近年ヨーロッパは、行政およびビジネスの分野で「サステナビリティ」「サーキュラーエコノミー」の実践を目指し、さまざまなユニークな取り組みを生み出してきた。「ハーチ欧州」はそんな欧州の最先端の情報を居住者の視点から発信し、日本で暮らす皆さんとともにこれからのサステナビリティの可能性について模索することを目的として活動する。
ハーチ欧州メンバーによる「欧州通信」では、メンバーが欧州の食やファッション、まちづくりなどのさまざまなテーマについてサステナビリティの視点からお届け。現地で話題になっているトピックや、住んでいるからこそわかる現地のリアルを発信していく。
前回は「修理」をテーマに、欧州各都市のリペア事情を取り上げた。今回の欧州通信では「エネルギーシフト」をテーマに、欧州各都市の再生可能エネルギー事情を取り上げていく。
【イギリス】142年の石炭火力発電に幕。再生可能エネルギーへ本格転換
イギリスは142年続いた石炭火力発電を正式に停止し、再生可能エネルギーへの転換を加速させている。産業革命を支えた石炭は、かつてはエネルギー供給の中心だったが、近年の環境問題への対応として、その役割を終えることになった。2024年9月末に最後の石炭火力発電所であるRatcliffe-on-Soar発電所が閉鎖され、これによりイギリスの電力供給は主に風力、太陽光、原子力に移行していく。

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石炭火力発電はCO2排出量が多く、気候変動対策の観点からも廃止が求められてきた。政府は2035年までに電力システムを完全に脱炭素化する目標を掲げており、その一環として石炭火力発電を段階的に削減してきた。今回の閉鎖は、この目標に向けた重要なマイルストーンとなる。
今後、イギリスは世界最大規模の洋上風力発電プロジェクトや、新たな原子力発電所の建設を進め、エネルギーの安定供給を確保しながら脱炭素化を推進する。電力価格の変動やエネルギー安全保障の課題も残るが、化石燃料依存からの脱却に向けた大きな一歩だ。
【参照サイト】UK to finish with coal power after 142 years(BBC)
【オランダ】再エネ率高まる。「送電網の混雑」解決のための実験をビーチ・ハウスで実施
オランダは2050年までに気候中立を目指し、再生可能エネルギーの導入を積極的に進めている。特に注力するのは、洋上風力発電と水素エネルギーだ。2024年上半期、オランダの総電力生産の53%が再生可能エネルギー由来となり、初めて化石燃料を上回った。しかし、送電網の混雑(グリッドコンジェスチョン)が深刻化している。特に、太陽光発電の急増による昼間の過剰発電が一部地域で発生し、新規プロジェクトの接続制限が課題となっているのだ。
この課題に対処するため、デン・ハーグ市自治体と送電事業者Stedinは「オフグリッド・スマート電力網」の試験プロジェクトを開始した。

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オフグリッドシステムは、地域内で発電・蓄電・消費を完結させることで中央の送電網への依存を減らし、ピーク時の電力需要を分散させるため、送電網の混雑緩和に寄与する。デン・ハーグ市とStedinは、スヘフェニンゲンの海岸沿いのビーチハウス「The Shore」や「Beach Stadium」で、「スマートビーチグリッド」を開発。これは、独立した低電圧電力網で、ソーラーパネル、ヒートポンプ、EV充電ステーション、イベント施設などを接続し、地域内でエネルギーを自給自足できるシステムだ。
中核となる「ビーチバッテリー」(360kWh)は、電気自動車のリサイクルバッテリーを活用し、ピーク時の電力需要を緩和。晴天時の余剰電力を蓄え、夜間や需要が高い時間帯に供給する仕組みだ。これにより、送電網の負担軽減とエネルギーの最適利用が可能となる。なお、現時点ではオフグリッドの仕組みで電力を供給することはオランダでは合法ではないが、季節限定の構造物として法で定められている「ビーチ・ハウス」を活用することで、法的な柔軟性を確保し、パイロットプロジェクトを実現している。
スヘフェニンゲンでの2年間の試験運用後、Stedinはこのモデルをオランダ国内の他の低電圧ネットワークへ拡大予定。再生可能エネルギーの安定供給と送電網の混雑解消に向けた、持続可能な解決策として期待されている。
【参照サイト】Beach clubs at Scheveningen powered by a self-regulated electricity grid
【スペイン】地域主導で進むスペインのエネルギー転換
スペインでは、地域主体でエネルギー転換を進める「エネルギー・コミュニティ」の仕組みが広がっている。これは、地域の住民や企業が共同で再生可能エネルギーを生産・管理・消費する仕組みであり、エネルギー利用の効率化とコスト削減が可能だ。
こうした取り組みを支援するバルセロナのKm0 Energy社は、カタルーニャ州内で100以上のエネルギー・コミュニティの運営をサポートしている。同社が特に力を入れているのが、カタルーニャ州ジローナ県と共同で進めるReschoolプロジェクトだ。EUの助成を受けているこのプロジェクトの目的は、地域ごとのエネルギー管理能力を高め、太陽光発電設備の拡充や蓄電システムの開発、送電網の最適化を通じて、持続可能なエネルギー供給体制を確立することだ。

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ジローナ県内では、4つの町から90世帯、30の公共施設、2つの企業が参加し、実証実験を行っている。今後、各家庭や施設にスマートメーターが設置され、一部の村では共有バッテリーの導入やEV(電気自動車)充電ポイントの設置が予定されている。こうした取り組みにより、地域内でのエネルギーの融通が可能となり、電力の安定供給やコスト削減が期待される。
【参照サイト】Unlocking the potential of energy communities
【フランス】再エネと地域活性化を両立。墓地を太陽光発電の基地に?
フランスは、2050年までにカーボンニュートラルを達成するための「エネルギー・気候戦略」を公表している。現在はエネルギー消費の37%が石油、21%が天然ガスに依存しており、この戦略で化石燃料からの脱却を目指す。フランスはこの目標を達成する最初の先進工業国となることを目指している。
そんなフランスの西部、海に近いサン=ジョアシム村では、地域エネルギー協同組合を設立し、再生可能エネルギーの活用による地域活性化を目指している。地元住民が主体となり、太陽光発電システムを利用して電力を生産し、村内の家庭や企業に供給。プロジェクトの特徴は、エネルギーの生産が地域内で完結しており、その売上が地域社会に還元される仕組みとなっている点だ。これにより、地域は化石燃料への依存を減らし、エネルギー自立を実現するとともに、環境への負荷を軽減している。
さらに、サン=ジョアシム村はそのエネルギー供給源を拡大し、墓地に太陽光パネルを設置するというユニークなプロジェクトも進めている。この計画では、墓地の屋根や墓石に設置された太陽光パネルを活用して、発電した電力を地域に供給。墓地という静かな場所を再生可能エネルギーの生産基地に変えることで、地域経済にも貢献し、サステナブルなエネルギー供給を実現しているのだ。
住民が主体的に関与することによって、持続可能なエネルギー社会の実現に向けた意識が高まり、地域全体でのエネルギー自立が可能となる。このような地域主導のエネルギー運営は、フランスだけでなく、世界各国における再生可能エネルギー導入の一つの指針となり得るだろう。
編集後記
英国の142年にわたる石炭火力発電の幕引きから、オランダの送電網混雑を解消するための実験、スペインにおける地域エネルギーの自立、そしてフランス・サン=ジョアシム村の墓地を活用した革新的な再エネプロジェクトまで、各国で多様な再エネ推進が進められている。これらの取り組みは、技術革新だけでなく、地域住民の意識改革と協力があってこそ成り立つものだろう。
Ember Energyのインサイトでは、2023年にEU全体で風力と太陽光が初めて化石燃料を上回ったことが報告された。再エネの本格的な時代が始まったと言っても過言ではない。
各国の動きにも、その兆しがはっきりと現れている。英国では、北海の洋上風力を中心に風力発電が電力の約3割を支え、スペインでは、風力と太陽光の合わせ技で発電量の半分以上を再エネが占めるまでに成長。オランダは、EU内でも屈指の太陽光大国として、電力の4分の1以上を太陽光が担う。そしてフランスも、原子力が主力である一方、商用の洋上風力発電が始動するなど、着実に変化の兆しが見え始めている。
ただし、この流れを持続可能なものにするためには、各国が抱える課題、例えばオランダの送電網混雑や英国の風力建設費高騰といった現実にも向き合い、政策支援や社会的な合意形成を進めていく必要がある。欧州通信では、今後もこれらの動向を丁寧に追いかけていきたい。
Written by Megumi, Kozue Nishizaki, Risa Wakana, Erika Tomiyama
Presented by ハーチ欧州
ハーチ欧州とは?
ハーチ欧州は、2021年に設立された欧州在住メンバーによる事業組織。イギリス・ロンドン、フランス・パリ、オランダ・アムステルダム、ドイツ・ハイデルベルク、オーストリア・ウィーンを主な拠点としています。ハーチ欧州では、欧州の最先端の情報を居住者の視点から発信し、これからのサステナビリティの可能性について模索することを目的としています。また同時に日本の知見を欧州へ発信し、サステナビリティの文脈で、欧州と日本をつなぐ役割を果たしていきます。
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