21世紀最大の人道危機と言われるシリア内戦。2010年にチュニジアからはじまった「アラブの春」と呼ばれる民主化運動が、独裁が続くシリアに飛び火したものだ。2011年に始まったこの内戦により、多くの難民が発生した。その数は、国内外避難民もあわせて約550万人にものぼる(※1)。
シリア難民のうち、キャンプにいるのは約28万4,000人。難民キャンプにたどり着けたとしても平穏な暮らしが待っているとは限らず、住環境や、医療、衛生、安全、教育の問題を抱えながら暮らしている。食糧を購入するための資金集めが困難なことはもとより、キャンプの多くは農業には向かない場所に設置されるため、難民キャンプの住民を生かすための食糧確保は常に課題となっている。
そんな中、ヨルダン北部の砂漠地域にあるザータリ難民キャンプで、あるものを使った野菜栽培が始まった。
使われたのは、古くなったマットレス。マットレスを筒状にくり抜き、使わなくなったプラスチックカップに入れる。あとは植物と水を入れて適宜、水を補うだけ。土いらずで野菜を育てることができる。
この方法の開発は、シリア難民と国連難民高等弁務官(UNHCR)がイギリスのシェフィールド大学の専門家と協力して行った。UNHCR職員のハニ・ニーザー氏は、アラビア語メディア・アルジャジーラに対し「難民キャンプの土地は農業には向いていない。彼らがキャンプでも、故郷に帰っても応用できるような新しい技術を試し、難民を救済する」と語っている。マットレスを活用した栽培方法は通常栽培に比べて7-8割の節水にもなる。水が貴重な難民キャンプでは、重要なポイントだ。
8万人もの難民が暮らすこのザータリ難民キャンプは、2012年にはじまり、シリア難民のキャンプの中では最も受け入れ人数が多い。キャンプ全体がまるで一つの町のようになっており、家電や衣類などを販売する商店街などもあるという。
それでも、砂漠地域にある難民キャンプでは農業ができず、食糧確保は課題となっていた。それだけに今回の方法が普及できれば、食糧問題の解決に寄与する可能性がある。すでに1,500人以上の人がこの水耕栽培を学び、ミントやトマト、きゅうりなどの栽培を行っているという。
アルジャジーラの取材に対し、農民だったシリア難民のアーマッド・ゾウビさんは「伝統的な農法は泥と砂にまみれていたが、この方法だと水しか使わないので清潔で気に入っている」と語る。
資金も資源も設備もない。ないない尽しの難民キャンプで生まれたマットレスをリユースする水耕栽培。彼らの嬉しそうな言葉に喜びを共有しつつ、一刻も早く情勢が収まり、新しい農法を安全な場所で実践できる日々がやってくることを願って止まない。
※1 UNHCRウェブサイト(2020年8月時点)
【参照サイト】Syrian refugees grow crops in old mattresses(動画あり)
Edited by Kimika Tonuma