読めない文字で人々をつなぐアーティスト、長谷川雅彬氏に聞く、アートで社会をよくする方法

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いま、地方創生やビジネスの現場で注目を集めているもの、それがアートだ。地方ではビエンナーレやトリエンナーレといった数多くのアートフェスティバルが開催され、アートを通じた地域活性や地域課題の解決が一つのトレンドとなっている。

また、最近ではビジネスの現場でも「アート」の重要性が高まりつつあり、企業とアーティストによるコラボレーションプロジェクトやアートワークショップの開催なども増えている。IDEAS FOR GOODでも、アートを通じて社会課題の解決を試みる企業の事例をこれまでにも数多く取り上げてきた。

しかし、実際に社会をよりよくするために私たちはアートをどのように活用し、価値を生み出すことができるのか、その具体的なイメージが分からないという方も多いかもしれない。

そこで、今回IDEAS FOR GOOD編集部では、スペイン・マドリードに拠点を置き、スペインのトップデザイン戦略ファーム「Erretres」のアドバイザーとして活躍する傍らで自身もカリグラフィアーティストとして世界に股をかけて活動している長谷川雅彬氏に、「Art for Good(アートを通じて社会をよくする)」というテーマで、これまでの経歴や現在の活動も交えながらそのヒントをお伺いしてきた。アートやデザインを通じて社会課題の解決に取り組みたいという方は、ぜひ参考にしていただきたい。

話者プロフィール:長谷川雅彬(アーティスト・作家)

スペインのErretres Strategic Design Companyデザインエヴァンジェリスト、ロシアのContemporary Museum of Calligraphy大使を務める。アーティストとして欧州を中心に活動しており、2018年9月にはマドリードにて世界最大のカリグラフィー作品(約2000平方メートル)を制作。英語・スペイン語でも創造性に関する執筆と講演活動を行なっている。またThinking Headsが選ぶTop 100 Speakers Spainにアジア人で唯一選出されている。

スペインには、クリエイティブな情熱を許容する文化がある。

Q:これまでの経歴を教えてください。

もともと大学時代は総合格闘技に取り組んでおり、プロの試合にも何度か出たこともあるのですが、フィジカル面のチャレンジよりももう少し学問的なことに興味が湧いてきて、たまたま当時通っていた大学に元日銀委員の田谷禎三先生がいらっしゃったことがご縁で金融の世界に入りました。

最初に入社した大和証券キャピタルマーケッツでは、投資ストラテジストとして未来に向けた投資の戦略をつくる仕事をしていたのですが、当時はフェイスブックやグーグル、イスラエルのスタートアップなどが盛り上がっていた時期だったこともあり、徐々にすでに出来上がっているシステムを回すよりも新しくシステムを創る側のほうに興味が湧いてきて、自分もそちら側に行きたいな、ということでスペインのIE Business Schoolに留学することに決めました。

IEでは、たまたま自分が行く年から「ビジュアルメディアコミュニケーション」という専攻が始まることを知り、クリエイティブとビジネスの中間をやるという点が面白いなと感じて学ぶことにしました。

Q:イスラエルへ行ったきっかけは?

IEの在学中にアートを使って聖書を表現する「アートバイブル」というプロジェクトを自身でやっていたのですが、たまたまそれを見たユダヤ人のクラスメイトから「それをやるならイスラエルいったほうが面白いよ」と言われたので、実際に行ってみました。すると、イスラエルのカルチャーは衝撃的で、卒業したらここで働いてみたいなと思い、イスラエルに行くことを決めました。イスラエルではソフトウェア企業のテクノロジーエバンジェリストとして働き、なぜそのテクノロジーを使うとよいのかを様々な形でアウトプットするマーケティングのような仕事をしていました。

イスラエルの首都・テルアビブ via Shutterstock

その会社には1年ほどいたのですが、イスラエルにはこれだけ多くの起業家に囲まれているのに、なぜ自分は人の会社で働いているのだろうと疑問を持ち始め、スペインでクリエイティブなことを始めてみたいと思い、スペインに戻ることにしたのです。

Q:なぜ戻り先としてスペインを選んだのでしょうか?

イスラエルからスペインに戻り、今もスペインに住んでいる一番の大きな理由は、情熱を許容する文化がある、という点です。もちろんイスラエルにも起業家を許容する文化がありましたが、スペインはそうした許容する文化が起業家だけではなく様々なジャンルに向いているというか、シェフだったりスポーツだったり、デザイン、アートなど、情熱を持って働いているクリエイティブな人々がたくさんいます。自分もクリエイティブに関することをやりたかったので、スペインはぴったりだなと思って戻ることにしたのです。

Q:デザイン戦略ファーム「Erretres」との関わりは?

Erretresと一緒に仕事を始めたのは2014年の終わりごろです。Erretresの創業者であるパブロは日本をすごく好きだったので、彼と何か一緒にできないかといろいろ構想を練るなかで、日本のテクノロジーとスペインのデザインを融合させよう、というアイデアが生まれました。

その背景にあったのが、日本とスペインが持つ強みの違いです。日本はモノづくりに強く、日産やトヨタ、松下など、形あるものや有形の価値を創り出すことは得意ですよね。一方で、ブランディングやコミュニケーション、マーケティングといった無形の価値を創ることにはあまり長けていません。

逆にスペインは無形の価値を作ることがすごく得意です。スポーツ、教育、ガストロノミー、観光、アート、デザイン、最近だとカンファレンス関連など、こうした無形の価値づくりには強いのですね。それであれば、スペインが持つ無形価値のクリエイティビティと日本のテクノロジーを掛け合わせ、融合させることができればシナジーを生まれるのではないか、そう考えたのです。

今年9月、スペイン大使館で開催された「Design for Good」カンファレンスの様子。長谷川氏、Erretres代表のパブロ氏らが登壇した。

Erretresにおける私の活動も、その役割が一番のメインとなっています。例えばErretresが日本で仕事をする際、同じ「デザイン」という言葉でもスペインと日本では考え方や会社の意思決定プロセスが違ったり、目の前のニーズが違ったりすることが多いので、そうした違いを踏まえて、長期的にどういう方向で進むべきかをアドバイスしたり、一緒にカンファレンスをやったりしています。

また、最近は日本以外での活動も増えています。最近はよくウクライナに行っており、パリにも行きます。そういうところで話すことで、デザインエバンジェリストのような形でErretresの活動を様々な場所へと広める手伝いをしています。

読めない文字を書くことで、言葉が作り出す「壁」を壊したい。

Q:個人としてアーティストとしての活動は?

自分自身の作品を創り始めたのは約2年前ぐらいからで、わりと最近の活動です。スペインに戻ったときに最初にしたことは、本の出版でした。とりあえず本を書こうと考えて、クリエイティビティについての本を英語で書いて自費出版し、その後に本屋に売り込みをかけて、何個か売ってくれる本屋が見つかったタイミングで出版社に相談し、スペイン語にして出版してもらいました。

すると、たまたまマドリードにあり、ピカソの「ゲルニカ」があることでも知られるソフィア王妃芸術センターにある書店で講演する機会をいただきました。そのとき、会場から「なぜクリエイティビティについて書いているのにアートをやらないのか?」といった質問があり、「せっかく話しているのであれば証明してみせるよ」となったのがきっかけです。

ソフィア王妃芸術センター via Shutterstock

そこから、何ができるかを考えていたのですが、そこで思いついたのが、文字でした。私はいままでオーストラリア、日本、イスラエル、スペインに住んだ経験がありますが、どこにいっても壁になるのは「言語」でした。

私がどれだけスペイン語をうまく話しても、永遠に日本人にしか見られないし、逆に日本語で話しても彼らは理解できない。必ず壁になるのが言語なのです。言語は、コミュニケーションツールではありますが、同時に壁も作るという自己矛盾を抱えているのです。

その壁を壊すために考えたのが、「読めない文字」でした。文字というものの役割をあえて壊し、「読めない」文字を使って作品を創る。そして、人々にその文字を「読む」のではなく「感じて」もらう。

そうすることで、赤ちゃんでもおばあちゃんでも外国人でも、年齢や国籍といった壁を乗り越えて、文字に対するある種の共通体験を創り出すことができるのではないか。そう考え、「Connect people through art beyond borders」というテーマでアートを触媒として人々をつなぐというプロジェクトを始めました。これまでに6か国、ロシア、ウクライナ、イスラエル、フランス、スペイン、日本で講演と含めて作品展示活動をしています。

全員が100%作品自体を理解できるわけではありませんが、作品と場所をつくることで、文字に対する違った見方を手にしたり、立ち止まって考えたりできる体験自体を作っているという感じです。私は自分のことをカリグラフィアーティストと呼んでいますが、読める文字は一つも書いていません。言葉や文字が持っている概念を抽象化し、それを線の形や色にして表現しています。

アートの役割は、人々をつなぎ、意味を創り出すこと。

Q:社会をよりよくするためにアートが果たすことができる役割とは?

いくつか重要なポイントはあると思いますが、21世紀におけるアーティストの役割の一つは「人々をつなぐ」ということだと思います。すでにインターネットやソーシャルメディアなどテクノロジーはいろいろあってつながることはできるのに、世界を見てみるといまだに欧州の独立問題やロシアとウクライナの対立、イスラエルとアラブなど衝突ばかりです。そうしたボーダーだらけのところでアーティストに何ができるかというと、やはり言葉や文化、国籍を超えたコミュニケーションなのかなと思います。そうした世界平和に対する貢献こそがアーティストの果たすべき大事な役割の一つだと思います。

もう一つより実務的な部分として重要になっているのが「社会に対する新しい意味を創る」という役割です。分かりやすくデザインとアートの比較で考えると、デザインはあくまで目的がありきです。「解決すべき問題がある」「こうしたものを作りたい」「こうしたものが必要」など、目的があってはじめてデザイナーのクリエイティビティを発揮することができます。そこに目的がないと、デザインは難しいのですね。

一方、アーティストにとって大事なことは「意味自体を創る」というところです。今の人々は単純にお金のために働いておらず、そこに何かしらの意味を求めていますよね。現代は働く意味、旅をする意味など、「意味」が非常に重要になってきている時代なのです。言い換えれば、自己実現の時代に生きているということです。

かつてはモノを買う、家を建てる、車を買うといった自己承認の時代で、それ自体が自己実現にもつながっていたのですが、今やそれらに自己実現を求めている人は少ないですよね。

この「意味」が重要な時代だからこそアーティストの重要性が高まっているのです。アーティストは、常に自分に対して問いかけを行っています。社会の常識に対して、「なぜこうでなければいけないのか」と疑問を投じ、それに対して独自の視点から自分なりの意味や答えを見出し、社会に対して表現する。それがアーティストの仕事であり、社会的意義でもあるのです。

実際に、ただカッコいいものを作って終わりではなく、少し抽象度を高めてそれが社会や地球全体にとってどんな意味を作っているのか?というところからアプローチすると、視野がものすごく広がり、今まで無関係に見えていたこと同士のつながりが作れるようになります。新しい意味を創るためには、これまで無関係に見えていたものを「つなぐ」という作業が非常に重要なのです。

Q:どのようにして一見無関係に見える「点」と「点」をつなぐのか?

点と点をつなげるために大事なのは、観察することです。アートにしてもデザインにしても、必ずしもアイデアは仕事のなかで生まれてくるわけではありません。例えば僕の場合は自然を観察することを大事にしています。デザインの例で言えば、ガウディの建築などは大自然からインスピレーションを受けています。クジラの骨格を見て、こういう設計をすれば非常に頑丈な設計ができるのではないかといったように、ありふれた自然からアイデアをとってくることが多いのですね。私自身も身近にあるものを深く観察し、点と点をつなげられないかを常に考えています。

Q:社会の課題に対して、デザインができること、アートができることは?

必ずしもアーティストとデザイナーを明確に区切ることはできないかもしれませんが、ざっくりと分けるのであれば、アートには必ずしも実用性は必要ありません。なぜかというと、アートは意味を問いかけるものだからです。それがどう役に立つかということよりも、社会に対して新しい視点や疑問を投じるのです。

デザインの強みは、複雑なものをシンプルにするプロセスが組み込まれている点です。何かをデザインする段階で、一つの物事について視野を変えて見てみるというプロセスが含まれてきます。近くから見たり、遠くから見たりとか。その視点の変化がデザインはすごく得意です。複雑なものをシンプルにしていく作業のなかで新しい解決策を見つける。何が問題なのかを明確化し、それに対する新しいアプローチをいろんな視点から生み出すことができるのがデザインの強みです。

Image via Shutterstock

アートは、どちらかというと、それ自体で問題を解決するというよりも、人々の意識を変えていく方向に近いのかなと感じます。僕もよく自分自身で感じることなのですが、社会的な問題を難しい言葉やそれらしい言葉で表現しても、人々がついてくるかというと難しいですよね。

ただ、アートという表現を使えば、それまでメッセージが届かなかった人に対しても、疑問を投げかけることができます。言葉が通じない相手に対しても、見せ方や表現を変えることで新しい視点や考え方をその人の中に作ることができるのがアートの力なのかと思います。

これをデザインでやろうとすると、誰に対するデザインなのかを考えて、一つずつ作りこんでいかなければいけなくなります。アートの強みは全世界に対して発信することができることではないでしょうか。

デザイン、アートの力が重要視されている欧州

Q:欧州のデザイン、アートに関するトレンドは?

欧州では、デザインが欧州委員会の推進する「Horizon2020」の最も重要な軸の一つに組み込まれており、すでに企業にデザインを適用して利益を生み出すといったことを超えて、公共プロジェクトにデザインを活用する、各地方政府が作る政策にまで反映するといったところまで視野を広げて取り組みが進んでいます。

日本ではデザイン活用がいち企業のなかで留まってしまっていることが多いと思いますが、そこからもう少し視野を広げるために、欧州から学べることはあるのではないでしょうか。

また、欧米ではクリエイティブな人材の登用も積極的です。企業におけるクリエイティブな人材の重要度がとても高まっており、アドビ、グーグル、フェイスブック、オートデスクといった大手企業らは「Artist in Residence(アーティスト・イン・レジデンス)」というプログラムを持っており、アーティストを自社内に雇っています。

彼らは既存のものをバージョンアップするだけでは間に合わず、新たな意味を創り出し、これまで見えなかった点と点をつなぐことの必要性を感じ、アーティストと一緒になって製品やサービスを作っています。

Q:企業がアーティストやデザイナーを活用するときのコツは?

デザイナー、アーティストに限らずクリエイティブな人々とプロジェクトを行ううえで総じて言えることは、フィードバックをできる限り早く返してあげたほうがうまくいくという点です。特にビジネス関連の人とデザイナーやアーティストが一緒に仕事をするときはそれがとても重要です。お互いの言語が違うので、ビジネスでは常識の言葉でも、通じないことも多いのです。そのため、お互いにフィードバック関係を促進できる仕組みがあると、デザイナーやアーティストのいい部分をうまく引き出せるのかなと感じます。フィードバックプロセスを重要視するのが大事ですね。

インタビュー後記

スペインを拠点としてウクライナ、フランスと世界各地へ活躍の幅を広げている長谷川氏。同氏はアートが社会に対して果たすことができる役割とは「世の中に対して疑問を投げかけ、新しい『意味』を創り出すこと」であり、そのために必要なのは「点と点をつなぐ力」だと強調していた。

同氏の作品も、「文字は読めるもの」という常識に疑問を投げかけ、あえて「読めない文字」を書くことで言葉が作り出してしまう壁を取り除き、人々をつなぐことを目的としており、まさにアーティストとしての役割を体現する作品となっている。

そして、この作品を生み出す長谷川氏自身も、日本、イスラエル、スペインと様々な国を越境し、点と点を結びつける活動をしている。お話をお伺いしていると、まさにこれらの経験こそが長谷川氏のクリエイティビティの源泉となっているのだと実感する。

かつてないほどにあらゆる分野で「分断」が起こっており、「意味」が問われている今だからこそ、言語や国籍などあらゆる壁を越えてコミュニケーションをとることができる「アート」の必要性はますます高まっているとも言える。

たとえデザイナーやアーティストではないとしても、社会の課題にアプローチする上で同氏の考え方から学ぶべき点は非常に多いのではないだろうか?

【参照サイト】Masaaki Hasegawa
【参照サイト】Erretres