展示品のない、ロンドンの「ホームレス美術館」。当事者の物語に出会い直す

Browse By

「自分にも同じことが起こるかもしれない」

2024年5月、ロンドンのフィンズベリーパークの一角にできたMuseum of Homelessness(以下、ホームレス美術館)は、訪問者にそんなことを思わせる。

ロンドンをはじめ、イギリスの諸都市では、ホームレス問題が深刻だ。路上生活者だけではなく、一時的な宿泊施設や友人宅で寝泊まりをする「法的ホームレス」をすべて合わせると、2023年時点で国内には少なくとも30万9,000人以上のホームレス状態の人が存在すると推定されている(※)

これはホームレス状態に陥った人が努力を怠った結果、つまり「自己責任」なのではなく、社会全体で背負うべき問題である──イギリスでは、そうした想いでつくられた展示やインスタレーションをよく目にする。

ホームレス問題から目を逸らさぬように。ロンドンの駅に突如現れた巨大彫刻

ロンドンの駅に突如現れた「終わりのない壁」が教える、ホームレス状態のリアル

そこではホームレス状態にある人々の「人数」や「生活の苦しさ」が数字で表されていることが多い。もちろん、そうした定量的なデータも大事なのだが、こうした語りかけだけでは「大変な状態の人もいるんだな」とどこか他人事のようにも思ってしまう。

ホームレス美術館は、そうした「大変さ」だけではなく、ホームレス状態にある/あった人々がどのようなものを大切にして生きているのか、個々人のストーリーにフォーカスしようとする。しかも、ただ展示を見て回るのではない。訪問者が「語り」に耳を傾けることができる仕掛けがあるのだ。

展示品がない?「語り」にフォーカスした美術館

地下鉄のマナーハウス駅付近の入り口からフィンズベリーパークに入ってすぐのところに、小さな煉瓦造りの建物が佇む。これがホームレス美術館だ。2015年の設立以降、ホームレス美術館はイギリス各地を巡回し、展示やワークショップを開催して、社会的排除や不平等に関する対話を促進していた。そんな彼らが、2024年5月に初めてこの建物に常設の展示スペースを持つようになったのだ。

筆者撮影

フィンズベリーパークは多様な文化背景を持つ人々が住むエリアであり、ロンドンの中でも社会的な課題や不平等が比較的顕著に見られる地域だ。そして、そうした問題を是正しようとする社会運動の拠点でもあった。ホームレス美術館が拠点を構えるのに格好の場所であったと言えよう。

ロンドンの美術館や博物館は無料で入場できるところも多く、出入りが自由な印象がある。しかし、ホームレス美術館を訪れるのには予約が必要だ。というのも、この美術館はスタッフと参加者がともにツアー形式で巡るものだからだ。

Photo by Lucinda MacPherson

開館日それぞれには3つのスロットが用意されている。筆者は14時からの回に参加した。およそ15名の参加者そしてスタッフとともに、1時間半かけて美術館を回っていく。

美術館に入ってまず驚いた。そこには「展示品」が見当たらないからだ。するとスタッフが大きな箱を持ってきた。その中に「展示品」が入っているのだという。

そしてスタッフはそんな「展示品」を眺めながら、そのモノに込められたある人の想いを語り始めた。イントネーションも、興奮も、言葉の詰まりも、当事者のそれそのままに。そう、このホームレス美術館では、スタッフがホームレス状態だった人々が使っていたものを紹介し、代役として言葉を読み上げるのだ。彼らの背後には、語りの字幕も表示されていた。

カート、杖、リストバンド、プラごみ袋……愛用品からその人の物語をたどる

紹介されるものは、回によってさまざまだそうだ。筆者が参加した回は、「荷物を移動するカート」「頭の部分が蛇に見える杖」「レインボーのリストバンド」「黒いプラごみ袋」の4つが紹介された。いずれもホームレス状態を経験した人々の愛用品であり、美術館に寄付・レンタルされたものだ。一つ一つの物語はぜひ現地で聞いてもらいたいのだが、ここでは一つだけ「レインボーのリストバンド」の物語を紹介したい。

スタッフが物語を伝える様子(筆者撮影)

レインボーのリストバンドを使っていた男性は、ポーランド出身の男性であり、LGBTQ+のコミュニティの一員であることを理由に故郷で差別的な扱いを受けてきたそうだ。政治家の顔や、スローガンを掲げているわけではないのに、「レインボー」のマークは強い思想として扱われた。しかし、彼は自分の思想を表明するものとして、それを手放さなかったようだ。

イギリスに渡り、ホームレス状態になってからも、彼はそれを洗濯せずに毎日身につけていた。「身につけられるものであれば、住処を移動するときも捨てずに済むでしょ。ちょっと臭うけどね」と彼は微笑みながら語る。会場は笑いに包まれた。

スタッフが当事者になりきってその物語を共有したあとは、対話の時間だ。「どんなエッセンスを感じ取ったか」参加者はその感想を聞かれる。参加者は次々と語り出す。同時に複数の人が手を挙げるほどだった。

「ホームレス状態にあっても、その人がモノを観察し、そこに意味を見つけて、考察する。そのクリエイティビティに驚いた」という意見も。一人ひとりが何を大切に生きているのか、どのように世界を見ているのか。「愛用品」を通して知る彼らの物語は、数字だけでは到底表しきれないものだった。

物語を聴きながら集める「4つのヒント」

筆者撮影

ホームレス美術館のツアーでは、語りに耳を傾ける場所を移動するたびに、参加者は一つずつリボンをもらっていく。計4つになるリボンには、美術館側から参加者に持ち帰って欲しいtips(ヒント)が記されている。そこにはこう書かれていた。

  • Find Refuge(避難先を見つける)
  • Share Resources(資源を共有する)
  • Question Everything(すべてを問い直す)
  • Rewrite Futures(未来を再構築する)

これらのリボンは、それぞれの物語に直接リンクしているわけではない。ツアーに参加したあとも、自分にとってこれらのヒントがどのようなことを意味するのか、はっきりとはわからずにいるのが正直なところだ。しかし、当事者の物語の中には、それぞれのヒントの断片がつまっていたような気もした。

筆者撮影

そして最後には、ホームレス美術館特製のオリジナルバームが配られた。庭で育てたハーブを配合してつくられたものだ。「あなたが判断に迷ったとき、取り乱したときも、落ち着けるように」最後にそんなメッセージをもらった。

編集後記

実は、今回筆者が参加したスロットには、レインボーのリストバンドを保持していたホームレス経験者本人も参加していた。彼は、新しい「レインボーのリストバンド」を手に入れ、一つを美術館に寄付したようだ。このようにホームレス状態を実際に経験した人々が美術館の運営に携わっているというのも、ホームレス美術館の一つの大きな特徴になっている。

彼は、彼の物語を語った別のスタッフに「前回のあなたの語りはエモーショナルだった。けれど、今日はすごくエンパワーリングだった」と賛辞を送った。そして、語り手とハグをしあっていた。

彼が語ったことで印象的だったことがある。それは「たった一回の燃え尽き症候群、一回の怪我、一回のメンタルブレイクが、ホームレス状態のきっかけになりうる」ということだ。失うのは仕事とお金だけではない。「孤独」こそがホームレス状態の本当の苦悩であると、指摘する人もいた。

ロンドンでホームレス状態の人々を見かけない日はない。しかし、面と向かってそうした人々の言葉に耳を傾けたのは初めてだった。彼ら彼女らは昨日まで自分のようだったかもしれないし、彼ら彼女らは明日の自分かもしれない。美術館を訪れたあと、率直にそう思った。そしてその全員の背後にはそれぞれの「物語」がある。

社会問題の認識、そして差別や偏見さえも、そうした一つの「物語」によって変えられるのかもしれない。身近で遠いホームレス問題に、ここで出会い直したような気がした。

At least 309,000 people homeless in England today
【参照サイト】Museum of Homelessness
【参照サイト】The World’s First Museum of Homelessness Opens in London
【関連記事】DVから逃れて安心、じゃない。IKEAの展示が問う、家庭内暴力とホームレス問題の関係
【関連記事】デンマークの「人を貸し出す図書館」に聞く、無意識の差別との向き合い方

FacebookTwitter