3月15日(金)、若者たちが結託して気候変動への対策を求めるデモ行進を行ったその日に、世界は虐殺の生中継に戦慄した。
ニュージーランド・クライストチャーチで発生したモスク乱射事件は、実行者の手によってその光景がライブ配信されたのだ。インターネットが当たり前のものとなり、誰しもがSNSのアカウントを持つようになった現代だからこそ起こってしまった事態である。SNSが、まさに凶器のひとつと化したのだ。
これに対し、ニュージーランド政府とジャシンダ・アーダーン首相は極めて厳しい姿勢を見せている。「SNS運営者はパブリッシャーであり、ただの郵便配達員ではありません」アーダーン首相はそう発言し、各SNS運営者に対して規制の強化を求めた。
アーダーン首相の態度は明確である。1980年生まれの若年政治家で、日本でも「仕事と育児を両立させている政治家」として話題になったアーダーン首相は、「犯人の動機は、自身の名を轟かせることです。それ故に私は、今後犯人の名前を口にしません。みなさんも、犯人の名ではなく犠牲者の名を口にしてください」と、世界に訴えかけたのだ。
SNS対策とすばやい銃規制
SNSは、それまで無名だった人物を僅か数時間のうちに有名人にしてしまう影響力を持っている。乱射実行犯はイスラム教徒に対する憎悪の感情を、己の名前と共に全世界へ発信しようとした。現に事件後起訴された犯人は、まるですべての仕事をやり終えたかのように胸を張った。「乱射実行犯は最後に自殺する」というのは、もはや昔の常識である。
そのような実行犯への対応は何か。それは彼の名を声に出して言わないということだ。「我々ニュージーランドは、彼に名前すらも与えません」インターネットを通じて、誰しもが有名になれる時代。しかしアーダーン首相は、犯人から「名を馳せる権利」を剥奪した。SNSの仕組みを理解しているからこその判断である。
アーダーン首相は事件後、銃規制強化に関する法案の取りまとめも行った。乱射事件からわずか6日後、アーダーン首相は「ニュージーランドですべての攻撃用銃器、半自動小銃の所持を禁止する」と発表したのだ。
事件で使用された武器のなかには、半自動小銃のAP15もあった。アメリカの乱射事件でも、このAR15は頻繁に使用されている。すでにニュージーランドでは、AR15を含む攻撃用銃器の新規販売は禁止された。現在流通している銃に関しても、政府が国庫を使って買い取るプログラムを整備すると発表した。これらの決定が、事件発生から1週間以内に下されたのだ。銃規制に関するアーダーン首相の実行力は、各国のメディアが紙面を割いて称賛している。
手話
乱射事件をきっかけに注目された事項を、もうひとつ挙げよう。それは手話である。アーダーン首相の会見の際、そして警察発表の際にも、ニュージーランドでは必ず登壇者のすぐ隣に手話通訳者が控える。
日本でもテレビ放映の際に手話通訳の分割画面を映し出すが、ニュージーランドの場合は手話通訳者が画面の半分を占めるようなレイアウトにする。アーダーン首相が公人として各地を訪問する際も、必ず手話通訳者が同行するのだ。
これはニュージーランド手話(NZSL)が国内公用語として、音声言語と同等の地位にあるからだ。従って、手話の同時通訳の映像が画面の端に小さく映し出される、ということは、この国ではありえない。何かしらの理由で画面の分割表示をする場合でも、登壇者と手話通訳者が同じ大きさになるよう配慮が施される。
これに対しては日本からも、反響が巻き起こった。手話が公用語になっていること、また日本の手話同時通訳の映像よりも格段に見やすい画面構成であることに、羨望の眼差しが集まっていると表現するべきか。
銃乱射事件という悲劇は、図らずもニュージーランドの先進性を証明するきっかけとなった。それは、われわれの住む惑星にヘイトクライムの闇をもたらそうとした実行犯の意図を打ち砕く現象でもある。
【参照サイト】Jacinda Ardern’s full Christchurch speech: ‘Let us be the nation we believe ourselves to be’