使うだけで和を感じさせてくれる漆(うるし)。手に取ったときのふんわりとした温かみ、しっとりとしたツヤは漆ならではの魅力だ。環境の視点からみると、素材は木、漆、土とすべて天然素材を使用し、欠けたり漆が薄くなったりしても修理して使うことができるため、「育てる器」と言われるほど長期使用できるという特性がある。
そんな中、コロナ禍で輪島塗の無料貸し出しを行うキャンペーン「おうち時間をもっと楽しく計画(以下、おうち時間プロジェクト)」を行った輪島塗ブランド千舟堂(せんしゅうどう)が、さらなる環境負荷の低減に挑むと同時に、国産漆の復活をめざし、若手職人の育成をはかる「国産うるしプロジェクト」を立ち上げた。
一体どのようなプロジェクトなのか。今回の取り組みを三つのポイントに分けて、千舟堂 代表取締役の岡垣祐吾さんにお話をうかがった。
01. 「カーボンポジティブ」な製品づくりへ
「国産うるしプロジェクト」の一番目の柱は、千舟堂が販売するお碗「iro椀(いろわん)」の売り上げの3%を国内の漆の植樹に活用することで、カーボンポジティブ(※1)に向かうという点にある。漆の製造はもともとCO2排出量が少ないとはいえ、iro椀100客あたり、787kg(2019年実績)を排出する。
成長したウルシの木の年間CO2吸収量は4kg(5年経過時まで。15年生育で年間約20㎏)。2020年の9月から12月分の間に200客弱が販売されるという予測にもとづき、ウルシ120本を植樹する予定だ。iro椀の製作過程で排出するCO2がウルシの木の年間吸収量を上回るうちは、カーボンフリーコンサルティング株式会社を通じてカーボンオフセットし、5年をめどに自社で植樹したウルシの木でカーボンポジティブをはかる。今後、毎年120本以上を継続して植樹する目標だという。
※1 温室効果ガス(特にCO2)を削減するとき、ライフサイクル全体をみて、排出される量より吸収できている量が多くなっている状態
02. 国産漆の復活
次に、国産漆の復活も重要だ。千舟堂によると、約100年前までは国内の漆ですべての製品づくりをまかなっていたが、現在の自給率は5%にも満たず、残りは中国などの外国産の漆に依存している。
その背景には、国産は中国産の約5倍のコストがかかることや、ウルシの木を管理できる人手が少ないといった理由があるそう。岡垣さんは、「価格やウルシの生産性が不確定なことから植樹された木から採れる漆をすぐに輪島塗の全工程に活用していくことは難しいかもしれないが、まずは上塗りで使用する漆の確保を目標に植樹を継続したい」と将来の展望を語った。
03. 若手職人の育成
このプロジェクトの最後の柱として、若手職人の育成がある。かつては1500人以上いた職人も、現在は300から400人まで減少。60代以上が多く、30代以下の若手は1割強ほどである。このままでは輪島塗という伝統自体が途絶えてしまいかねない。
一方で、職歴40年以上のベテランと若手との経験値の差は大きく、作品づくりに若手職人がかかわりづらい現状もある。そこで今回のプロジェクトの対象となるiro椀は、漆器をつくる上で必要な基本的な技術が問われる工程を若手職人に担ってもらうことで、技術の向上をはかる。若手職人の技術の向上次第では、今後、重箱など高い技術が必要な商品も対象になっていくとのことだ。
取り組みのきっかけは「輪島塗の無料貸し出し」だった
実は今回の取り組み、IDEAS FOR GOODでも以前取り上げた「おうち時間をもっと楽しく計画(現在は終了)」の反響がきっかけとなっている。
「おうち時間プロジェクトは、特に若い世代の方から反響をいただきました。そこで、環境やSDGsといった分野の取り組みをさらに進め、社会課題に敏感なみなさんに漆について知ってもらう機会になればと、来年実施しようと思っていたプロジェクトを1年前倒しで開始することにしました。」
環境問題の悪化、消費者の価値観やライフスタイルの変化、少子高齢化。伝統産業をとりまく社会状況は厳しく、古来からの多くの文化が存続の危機にさらされている。「伝統を守る」と一言でいっても、原材料や将来の職人を確保するだけでは立ち行かない、そんな時代になってきたといっても過言ではないだろう。
そんな状況の中で、今回の千舟堂の取り組みは、伝統を守っていくための新しいアプローチの一つになるのではないだろうか。環境負荷の低減に取り組むことが輪島塗の新たな魅力となり、次なる「伝統」を切り開いていくことを期待したい。
【iro 椀について】
・17色のカラーバリエーションがあるお椀
・一客 19,800 円(税込)
・径 11.5×高さ8cm
販売サイト:千舟堂 iro椀
Edited by Kimika Tonuma