テクノロジーの進化によって、暮らしは効率的になった。しかし、通勤に1時間、病院や学校も遠く、ちょっとした用事にも移動がつきまとう状況に、違和感を覚えている人も多いだろう。仕事、医療、買い物、友人との時間──気付けば、日常がバラバラな場所に散らばり、毎日が移動の連続になっている。本当に、これが私たちの望んだ暮らしだったのだろうか。そんな疑問から生まれたのが、「15分都市」という考え方だ。
情報は一瞬で届き、世界の誰とでも簡単につながれる時代。それでも、家からスーパーまで徒歩20分、病院や学校はさらに遠く、友人と会うにはスケジュールを合わせて、待ち合わせ場所に行くにも電車に乗らなければならない。本当に、これが私たちの望んだ暮らしだったのだろうか──そうした問いに、ひとつの考え方として注目されているのが「15分都市」という都市のあり方である。
「15分都市」という概念は、フランスのカルロス・モレノ教授によって提唱され、アンヌ・イダルゴ市長のもと、パリの都市政策に組み込まれた(※)。徒歩や自転車で15分以内に移動できる範囲に、仕事、教育、医療、文化、ショッピングなどの生活機能が集約される都市設計は、移動の負担を減らし、地域コミュニティのつながりを強める。こうした流れは世界中に広がり、メルボルン、ブエノスアイレス、上海、ポートランドなどの都市でも採用されている。
そして2025年、ベルギーの首都・ブリュッセル市は持続可能なコミュニティ開発計画・BXL 2050の中で「city of proximity(近接性のある都市)」というブランドを掲げ、さらに進んだ形でこのアイデアを取り入れようとしている。パリの「15分都市」よりもさらにコンパクトな「10分都市」の実現を目指し、住民が徒歩や自転車で移動しやすい都市づくりに取り組んでいるのだ。
この取り組みを支えるのが、新たに導入されたデジタルツールだ。これは、都市の施設やサービスがどのように分布しているかを可視化し、不足している部分を明らかにするもの。住民や行政がどこに何が必要かを判断しやすくなることで、街の再設計がより効果的かつ効率的に進められる。単なる計画ではなく、データを活用しながら「10分都市」のビジョンを現実のものにしているのがブリュッセルの特徴だ。

サービスのアクセシビリティを示すヒートマップ。明るい黄色はアクセシビリティが高い、濃い青はアクセシビリティが低いことを示す。左はリサイクル施設へのアクセス、右は公共交通へのアクセスを示した図。Image via Cartographic atlas
さらにブリュッセル市は、ベルギーの大学で構成された学際的な学術コンソーシアムの支援を受けて、「city of proximity」という概念に対するさまざまなアプローチの比較研究を実施。研究チームは、各施設の実際の使用パターンに基づいて、以下のようなアクセス基準を設けた。
どの地点からも徒歩5分圏内にあるべきもの(一部)
- ガラスのリサイクルスポット
- 共同堆肥化施設
- マイクログリーンスペース
- 公共交通機関の停留所
- 自転車置き場
どの地点からも徒歩20分圏内にあるべきもの(一部)
- 3ヘクタールを超える緑地
- 中学校
- 高齢者住宅
- プール
- 病院
- 公共サービスの受付窓口
このツールには今後、新しい施設やサービスが都市のアクセシビリティに与える影響を測る「インパクト評価」や、都市の変化を時系列で追跡できる機能の追加などが予定されている。
ブリュッセルの事例が示唆するのは、都市がどのように人々の生活の質を高められるか、という問いだろう。都市はただの建物の集合体ではなく、そこに住む人々の関係性をデザインする場でもある。ブリュッセルが目指す「city of proximity」は、単なる利便性の追求ではなく、市民が人間らしいつながりを取り戻すための都市のあり方を再考する試みとも言えるのではないだろうか。
インタラクティブ・マッピング・ツールのベータ版はこちらから閲覧可能だ。収集されたデータが、どのように説得力のある物語へと変わっていくのか。街の変化を注視していきたい。
※ 15分都市の意外な定着性|ポストコロナ時代の新たなアーバニズムを解説
【参照サイト】Municipal Plan for Sustainable Development – BXL 2050
【参照サイト】Brussels’ new tool brings the 10-minute city closer to reality
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