オシャレな服を着て華々しくカットするカリスマ美容師の姿、トレンドの最先端を行き、自分を綺麗にしてくれる場所。ポジティブなイメージのある美容業界であるが、その裏側にはあまり知られていないパーマ液やカラー剤などの化学薬品の排水問題、美容師の労働問題などの問題が潜んでいる。
世界的に見ても、美容業界は他業界に比べてエコやオーガニックな観点からも遅れをとっているといわれている。さらに、日々化学薬品にさらされ、過酷な労働環境の中で不規則な生活を送る美容師の職業寿命は約6.2年だといわれている。
そんな中、日本国内で初めて「BIO HOTELS JAPAN認証」を受けた“美容室”がある。BIO HOTELとは、オーストリアで発祥した、世界で唯一ホテルへの厳格なBIO(オーガニック)基準を設ける団体だ。日本では一般社団法人日本ビオホテル協会が、BIO HOTELの認証を行う。(参考:BIO HOTELS JAPAN代表理事への取材記事 )
「日本の美容業界では、まだまだ表面的な美しさを作ることが先行してしまっており、お客様の健康や自然環境を害していることに気がついていないのが現状です。最先端を見据えてトレンドを作っていかなければいけない業界が、実は一番遅れていたという事実を、まずは美容師である私たち自身が自覚しなければいけません。」
そう語るのは、今回BIO HOTELS JAPAN認証を取得した美容室「THE ORIENTAL JOURNEY(ザ・オリエンタルジャーニー)」のオーナーである猿田哲也さん。今回、猿田さんに美容室としてBIO HOTELの認証を取得した経緯や、美容室で実際に行うサステナブルな取り組みについて話を聞いた。
BIO HOTELS JAPAN認証取得のきっかけ
これまで約20年間、美容業界で勤務してきたという猿田さん。そんな猿田さんが、今回なぜホテル業界ではない美容業界で、BIO HOTELS JAPAN認証を取得しようと思ったのだろうか。
「正直、最初は認証の存在さえ知りませんでした。認証の基準に合わせてヘアサロンを作ったわけでなく、『ただそこにいるだけで美しくなれる美容室』というコンセプトのもと、お客様のためという一心だけで見えない細部までこだわり、この空間を作り上げました。オープンするにあたり、サロンのべースとして使用するオーガニック商材を選択するために、海外や日本全国からあらゆるサンプルを取り寄せて試したところ、含有する成分の観点から素晴らしいと思えたものが『BIO HOTEL HOME & TRAVEL COSMETICS』でした。それからBIO HOTELに興味を抱き、調べていく中でBIO HOTELの認証があることを知りました。」
「日本ではBIO HOTELS JAPANが公式認定機関として活動し、日本独自の認証基準を設けていましたが、偶然にもその基準を当ヘアサロンはすべてクリアしていました。ヘアサロンでありながら空間づくりはホテルのゲストルームをイメージしていたことや、日本にはBIO HOTELの認証を取得しているヘアサロンはまだ一軒もないことに運命を感じ、認証取得に至りました。」
サステナブルな空間づくりの中身とは?
THE ORIENTAL JOURNEYは店内ではもちろん、顧客が自宅に帰ってからもサステナブルなライフスタイルを実践できるよう、さまざまな仕組みや空間づくりに取り組んでいる。その8つの中身をみていこう。
1. コスメはオーガニック認証を取得しているものを
まず、猿田さんはヘアサロンにとって最も重要なコスメについてこう語る。
「大切にしていることは、大きくわけて3つあります。1つ目は、オーガニックコスメ認証を取得しているコスメの使用が前提であることです。2つ目に、できるだけ消費地に近い場所で作られたメーカーさんのコスメを使うこと。たとえば海外のコスメは、輸入している時点ですでにCO2を排出しているため、環境によくありません。ただ、日本には地域密着でオーガニックコスメ認証を取得しているコスメがほとんどないので、現段階では志が高く、もう一踏ん張りで基準に到達するメーカーであれば、まずは良しとしています。その変わりに、今後さらにサステナブルな取り組みにバージョンアップさせることが条件となっています。最後の3つ目は、そのメーカーの理念や方針を重視していることです。」
2. 排水をオゾン水に変えるシステムの導入
美容業界のヘアーカラーリング製品の出荷個数は年間2億個を超えており、有害な環境ホルモンを排出する問題があるといわれている。また、パーマ液は除草剤よりも毒性があり、河川をはじめとした環境汚染の原因になっているという。
そこで、THE ORIENTAL JOURNEYでは使用する水をオゾン水に変えるシステムを導入している。オゾン水は塩素系と同等の殺菌力を持ちながら、塩素系のような発がん性物質が生成されないことから、海外や日本の主要都市で上水の消毒に使用され、医療や農業では消毒のスタンダードになりつつあるという。
THE ORIENTAL JOURNEYでは、オゾン水だけではまだ不十分だという認識から、さらに高いレベルのシステム構築に励んでいる。
「2023年までに美容室のシャワー排水を上水と同程度のレベルにまで浄化し、循環させるシステムを確立します。そうすることで、水質汚染への影響も限りなく減らすことができます。途上国や被災地などに提供されるシャワーではすでにこの仕組みが存在していますが、美容室専用のものはまだありません。このシステムが水資源を大量に使用する美容室のグローバルスタンダードになれば、地球の大切な水資源を守ることができます。」
3. GOTS認証を取得したリネンを使用
リネンもすべてオーガニックテキスタイルの認証であるGOTS認証(Global Organic Textile Standard)を取得したものを使用している。
「膝掛けやタオルにはラグジュアリーホテルでも採用されているオーガニックコットンのものを使用しています。お客様の肌に触れるものなので、こだわらなければいけない部分です。洗濯洗剤もオーガニックにこだわることで、オーガニックコットンの風合いを活かしています。」
4. 化学物質が出ない空間づくり
さらに、安価な建築資材や、壁紙に使われる接着剤に多く含まれる化学物質が出ない空間づくりにも取り組んでいる。
「化学物質は少しずつ室内に放出されて空気を汚染し、それを吸い込むことで健康に害を及ぼす可能性が高まります。当ヘアサロンでは、壁材に天然の漆喰を使用しています。漆喰は“呼吸をする壁”といわれるほど防臭効果も高く、美容室特有の匂いの軽減にもつながっています。さらに、壁が汚れたときに通常の壁紙の場合は全面を張り替える必要がありますが、漆喰であればサンドペーパーで削れば簡単に汚れが取れます。通常よりも初期コストはかかりましたが、お客様に居心地の良い空間を提供することを一番に優先しました。」
5. 店内で提供するのはフェアトレードコーヒー
顧客に提供するのは、東ティモールのフェアトレードコーヒーだ。
「お客様に普段からフェアトレードコーヒーを買うことを強制するのは難しいですよね。しかし、ここで美味しく味わっていただくことが、今度コーヒーを買う際にフェアトレードのものを選んでいただくきっかけになればいいと思っています。」
6. CO2をオフセットする駐車場
サステナブルな仕組み作りは駐車場にまで及ぶ。顧客の3分の1が車で来店するTHE ORIENTAL JOURNEYでは、駐車場は三菱地所のPEN(Parking Ecology Network)と提携し、駐車料金の一部を植林事業に寄付することでCO2をオフセットする仕組みを取り入れている。
7. 100%再生可能エネルギーを使用
お店で使われる電力はもちろん、100%再生可能エネルギーである。契約する電力会社は「顔の見える電気」を提供するみんな電力株式会社だ。
8. サステナビリティを体現する伝統工芸の家具・雑貨の導入
家具や雑貨には、世界中から伝統的なものを取り入れている。「長年続いているものの中にはサステナビリティへのヒントが隠れています。壊れたら直して一つのものを長く使う概念は、持続可能な考え方に合致しています。」と、猿田さん。
ホテルのゲスト空間を。ヘアサロン以上のホスピタリティ
THE ORIENTAL JOURNEYはさらに、ヘアサロンを超えたホスピタリティの充実も図る。
「ホテルのゲスト空間を作っている意識なので、美容室の要素を徹底的に排除した空間をデザインしました。この空間に滞在することがメインであり、あくまでもその付随的サービスとしてカットやパーマがあります。」
「ゲスト空間」は、白の建築物と青の海が特徴的なギリシャのサントリーニ島をイメージしている。ひとたび店内に入ればまさに別世界である。
予約はマンツーマン方式でのみ受付可能なことに加え、顧客同士がすれ違わないようにするために、予約と予約の間は30分以上空ける徹底ぶりだ。メニューには、ホテルのホスピタリティを意識した「ROOM SERVICE」の言葉を使い、顧客にホテルのような心地よさを感じてもらうことを意識しているという。
顧客第一を考えれはおのずとサステナビリティにたどり着く
実は「美容室でいい思いをしたことが一度もなかった」と、話す猿田さん。自分自身がもともと美容室に対してポジティブなイメージがなかったため、徹底的に自身のそのイメージを排除する空間をデザインしているという。
サステナブルな美容室というのは、もちろんヘアケア剤や設備面などのハード面をクリアするのが前提ではあるが、それ以上に美容室のソフト面が大切であると猿田さんは説く。これまで100軒以上の美容室で働いてきた経験から行き着いたシンプルな結論だ。
「お客様のためを想うと、おのずとサステナビリティに到達します。この考えを整理できたのが、BIO HOTELの認証です。本当のビューティーを追求するためには、やはり内側を磨き、健康を考えることが大切です。化学薬品を流して水を汚すことで、やがては自分自身の健康被害として返ってきます。美容師自身が健康でなければ、本当の意味でお客様を美しくすることはできません。お客様のことを考え抜いた結果、この結論に至りました。」
THE ORIENTAL JOURNEYという店名も「内側に旅をし、もう一度自分に向かう」という想いで名付けられたものだ。美容室では外側を綺麗にするだけでなく、内側にも目を向けてみよう。内側に目を向けたその先には、自分たちを取り巻く環境の健康にも配慮しよう、という意味が込められている。
お客様には「心地よさ」だけを求めて来てほしい
顧客に我慢を強いることなく無理なく伝えることの大切さを、猿田さんは話の中で何度も強調する。
「サステナブルとは、昔に戻って『使わない』『節約する』といった我慢することではありません。これではなかなか広がらないので、現代だからこそできる最新の技術を組み合わせて、無理のないサステナブルな仕組みを作っていくことを目指しています。」
「お客様には、ただ心地よさだけを求めて来店していただきたいです。」と、猿田さんは語る。「心地よさを求めることが、実は誰かのため、そして自然環境のため、さらに次世代のためになるという構造にしています。心地よさを感じると、人は美しくなります。日頃の生活の中で化学物質を完全に排除することは難しいからこそ、せめて美容室に滞在するほんの少しの時間でも自然に触れてデトックスしてほしいと、思っています。」
アジア初の「Grøn Salon認証」の取得を目指す
さらにTHE ORIENTAL JOUERNEYでは、デンマーク発のサステナブルな美容室に与えられる認証である「Grøn Salon認証」(Grønとはデンマーク語でグリーン:環境に配慮の意味。)を取得するアジア初の店舗となることを目指す。
「Grøn Salon認証とは、化学薬品の取り扱いから環境配慮といった厳しい基準をクリアしたヘアサロンだけが取得できる認証制度です。さらに美容師自身のサステナブルな働き方についても定められています。現段階でこの基準をクリアしている日本のヘアサロンは一つもありません。」
2019年11月にはデンマークの本部へ向かい、Grøn Salonのコースを受講し、実際にGrøn Salon認証を受けているヘアサロンの視察を行ったという。さらに、自ヘアサロンだけではなく、日本国内のヘアサロンにも認証取得を広げていく仕組みも整えていく計画だ。
なぜ自ヘアサロンだけではなく他店にもGrøn Salon認証を広げていくのか。猿田さんは次のように語る。
「昨今の気候変動を見てもわかるように、もうすでに待ったなしの状態です。環境を汚しているイメージのある美容業界が変われば、SDGsやパリ協定にも大きく貢献できます。一社だけでなく業界全体が一丸となって協力していかなければ持続可能な美しさや未来は実現できません。さらには、業界内だけでなく他業界とも協力し合うことで、新しいイノベーションが起こせるとも思っています。生きとし生けるものすべてが共生、共存していくことで、美しい人、美しい日本、美しい地球を次世代に残していきたいです。」
編集後記
THE ORIENTAL JOURNEYはまだまだ進化の途中だ。これまで紹介してきたように、猿田さんは自ヘアサロンのみならず、美容業界全体にサステナビリティを波及させていきたいと話す。最後に、今後の展望について伺うと、猿田さんは改めて、こう答えてくれた。
「3つあります。1つ目は、2023年に都内でコンセプトサロンを開設し、サステナブルサロンを大々的に広める役割を担うこと。2つ目は、Grøn Salon認証を日本でも展開し、各都道府県に1つは認証済みのサロンがある状態にすることで、アクセス性を高めること。最後に3つ目は、2023年までにシャンプー台の排水を100%無害化し、上水レベルにもっていくことです。今は循環機器メーカーの調査を行なっている段階です。日本で展開するGrøn Salon認証にも入れたい基準ですね。」
THE ORIENTAL JOURNEYの今後のサステナブルな取り組み、そしてGrøn Salon認証の日本での展開は美容業界全体へ一石を投じることになるだろう。その過程で一般に知られざる美容業界の社会課題も露呈していくと予想される。今後も、美容業界のサステナビリティについて追っていきたい。
THE ORIENTAL JOURNEYの詳細
施設名 | THE ORIENTAL JOURNEY |
住所 | 〒277-0042 千葉県柏市逆井13-9ユーカリビル3F2号室 |
定休日 | 不定休 |
予約 | 定員1名完全予約制 |
URL | https://orientaljourney.com/ |
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【参照サイト】THE ORIENTAL JOURNEY公式HP
【参照サイト】Grøn Salon 英語版公式HP(Green Salon Scandinavia)