建設的──物事の悪い点を指摘するだけでなく、改善や解決に向かうためにどうするかを考え、提案する姿勢であること。これをメディアで実践しようとするのが、「建設的な報道」の考え方だ。
たとえば、問題に直面したときの人々の対応や、前向きな行動を報じるのも一つの方法である。IDEAS FOR GOODでも、これまで世界のさまざまなアイデアを紹介してきた。
しかし、いつも頭を悩ませる、どうあがいてもポジティブには報道できない話題──現在進行中の紛争や戦争に関する話もある。たとえばガザの紛争などの問題を、ただ速報を出すだけでなく、対立を煽るわけでもなく、より世界がよくなる形で報道しようとするなら、メディアはどう語ればいいのだろうか。
ドイツには、人々が建設的な議論を進めるための報道の仕方について研究している団体がある。ドイツ西部の都市ボンを拠点にするボン・インスティテュート(Bonn Institute)だ。地方紙ライニッシェ・ポストや、国際放送ドイチェ・ヴェレなど、国内の多くのメディアに対して、建設的な報道を増やすための研修プログラムを提供してきた(※1)。ヨーロッパで初めて建設的な報道の大規模なフェスティバル「b° future festival」を開催し、約4,000人を動員し続けている実績もある。

Photo by Bettina Koch
今回の取材には、筆者の個人的な思い入れもあった。2017年にベルリンの大学で初めてジャーナリズムに触れ、現地の教授から多くの学びを得た者としては、政府がイスラエル支持の姿勢を示しているなかで、メディアがどのような状況下で紛争報道をしているのかが気になっていた。
ドイツメディアは、今どのような状況なのだろうか。紛争は、建設的に語ることができるものなのだろうか。多くのメディアを研修するボン・インスティテュートのピーターが取材に応じてくれた。
話者プロフィール:ピーター・リンドナー(Peter Lindner)
Bonn Instituteのプロジェクト・研究部長。ドイツの日刊紙『南ドイツ新聞』にて、政治部の部長を約12年間、オンライン版の副編集長を6年以上務める。2022年には、デンマークのConstructive Instituteのプロジェクトにて、ジャーナリズムが社会の建設的な対話を促進するためのアプローチを研究。アメリカのSolutions Journalism Networkの認定トレーナー。Bonn Instituteでは、ジャーナリズムによる民主主義、対話、イノベーションに取り組んでいる。
ドイツとメディアの今を知る
ドイツ国民がイスラエル寄りとは限らない?
ドイツは、アメリカに次いでイスラエルへの武器提供を多く行っている国とされている。2024年10月の連邦議会で、ドイツのショルツ前首相は、イスラエルへの武器供給を通じて自衛支援を継続すると述べた。
その背景にあるのは、ショルツ前首相自身が発言した「国是(Staatsräson)」の考えである。歴史的な責任から、ユダヤ人の住むイスラエルの安全を守ることがドイツの道理だとするこの原則が、現在の外交政策に根付いているのだ。2025年4月には、イスラエルのガザでの攻撃に反対するデモに参加した4人の市民を国外追放する予定だという報道もあった(※2)が、同年5月6日の裁判でそのうちの1人のアイルランド出身の市民は勝訴し、国外追放を免れることになっている。
2025年5月に新たに首相に就任したメルツ氏は、西ドイツ放送公社(WDR)のインタビューで、イスラエルの軍事作戦の拡大に言及し「なぜ、このようなやり方で民間人を傷つけるのか理解できない。ハマスのテロに対する戦いとして、もはや正当化できない」
と語った(※3)。国家として引き続きイスラエル寄りの姿勢を取りつつも、攻撃に関しての批判はしている状況だ。
ベルリンやフランクフルトなど、各地でイスラエルの行動を批判するデモも行われている。2024年8月に実施された世論調査では、国民の15パーセントがパレスチナ・イスラエル戦争に関するメディアの報道を「全く信頼していない」33パーセントが「少ししか信頼していない」と回答し、31パーセントが「報道はイスラエル寄りだ」と回答した。調査では、多くの報道ではパレスチナ側の視点や文脈、被害状況がほとんど紹介されず、バランスを欠いているとの声が挙がっている(※3)。
ドイツメディアの報道への影響
国境なき記者団が発表した、ドイツの報道の自由に関するレポートでは、複数のジャーナリストが「イスラエルの攻撃のあり方に問題提起をする記事の提案が拒否されるケースがあった」と証言しており、イスラエルの攻撃を批判する際に使う用語に関しても、極めて時間のかかるチェックと交渉のプロセスが発生していると、特に海外特派員が報告していることがわかった(※4)。
ただ、こうしたレポート一つで「つまりドイツメディアは、政府から抑圧されているんだ」「言論統制があるんだ」と断じることはできない。2025年5月に発表された報道の自由度ランキングにおいて、ドイツは世界11位。日本の66位と比べると高い水準で、国境なき記者団も、ドイツの報道の自由に関しては「概ね要件を満たしている(Satisfactory)」と評価している(※5)。
ボン・インスティテュートのピーターは、こう語る。
「報道の内容について、南ドイツ新聞で働いていた時期も含めて、権力者(たとえば政府など)による言論統制を経験したことはないよ。いつも独立性を保ち、多角的な視点とニュアンスに富んだ報道をしたいと思っている。そうすることで初めて、オーディエンスとの信頼を築けるんだ」
ドイツメディアの紛争報道に関しては、この記事を書いている間にも刻一刻と状況が変わっているので、現時点での状況の共有に留めたいと思う(2025年6月時点)。ドイツ国民の半数程度が「全く信頼していない」「少ししか信頼していない」と感じているのは事実。抑圧を感じている人がいるのも、感じていない人がいるのもまた事実なのだ。
紛争報道には、もっと希望が必要だ
紛争に関する話題は特にセンシティブで、感情的な反応が起こりやすい。
2025年5月に発表された調査では、ドイツにおける公共の議論がますます粗野になっていると書かれていた。「頻繁に」または「非常に頻繁に」起こることとして、人々が自分の意見に固執したり、他の人の話を遮ったり、論点をずらしたり、重要な事実を意図的に隠したり、相手の属性などへの偏見を伝えたり、公の場で無礼に振る舞ったり、相手を罵ったり、などが言及されている(※7)。
このような状況のなか、ボン・インスティテュートでは、以下の三つの要素をもとに、ドイツのメディアや、ジャーナリスト志望の学生たちに向けた研修を提供している。
- 解決策への焦点:問題への対応と、その取り組みが有効なことを示す証拠、他の場所での応用可能性、取り組みの課題
- 複数の視点:多様な指標、複雑性、ミクロとマクロの視点、「この報道がどのような影響を与えるか」の自己反省
- 建設的な対話:共感ベースの関心、公平性、「なぜ起こったのか」ではなく「これから」を探る未来志向
ボン・インスティテュートが発表した紛争報道に関するレポートでは、ドイツのさまざまな地域・年齢・性別・生活状況の人々からメディアへの要望として、紛争の背景にある問題を掘り下げるだけでなく「では、どうすれば状況が改善されるか」「平和を実現するために私たちができることは何か」をより多く報じてほしいと書かれていた(※6)。
また、複数のジャーナリストが回答した「紛争報道をより建設的にする方法」として、「犠牲者と加害者」といった二分論から離れることや、紛争の影響を受けた当事者に話を聞き、彼らを無力な犠牲者としてだけでなく自ら行動できる存在だと描写すること、歴史的に類似の事例や成功した和平への取り組みを分析することなどが取り上げられていた。希望を可視化することで、読者が戦争報道に対して抱く無力感を軽減し、関心を持ち続けられるようにするのだ。
レポート全文は、下記リンクで読める(英語)。
▶️ Constructive Opportunities and Challenges – Journalism in Times of War
「全方位的な共感」の実施
メディアや学生への研修で伝えている建設的な報道のマインドセットについて、ピーターはこう語る。「紛争に関しては、全方位的な共感を大切にしている。これは、すべての人の立場に同時に立つことであり、誰にも肩入れしないことなんだ」
全方位的な共感(omnipartiality)とは、もともと米国の紛争解決センターの所長ケネス・クロークが著書『危険な仲介:紛争解決の最前線』の中で提唱した造語だ。まったく偏りのない対応は難しいが、双方の立場や言い分を理解し、共感し、仲介を進めていくというのである。
「人々の対話を促すという意味では、ジャーナリストは仲介者と同じような役割を果たせると思う。特定のグループの味方になるわけではなく、人々の心配事や期待していることをできるだけ理解しようとし、難しい問題について当事者自身が言語化できるようにサポートする。これが、人々の橋渡しになり、解決策を探っていく姿勢だと思うんだ」

Photo by Bettina Koch
筆者は、ベルリンの大学でジャーナリズムの役割について「権力の監視役。誰の干渉も受けないこと」と「偏りのない本当に“中立な立場・情報”は存在しないこと」を同時に教わった。実際、誰の立場にも忖度しないで報道するのは難しく、そして、すべての人に共感するのはますます難しく思えた。そのことを悩みながらもピーターに伝えると、このような答えが返ってきた。
「難しいかもしれないが、この全方位的な共感のマインドセットを実践しようとすることはできる。私も、実際に認定紛争調停人になるための訓練を受けているんだ。専門的な距離を保ちながらもさまざまな当事者の話をよく聞き、共感し、こちらからもどんな質問をしたら状況がより良くなるのか、日常の業務のなかで何度も何度も意識してトレーニングしているよ」
編集後記
建設的な報道は、ハッピーなニュースを拡散することではない。ボン・インスティテュートの取材、そして建設的な報道という言葉を提唱したデンマークのコンストラクティブ・インスティテュート(Constructive Institute)の研修を経た今、建設的な報道とは、難しい状況下でメディアが「それでも前を向いて解決に向かう切り口を探ろうとする姿勢」だと筆者は考える。
今起きている紛争をより俯瞰し、双方にとっての落としどころを探る。すべての立場に共感することの難しさはありつつも、なお仲介する努力を続けることはできる──今回の取材は、今振り返ると、かつてベルリンで学んだ「権力の監視」「中立性の限界」というジャーナリズムの教えに新たな観点を足してくれるような、フォローアップのような時間だった。
ボン・インスティテュートは、建設的な報道をテーマとしたフェスティバル「b° future festival」を毎年開催している。2025年は10月2日(木)から4日(土)まで、ドイツのボンで開催予定だ。メディア関係者以外も気軽に参加でき、音楽を聴いたり、コーヒーを飲んだりしながらジャーナリズムに触れられる場となる。このフェスティバルが対話の場となることで、人々が直接メディアに声を届けることができ、メディアにとっても、よりよい報道の形を模索する機会となるだろう。

Photo by Bettina Koch
※1 Germany is now deporting pro-Palestine EU citizens. This is a chilling new step
※2 Israel’s actions in Gaza ‘can no longer be justified’, says Germany’s Merz
※3 Einstellungen zur deutschen Medienberichterstattung über den Gaza-Konflikt
※4 RSF World Press Freedom Index 2025: economic fragility a leading threat to press freedom
※5 RSF-REPORT ZUR LAGE DER PRESSEFREIHEIT IN DEUTSCHLAND
※6 Constructive opportunities and challenges
※7 Stabiles Medienvertrauen auch in Zeiten politischer Umbrüche
【参照サイト】Bonn Institute
【参照サイト】b° future festival 2025
ピーターのプロフィール写真クレジット:Florian Görner