞を含むキーワードが記事内に出る際は、グラフィックを挟み込むことで、新しい学びを助けようとしている。また、ZINEとしての温度感を伝え、読者が疲れないように余白を提供することも目指しているそうだ。

複雑なものを、複雑なままに。矛盾をも抱えて歩みを進める

第一号を出版してみると、予想を超える反響が来た。当初250部を刷っていたが、増刷するほどの勢いだったという。この背景には、今まで脱植民地化というテーマを考える際に、学術的な本が多く、入門的に学ぶことができる日本語の媒体がまだ少ないことも影響しているようだ。

Soheeさん「今まで、脱植民地化について日本や東アジアを対象として語る場がなく、場があるとしてもハードルが高くて難しい媒体が多かったんです。読者からは、課題感にフィットしたという感想を多くいただきました。自分たちの周りに起こることに対して違う視点から考えるということは、難しいけれど実践したいことだったので、このZINEは心と社会を動かすものがあるんだなと思えました」

ある読者からは「脱植民地化はとても多面的で複雑なものということに気づき、自分が立っている世界がどういう構造なのか、その視界がちょっと開かれるような、構造が見えてくるような感覚(を得た)」という言葉を受け取ったという。

ただし、二人はこのZINEを「より早く」多くの人に届けようとしているわけではない。

酒井さん「すごく早いスピードでこのZINEを広げたいとは思っておらず、焦らず、ゆっくり丁寧に読んでくれている読者と一緒に、脱植民地化の文脈を作って行けたら良いなと思っています。言葉だけが一人歩きする状態を作りたい訳ではありません。脱植民地化というものとどう向き合うのかを考える手助けになればと思います。

脱植民地化に関する入門書のようなZINEにしたいなと思っているんです。とはいえ、このZINEでも噛み砕いた内容ではありません。内容としてのカロリーが高く、咀嚼するのに時間がかかります。でも、それも大事にしていきたい。すごく分かりやすいものを作りたいわけでもないんです」

書店にZINEが置いてある様子

国内の書店にZINEが広がっている

脱植民地化の「実践」を創造する

それでは、このZINEの読者たちは脱植民地化というテーマにどのように向き合っていくことができるだろうか。酒井さんとSoheeさんは、そのヒントを提示してくれた。

酒井さん「例えば環境アクティビズムに関わる人に向けて、このZINEを通して『これをしてほしい』と訴えかける具体的な導線があるわけではありません。だけど、環境危機と植民地主義のつながりに目を向けて欲しいと思っています。それを知ることで、脱植民地化に対する関わり方が違ってきます。そこに不可視化されている存在はいないか、自分自身が植民地主義的構造を再生産してしまっていないか。学び続けていくというプロセスが大切です。

むしろ、『これをしているから脱植民地化だ!』という姿勢はリスキーだと思います。脱植民地主義的な活動ができていたとしても、違った側面では植民地主義を温存させる構造に加担しているかもしれない。そのように考えると、脱植民地化を実践できている、と言い切ることはできないと思っています。矛盾をはらんでいるものの、コンスタントな問いが自分の中で常に起こっている状態が重要です。植民地主義に常に加担しうる構造の中で、自分には何ができるのかを考えていくこと。これが自分の向き合い方として気をつけていることです」

そして、識者へのインタビューを重ねていく中で、二人のなかでの脱植民地化に対する考えに変化も生じてきたという。

Soheeさん「脱植民地化に対する考えはすごく変わりました。最初に脱植民地化という考えと出会って、こんな考え方があるんだ、こんな見方があるんだ、という大きな気づきがありました。ただし、ZINEのモットーにもあるように、ただ『メタファー(比喩)』として何にでも当てはめて使えるわけではなく、繊細に考えなければいけないトピックだということにも気づきました。一つの事象の中には複雑な線がたくさん交差していて、私と功雄も恐る恐る問題を見ていき、慎重に、丁寧に、一つひとつの線をときほぐす試みを行っています。緊張感と常に隣り合わせです。

ZINEのモットーは自戒でもあります。一つひとつのモットーが持つ意味は重く、完璧に実践することが難しいからこそ、継続的に自分たちをリマインドしていくためのものです。最初に出会った考え方から現在に至るまでのプロセスでもあり、その過程も重要な気づきであると思っています」

酒井さんは、脱植民地化について安易に語ることの危うさを指摘する。

酒井さん「脱植民地化を語るということには、現実の人々の痛みが伴っています。傷を負った人々の身体がそこにはあります。脱植民地化とは、語ることが許されなかった、痛みを持った人々の現実が伴う言葉であり、語るときにそのことを忘れてはいけない、という感覚が今は強まっています。こうやって消費に対する注意を呼びかけることは『脱植民地化について語るな』と言っているようだけど、読んでくださる方々と一緒に語って考えていきたい。いま自分は、この矛盾したような姿勢にたどりついています」

6人ほどが円になり酒井さんの話を聞いている様子

脱植民地化に関するイベントを開催した様子

文脈を消費すること、しないこと。終わらない問い

ZINEの中で度々言及され、読者に対して警鐘を鳴らしているのが「脱植民地化というテーマをただ表面的に消費しているだけではないのか」という点であり、これは二人の自戒も込めた指摘だ。

「文脈を消費する・しない」の境目はどこにあるのだろう。そしてその境界線はどのように考えることができるのだろうか。二人に尋ねると、Soheeさんは、文脈の「消費」について、未来を考えるときに浮上する言説と接続させて語った。

Soheeさん「『こういう未来にしたい』『こういう世界にしたい』と想像した時に、既存の構造において排除され、抑圧されている人々や存在の現状を見ることができているか。誰にとっての未来なのか。それらを丁寧に考え、汲み取っていくことが必要だと思います」

酒井さん「Sakiの話を聞いていて、自分自身も心に刺さるものがありました。オルタナティブに注目するあまり、既存の構造で傷つけられた人々の存在をないがしろにしてはいけません。文脈を消費することに加担していないか、ということは、自分たちがZINEを作り始めた時にも常に感じていたことでした。そこで自分が思い至ったのは、言説に関わる主体である以上、ある程度『消費』をしてしまうのは不可避だということです」

酒井さんはここで、ZINEの取材時に北海道大学アイヌ・先住民研究センター准教授の石原真衣氏からもらった言葉に言及した。

酒井さん「石原さんは『消費』している状態をただ批判しているわけではなく、むしろそれよりも『対価を払っているか』という観点への注意を促していました。文脈を消費しないための具体的な実践方法としては、例えば『思いやりだけでは解決しない』という観点から、制度的な問題を変革させていく部分に貢献することでも可能だろうし、様々なやり方があります」

消費や思いやりの状態に甘んじるのではなく、思考することをやめずに、制度的な問題の解決へと動き出してみること。私たちの足元からできる、脱植民地化の「実践」のカギは、ここにあるのかもしれない。

編集後記

脱植民地化という視座への学びを深め、現在進行形で起きている植民地主義の暴力や、抑圧されている人々の痛みを知り、共に考え続ける知的体力を鍛えていくことは、私たちの喫緊の課題であるといえるだろう。

そして、戸惑い、迷いながらも、世界で起こる問題は決して他人事ではなく、自らの足元から接続している問題なのだということを、一人ひとりが自分のやり方で認識することが重要だ。その際に、脱植民地化という視座は〈遠い問題〉と〈今ここにいる自分〉を繋げる回路として機能しうる。

「私はただ文脈を消費しているだけではないのか、植民地主義に加担していないだろうか」この問いにも、切実に向き合い続けていかなければならないだろう。

そして、これらの問いを考えるにあたり、ZINE『複数形の未来を脱植民地化する』は、今までは不可視化されていた構造に対して目を向けさせてくれる貴重な機会であり、豊かな対話を生み出す契機であると確信している。

【参照サイト】Decolonize Futures
【参考文献】Decolonize Futures Vol. 1『反人種差別、フェミニズム、脱植民地化』
【参考文献】Decolonize Futures Vol. 2『脱植民地化と環境危機』
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Edited by Natsuki

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