皆さんは普段どこで服を購入するだろうか?
今や店舗だけでなく、ECサイトを通して、どこにいてもワンクリックで簡単に服を買うことができる。また、購入が簡単なだけでなく、価格が「お手頃」でおしゃれなデザインのモノもかなり増えている。
「安くておしゃれ」――買い手にとっては最高の条件のように思われるが、一度立ち止まって考えてみてはどうだろう。なぜそれほどまでに安いのか。
実は、私たちが24時間365日身に着けている「衣服」をつくるアパレル産業は、「世界第2の汚染産業」と言われる。多くの場合、「安くておしゃれ」の裏には、労働者の搾取や環境破壊といった代償があるのだ。そんな汚名を打破すべく、アパレル業界の“新しいサステナブル化”に向けて立ち上がった人がいる。「木の実からできたコート」を販売する、KAPOK KNOT代表の深井喜翔さんである。
「カポック」と呼ばれる木の実の綿からコートをつくることが、アパレル産業を、そして世界を救うことにつながる。そう考えて活動を続ける深井さんに、KAPOK KNOTへの想いや理想の社会貢献のあり方、アパレル産業の今後についてお話を伺った。
話し手:深井 喜翔(ふかい きしょう)さん
1991年生まれ、大阪府出身。1日に10回以上「カポック」と発する自称カポック伝道師。2014年慶應義塾大学卒業後、ベンチャー不動産、大手繊維メーカーを経て、家業である創業72年のアパレルメーカー双葉商事株式会社に入社。現在の大量生産、大量廃棄を前提としたアパレル業界に疑問を持っていたところ、2018年末、カポックと出会い運命を確信。KAPOK KNOTのブランド構想を始める。
きっかけは、アパレル業界の「非サステナブルさ」
これまで多くのアパレル企業、特に「ファストファッション」とされるブランドでは大量の衣服が生産され供給過多状態でありながら、多くの廃棄も行ってきた。そんな「サステナブルとは正反対のモノづくり」を続けてきたアパレル企業に一石を投じるのが、KAPOK KNOTだ。
カポックの実は、木そのものを使用しないために森林伐採の必要がなく、カポックの需要が増えれば増えるほど、実の生産を行う東南アジアでの雇用創出や緑化につながり、森林保全のサイクルが生まれる。そんな人も環境も傷つけない、地球にやさしい服作りはどのようにして始められたのだろうか。
「衣服の生産地域では最低賃金が上昇している現状があります。例えば、家業の服の多くはカンボジアで縫製されています。いま東南アジアでは経済成長により、最低賃金が2倍ほどにまで上っていて、このまま現地での生産を続けるには、僕たちの給料を削るか、カンボジア側で従業員が求める賃金を出せないまま働いてもらうかしかありません。どれほど良い商品であったとしても高ければ売れないからです。そんな状況に直面したとき、自分がどうにかしてアパレル業界を変えていくしかないと感じました。」
もともと大学の頃に入っていたソーシャルビジネスのゼミや所属していた幼い頃から入っていた国際交流のNPOを通して、「持続可能な開発」や「社会性と事業性の両立」を当たり前だと捉えていたという深井さん。だが、実際に社会に出てみると、思っていたほど「ソーシャル(社会貢献的)な要素」が求められていないと感じ、自分で事業を始めることにしたそう。しかしなぜ「カポックの実」に注目したのだろうか。
「カポックという実は、教科書にも出てくるくらい繊維業界では有名です。昔からエコな素材として知られていましたが、これまでの技術では商品化が難しく手が付けられていませんでした。そこで今回、改めて僕がファッションに使用できないかと考えたのです。」
現在は40%ほどのカポック由来の素材をコートに使用しており、将来的には100%にできないか、またカポックを使ってコート以外の商品もつくれないか、インドネシアで研究を重ねているそう。
「カポックに一番近い素材は綿花からできるコットンです。コットンは自然に良いものというイメージが強いと思うのですが、実は水の使用量がとても多く、重い。一方でカポックは、オイルキャッチャーとしても使われるくらい軽く、水に浮くという特性があり、自生するほど生命力が強いです。商品にはカポックのほかに、リサイクルのポリエステルを使用していますが、マイクロプラスチックを出してしまいます。なので、できる限りカポック由来の素材のみを使って、お客さんにも社会にも良い影響を与えていきたいと思っています。」
消費者の心に響いた「カポックの可能性」
薄さたったの5ミリ。軽くて着ぶくれしないのに暖かいKAPOK KNOTのコートは、クラウドファンディングサイトMAKUAKEで約1,700万円と、目標の30倍以上を達成した。どうしてここまで注目され、支援されることになったのか、その理由を尋ねてみた。
「カポックの可能性にみんなが共感してくれているからだと思っています。これまで社会性と事業性の両立をテーマに勉強してきた中で、多くの事業は大体どちらかによりがちでした。そんな中、エシカルファッションだからといって価格がほかのダウンと比べて高すぎるわけでもなく、それでいて環境にも人にもやさしい。『消費者側が我慢しなくていい、参加へのハードルが高すぎない』そんな社会性と事業性の両方のバランスが取れた社会貢献のあり方が受けたのではないかと思います。」
また、KAPOK KNOTの商品の売上の一部でカポックの植樹や品種改良等が行われており、購買活動が単なる消費行動ではなく、未来のカポックを育むことにもつながっている。天然資源であるカポックを有効活用しながら、持続可能的な商品の生産サイクルを成立させ、循環型の社会をつくることを目指しているそうだ。
そんなKAPOK KNOTの植物由来のコートを、心待ちしていた人たちもいる。
「商品を買ってくださったお客さんからのダイレクトな声を聞いている中で、羽毛アレルギーがあり、これまで寒くてもダウンを着ることができなかったお母さんのためにコートを買ってくれた人がいました。今回そういったニーズがあることをを知ることができたので、今後は今までダウンを着たくても着ることができなかった人たちに向けても、商品を広めていきたいと思っています。」
KAPOK KNOTは先日、アメリカのECサイトをオープンし、グローバルな展開を始めた。「世界で知られるブランドになること」そんな目標を語ってくれた深井さんだが、今後も店舗を設けた販売は考えていないという。店舗型販売というよりは、ECサイトと予約制ショールームという形で販売を続けていくそうだ。
「コロナ禍という状況もあるし、広く出して誰かに刺さればラッキーという風にやっていく時代ではないと思っています。商品の特徴からもオフィス兼ショールームという形で直接販売し、来てくれたコアなファンの人などとコミュニケーションをとりながら、一緒に商品づくりをやっていけるような場づくりをしたいです。」
ソーシャルグッドへの「参加コスト」を減らす
コートを実際に購入すると、パッケージの中にはメッセージが書かれている。例えば、「あなたが商品を買うことで、何匹の鳥が救われて、CO2の削減にどれくらい貢献しました」といったもので、商品を届ける過程でお客さんにしっかりとソーシャルインパクトを伝えている。しかし、できるだけ商品そのものに価値を見出してもらい、購入後にソーシャルインパクトの側面を伝えるようにしているそう。その背景には、深井さんが目指す理想の社会貢献のあり方があるという。
「私たちがやりたいことは社会貢献活動への参加コストを限りなく低くすることです。社会貢献というのは、もしかしたらごみ問題などの環境問題かもしれないし、LGBTQやダイバーシティなど人権についてかもしれない。そういったさまざまな社会課題の中で、たまたま僕は『サステナブルファッション』に取り組んでいます。」
「サステナブルなことって、参加する側がコストを払わなければならない場合が多いと思います。例えば、環境や体に良いと言われるものは価格が高かったり、身近なところに売っていなかったりしますよね。また、環境への負荷を減らすためには、ヴィーガンやベジタリアンになり、お肉を我慢しなければならない……。そんなときに、例えばすごく美味しいヴィーガン、ベジタリアン料理があれば、日々の食事から少しだけお肉を減らしてフレキシタリアンに挑戦してみる、ということも気軽にできるのではないでしょうか。」
「社会に良い活動をするための我慢やコストを限りなくゼロにして、誰もが無理なく始められる社会貢献、“新しいサステナブル”のあり方が広まっていけば、より良い世界に変わるだろう。」そのように語る深井さんは、新しいサステナブルのあり方の一例として、ご自身の、「取り組みへのハードルが低い経験」を語ってくださった。
「あるとき、メンバーの一人に渋谷のゲイパレードに参加してみないかと誘われたことがあります。性的マイノリティの方々が抱える課題については当時よく知りませんでしたが、祭りだったら楽しそうという理由で参加し、結果、そこで多くのことを学びました。きっかけは『楽しそうだから』でしたが、そういった単純に『ちょっと面白そう』というところから行動することで、さまざまなことを知り、理解が深まっていくと思います。」
「説教臭い感じから入るのではなく、そういうFun(楽しさ)があれば、参加コストのない、本当に持続的な社会貢献できる。そういった『手軽さ』の部分を突き詰めていきたいです。その理由から、私たちもヴィーガンファッションという面はそこまで押し出しておらず、まずは機能を皆さんに伝え、買ってもらったあとに商品を開発の意図を伝えることを意識しています。」
これからのアパレル業界は事業性と社会性の両立が“当たり前”
サステナブルな生産のあり方を追求し続ける深井さん。最後に、アパレル業界の今後についてお伺いしたところ、「業界全体の変化の必要性」を強調されていた。
「今回の販売での実際の購入者層の年代別内訳をみると20代~50代と、意外と上の世代にも関心を持ってもらえていると実感しています。また、繊維会社の若手の間では、MAKUAKEなどのクラウドファンディングのプラットフォームを通してB to Cの新規事業にチャレンジすることがトレンドになってきているほか、若手のベンチャー後継者をバックアップするような制度もあり、チャレンジしやすい環境が整っています。」
「しかし、アパレル業界の“負の側面”が叫ばれ、サステナブルじゃないと言われる中で業界自体を変えていくためには、ミレニアル世代より前の世代の間でも『社会性と事業性ありきが当たり前というスタンス』の人が増えていかないといけないと思います。大企業・中小企業にかかわらず、『自分たちがイノベーションを起こして世界を変えていく』という生きがいでそれぞれが頑張ることが、今のアパレル業界には必要なのではないでしょうか。」
編集後記
2019年、深井さんは売り上げを使ってカポックの木の植樹活動を行った。ひとたび植えることで次のカポックが育ち、また次が……というような循環のサイクルをつくることを目指しているそうだ。KAPOK KNOTの「KNOT」という単語には、「結び目」「人との絆」という意味があるが、消費者と販売者、販売者と生産者、生産者と消費者といった「人と人」はもちろん、「地球と人」や「自然と自然」もつないでいるブランドだ。
そんな「つながり」が感じられるエピソードも聞くことができた。これまでで最も嬉しかったことは何かと尋ねたときに返ってきた、「共感して一緒にやりたいと言ってくれた人が身近に多いことが一番嬉しかった。」という言葉だ。現在、深井さんと共に働くメンバーのほとんどは学生時代の先輩や後輩など昔からの知り合いで副業として携わっている。
普段は異なる分野で活動する、それぞれが違ったスキルや個性を持つメンバーだからこそ、互いに刺激を与え、知見を深め合いながら仕事ができていて、多様性ある強いチームにつながっている。
「かつてB to Bでやっていたとき、カポックの実を衣服に使ってもらうよう何度もお願いをしたが、相手にしてもらえなかった。ならば自分たちで作って価値を広げていこうと、発想を変えて始めたのがKAPOK KNOTです。」
深井さんが取材の冒頭でおっしゃっていた言葉だ。しかし、これからKAPOK KNOTへの共感の輪が広がり、その可能性に気付く人が増えれば、カポックがアパレル業界で“当たり前”の素材になっていくかもしれない。アパレル業界の「新しいサステナブル」のあり方が楽しみだ。
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