2025年11月10日から22日、ブラジル北部のベレンでCOP30(国連気候変動枠組条約第30回締約国会議)が開催された。
2015年にアマゾンと出会って以来、その営みに惹かれ続けてきた筆者にとって、初めてアマゾンで開かれるCOP30はどうしても現地で確かめたい場だった。宿泊費の高騰やバッジ取得の困難を友人・現地家族の助けで乗り越え、ようやくベレンに辿り着いた。
街全体が会場化したCOP30では、公式ゾーンだけでなく、市民団体や大学、先住民族が主催する空間が同時多発的に展開されていた。公式ゾーンだけでも膨大なセッションが並ぶ中、こうした多層構造ではすべてを追うのは不可能だ。多層的なイベントの全容を追うのは難しく、歩くほどに「どのテーマを軸に見るか」でまったく違うCOPが立ち上がってくるのを感じた。
このレポートも「筆者が歩いたCOP30」として読んでもらえたら幸いだ。

2015年から歩き続けてきたアマゾン。その集大成の場となったCOP30の会場は感慨深いものがあった(筆者提供)
先住民族が主導したAldeia COP(Village COP)
筆者が実際に足を運べたのはほんの一部だが、どこへ行っても感じたのは、「市民が動いたCOPだった」ということだ。ブラジル・アマゾンでの開催を誇りに思う空気、そして「自分たちがこの場をつくるのだ」という熱が、街にも会場にも満ちていた。
しかし、宿泊費の高騰は、先住民族の参加を阻む大きな壁に。そこで、「自分たちのやり方で場をつくろう」と生まれたのがAldeia COP(Village COP)である。パラー州政府、先住民族省、そしてブラジル先住民族運動全国組織(APIB)が協力して準備が進められたAldeia COPでは、パラー連邦大学のキャンパスが開放され、世界中から約3,500人が集った。木陰のハンモックがあり、炭火の匂いがただようその空間には、公式ゾーンにはない“生活の温度”が満ちていた。
「世界中から集まる仲間が一緒に寝泊まり語り合える、自分たちの村をつくろう」その発想は、アマゾンの現場でよく見る光景とも重なる。 筆者も村を訪れるときはハンモックを持って行き、住民の家で過ごしながら多くを学んできた。
Aldeia COPには、60以上の教室、体育館、芸術棟、医療スペース、大規模な食堂が整えられ、朝から晩まで多様なセッションが続いた。
今回のCOP30には、世界各地からの参加も含め、およそ5,000人の先住民族がベレンに集まった。さらに、国連が管理する交渉エリアであるブルーゾーンには、900人の先住民族が公式登録された。これは、これまで最多だったドバイCOP28(約350人)の2倍以上にあたる。

「世界の先住民族女性の出会い」セッションでは、ブラジル、メキシコ、タンザニア、フィリピンから参加した女性たちが対話を重ねた。フィリピンの参加者(右から二番目)は、「もっと大きな場で自分たちの問題を語っていいのだと感じた。母国では味わえなかった“自由さ”がここにはある」と語っていた。(写真:筆者撮影)

会場に設けられた『先祖の家』。先住民族の伝統と記憶を象徴する空間(筆者撮影)
︎「気候正義」と「領土保護」をめぐる、7万人の訴え
こうした参加の広がりの背景には、彼らが「いま声を上げなければならない」と感じている2つの理由がある。それは、「森で生きる権利が危機に瀕している」という現実と、「自分たちこそが気候危機の解決策である」という確信だ。
先住民族は気候変動の“最前線”にいる。干ばつ、高温化、歴史的な火災、干上がった川──昔から森と川に支えられてきた暮らしは、いま気候変動によって深刻に揺らいでいる。生活すべてが自然と密接につながっている先住民族にとって、環境変化は文化そのものの断絶につながる存在の危機だ。だからこそ彼らは、気候正義と行動の緊急性を強く訴えていた。
同時に、自分たちの土地が高い森林保全率を保っていることも、彼らはたしかな根拠として示す。ブラジル先住民族全国連合によると、ブラジルにおける先住民族の土地では、この40年で失われた植生はわずか1.2%(※)。国全体の18〜20%と比べると、その差は歴然だ。違法伐採や鉱山、農業開発の強力な圧力があっても、権利と領土が守られた場所では、森は守られている。これが「先住民族の土地の保護」と「気候行動」は切り離せない、と彼らが訴える所以だ。
それは7万人が参加した気候マーチでも、中心に掲げられたメッセージだった。行進には、先住民族、伝統的コミュニティ、農民グループ、労働団体、さらにはパレスチナ問題に声を上げる参加者まで、多様な人々が加わっていた。ブラジルの抗議行動でお馴染みの太鼓のリズムに、先住民族の象徴であるマラカス、地元音楽のカリンボーが重なる。
マーチのメイン車両には、環境・気候変動省大臣マリナ・シルバと先住民族省大臣ソニア・グアジャジャラの2人が登壇し、行進への支持を表明した。マリナ大臣は次のように語った。
「COP30は、川辺、都市、農地、森──周縁に生きる人々が出会う場。気候変動の影響をもっとも受ける場所からこそ、正義ある移行の道を描かなければならない」
特筆したいのは、マリナ大臣もソニア大臣も森や先住民族の現場をよく知る当事者だという点だ。その2人が政府閣僚として市民のマーチに立ち、迷いのない言葉を発していた姿には、政治と市民の距離の近さが感じられた。彼女たちは、もともと現場から政治に入った人たちだ。守りたい場所や人があり、その重みを抱えながら、社会を変えようとしている。

COP30グローバル気候正義アクションに参加するマリナ環境・気候変動省大臣とソニア先住民族省大臣。写真:Allegra Zaia、Maria Eduarda Matias(出典:COP30公式ページ)

『ムンドゥルク族の土地は聖なるもの──侵略と不敬はもうたくさんだ!』マーチで響いた、領土保全を訴える声。(写真:筆者撮影)
若手育成プログラム「Kuntrai Katu」が、“周縁”から“交渉の中心”へ
COP30で先住民族が存在感を示したのは、「数」だけではなかった。政策決定の現場に、主体として切り込んでいく力を獲得しつつあることだ。
その象徴が、ブラジル先住民族省が外務省、ブラジル外交官学校と協力して立ち上げた若手育成プログラム「Kuntrai Katu(クンタリ・カトゥ、トゥピ系の言葉で「よく話す者/正しく話す者」)」である。
全国から選ばれた30人の若い先住民族リーダーたちは、1年以上かけて政策交渉の基礎を学んだ。その多くは大学・大学院で公共政策や人権を学び、英語・ポルトガル語・自民族語を自在に行き来しながら政策文書を読み込み、国際交渉の現場で発言できる力を身につけた。
COP期間中、彼らはブラジル代表団の交渉官に同行し、リアルタイムで交渉を追った。そして夜になるとAldeia COPに戻り、その日の交渉内容を仲間たちにブリーフィングする。Aldeia COPの閉会式で、ソニア先住民族省大臣は次のように語った。
「クンタリ・カトゥの若者たちは、交渉のどこに動きがあり、どこが行き詰まっているのかを伝えてくれました。私たちはその情報をもとに外務省や環境省と連携し、交渉文書に“私たちの言葉”を一つひとつ加えていったのです。最終文書の中に先住民族の存在と権利がきちんと反映されたのは、この若者たちの働きによって実現したことです」
ブラジルで先住民族の権利が憲法に明記されたのは1988年。COPが始まったのはその7年後。この30年、両者はゆっくりと重なりながら前へ進んできた。 COP30では、その歩みが“周縁から中心へ”届き始めていると感じた。

Aldeia COP閉会式で40分間、圧倒的な存在感で語り続けるソニア・グアジャジャラ先住民族省大臣。2週間の過密スケジュールを経ても、その言葉は力に溢れ、会場を釘付けにした(写真:筆者撮影)
若きリーダーとの出会い。文化と命が支える森
そんな折、友人に誘われた夕食の席で、筆者はクンタリ・カトゥに参加する34歳のカマユラ族の女性Kaianaku Kamaiuraと出会った。彼女の話には、ここに書ききれないほど多くの示唆があったが、今回はその中でも特に印象に残った点を紹介したい。
村と街を行き来しながら教育を受けた彼女は、高校卒業後に村へ戻ると、学校運営や会議の通訳、リーダーたちの補佐役を務め、いつしか先住民族社会とブラジル社会をつなぐ役割を担うようになった。大学進学か結婚生活の継続か──どちらかを選ばなければならなくなったとき、彼女は学びを選んだ。シングルマザーとして厳しい視線を受けながらも勉強を続け、修士課程では政策提言の方法を学んだ。そして今、彼女はクンタリ・カトゥの一員として、国際交渉の最前線を追いかけている。

COP30の交渉室で、各国の議論を最前線で見つめるKaianaku(写真:本人提供)
「子どもの頃は、村にいると本当に満たされ、『ここには全部あるじゃない、何が問題なの?』って思っていました。でも大人になると、構造的な問題が見えてきたんです」
クンタリ・カトゥではパリ協定6.4条(国際カーボンクレジット制度)という、きわめてテクニカルなテーマを担当していた彼女だが、強調していたのは「文化もまた、気候の議論の中心にあるべき」いう点だ。
森を「炭素を蓄える場所」というモノとしてだけ見るのは不十分である。そこには人がいて、歴史があり、命の営みがある。この視点が欠ければ、森は本質的には守れない。そして、文化こそが他者と分つものであり、強みになるとも訴える。
最終文書で「文化」の扱いはまだ不十分。それでも、今回のCOPで「文化」が初めて真正面から議題に上った──その事実を、彼女は大きな前進と呼んだ。
彼女の話で、もうひとつ強く胸に残ったのが、先住民族が日常的に直面している命をかけた現実についてだった。
「ブラジル社会の多くの人々は物価の高騰やインフラの不備に不満をこぼしています。しかし私たちが向き合っているのは、領土侵害、森の破壊、違法採掘、暴力の脅威──生き延びられるかどうかに直結する現実です」
実際、この危険は数字にも表れている。2022年の第5回アマゾン先住民サミットの報告書によれば、2015〜2019年上半期だけで232人の先住民リーダーが土地や資源をめぐる争いによって殺害された。これは「昔の話」ではなく、いまも続く現在進行形の危機だ。Aldeia COP閉会式でのソニア先住民族省大臣の言葉が、状況の厳しさを物語っていた。
「良心を持つ多くの人々に、理解してほしいのです。誰が実際に森に立ち、多くの場合、自らの命をかけて守っているのか、を」
COP30で突きつけられたのは、アマゾンの森が“自然に残った”のではなく、誰かが日々の営みと危険を抱えて守り続けてきた結果だという事実だった。その現実に向き合うとき、気候危機とは単なる環境問題ではなく、文化や権利、命のあり方が交差する問いであることが見えてくる。
ベレンで出会った人々の声は、私たちに一つの方向性を示している。森を守る仕組みを語るときには、そこに生きる人々の視点を決して脇に置いてはならない。COP30は、その原点を改めて思い出させる場だった。
※ NDC dos Povos Indígenas do Brasil
【参照サイト】COP30: The UN Climate Change Conference
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Edited by Megumi
寄稿者プロフィール:武田エリアス真由子(たけた・えりあす・まゆこ)
2015年に初めてアマゾン奥地の村を訪れ、その豊かさと人々の生命力に魅了される。その後、NGOや企業を自ら立ち上げ、約10年間にわたり先住民や地域住民と協働して森を守る活動に携わってきた。現在は国際環境NGOコンサベーション・インターナショナル(CI)ジャパンのプロジェクトマネージャーとしてブラジルに在住し、日本とアマゾンをつなぐ役割を担っている。






