SDGsの達成目標である2030年まで、5年を切った。採択から10年、つまり3分の2の年月が経ったことになる。
「持続可能な開発目標」として採択されたSDGsが日本に広がる前と後で、社会は、企業は、市民は、どう変化しただろうか。10年という蓄積を経て、取り組みを振り返ることができる今、すでに次なる目標への議論が国内外で始まりつつある。SDGsを延長すべきとの声も、新たな概念を採用すべきとの声もあがっているのだ。
しかし、そもそもSDGsのような国際目標はどのような経緯で生まれたのか。SDGsという枠組みは日本においてどのように活用されてきただろうか。そして、この10年間から私たちは何を学び改善するべきだろうか。
本記事では、SDGsの背景や日本におけるSDGsの普及の特色などを振り返ったあと、議論が進むSDGs延長と新概念の現状、そしてポストSDGsにおける国際目標がSDGsから改善を図るべき観点を考察していく。
SDGsはどのような経緯で生まれたのか
戦後、世界ではより平等な国際社会を実現するべく、さまざまな国際目標が打ち立てられてきた。特に、多くの国が集結する国連では、途上国の貧困・飢餓の撲滅に向けた「開発(Development)」が重視され、1950〜60年代には国際機関も多く設立。先進国を中心に開発支援の体制が整えられ、さまざまな国際開発目標が採択された。
目標が立ち並ぶ中、2000年に採択された「国連ミレニアム宣言」と1990年代の国際開発目標を統合する形で2001年に策定されたのが、MDGs(ミレニアム開発目標)だ(※1)。2015年を期限として、貧困や飢餓の撲滅を主眼とした開発途上国向けの8つの目標が掲げられた。
しかし期限年が近づいても未達成の課題があった上、気候変動や格差拡大など新たな課題が浮上。この課題を踏まえ、2012年にブラジル・リオデジャネイロでの「国連持続可能な開発会議」で、SDGs(持続可能な開発目標)が新たな目標と位置付けられ、2015年の国連サミットで採択された「持続可能な開発のための2030アジェンダ」に記載されたのだ。
SDGsは、2030年を期限とした17の目標である。その特徴として、MDGsよりも先進国が自国内で取り組むべき課題が増えたこと、そして環境・経済・社会の3分野を1つの概念に統合したことなどが挙げられる(※2)。「先進国が途上国を支援する」という構図が、気候変動の深刻化や国境を超えて絡み合う格差の実態を受けて、「先進国が主体となり国内外の課題に対処する」という構図へと変化したと言えるだろう。
日本におけるSDGsは風変わり?
日本におけるSDGsの浸透具合や広がり方は、他国と比べて少し異なって見えることがある。ビジネスパーソンの襟で光るSDGsの丸いバッジや、商品横に並ぶSDGsの17のゴールの一部ロゴ……こうした「ロゴの多用」を中心としたSDGsの普及は他国と比べて、日本で多く見られる。
実際、日本でのSDGs認知率は世界の中でも抜きん出て高い。2023年時点で「内容まで知っている」「内容は分からないが聞いたことがある」と答えた人の割合は91.6%(※3)。一方、同様に答えた人の割合は同年のフランスで45%、ドイツで30%、イギリスで27%、アメリカで29%だ(※4)。
2025年3月現在、Googleでの「SDGs」というワードの検索数も過去5年間で日本が圧倒的に多い。それに続くトップ10はアジア・アフリカ諸国であり、欧州や南北アメリカの国々は入っていない。

筆者作成|出典:Google Trends

筆者作成|出典:Google Trends
ただし、認知率とSDGsの目標達成度は必ずしもイコールではない。「Sustainable Development Report 2024」によると、日本は167カ国中18位、17の目標のうちジェンダー平等や気候変動対策、海・陸の豊かさを守る取り組みが、最低評価である「深刻な課題あり」に位置付けられた。残り5年となったが、改善の余地は大きい。
延長か新概念か
開始から10年が経ち達成期限まで5年を切った今、SDGsの進捗だけでなく、延長か、新概念かなどと議論する場も増えている。2024年9月にはグテーレス事務総長の呼びかけで実現した未来サミットで、現在と将来世代のニーズと利益を守るための56の行動実践を示した国際協定「Pact for the Future」を採択。国連の文書として初めて2030年以降のSDGsに続く目標について言及した(※5)。
SDGsの期限延長と内容の見直し、中間目標の設置を呼びかけるのは、スウェーデンとイギリスの研究者チーム。プラネタリー・バウンダリーを提唱したことで知られる環境科学者、ヨハン・ロックストローム氏もその一人だ。彼らはNature誌の記事において、こう述べた。
サステナビリティの目標やターゲットを減らすべきだと主張する人もいます。しかし私たちはそうは思いません。これらの世界的危機はすべて相互に関連しているため、その解決には全体論的かつグローバルなアプローチのみが有効なのです
この研究者らはSDGsがより厳格に実践され、AIなどの先端技術のリスクと可能性も含めることで目標を拡大することなどを説く。同記事で「なぜSDGsというタイトルを維持すべきか」については触れられていない。
一方で、SDGsではない新たな名称を模索する動きもあり、これらは「ポストSDGs」や「ポスト2030アジェンダ」と呼ばれる。
日本では「Beyond SDGs」と題して、SDGsに代わる国際目標の案が議論されている。日本経済新聞社が「Beyond SDGs フォーラム」を開催するなど、経済界からも注目されていることが伝わる。特に、SDGsが経済発展や開発(Development)を重視し過ぎていることを問題視し、ウェルビーイングを主軸に取り入れたSWGs(Sustainable Well-being Goals)が注目され、企業も巻き込んでの議論が進んでいるのだ(※6, 7, 8)。
ポストSDGsは個に閉じない概念となれるか
SDGsの刷新や、ウェルビーイングの重視、そして今後現れるかもしれない新たな概念……これから5年間でどのような方向に議論が転ぶのかは定かではない。ただ、どんな目標になろうと、現在のSDGsからの反省は反映されるべきだろう。
本来、SDGsの17のゴールは「環境・経済・社会は一体不可分である」という考えに基づいて169のターゲットによって環境面との結び付きが明記され、各目標が相互に関連することから分野横断的なアプローチが重要とされている(※9)。つまり、特に日本で散見された「SDGsの2と4に取り組んでいます」という文言は、各分野が相互に関わりあうことを重視するSDGsの意図と厳格には噛み合わない。意図に反し、分野ごとに切り分けた理解の仕方が広がったようだ。
また、行動主体が、個々に切り離されやすいことも課題だろう。企業など大きな組織による「エコフレンドリーな商品を選ぼう」「自転車や公共交通を使おう」といったメッセージを見聞きすることがある。これらは、環境負荷の軽減があたかも個人の責任であるかのように捉えた呼びかけであり、政策やシステムの変革を遅らせる可能性があるという(※10)。SDGsに関する発信でも、同様の傾向があったのではないだろうか。個人のSDGsアクションばかりが推奨されると、社会構造への注意が削がれ、そもそも問題を生まないための抜本的な変革には至りにくい。
こうした振り返りから、今後重視すべき観点の一つは、「相互依存性」を踏まえた解決策への視点である。
分野や組織間から視野を広げてみると、人と自然、人と人の相互依存性に焦点を当てた概念は、すでに存在しており、決して珍しいものではない。例えば日本でも、「贈与」や「お互いさま」という考え方は相互依存性を内包している。教育者・哲学研究者の近内悠太氏によると、贈与は贈られたら贈り返す「互酬性」があるとされ、共同体やつながりを維持・回復するシステムとも考えられている(※11)。「お互いさま」も、助けることも迷惑をかけることも含めて一緒に生きていることを捉えている。
実際のところは、「お返しをしなくては」「次は迷惑をかけてはいけない」と負い目に感じてしまうこともあるだろう。しかしそれも、自分が共同体や他者に支えられて生きていると自覚するからこそ芽生えるものかもしれない。
さらに深ぼってみると、人間と非人間に分け隔てなくあらゆる命が影響を与え合うことを認識するKincentric relationship(類縁関係)や、生物を関わり合いの中でそれぞれに生きる主体として捉えるマルチスピーシーズなども挙げられる。
こうした個に閉じない考え方は、国際目標が分野ごとに独立したり、社会環境課題を個人の責任に矮小化したりすることに歯止めをかけ、社会が本来備えている複雑な関わりあいを認識する助けとなるかもしれない。
では、国際目標に相互依存性の要素が取り入れられたら、どんなものになるだろうか。SDGsをもとに考えてみると、例えば目標一覧は表のように並ぶのではなく、目標が線で繋がり、優先度に応じて目標の大きさが異なるような図式になるかもしれない。そもそも分野で一つの目標ではなく、例えば都市部と地方それぞれの目標など、多様なアクターを取りまとめるような目標の掲げ方も考えられそうだ。

複雑に繋がりつつバランスをとる図式の様子は、木々が複雑に枝を伸ばしつつ、光合成のために重なりを避ける「クラウン・シャイネス現象」に似通うかもしれない|Image via Shutterstock
複雑さと分かりやすさの調和
SDGsという概念の普及は、社会に何も影響を与えなかったわけではない。ビジネスや個人の垣根を超えて、社会や環境との繋がりを再認識する機会を生み、「解決すべき国際課題がある」「何かアクションを起こさねば」という感情を喚起し、少なからず行動を後押ししただろう。目標があってこそ起きた変化もある。
しかし2025年を迎えた今、それでは「誰一人取り残さない」社会の実現には不十分であった可能性が垣間見えている。分かりやすい目標の見せ方は賛同を得やすい一方で、テーマごとに分断された理解を許してしまい、その単純化の過程の中で「誰かを取り残す」ことも起きうる。
複雑に絡み合う課題を、ある程度の複雑さを保って受け入れ、向き合い続けていく──その姿勢を支える概念がポストSDGsにおいて重要であるはずだ。
※1 1.持続可能な開発目標(SDGs)採択に至る経緯|文部科学省
※2, 9 第1章 地球環境の限界と持続可能な開発目標(SDGs)|環境省
※3 認知度91.6%! もはや誰もが知る言葉となった、2023年の「SDGs」の現在地 ── 生活者とSDGsのいまがわかる|講談社SDGs
※4 Who knows the Sustainable Development Goals in France, Germany, the UK and the USA?|Focus 2030
※5 ポスト2030に向けた起点となる2025年とは 蟹江教授が読み解くSDGsと未来【1】
※6 「ポストSDGs」に「ウェルビーイング」をぶち込みたい|日経ESG
※7 企業のSX推進に向けて高まる「ウェルビーイング指標」の重要性【東京大学】
※8 なぜ今、ウェルビーイングなのか?|Business Transformation
※10 Responsibilizing the Net-Zero Hero? Creation and Implications of a Tragic Subject Position – Tom van Laer, Morgan E. Smith, 2025
※11 私たちはなぜ贈るのか? 「贈与」を哲学する7つの問い。|FUTURE IS NOW
【参照サイト】第1章 地球環境の限界と持続可能な開発目標(SDGs)|環境省
【参照サイト】1.持続可能な開発目標(SDGs)採択に至る経緯|文部科学省
【参照サイト】Why is this colorful little wheel suddenly everywhere in Japan?
【参照サイト】Summit of the Future
【参照サイト】‘Net zero hero’ myth unfairly shifts burden of solving climate crisis on to individuals, study finds|The Guardian
【参照サイト】SDGsの研究における課題とポスト2030|文部科学省国際戦略委員会
【参照サイト】【SDGs達成度ランキング】日本、2024年は世界18位に上昇 気候変動対策など最低評価
【参照サイト】ウェルビーイングが導く、社会課題の解決法・前編 「ポストSDGs時代」の新たな指標をつくる意義 | phronesis | 東洋経済オンライン
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