安価で美味しいチョコレートは、子どもから大人まで世界中で多くの人に愛されている。しかし、そのチョコレートがどこの国で具体的にどのように生産されているかまでは、意識していない人も多いのではないだろうか。また、「フェアトレード商品」が良いものだということは知っていても、それがどれほどの利益を生産者にもたらすのか、正確に把握している人は少ないだろう。
インド人のブロックチェーン・エンジニアAkash Mathew氏が立ち上げた財団「Right Origins(ライト・オリジンズ)」は、利益の80%を生産者であるカカオ農家に還元し、農協や農家自身がチョコレートブランドを持つことを目指す。Akash氏はソフトウェアスタートアップCIEDも経営しており、Web、モバイル、ブロックチェーン、AIを使った品質管理ソフトウェアを開発。本業で培った技術を財団の活動にも応用することで、サプライチェーンの透明性も実現している。
フェアトレードのストーリーは一体どこまでが真実なのか?
Akash氏によると、通常、カカオ農家が受け取る利益はチョコレートのサプライチェーンのわずか6.6%に過ぎない。これは、生産者が作ったカカオがチョコレートとして加工され、消費者の手に届くまでに多くの過程を辿るためだ。生産したカカオは選別、加工され、小売店で販売される。これらの中間業者の手数料を加味した上で、消費者にとって手に取りやすい低価格でチョコレートを販売するのだ。
フェアトレードでさえ、農家が得られる価値は最大10%と言われている。
「この価格は、本当に農家にとって十分な収入につながるのか?そして、フェアトレードや持続可能な商品と謳われているものでも、そのストーリーは一体どこまでが真実なんだろう。」
幼い頃から農業が身近にあった創業者のAkash氏は、このような問題意識を持ちRight Origins財団を設立した。
「サプライチェーンは複雑です。大企業が透明性を実現させるのは難しいと思います。また、品質保証に関して多くの情報は紙の記録で成り立っており、操作しようと思えば操作可能です。このような状況では、ブランドが発信するストーリーを100%信頼できるとは言えません。」
「これが私たちがRight Origins財団を立ち上げた理由です。財団を通じて、農家の協同組合がブランドを共同所有します。データの管理にはブロックチェーンを活用するため、情報の改ざんはできません。消費者は信頼できる商品を購入でき、農家は独自のブランドを立ち上げることができます。」
利益の80%を農協に還元するRight Origins財団
Right Originsは農作物のサプライチェーンの透明性と信頼性を高めるために、ブロックチェーン技術を活用しているが、これにはAkash氏のキャリアも大きく関係している。
Akash氏は2011年、大学在学中にWebやモバイルアプリケーションの会社CIEDを起業し、2013年にはアグリフード品質保証ソフトウェアプロジェクトに事業をシフトした。そこから数年で多国籍NGO、研究機関、国際認証機関などにソフトウェアを提供している。開発するソフトウェアも農業に関するもので、流通の透明性や信頼性を高めることを目的としている。
Akash氏はインド出身だが、Right Originsはオランダの非営利団体だ。オランダのオープンイノベーション・コミュニティ「Brightlands(ブライトランズ)」が実施するインキュベータープログラムに2017年に選出されたことで、オランダに進出した。オランダ国内のファンドや大手銀行ラボバンク、ワーゲニンゲン大学からも資金を調達。農民組合との共同事業を運営し、新たに作った独自ブランドのチョコレートをヨーロッパ市場で販売している。
この事業を通して得た利益の80%は農協、15%は投資家に還元され、5%は財団に残る仕組みだ。従来のサプライチェーンの2倍から5倍の価値を農家に提供している。
農家自身がブランドを所有
カカオ農家では、受け取る賃金の低さから貧困や児童労働などの社会問題が発生している。カカオを生産する農家の子どもたちはチョコレートを食べたことがない、という話もあるほどだ。私たちが口にするチョコレートは誰かの貧困の上に成り立ち、しかも子どもの教育の機会まで奪っているかもしれない。
チョコレート市場は年々拡大し、そのマーケットは巨大だ。グローバルサプライチェーンは複雑で、変化を起こすのは容易ではない。しかし、Right Originsはテクノロジーを活用することで、農家が貧困と闘い、より良い生活を送るために役立つブランドを目指す。農協自身がブランドを共同所有できれば、利益の大部分が農家に還元される。農家がブランドオーナーになることで、農作業に対する責任感もさらに高まるだろう。
現在、チョコレートはRight OriginsのWebサイトやオランダ国内での小売店で購入可能だ。オフィススペースに「オネスト・ショップ(正直なお店)」を設置し、チョコレートを食べたらQRコード経由で支払いをする形態での販売も行っている。
この事業は「生産者の手元に届く利益が、商品の数%に止まるべきではない。生産者自身がブランドになれるように」との願いから始まった。消費者である私たちは、このチョコレートを通して社会課題を知ることができる。
オランダに限らず、世界中で商品を扱ってくれるお店や、インドのカカオ農家と取引し新たなチョコレートブランドを作る企業も募集している。もし興味がある場合は、ぜひRight Originsに連絡してみてほしい。
筆者プロフィール:佐藤まり子(さとう まりこ)
オランダ在住のフリーランスライター。SDGsやサーキュラー・エコノミー、オランダ企業への取材記事を中心に執筆。剣道五段の経験を生かし、オランダで剣道道場を運営。剣道に根付く日本の価値観がヨーロッパでどのように受け入れられ、広がっているかに関してもメディアに寄稿。
Edited by Erika Tomiyama