デンマークといえば、家具やデザイン、アンデルセンが人気だ。最近だと、「ヒュッゲ」という言葉も有名になってきた。しかし、実はデンマークにはまだあまり知られていない別の顔がある。それが、デジタル先進国としてのデンマークである。
デンマークにもオフィスをもつビジネスデザイン会社である株式会社イノベーター・ジャパンが主催するInnoCAFEというイベントが5月中旬にあり、デンマークのデジタル化の最新事情についてデンマーク大使館投資部 部門長の中島さんからお話を聞くことができた。
※以下は、すべてイベント内の一部。
デンマークは、EUでNo.1のデジタル国家
デンマークでいまホットトピックとなっているものは、「デジタル化」だ。現に、デンマークは3年連続EU内で最もデジタル化が進んでいる国に選ばれている。
まず、デンマークの国としての特徴についてご説明したい。
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- 小国(小さいところに多くの要素が集積しているので、アクションを取りやすい)、社会保障国家、民主主義国家であること
- ビッグデータ(※1)が集積している
- オープンイノベーション(※2)
※1:ビッグデータ:スマートフォンから得られる位置情報や、サーバー上のメール、カード会員情報など、ビジネスに役立てるための膨大で複雑な情報
※2:オープンイノベーション:自社だけでなく他社や大学、自治体など、外部のテクノロジーやアイデア、ノウハウ、データなどを組み合わせイノベーションを促進していくビジネスモデル
アクションが取りやすい小国のデンマークは、他国に先駆けて十数年以上前から国家として戦略的にデジタル化に取り組んできた。2001年にはIDとパスワードを用いた電子署名、2003年には市民と医療機関間で医療データのやり取りができるポータルサイト、そして2010年代以降には国のあらゆる分野で体系的な電子政府システムの構築を進めている。
「デジタル化のフロントランナーになる」という国家戦略を2018年に発表したデンマークは、2025年までに約170億円の予算を確保し、デジタル化の推進によりどのように国家を成長させられるのかという課題に挑戦している。
社会福祉国家デンマークらしい点は、教育に一番お金をかけているところだ。若い世代を中心に、デジタル化に対応できる人材をいかに戦略的に育てるかに予算をつぎ込んでいる。
デンマークのデジタル化の特徴
いま、世界では交通手段の発達やインターネットの普及によってありとあらゆるものがつながり、境界線がなくなりかけている。
全世界でこの流れが進んでいるが、そのなかでもとくにデンマークは早いスピードで、デジタル化によりさまざまなアクターや分野が融合された社会になりつつある。長年の運用実績があるデジタル基盤のおかげで、政府、民間企業、研究機関、市民がすでにつながっている状態で新しいアクションを起こすことができるのだ。
上記の図の説明をしよう。
社会を構成するアクターとして、政府、民間企業、研究機関、市民がいて、デジタル基盤によってつながっている。この基盤を支えているのは、IoTやAIを活用したスマートシティや再生可能エネルギー、福祉制度やオープンイノベーションなどの社会制度、ヒュッゲや幸福度といった社会理念だ。これらのハード、ソフトのインフラが融合することで、デンマークのデジタルフレームワークが形作られている。
政府、医療、金融などあらゆる分野でデジタル化が進むデンマーク
ここでは、デンマークのデジタル化の具体的な例を見ていこう。
デンマークでは、政府・地方自治体、エネルギー、環境・水、交通システム、農業、医療、福祉介護、教育のどの分野でもデジタル化の第一段階は終わっており、ITや再生可能エネルギーを用いて環境負荷の少ないまちづくりを目指すスマートシティ、1968年から導入されているCPRナンバー(デンマーク版マイナンバー)、公共ビッグデータ、国民全体のヘルスケアデータが蓄積したバイオバンク、そしてキャッシュレス社会を目指すフィンテックなど環境の整備が進んでいる。
たとえば、「ビッグデータ」。オープンイノベーションを推進しているデンマークでは各自治体が保有するビッグデータを開示しており、世界中の企業はこれらのデータを自社のソリューション開発のために利用することが可能だ。福祉国家であるデンマークでは公的機関が国民のデータを保有しているため、その公的機関がデータを有効活用することを決めれば、開示できるのだ。
また、バイオバンクというのもユニークなシステムである。出生時の体重から入院、通院、手術、遺伝子情報まで、個人の生体情報がすべて記録されているバイオバンクを、学歴、職歴、収入、年金情報などが集積されたマイナンバーと紐づけることで、国民一人ひとりのパーソナルデータを一元的に管理できる。
グローバル企業も注目するデンマーク
ここまで複雑化したシステムのなかで、異なる要素を融合しソリューションを生み出すためには、社会システム全体をデザインするイノベーションが必要なのだが、それを実際に試せる環境が整った場所がなかなかない。
そんななか、デンマークではそのシステム基盤が整っており、最先端のイノベーションを起こそうと世界の大手グローバル企業がこぞって進出している。
IBM、マイクロソフト、グーグル、アクセンチュアなど大手グローバル企業がデンマークに進出し、ビッグデータを用いてソリューション開発を行っている。日本企業も、電機や化学メーカー、ソフトウェア、ロボットデザイン、IoTプラットフォームなど、大手からベンチャーまで幅広い業種・規模の企業が、デンマークに投資をはじめている。
日本と同じ高齢化社会であるデンマークで、世界に通用する介護ロボットの開発現場を視察し、現地企業と連携しようとしている日本のベンチャー企業もある。
このように、多くのグローバル企業、そしてデンマーク自身が、ビッグデータを活用しながらユーザーがまだ課題と認識していないものをデザインするという、近未来型の課題解決にチャレンジしているのだ。
編集後記
筆者がデンマークに住んでいたとき、CPRナンバー(デンマーク版マイナンバー)のおかげで行政手続きがスムーズだったり、友人間でのお金のやり取りはモバイルでおこなうなど、生活のなかでIT化を身近に感じる機会が多かった。しかし、政府をはじめ、医療、福祉、金融など、これほどまでに社会全体でデジタル化が進んでいることははじめて知った。
不確実な世界でグローバル課題を解決していくためには、あらゆる情報をオープンにして、新たなイノベーションを生み出していかなければいけないことは理解できる。国境や分野を越境するためにデジタル化は避けられないし、私たちの生活の利便性が高まることも間違いないだろう。
一方で、ビッグデータやマイナンバー、バイオバンクによって、すべての個人情報がオープンになってしまうことに、少し戸惑いを感じるのは私だけだろうか。
今後、取れないデータは、地中と宇宙のデータくらいだと言う。デジタルネイティブと呼ばれる私たちの世代がITなしでは生活できないのは事実だが、誰も自分のことを知らない場所に行きたいとき、私たちはどこに向かえばいいのだろうか。ふと、そんなことを考えてしまう夜だった。
【参照サイト】New Strategy to make Denmark the New Digital Frontrunner