テクノロジーを交通に役立てる研究は日進月歩で進んでいる。大手企業がしのぎを削る自動運転などがその代表的だ。そこでは同じ道路を縦横に行き交う歩行者らの安全をどのように確保するかで技術の腕が大きく問われている。他にも、ドローンによる空中移動なども絵空事ではなくなっている。
一方で、あまりにも日常的な道路の路面についてはイノベーションの対象として今まで注目されてこなかった。その中でも特に現代の都市の実情や必要性に沿って進歩していないのが「横断歩道」だ。横断歩道は多くの人々が毎日のように利用し、歩行者や車両の安全を守る重要な役目を果たしているにも関わらず、テクノロジーの進化とは裏腹にそのデザインや設計は半世紀以上にわたって変化していない。
しかし、そんな状況を変えようと、運転マナーが良いことで知られるイギリスで興味深い試みが始まっている。ロンドンで試験が行われているのは、歩行者や自転車、車両など道路の利用者の動きに対してリアルタイムで動的に反応するレスポンシブなデジタル横断歩道「Starling Crossing」だ。歩行者、サイクリスト、自動車のそれぞれがお互いに気を配り、より安全に道路を利用できるよう、横断歩道のデザインが状況に応じて変化していく。
Starling Crossingは、現在使用されている路面標示と色を使用しているが、リアルタイムであらゆる状況に動的に反応し、歩行者の安全性に優先順位をつけ、歩行者横断のパターンやレイアウト、構成、サイズ、方向などを自由に変更できる。横断領域となる路面はカメラで監視され、昼も夜もあらゆる角度から見ることができるコンピュータ制御のLEDが組み込まれている。
交通研究所の調査に基づき南ロンドンに一時的に設置された実寸大のプロトタイプは、車両の重量を支え、雨天でも滑らないように設計されている。カメラは路面を横切って移動する物体を追跡し、歩行者、自転車、車両を識別し、正確な位置、軌道と速度を計算し、それぞれが次の瞬間にどこに移動するかを予測する。
時間帯や状況によって道路はその構成をリアルタイムで変えていく。例えば早朝の歩行者が少ない時間帯では誰かが接近した場合にのみ横断歩道を出現させ、時間の経過とともに学習した一番安全な横断地点に誘導する。そして午後にパブの営業や映画が終わり、同時に多くの人々が道路を横断する必要がある場合には、増加した歩行者の交通量に合わせて自動的に幅を広げるといった具合だ。
また、車が近くにいる際に人が注意をそらしたり、スマートフォンの画面に見入っていたり、車道に近づきすぎたりすると、周囲に警告パターンが点灯し視界に訴える。子供が予期せずに道路飛び出したときには周辺のドライバーやサイクリストに軌跡を明確に示すために、周囲に大きな緩和ゾーンが形成される。そして急ぎ足の歩行者がサイクリストや車の死角にいる特に危険な状況では、死角にいる歩行者の位置と軌道に直接注意が向くように仕向ける。
さらに、Starling Crossingは異なる特定の環境条件に適応することもできる。例えば雨天時にはより大きな歩行者緩衝地帯を作り、学校の横断歩道では児童が汚染されやすい車両とは距離を保つ。
Starling Crossingは、スティグマージュの原則(アリが放つフェロモンの痕跡で、他のアリを食料源への最良の経路に引き寄せる)を使用して、長期間にわたり歩行者の傾向を監視し適応することができる。例えば、地下鉄の駅を出る人の大半が公園の入り口に向かって道路を斜めに横切って歩いている場合は、横断歩道は対角線または台形の横断歩道として再形成され、安全緩和ゾーンも設けることができる。
こうように、利用者の安全を確保しつつニーズに適応する形で変化していくStarling Crossingは優れたテクノロジーの集積による実現する未来の横断歩道だが、何より大事なのはテクノロジーそのものではなく、Starling Crossingは人間を設計の中心に置いた歩行者のための横断歩道だという点だ。Starling Crossingの主要な設計原則には、邪魔することなく人々の知覚認識を強化すること、人と車の安全な関係に重点を置き、自らの意思決定を促すことなどがある。
厳しいルールによって人を律するのではなく、自主性をとことん重んじすることで安全かつ協調性のある人と人との関係を形成する。Starling Crossingを見るとそのテクノロジーの凄さに目が行ってしまうが、様々な分野に応用できるこの優れた哲学こそがこのプロジェクトの源泉なのだろう。まさに目からうろこのアイデアだ。
【参考サイト】Starling Crossing
(※画像:Starling Crossing より引用)