市民に一律の金額を定期的に、無条件で支給するベーシックインカム。こうしたベーシックインカムの導入は、特に2010年以降、世界各地で草の根レベルで活性化してきており、これまでもフィンランドやスイスなどで試験導入がされてきた。
そんな中で2024年4月、タイのセター・タビシン首相が、一定の所得制限や貯蓄制限を設けたベーシックインカムプログラムを導入すると発表した。年収が84万バーツ(約347万円)、貯蓄が50万バーツ(約207万円)を超えていないことを条件に、約5,000万人の国民に1万バーツ(約4万2千円)のデジタル通貨を支給する。
タイの人口は約6,600万人であり(※1)、この取り組みの規模の大きさがうかがえる。プログラムへの登録受付は2024年8月から開始し、2024年10月には支給が始まるという。支給されたデジタル通貨は受給者が住んでいる地域内でのみ使用でき、6か月以内に使用しなければいけないというルールもある。
タイは経済成長を遂げてきたものの、所得の不均等分配が問題視されており、都市と地方の経済的格差や貧困問題が依然として大きな課題となっている。そんな中で今回のベーシックインカムプログラムの導入は、貧困の削減や社会的公平性の促進、パンデミック以降回復していない同国の経済を活性化させる狙いがある。労働市場の柔軟性を高め、起業や創造的な活動を促進する効果も考えられるだろう。
「国民の生活を変える政策になる」
と同国の首相はAP通信に対して述べているが、この計画に対しては、批判的な意見も少なくない。プログラムにかかる費用は、5,000億バーツ(約2兆円)にも及ぶ。タビシン氏は、この取り組みが国内総生産(GDP)を押し上げることを期待しているが、経済学者のなかには、「一時的な効果しか期待できない」と考える人もいる。
タイの事例のように、近年ベーシックインカムが注目される背景の一つに、 AI(人工知能)技術の進化がある。今後AIが多くの仕事を自動化し、企業の生産性を向上させる一方で、それが貧富の差の拡大にもつながるという議論がある(※2)。自動化が進むことにより、特に単純な業務を担っていた職業や中間層の仕事が脅かされ、経済的格差が一層広がる恐れがある。また、収入が不安定になることで消費者の購買力が低下し、経済全体の成長にも悪影響を及ぼすかもしれない。
そのようななかで、人々が財やサービスに支出するためのお金を、どのようにもたらすか。ベーシックインカムは、選択肢の一つとして議論されている。デジタル通貨やAIなど、技術の進歩も視野に入れながら、ベーシックインカムの未来を考えてみたい。
※1 タイ基礎データ|外務省
※2 Money for nothing: is universal basic income about to transform society?
【参照サイト】Thai prime minister unveils details of a $13.7 billion digital money handout plan
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Edited by Erika Tomiyama