【前編】成長ではなく繁栄。石川県・金沢から考える、価値を創造するまちづくり

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「もっと売り上げを伸ばそう」、「成長意欲を持とう」。仕事でもプライベートでも、常に成長することが求められている社会。成長自体が悪いわけではないが、いつまでたっても限りない成長を目指していると世界が保たないと、多くの人が気付き始めているのではないか。

そんな中、2011年に「ドーナッツ経済学」が登場した。当時オックスファムの研究員であった英国の経済学者ケイト・ラワース氏によって生み出された新たな経済学の概念で、自然環境を破壊することなく社会的正義(貧困や格差などがない社会)を実現し、全員が豊かに繁栄していくための方法論として打ち出された。GDPの無限成長を前提とする従来型経済に変わる、新たな経済パラダイムとして今、世界中から注目を集めている。このように世界経済は、「成長」から「繁栄」へと視点を転換している。

私たちが住むまちにおいても、新型コロナウイルス発生以前から、より持続可能でレジリエンスのある都市にするにはどうしたら良いのか、世界中で議論が行われていた。日本国内でも、循環型や市民参加型など、様々な都市開発やまちづくりの事例が生まれている。

今回、持続可能でレジリエントな都市を体現しようとしている石川県金沢市を訪ねた。江戸時代に城下町として栄え、第二次世界大戦中に空爆を受けなかったことから、「小京都」と呼ばれる美しい街並みが現存している場所だ。

金沢の街並み

Image via shutterstock

金沢市は、ユネスコが定める文化芸術という創造性を活かした都市を目指す「創造都市」の一つに選定され、「文化」を土台としたまちづくりを進めている。また、文化面と環境面、経済面から自然の効用について再考する「グリーンインフラ」という視点をまちづくりに取り入れている。

「文化」を起点に、レジリエントで創造性のあふれた金沢のまちづくりの取り組みから、「成長ではなく、繁栄するまちづくり」のヒントをお伝えしたい。前編ではグリーンインフラを、後編では金沢市民芸術村を事例として取り上げる。

自然の多機能性に着目するグリーンインフラ

金沢の街を歩いていると、随所にあるちょっとした休憩地や、道路脇を流れる用水網など、街のいたるところに緑が整備されていることに気が付く。

街中にある休憩所

街中にある休憩所

バス停

バス停のあるエリアも緑化されている

用水

道路脇にある用水網

これらの緑地は、グリーンインフラの一部として捉えられる。グリーンインフラとは、環境保全に留まらず、防災・減災や地域振興など、自然の持つ多様な機能を活用したインフラや土地利用を推進する概念のことを指す。グリーンインフラは、自然を守ることだけを強調するのではなく、自然を活用するというより積極的な視点を大事にしている。

金沢のグリーンインフラの特徴とは

金沢は、1968年に全国の自治体で初めて「伝統環境保存条例」を制定し、街路や用水、斜面緑地など城下町の街並みを保存してきた。それから60年以上が経ち、2030年にSDGsを達成した金沢の未来を考える今、これまで守り継いできた伝統的な景観の価値を「グリーンインフラ」として捉え直している(※)

金沢のグリーンインフラの重要な要素が、用水と日本庭園である。金沢は、石川県と岐阜県にまたがる白山から流れる浅野川と犀(さい)川、湧き水に恵まれ、街中に多くの用水網が発展している。都市景観の維持や融雪・消火用だけではなく、ホタルが生息することから子どもの環境教育にも使われる。

用水

道路脇にある用水網

また、有名な「兼六園」をはじめとして、多くの日本庭園を有するのも金沢の特徴だ。庭園は、サンショウウオやトンボなど生物多様性の宝庫であるだけではなく、茶道などの文化の発展に寄与し、癒しの場所としても機能するなど、多機能なグリーンインフラの特徴を持つ。

日本庭園

Image via shutterstock

さらに、グリーンインフラという概念と日本庭園を組み合わせ、金沢の課題に取り組んでいるプロジェクトもある。それが、国連大学サステイナビリティ高等研究所いしかわ・かなざわオペレーティング・ユニット(以下、国連大学IAS OUIK)が提唱する「S.U.N(Sustainable、Urban、Nature)プロジェクト」である。

スクリーンショット

S.U.N プロジェクト

現在8%ほどの金沢の空き家率が、今後人口が減少するに従いさらに増えていくことが予測される。そのため、国連大学IAS OUIK のファン研究員は、空き地や空き家をマッピングし、2030年までに駐車場や空き家などのグレーインフラを緑化すること、そして緑を守り続けていくため、「市民全員が庭師になる」ことを研究・提案している。

下記の図上で、空き家を水色で、駐車場をピンク色でマッピングし、水色とピンク色を緑地にするため、「S.U.N プロジェクト」を進めている最中だ。

スクリーンショット

金沢の街の空き家を水色で、駐車場をピンク色でマッピング

グリーンインフラがもたらすレジリエントなまちづくり

公園緑地や用水などのグリーンインフラは、実際に自然災害があった際に、延焼防止や避難所の確保、分散型雨水管理として機能する。しかし、それだけではなく、「人と人とのつながり」も生み出している。

例えば、ファン研究員も関わって開催している庭園の清掃ボランティア活動は、庭園の維持管理者の不足という課題を解決するだけではない。こういう場で人と人とがつながり合うことで、街に暮らす人のQOLが向上したり、緊急時に助け合えるソーシャルキャピタルができたりと、一人ひとりが充足感を得て、横につながることができる。ファン研究員も、「金沢の街は規模がちょうどよく、人の関係も強いので、庭園清掃活動の協力を募集すると、多くの地元の方が協力してくださいます」と、コメントしている。

実際、このような精神的な人と人とのつながりが、平時にも災害時にも役に立ち、レジリエンスのあるまちづくりにつながっているのではないだろうか。

スクリーンショット

庭園ボランティア活動の様子

用水や庭園といった金沢の伝統的な景観を、「グリーンインフラ」として捉え直すことで新たな価値が生まれ、またその価値を基点にレジリエンスのあるまちづくりを行なっている金沢。後編では、金沢市民芸術村を取り上げ、「成長ではなく繁栄。石川県・金沢から考える、価値を創造するまちづくり」についてさらに考えていく。

※金沢市、公益社団法人金沢青年会議所、国連大学IAS OUIKの三者が2030年にSDGsが達成した金沢を考える際のキーワードとして、「グリーンインフラをつくり、使う」ということを具体的に挙げている。

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【参照動画】2020/9/8 IMAGINE KANAZAWA 2030 SDGsカフェ#13 「市民全員が庭師になろう!金沢SDGsをグリーンインフラから考える」
【参照サイト】金沢ミライシナリオ
【参照文献】『決定版グリーンインフラ』(グリーンインフラ研究会、2017年)

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