ペンギンや宇宙、子供が描かれた絵。これらはアーティストがなんの制約もなく自由に描いたように見えるが、実は環境破壊や食糧廃棄などの社会課題に関するデータをビジュアル化したグラフやチャートの線を生かして作られたアート作品なのだ。
多くの人にとって馴染みの薄い社会課題を「アート」の力で伝えようとする、このCHART project®。今回、東京に続き(詳しいレポートはこちら)大阪でも展示会とトークイベントが開催された。
モデレーターはソーシャルグッド専門のPR会社、ひとしずく代表でCHART project®の生みの親でもあるこくぼひろし氏。パネリストは、ランドスケープアーキテクトであり空間デザインを手がけるE-DESIGN代表の忽那(くつな)裕樹氏とIDEAS FOR GOOD編集長の加藤佑。前半はそれぞれの活動についてのお話、後半は9つのキーワードをもとに自由ディスカッションという構成。後半のパネルトークでは、社会課題とアートというテーマを超えて、人生をよりよく生きていくためのヒントとなる言葉をたくさん聞くことができた。ここではその一部をご紹介しよう。
「つながり」を生み出すコミュニケーションデザイン
CHART project®は、アートを通じて社会課題に関心がない人にも興味を持ってもらうことを主題としているが、このように社会課題とそれに関心を持っていなかった人々をつなげるためのコミュニケーションデザインには、どのような工夫が求められるのだろうか?
忽那氏:コミュニケーションデザインは人間関係をよりよく見直すために必要なものだと思っています。私がやっているまちづくりにおいては、行政と住民、行政と業者といった一対一の関係ではなく、行政、市民、企業のトライセクターで考えると、もう一つのステークホルダーから良いきっかけをもらえるようになります。トライセクターになることで対立しがちだった二者の関係性が改善される、この構造こそがコミュニケーションデザインではないでしょうか。欠点ばかり指摘するのではなく、相手の良いところを引き出し、楽しい関係性を紡ぎ出すのがコミュニケーションデザインだと思います。
こくぼ氏:コミュニケーションデザインとは情報の交通整理をすることだと思います。たとえば弊社では、NPOなどから広報相談を受ける際に、まず、自分たちが解決しようとする課題は何かを定義することからはじめます。そして、それをやる理由や特徴、オリジナリティがあるとストーリーになる。それについて中に入ってずっと考えていると見えなくなってしまうので、客観的な見方ができる人が必要となります。
加藤氏:社会問題を解決するうえでは、森林破壊や貧困といったソーシャルイシューをいかに個人的なパーソナルイシューに感じられるか、社会にとって良い「ソーシャルグッド」をいかに自分にとっても良い「パーソナルグッド」に感じられるかが大事だと思います。そのためには、課題を前面に押し出すだけではなく、たまたまデザインや機能が気に入って手にとった商品やサービスが、実はエシカルやサステナブルな素材で作られていたなど、『結果、サステナブル』になるようなコミュニケーションデザインが重要なのではないでしょうか。
また、人を惹きつけるアートやデザインは商品に対する愛着を生み出すので、結果としてロングユースや廃棄の削減につながるという意味で、優れたデザインやアートそのものにもサステナビリティに貢献する要素が内包されているのではないかと思います。
制約も必要。世界とつながるための「きっかけ」
社会の課題に関心を持っている人には、誰でもなんらかのきっかけがあったはずだ。CHART project®が提示するアートも、そのきっかけのひとつとなる。このようなきっかけを生み出すためには、どのようなことが必要なのだろうか?
加藤氏:きっかけ作りという意味では、きっかけになるような「つながり」をデザインするのが鍵だなと思います。ソーシャルな問題をパーソナルに感じる一番シンプルな例として、友達や家族など身近な人が問題の当事者だと、その課題をパーソナルに感じやすいですよね。それはつまり、いろんなつながりを持っている人ほどソーシャルな問題に対しても自分ゴト化しやすいということだと思います。ソーシャルグッドに対して関心を持つ人は、もともと社交性があったり、外向的ではなくても人に対する興味を持っていたりなど、人とのつながりを大切にする人なのかなと思います。
たとえば、気候変動などのグローバルな問題は多くの人にとって身近に感じにくいですが、世界中を歩いて旅して自分の目で景色を見ている旅好きな人は、そうでない人に比べて世界中で起きている問題も自分ゴト化しやすい。関心を持つきっかけとなる「つながり」を作ることができれば、自然と関わっていこうとなるのではないでしょうか。
忽那氏:規制が多い日本は自由に開かれている国とはまだまだ言えないが、この空間で何やってもいいんだよ、というきっかけを与えてあげることは大事だと思います。「そういうことやっていいんだ」というきっかけになって、それが他に連鎖しますし。一方、何でも自由ではきっかけにはならないから、きっかけのデザインも慎重にしないといけない。
こくぼ氏:CHART作品でも制限があるからこそ、その人らしいクリエイティビティが出ると思っています。ただアーティストさんのなかには、「苦しかった」、「普段使わない頭を使った」という声もありました。
忽那氏:その制約をきっかけに別の価値を発見できるアーティストに僕は期待しています。CHART project®は、アート作品を生み出す側とそれを享受する側双方に発見があって面白い。
こくぼ氏:そうですね、データ保持者もこういう使い方があるんだ!という発見につながっていて、どちらにも明るくポジティブな効果を生み出していると思います。
クリエイティビティを生むための「余白」
社会課題を解決するうえでは、アーティストが持っているようなクリエイティビティが誰にとっても求められる。クリエイティビティを生み出すために大事なことは何だろうか?
こくぼ氏:全部決めすぎると、決められたことしかできなくなります。そのため、ルールを少なくして創造力を生む場を作ることが大事だなと感じます。
忽那氏:日本は公共空間の使い方など、法律で全部規定されすぎています。道路は道路としてだけ使うなど、こう使いなさいと決められている。しかし、公共空間は自分たちで生み出し運用する仕組みにしていくことが必要なので、使い方の自由を残すデザインが今、求められています。
加藤氏:人と人とのコミュニケーションにも余白が大事ですね。余白がない人間関係は窮屈ですが、余白があれば余裕が生まれますし、余裕が生まれるとクリエイティブになれます。また、余白とは何かと何かの「間」の状態を指すと思うのですが、この「間」にいる限りは、どこにも属していないという意味で「自由」な立場であり、だからこそクリエイティブになれることもあると思います。
こくぼ氏:今回のCHART project®の展示についても初めはもっと説明書きをつけようかなと考えていました。でも今はそれをしなくてよかったなと思っています。というのも、何か知らずにふらっと来て、何もわからず見てもらうことも大事だなと。全部用意されていると考えなくなるので。
「きっかけ」から「行動」へ
トークショー前半の加藤の説明の中で、アートには、伝える力(きっかけ作り)と解決する力(行動変容)の2つがあるという話があった。それを受けて、会場から「『きっかけ』から実際の『行動』にまで移してもらうためには何が必要か」という質問がされた。
3名からそれぞれユニークな回答があったので、最後にご紹介したい。
まず加藤からは、「やらなけばいけない」を「やりたい」にする「Fun Theory(ファンセオリー)」についての説明があった。たとえば、健康増強のためエレベーターより階段の使用を促進したい場合、単に呼びかけるだけではなく、階段を上がると音楽が鳴る仕組みがあると楽しくて自然に階段を使うようになるという。
忽那氏からは、「大勢の人を巻き込むこと、そして質よりも量を意識してアイデアを出し実装すること」が大事だという話があった。公共空間デザインにおいても、プロセスに関わる人を増やすことで、その後の空間利用についてもより積極的にエンゲージメントしてくれるそう。
こくぼ氏は、人が初めて何かを認識するのは短期間で3回出会うときであるという「きっかけの連鎖」の話をしてくれた。一回の接触だけだと難しいが、繰り返しタッチポイントを持つことで、その存在を認知することができるのだ。
イベントを終えて
社会課題から人間関係まで、何かを改善したいときに人の行動を変えることは必要不可欠である。しかし、いくら論理的に説明して頭で理解してもらえたとしても、本人の自発的な気づきがない限り、こちらの一方的な努力だけで他人の行動を変えるのは非常に難しいと思う。しかしアートには、国や言葉を超え、私たちを惹きつけ、感情を揺さぶり、人を動かす力がある。
問題・課題を認識するための「きっかけ」、社会課題と自分との「つながり」、そして自分の心で感じ頭で考えるための「余白」、このすべてがクリエイティブに社会問題を解決していくのに必要だと思う。アートは、そのひとつの強力な手段となっている。
社会課題の解決だけではなく、より楽しくクリエイティブに毎日暮らしていくのにも役に立つヒントがたくさん詰まったトークイベントであった。