感謝経済の先にある「醸す」経済とは? Z世代の思想家・千葉恵介が考える、資本主義0.0

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経済のグローバル化やテクノロジーの進展によりあらゆるモノやサービスが簡単に手に入るようになったいま、物質的な豊かさよりも精神的な豊かさを重視する人々が増えてきている。

2008年に起こった世界金融危機や、その後も広がり続ける経済格差、気候変動など、これまで世界の経済成長を支えてきた旧来型の資本主義がもたらした負の側面が明らかになりつつあり、人々もこれまでの考え方やライフスタイルが持続可能ではないということに直感的に気づき始めているのだろう。

そんななか、最近ではこの資本主義の形をアップデートしようとする様々な新しい動きが生まれつつある。経済活動の軸を「所有」から「共有」へと移行する「シェアリングエコノミー」という考え方や、経済活動がもたらす環境負荷を最大限に抑えるためにバリューチェーン全体を循環型にする「サーキュラーエコノミー」という考え方などがその代表例だ。

このように、既存の資本主義のあり方に疑問を持ち、新たな経済のありかたに共感を覚える人々が増えるなか、「感謝」の気持ちを軸とする全く新しい経済の形を模索している人物がいる。それが、感謝で繋がる恩贈りSNS「musubi」の開発を手がけるZ世代(1995年生まれ以降)の思想家、千葉恵介さんだ。

「感謝経済」という考え方については、IDEAS FOR GOODでも過去にOKWAVE社の取り組み「優しい人ほど得をする。OKWAVEが目指す、感謝が通貨になる経済」なども取り上げてきた。しかし、千葉さんが提示する感謝経済は、それらの取り組みとも大きく一線を画している。

その特徴は、そもそも感謝の価値を貨幣やトークンなどで「定量化しない」という点、また、既存の資本主義そのものをアップデートしようとしているわけではないという点だ。その意味で、同氏は自身の考え方を「ポスト資本主義」ではなく「資本主義0.0」と説明する。つまり、資本主義の次に来るものを作るのではなく、原点に戻ろうということだ。

今回IDEAS FOR GOOD編集部では、神奈川県・鎌倉で感謝経済を実践しながら暮らしている千葉恵介さんに、同氏が考える感謝経済のありかたについて詳しくお話をお伺いしてきた。

話者プロフィール:千葉恵介 氏

1996年生まれ。岐阜県出身。思想家。感謝経済という見返りを求めない贈与の循環を滑らかにする潤滑油として「ありがとう」を用いた経済を醸している。感謝で繋がる恩贈りSNS「musubi」を開発し、貨幣に頼らない経済を模索中。(写真提供:@genius_club)

パリ同時多発テロをきっかけに沸いた、資本主義への疑問

Q:「感謝経済」という考え方にたどり着いたきっかけは?

人生22年間全てが原体験なのですが、もともと母親から「もっと人に感謝をしなさい」と言われて育ってきました。また、僕は小・中学校と野球部だったのですが、コーチから「挨拶をするときは止まってしなさい」と教わりました。以来、皆はグラウンドの中だけでしたが、僕はスーパーでも道端でもずっと止まって挨拶をしていたんですね。すると、あるとき近所の道を歩いていたらおばあちゃんが座っていて、大きな声で「こんにちは」と止まって挨拶をしたら、その日の夕方にそのおばあちゃんが実家を訪ねてきて、「さっきの挨拶がとても嬉しかったから、草履を編んだ」といってお菓子と一緒に持ってきてくれました。それで、挨拶でも人はこんなに喜んでくれるのだということを知り、心に「ずどん」と来たのを覚えています。感謝経済の考え方にかすっている感じですね。それが自分の中では一つの原体験かもしれません。

千葉恵介さん・鎌倉市内にあるモバイルハウス(自宅)にて

Q:いまの資本主義のありかたに疑問を感じたきっかけは?

社会の仕組みやアナーキズム(無政府主義)などに興味を持ち始めたのは大学一年生のときです。東大のゼミに参加しており、COP21(フランス・パリで開催された第21回気候変動枠組条約締約国会議)に関わっている人とイベントなどをやっていました。そこで、自分たちが模擬COPのような活動をしているのに実際に現地に行かないのはだめだろうということで、パリ行きの航空券をとったんですね。すると、その翌日にパリで同時多発テロが起こりました。最初は何かの事故かと思っていたのですが、その後に犯行声明が出て、結局パリには行けなくなってしまいました。そのとき、たまたま別の大学の授業で文化人類学を勉強していたのですが、そこでパリのテロについて取り上げられており、先生が「アメリカの正義は正義なのか?」という問いを投げかけていました。

その問いに僕も敏感になり、今まで僕も「アメリカこそが正義であり、それ以外は悪である」という考え方を疑っていなかったのですが、実はテロを起こしたISISにも彼らなりの正義があり、そもそもISIS自体がイラク戦争のときにアメリカがつくり出した存在だということを知り、「長いものに巻かれていたらだめだな」と実感しました。それから「国家とは何か」「経済とは何か」ということを考え始め、大学二年が終わった時点で休学し、図書館などで貨幣や経済、資本主義、社会主義などについての本を読み漁るなかで今の資本主義ってすごくおかしいなと感じ、模索を始めました。

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「所有」という概念が持つ危うさ

Q:資本主義のどの部分を問題だと感じているか?

僕は、私的所有権という考え方、日本国憲法29条にもある「財産権」がすごく危ういなと思っていて、それが諸悪の根源なのではないかと考えています。モノの所有もそうですし、土地もそうですが、自然に人間の手が加えられた瞬間にその人のものになってしまう。それを交換するためには代償としてお金が発生する。そこに見返りが生まれてしまうというのは地球の生命体としては不自然だなという感じがしています。

なぜ所有権が生まれたのかという背景ですが、そもそもはジョン・ロックが「統治二論」という本を書き、そのあたりから所有権という概念が体系立てて認められていきました。アメリカの独立宣言、フランスの人権宣言、ワイマール憲法などにも所有権に関する記述がされており、それに見習った大日本帝国憲法にも記述されています。そして、戦後はGHQが入ってきて日本国憲法にも所有権が確固たるものとして記載されていきます。

なぜジョン・ロックや西洋哲学では所有権が公然と認められているのかというと、それはキリスト教における神との契約の考え方がベースになっているからです。人間とは神の所有物であり、だからこそ神の所有物である人間の所有物も所有物として認められるという考え方です。しかし、東洋や少数民族においては、そもそも所有権という概念は存在しませんでした。自然万物が神であり、それを貸してもらうという使用権しかなくて、それは所有できる自分のものではまったくなかったのです。

千葉さんが自ら立てたモバイルハウス「Arche(アルケー)」。普段はこの中で生活している。

Q:最近では「シェアリングエコノミー」の普及など、所有に対する考え方も変わってきているが?

僕たちの活動も見返りを求めない「贈与」という意味での「シェア(共有)」を軸とはしていますが、AirbnbやUberなどのシェアリングエコノミーは、所有権を認めたうえでそれをシェアしているだけであり、本来のシェアの概念ではないと考えています。そこに資本主義の資本が投入されることで回っていく仕組みであり、だからこそ副業という文脈で語られることも多いですよね。

本来のシェアとは「無償」であり、「同じ家族だから」「同じ地域に住んでいる仲間だから」という理由だけでシェアしてもらえる、無償の愛に基づくやりとりです。お母さんが赤ちゃんに母乳を与えるように、自分も誰かから与えられてきたのだから、当然のこととして与える。それが本来のシェアであると考えています。

Q:資本主義をベースとするシェアリングエコノミーでは何も変わらないと?

シェアリングエコノミーの「エコノミー」は、本来の「経済」という意味ではなく「資本主義」という意味であり、現状は「シェアリング市場経済」のような仕組みで回っています。「感謝経済」についても、感謝したり、されたりする人がもっとも多くの富を得られる仕組みを作りましょうとしてしまうと、結局は今の資本主義とは違う仕組みで新たな資本主義を創り出すということになってしまいます。

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「定量化」したら、同じことが繰り返されるだけ

Q:千葉さんが重視する「定量化」しない感謝経済という考え方とつながっていますね。

感謝は定性的なものであるべきだと考えています。なぜかというと、定量化してしまうと文脈が消えてしまうからです。感謝にはストーリーが乗るべきですが、それを数値化してしまうと、50コイン分の感謝、100コイン分の感謝となってしまう。本来、子供からもらう感謝とおじいちゃんからもらう感謝、友達からもらう感謝には優劣などないはずなのに、感謝を数値化してしまうと、そこに市場が生まれてしまう。感謝市場が生まれると、子供からはあんまりもらえないが、おじいちゃんからはたくさんもらえるからおじいちゃんを優先しようみたいな話になってきます。おじいちゃんに何かをしたほうが結果として自分の得になるから、と考え出すと、そもそも「感謝」とは何か?という話になってきます。

Q:定量化できるという点は「貨幣」が普及する重要な要素でもあったと思うのですが?

現在のグローバルな資本主義においては、定量化できる貨幣がとても有用なものだと考えています。例えば、今このモバイルハウスにあるものも全て市場で作られていて、Amazonで買ったものもあります。ですが、グローバルなマクロの経済だけではなく、もっと小さい、ミクロな経済もいっぱいできてよいのではないでしょうか。マクロではレート換算もできるように貨幣を定量化したほうがよいと思いますが、コミュニティベースの小さな経済圏の中で贈与をしながら、必要に応じてマクロ経済のなかで換金し、貨幣を使っていくという形はありえるのかなと。

いまは全てにお金が流通してしまっています。お年玉やお小遣いなど、家族のなかにも貨幣が流通していて、結婚式の祝儀や葬儀の香典もそうですよね。そうではなく、「感謝」を軸とする経済圏があって、応援や支援といった気持ちで動いていく場所があってもよいと思います。たとえばアーティストであれば、応援しているからご飯は食べさせてあげる、パトロンのような。

Q:「感謝経済」を体現する具体的なプロジェクトは?

いまは「musubi」というアプリをクローズドでやっています。日本全国で50人程度が感謝経済に関わっていて、そのうち30人程度がmusubiに入ってくれていて、そのなかで、自分がコミュニティでやりたい「Give」、困っててやってほしい「Give」を投稿し、交流して、そのお礼としてサンクスレターを贈るという仕組みになっています。今では200通ぐらいのサンクスレターが循環しています。コミュニティ内で循環しているサンクスレターが見られるので、「この人とこの人が交流していたんだ」といったやりとりを見ることができてほっこりしますし、この人に何かギブしたい気になります。

感謝経済アプリ「musubi」。数多くのサンクスレターが流通している。

今までのSNSは、自分の承認欲求を満たすためのツールでした。「こういうおいしいご飯食べました」「旅行行きました」みたいな投稿をするとみんなから「いいね」がもらえるみたいな。musubiは、自己承認というよりは自己超越という第6次元の欲求を満たすものです。

例えば、電車に乗っているときにおばあちゃんが入ってきたら、席を譲りますよね。そのときって、隣の人から褒められたいわけでもSNSで承認されたいわけでもありません。それこそが、承認欲求でも自己実現でもなく、他者への貢献により感じる喜び、つまり自己超越欲求なのです。musubiは自己超越欲求を満たすSNSとして捉えています。

Q:新しい何かというよりは、昔からそこにあったものの価値をもう一度見つめ直すという感じですね。

そうですね。僕たちは「資本主義0.0」という言い方をしていて、原点回帰の資本主義なのです。アンチ資本主義、ポスト資本主義ではなく、そもそも原点にあったもの。それが僕たちの考える感謝経済のあるべき場所なのです。

将来的には、自分たちで村のような場所をつくり、米や野菜をつくってみんなで分配し、みんなでご飯を食べるような、ある種の集落のようなものを創っていくのも面白いと思っています。市場とも共存しながら、自分たちの経済圏を物理的に作ってしまうという試みです。

これからは、横断的に複数の経済圏を渡り歩いていくマルチアイデンティティのような時代が来るのではないかなと思っています。感謝経済だけで完結する、資本主義だけで完結するというよりも、週2は感謝経済、週4は資本主義経済の中で生きるというのもありかなと。

微生物に学ぶ、「醸す」経済とは?

Q:原点回帰をするうえで、参考にしているモデルなどはありますか?

万物の根源という意味で僕が師匠として仰いでいるのが微生物です。微生物は、人間が生まれる何十億年前から地球に存在しているんです。46億年前に地球が誕生し、40億年前に微生物が生まれて、そこから酸素などが地球に漂い始めた。

いまの私たちの生活の根源的なものは全て菌が醸してきたもので、その意味で微生物はより神に近い存在なのではないかと思っています。人間はたった360万年前に生まれただけで、1億年も経っていないのに、自由気ままにここは自分たちの土地だとか言っているわけですよね。

菌は「悟り」の世界で、何も言いません。ただ無欲に自然体で生きて、他の菌に役割をバトンタッチしていくことで発酵していきます。菌たちは3つの概念で成り立っています。それは「調和」「共生」「循環」です。これがまさに感謝経済なのです。菌たちは、この3つの要素のなかで助け合い、相互扶助しながら、自分たちの役割を終えたらバトンタッチをして消えていくという諸行無常のサイクルの中で生活しています。

人間のようにわがもの顔で「自我」を推し進め、我を張って生きていかなければならない存在ってとても空しいなと。僕は、発酵のように、万物の根源である菌たちに見習った経済圏の在り方を目指して、「醸す経済」という言い方をしています。

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Q:「醸す」経済が実現する、理想の生き方とは?

全ての人が発酵していくというか、微生物的な生き方を実践し、自分の役割を与えられて生きる、というのが理想です。そのなかで自分の好きなことをしていけばよい。それは、自我(エゴ)としての好きではなく、本心からやりたいというものです。僕の場合、感謝経済は、資本主義の観点から言えば何の得にもなりません。お金が入るわけでもありませんし。それでも自分は感謝経済をやりたいし、やりたいからやっている。

自分が生まれてきた意味を突き詰められた人たちが、それを実践していった結果として最終的に調和している状態。それが発酵だと思います。そこに自我(エゴ)があると、腐敗して全部ばらばらになってしまう。無我の状態で自然体の自分を大切にしたとき、はじめて発酵ができるのではないでしょうか。

Q:「醸す」経済を生きるためにできることは?

まずは自分ができる範囲内で誰かにギブをする。ギブをしなくても、一番簡単な方法は「生かされている」という感覚を持つことです。例えば、太陽があること、太陽の恵みに感謝する。太陽はすべての根源ですよね。森が光合成するためにも、水が循環するためにも必要で、すべての生物において大事なのが太陽です。だからこそ、お日様が昇ってきているということに感謝する。

一般的に世間でいう「自立」とは、お金を稼ぐこと、つまりお金を稼いで都市文明の中で生きていくということですが、そうではなく、全ては依存しあっているという感覚を持つことが重要です。太陽がなければ地球もないし、地球がなければ人間もいない。宇宙視点で自分を俯瞰してみると、生かされているということが実感できます。生かされているという自覚さえあれば、自然と感謝が生まれてギブができるのではないかと思います。

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自然と調和した文明は「無我」から生まれる

Q:「お金を稼いで自立する」という考え方自体を見直してみるということですね。

お金はある意味人工関節のようなもので、人間は本来自分の関節で動いているのに、そこにお金を循環させることで、無理やり調和を創り出そうとしているのです。僕が持っているサングラスもこの机も、作りたくない人が作っているかもしれません。でも、それを買いたい人とつなげることで、疑似的な調和を人間の手で作ろうとしているわけです。

お金は長い間人工関節だったので、それをぱっと取り払ってなくしてしまうと最初はグラグラすると思います。ただし、自然の摂理に従って学び、一歩一歩進んでいけば、数百年後には、自然の中で調和できるような文明ができるのではないかと思います。それこそが、まさに地球をよくする文明なのではないでしょうか。

Q:ブロックチェーンのようなテクノロジーがその速度を速めることはありますか?

危惧しているのは、テクノロジー自体がエゴによって作られている部分もあるという点です。エゴの意識を持つ人がプロダクトを創ると、それ自体もエゴになる。ブロックチェーンもエゴで作られていたら、それが社会実装された瞬間にエゴで回る仕組みが生まれてしまう。エゴではなく無我な状態で生まれたアウトプットが大事だと思います。

「be」を変える人に

Q:無我による経済を実現するために、千葉さんは今後どう活動していくのか?

僕は最近「思想家」という肩書で活動させてもらっています。なぜそうなったかというと、人々の認知を変えたいなと思ったからです。起業家は人々の生活スタイル、つまり「do」を変える人ですが、思想家は「be」を変えていく人です。思想家が起業家の「be」を変えてしまえば、結果として彼らから生まれる「do」もそれに準ずる形になる。そのため、自分は人々の思想を変えていく役割を担いたいなと考えています。

取材後記

千葉さんの取材をさせていただいたのは、北鎌倉駅から徒歩3分ほどのところにある、小さなモバイルハウス。ここで実際に暮らしている千葉さんは、この部屋をギリシャ哲学の言葉に倣って「アルケー(万物の根源)」と名付けた。

千葉さんが取り戻そうとしているのは、資本主義の広がりによって私たち人間がいつの間にか失ってしまった、地球上にあるいち生物としての当たり前の営みだ。例えば、自分の家は自分で作るというのもその一つ。

人間以外の生物は、貨幣などなくてもしっかりと命を全うし、自然と調和しながら生きている。他の生物たちと同じように、宇宙と地球が与えてくれた恵みに感謝しながら、お互いに調和して生きていく。本当はそれだけで十分豊かなことなのだ。

これほどまでに資本主義の恩恵を受けながら暮らしている私たちが、すぐに貨幣経済から抜け出すというのは難しい。しかし、千葉さんも言う通り、いまの資本主義を全て否定する必要はなく、その恩恵も大事にしながら徐々に新しい経済の形を模索していけばよいのだ。

そのためにできることは、まずは生かされていることに感謝をし、ギブをすること。千葉さんが提示する新しい経済は、お金などなくても誰でも今日から参加できる、みんなに優しい経済だ。

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