必要な資源は「現状の30%」だけ。世界85億人の生活水準の適正化が可能と研究で判明

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現在、世界人口の約80%が「適正な生活水準(※)」を下回り、基本的な物品やサービスに十分にアクセスできていない。こうした貧困問題を解決するためには、経済成長を促し、すべての国が現在の高所得国と同じレベルの経済規模(GDP)に達する必要があると考える研究者が多く、これまでそうした経済成長に基づく開発戦略が進められてきた。

※ 「適正な生活水準(DLS: Decent Living Standard)」とは、個人が健康的で充実した生活を送るために必要な最低限の物質的・社会的な基準を指し、エネルギー、住居、衣服、交通手段、教育、健康管理などの基本的なニーズをカバーするもの。

しかし、「すべての人を豊かにするため」に経済成長を過度に追求することが、環境破壊や気候変動など多くの問題につながっていることは明らかだ。実際、経済成長とマテリアルフットプリントのデカップリング(分離)は十分な速さでは起こっていない(※1)。また、国連人権理事会に提出された報告書では、経済成長が主に特権階級にいる少数の人々のみに利益をもたらすものであることが指摘されている(※2)

貧困根絶には「成長依存」からの脱却を。国連専門家はなぜ警鐘を鳴らすのか

2024年8月、新たにこの「経済成長」に異議を唱える最新の研究結果が明らかになった。「大規模な経済成長に依存せずとも、全世界の人々に適正な生活水準を提供しつつ、貧困を終わらせることが可能である」という主張だ。

How much growth is required to achieve good lives for all? Insights from needs-based analysis(すべての人々に良い生活をもたらすためには、どれだけの成長が必要か?ニーズベースの分析から得られる洞察)』というタイトルのこの研究は、「ポスト成長経済」の提唱者として知られるジェイソン・ヒッケル氏が所属するバルセロナ自治大学環境科学技術研究所(ICTA-UAB)とロンドン・スクール・オブ・エコノミクス(LSE)によるものだ。研究によると、2050年に予測される世界人口85億人が適正な生活水準を享受するために必要な資源とエネルギーは、現在の世界全体の消費のわずか30%に過ぎないという。

2050年に85億人の適切な生活水準(DLS)を確保するために必要な世界の物質量

2050年に85億人の適切な生活水準(DLS)を確保するために必要な世界の物質量 Image via ScienceDirect

そしてこの余剰となる資源とエネルギーは、さらなる公共サービスの充実や科学技術の進展、そして他の多岐にわたる社会的投資に充てることが可能であると示されている。このアプローチに従えば、すべての人々が栄養価の高い食事、現代的で快適な住居、質の高い医療や教育、そして電気やスマートフォン、インターネット、公共交通機関などに容易にアクセスできるという。それだけではなく、レクリエーション施設や劇場などの公共財にもアクセスが確保される可能性がある。

もちろん、グローバルサウスなどの、まだ適正な生活水準を満たしていない国々では経済主権を強化し、産業能力を向上させるために、産業政策を活用して人々の福祉を守る必要がある。変革が求められるのは、高所得国である。広告や計画的陳腐化などによる大量生産大量消費が行われている高所得国では、必要性の低い過剰生産を縮小し、資源使用量をプラネタリーバウンダリー内に戻すことが求められている。

たとえば、過度に大きい住宅やSUV、プライベートジェットやファストファッションなどは縮小する必要があるだろう。欧州では今、こうした環境負荷の高いものに対する税率を増やし、税収は低賃金者への減税に充てることが提案されるなど、物質主義への警鐘が鳴らされている(※3)

研究では、これらを実現させるための道筋にも触れられている。すべての人々が必要な物品やサービスにアクセスするためには、現状の資本主義による経済成長に依存するべきではないとし、公共財を増やすこと、食料や住宅を脱商品化することなどが求められている。これは、食料や住宅価格は市場からの影響を受けやすく、民営化や市場の規制緩和が進むと、他の商品やサービスよりも価格が急激に上昇しやすいためである。公共機関がこれらの物品やサービスを直接提供する方法や、価格を規制する手段が有効であると提案している。

従来の国際開発のアプローチは、先進国がその支配力を維持するような設計になっており、社会的平等や環境の持続可能性とは相容れないものであった。しかし、今回の研究結果では今すぐにでも社会的に有益な生産にシフトすることで、貧困問題の解決の糸口を見つけられるかもしれないことが強調されている。経済成長や社会の豊かさを測る指標を私たちが再考することで、より実現可能で持続可能な代替案が示される。この研究は、そうした新たな道筋に希望を与えるものだ。

※1 Are the circular economy and economic growth compatible? A case for post-growth
※2 Inequality Inc. How corporate power divides our world and the need for a new era of public action
※3 ‘Small is cool’: a clarion call for our materialistic age

【参照サイト】How much growth is required to achieve good lives for all? Insights from needs-based analysis
【参照サイト】The world’s population can thrive economically and sustainably, study finds
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