【イベントレポート】デンマーク人ジャーナリストに聞く、社会に必要な建設的な報道とは?

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以前、コンストラクティブジャーナリズムに関するイベントを行ったIDEAS FOR GOOD編集部。コンストラクティブ(建設的な)ジャーナリズムとは、社会のさまざまな課題(気候変動や貧困、差別、紛争、政治家の不祥事)などを報道するだけでなく、それを解決するためにはどうすれば良いか、を聞き手に考えさせる報道のあり方だ。

コンストラクティブジャーナリズムという言葉は、デンマークで生まれた。2017年には、デンマークの公共放送局元報道局局長であるウルリク・ハーゲルップ氏によって、デンマークのオーフス大学にコンストラクティブジャーナリズムのための研究所(コンストラクティブインスティチュート)が設立されたのだ。

今回、IDEAS FOR GOOD編集部は、ウルリク・ハーゲルップ氏によるオンラインワークショップに参加した。本記事では、コンストラクティブジャーナリズム、そしてジャーナリズム自体の本質について問い直し、今の時代に必要なジャーナリズムのあり方や実行に移すために大事な考え方について、述べていく。

話者プロフィール:Ulrik Haagerup(ウルリク・ハーゲルップ氏)

Ulrik Haagerupコンストラクティブインスティチュート創業者兼CEO。デンマーク公共放送局DR元報道局局長。NORDJYSKE Media元編集長。デンマーク最古かつ最大のメディア・ジャーナリズム学校(DMJX)卒業。コンストラクティブジャーナリストについての講演Youtube

伝統的なジャーナリズムの文化

ウルリクが学校でジャーナリズムを学んでいた時は、いわゆる「調査報道」と呼ばれる報道のやり方が主流であった。「調査報道」とは、非難することを目的に、過去の出来事に対して、「誰が起こしたのか」「どうして起きたのか」を批判的に追求する。つまり、伝統的なジャーナリズムでは不平を暴くことに重きが置かれていたのだ。

学校の初日の授業では、「良い話は悪い話なんだ。ある記事を読んで誰も腹を立てないのであれば、それはジャーナリズムではなく、単なる広告だ(A good story is a bad story. If nobody gets mad, it’s not journalism, but advertising)」と先生から教わったという。

「ある著名なジャーナリストの言葉が引用され、政治家に取材する前には、『なぜこの政治家は嘘をついているのか』と自問せよ、とも言われたんだ。政治家は全員嘘つきだと思って質問をしろとね。もちろんそういうわけではないけど。メディアは人々を怖がらせることで、注意を引こうとしている。平均や真ん中にあることではなく、物事の極限なことを見つけるように教わったんだ。」

放送イベントでの報道や報道に関する多くの報道記者

Image via shutterstock

また、ネガティブなニュースばかり報道される背後には、メディア会社のクライアントが関係することもある。例えば、ロイター通信の最初のクライアントは、保険会社だったという。そのため、自然災害や交通事故などの恐怖を煽る記事を増やすほど、現実の見方はリスクがあるように見え、人々が怖くなり保険商品を売ることができるのだ、とウルリクは話した。

こうしてネガティブな報道が増えるにつれ、ニュースを見るのが嫌になる人が増えている。英オックスフォード大学ロイタージャーナリズム研究所が2019年に発表した調査報告書「デジタルニュース・リポート2019」によると、人々がニュースを避ける理由の最上位に「ニュースを見ると、後ろ向きな気持ちになる」がある。実際、アメリカではあるフィットネスクラブのチェーン店が「健康のために」運動中にニュースを見ることを禁止した事例もあったという。

デジタル化の中で求められる「社会のナビゲーション」

近年、報道の世界でもデジタル化が進んだことで、新しいデジタルニュースメディアが出現し、より早く多くの情報を流せる環境が整ってきている。インターネット上で他社よりも多くのクリック数を稼ぐために、ニュースの情報量そのものが増加したり、報道内容の極限化が進んだりしている。

「デジタルメディアが台頭してきて、クリック数やシェア回数などが評価指標になっているが、それも再考しなければならない。数だけを追い求めると、ジャーナリズムがプロダクトになってしまうから。大事なものが測定できなければ、測定できるものが大切になってしまうのだ。ジャーナリズムは商業的なものではなく、公共サービスステーションとして、人々がより良い決定ができるように、世界を賢く理解することに資するべきなんだ。」

つまり、「大量のニュース」よりも、社会が前に進むための選択肢を与えてくれる「信用できるナビゲーション」が必要なのだ、と彼は強調した。

「コンストラクティブジャーナリズムは、社会のGPSの役割を果たしている。良いGPSはあなたがどこから来て、どこにいるのかという情報だけではなく、目的地にどう行くのかナビゲーションをしてくれる。あなたは最新の信頼のできる情報をもとに、どこへ行くべきかを選ぶことができる。」

スマートフォンを持つ男性の手とオンラインカード(場所の赤いアイコン)。背景には、ぼかした通りと青いロケーションアイコンがあります。オンライン・ナビゲーションとGPSのコンセプト

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社会を前進させる「コンストラクティブジャーナリズム」

多くのメディアはこれまで批判的な調査報道をしてきたが、デジタル化による競合メディアの増加や、ネガティブなニュースを見たくないという人々の気持ちなど、メディアとジャーナリズムを取り巻く環境は大きく変化してきた。そこで、ジャーナリズムの役割とは何かという本質的な問いに立ち向かい、社会に必要とされるジャーナリズムを再考するなかで、コンストラクティブジャーナリズムという手法が誕生したとも言えよう。

デンマークにあるコンストラクティブインスティチュートの定義によると、「コンストラクティブジャーナリズムとは、今日増加するタブロイド化や扇情主義、ネガティブなバイアスがかかったニュースに対応して、速報や調査的な報道に追加するジャーナリズムの手法(仮訳)」を指す。しかし、コンストラクティブジャーナリズムは、速報や調査報道を否定しているわけではない。むしろ、「調査的であること」と「建設的であること」は矛盾しない、とウルリクは主張する。

「行政・立法・司法の三者の権力に加えて、ジャーナリズムは第四の権力とも言われるように、社会を監視する役割がある。コンストラクティブジャーナリズムの手法で報道したからといって、権力を監視しなくていいと言っているわけではない。つまり、やり方の問題だ。ジャーナリズムは、『現実』と『現実の見方』の間にある世界をフィルターにかけるための最も強力な手段なんだ。政治の多くは、人々がメディアでどのように社会で起こっている物事を知覚しているのかという話である。つまり、人々がメディアでどのように社会を認識するかということがマーケティングであり、政治である。だからストーリーテラーであるメディアが大事になってくるのだ。」

ワークショップの最初の様子

そして建設的な報道をするためには、解決策と同じくらい、問題についてもわかりやすく報道することが必要になる。

「コンストラクティブであることは、ジャーナリズムにおける新しいマインドセットである。ジャーナリズムは社会の中で私たちが正しい方向へ進むためのフィードバックシステムなんだ。そのためには、まず何が間違っているのかを文書化しなければならない。その際、私たちはその間違いを正すためにもう一歩先に進んで考える必要があるんだ。つまり、二つの眼鏡をかけて世界を見ることが必要なんだ。」

ウルリクはコンストラクティブジャーナリズムの事例の1つとして、デンマークの若者の喫煙率に関する報道を挙げた。

Cigarettes. Young women smoke cigarettes. Smoking cigarette . Young people smoke cigarettes

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「デンマーク人の喫煙率は約18%(※1)で、特に若者の喫煙率が高い。それに対して、ジャーナリストとして政治家に、『喫煙率が高いのは、誰の責任なのか。誰が悪いのか』と責めることもできる。しかしそうではなく、『誰か他に、同じような問題を解決した事例はないか。その場合、自分たちとは異なってどのように対処したのか』と考えることが建設的な報道のあり方なんだ。この考え方でリサーチをしていく中で、ノルウェーの若者の喫煙率が1%未満であるという事実(※2)が分かった。それで僕らは、その原因は何かを調べたところ、『タバコの価格が高騰』『スーパーでの販売が禁止』『喫煙はかっこいいことではないという広告の効果』が要因であるとわかった。その情報があることで、デンマークの政治家に対して、過去の政策を批判するだけではなく『これから何をしてくれるのか』『ノルウェーの成功事例を適用できないのであれば、他に良いアイデアがあるのか』と問いかけることができたんだ。」

ジャーナリストが提示した解決策を実際に適用するのか否かを決めるのは、政治家の役割である。ジャーナリストの役割は、政策決定に対して、インスピレーションを与えることなのだ、とウルリクは語った。

ジャーナリズムの本質、ジャーナリストの役割を再考

コンストラクティブジャーナリズム、そしてジャーナリズムの本質について話を聞いた後、ワークショップ参加者から様々な質問が飛び交った。

Q. 事実を伝えるだけの速報ニュースには意味がないのか?解決策や良い実行例のない事例は、報道するべきではないのか?

すべては目的によるね。ジャーナリズムとは、「様々な角度から、最大限入手できる真実(the best obtainable version of the fact/ truth)」を報道することだ。そのためには、いつもコンストラクティブである必要はない。

Q. 「良い話(Good story)」と「建設的な話(Constructive story)」の違いは?

何かのアイデアに出会ったとき、それは単なる「良い話」なのか、それとも世界の別の場所でも適用できるアイデアなのか、見極めなければならない。批評的に見てきちんと検証することが大事。少なくとも、検証するための質問をしたという事実を読者に示す。そうでないと宣伝になってしまう恐れがある。私たちの仕事は人々に真実を与えることではないのだ。なぜなら、誰が「これが真実だ」と言うことができるのか。

Q. ジャーナリストとして「様々な角度から、最大限入手できる真実」を伝えるためには、報道する分野の専門家になる必要があるのではないか?

もちろん知識があった方がいいが、ジャーナリストが全ての課題に対して専門家になることはできない。ジャーナリズムは複雑なものをわかりやすく伝えること。つまりファシリテーターになることだ。可能性のある解決策についてインスパイアするために、質問をするのだ。メディアは、正解を押し付けるものではなく、何かを意思決定するのでもない。市民と一緒に考え、お互いにインスピレーションを生み出す第三の場所である。

政治や民主主義の本質とは、将来の権利。つまり明日のことだ。しかし、明日の写真を撮ることはできないので、過去に戻って報道するほうが簡単だ。だからこそ、わかりやすく文書に起こすことを専門とするジャーナリストが、過去に起こった問題を整理し、民主主義の中で自由な生活をより良くするためのファシリテーションをする役割を担っているのだ。つまり、うまくいかなかったことも報道するが、その際にはどうしたら改善できるのかというフォローアップも述べることが大事だ。

編集後記

3時間にも及ぶワークショップはあっという間に終わった。メディアに関わる人間として、報道する目的やメディアの存在意義について改めて考える機会となった。

コンストラクティブジャーナリズムによって社会をナビゲーションをするうえでは、どんな言葉を使うのか、どんなニュアンスで伝えるのかが重要になってくる。ウルリクもワークショップ中、「言葉は大事だ(Words matter.)」と何度も繰り返していた。「コップに半分も水が残っている」と「コップに半分しか水が残っていない」は同じ現象を示しているが、人々の受ける印象や気持ちは大きく異なる。

提示する解決策についても、どういう言葉で説明するのかには注意したい。社会も生き物であるからこそ、唯一の解決策があるわけではない。時代や場所、文脈によって、選ぶべき解決策は変わるだろう。また、誰かの解決策は誰かの問題にもなりうる。だからこそ、「Good」や「Happy」ではなく、「Constructive」という言葉を、ウルリクは選んだのだろう。

一方で、社会をナビゲーションするには、目指すべき到達点がなくてはならない。それは、誰が決めるのだろうか。政治家だろうか。民主主義社会では、その権利は市民にあるはずだ。そうであれば、社会を構成する私たち一人ひとりが社会の目指すべき地点について考え続ける必要がある。そのために、「様々な角度から、最大限入手できる真実」を提供し、対話を促すファシリテーターとしての役割が、これからのジャーナリストには必要とされている。


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【参照サイト】コンストラクティブインスティチュート

(※1)Danish smoking habits 2020
(※2)Statistics Norway

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