ドイツ第二の都市ハンブルクの街中には、今もなお防空壕が残っている。シェルターとしての役目を終え、「エネルギー」と「文化」創出の場として新たに生まれ変わった場所だ。
古くから貿易都市として栄えたハンブルクは、第二次世界大戦中も潜水艦やオイル産業の中心地となっていた。当時のナチスドイツがそうした軍事産業保護のため多くの防空壕をハンブルクに建設し、現在でも市内には1,000以上の防空壕が残っている。
今回は、ハンブルク市内アルトナ地区でエネルギーの分散化、そして文化活動の保護拠点として姿を変えた防空壕のユニークな取り組みを取材した。
市民のための、市民による防空壕
この防空壕の名前は「KEBAP(Kultur, Energie, Bunker, Altona, Projekt)」。直訳すると文化・エネルギー・防空壕・アルトナプロジェクトだ。9年前にアルトナ地区に住む市民が自発的に始めたプロジェクトで、現在は社団法人化されている。
KEBAPが画期的なのは、防空壕をつかって自然エネルギーを発電し、それで得た利益で誰もが使える文化活動の場づくりをしている点だ。設立初期から組織で活動しているFlatten氏に話を聞いた。
Q. このKEBAPのコンセプトについて教えてください。
昔この防空壕は核シェルターとして使われていました。2011年頃にはこの防空壕に発電施設を作り、市内へ電力を供給しようとする動きがあったのですが、環境への負荷が大きく、多くの市民が反対しました。抗議デモも頻繁に行われ、そのメンバーの一部がKEBAPの発起人となっています。
ただ、当時の初期メンバーも反対するだけではあまり意味がないことはよく理解していましたし、代替案を探すべきだと強く感じていました。大企業がつくる石炭由来のエネルギーに依存して生活し続けるのではなく、市民自身が、分散型かつ自然由来のエネルギー供給網を創出する必要があると考えたのです。
また、われわれが住むアルトナ地区は、ハンブルク市内でも特別裕福なエリアではありません。アパートは往々にして小さいですし、市民の給与もそこまで高くなく、どことなくヒッピー文化があります。だからこそ、彼らが集まって自由に音楽活動や創作活動ができる場所をつくろうと考えました。そして場所を開放し、音楽のリハーサル室や工作室、都市農園などとして無料または比較的安価に使えるようにしました。
これらの文化活動には、KEBAPでつくり出した自然エネルギーの販売益が投資されています。「エコロジー(環境)」の観点だけではなく、「エコノミー(経済)」の観点でもサステナブルな仕組みづくりに奔走し、現在の形ができあがりました。
エネルギー・文化の双方を満たす“場”としての防空壕
Q. 都市の中心で、どのような発電が行われているのですか?
エネルギーの種類はさまざまで、バイオマスや太陽光発電に加え、熱交換の設備などがあります。土壌や汚水の再生機能もあり、この防空壕はいわばエネルギーのショーケースのようなものになっていますね。市民はグリーンピースエネルギーなどの団体を通して、ここでつくった電力を購入できます。
電力を分散する方法としては、ハンブルクにもVattenfallのような電力専売会社があり、小さなソーラーパネルや蓄電池のようなものを生産しています。しかしアルトナ地区ではアパートも小さいですし、なかなか市民が自家発電できるようなスペースもないため、個人個人が住宅にソーラーパネルを取り付けるといったことは現実的ではありません。ですから、大規模な電力会社ではできないことを、市民の手でやる必要があるとわれわれは考えました。
Q. 文化活動についても、もっと詳しく教えてください。
主な取り組みとしては、リハーサル室や作業場、コミュニティガーデンなど創造的な取り組みができる場所の提供ですね。リハーサル室は年齢問わず、比較的安価に部屋を借りることができ、地元アーティストの良い練習の場となっています。営利目的ではないので、ライブや展示会を無料で開催することも可能です。
ほかにも、コミュニティガーデンで育てた野菜を一緒に収穫し、料理するようなイベントも定期的に行っています。みんなで作ってみんなで食べる、というイベントですね。先ほど説明したように、この防空壕はエネルギーのショーケースのようなものなので、研修旅行のような見学受け入れや、環境に関するワークショップの開催等、次世代育成に貢献できるような取り組みは積極的にしていこうと思っています。
防空壕が目指す未来の姿
Q. 今抱えている課題はありますか?
近隣市民の多くはKEBAPのコンセプトに賛同しているので、参加の程度は異なりますが、市民グループの中で大きな議論が勃発することはありません。ただ、ここを拠点に選挙活動などの政治運動をすることに関しては一部複雑な側面があります。防空壕自体はもともとドイツ政府の管轄で、政治的に公平な立場を取ることが難しいのです。軍事関連は連邦ではなく国が所有する決まりでしたので。
Q. KEBAPが目指す現在のゴールは何ですか?
9年の時を経て、2020年夏にようやく政府が防空壕の所有権をハンブルク市に売却しました。第三次世界大戦の危機も(今のところは)ありませんし、安全性に問題ないと判断されたのです。
われわれの次なるステップは、この防空壕を法人として購入することです。現実的には市と長期リース契約を締結することを計画しています。合計で100万ユーロほどの資金を集める必要があり、地域のソーシャルバンクやグリーンピースエネルギー等からの資金調達に加えて、メンバーシップ拡大のキャンペーンも行っています。シェアは100ユーロから購入可能ですが、まだドイツ語の応募フォームしかないので、これからは英語版も作らないといけませんね。
長期的なゴールとしては、アルトナ地区のエネルギーと文化活動の供給源であり続けること。そしてこの防空壕が、まだ活用されていない他の防空壕のロールモデルになることを目指していきたいです。
編集後記
ドイツで行われたロックダウン(都市封鎖)の最中、「KEBAPをぜひ国内外の読者に知ってもらいたい」と取材を快諾してくれたFlatten氏。「何かの活動に反対するだけでは不十分だから、自分たちで代替案を考えないといけないと強く感じた」という言葉が印象的だった。
いち市民として、エネルギーや文化活動が生活に必要不可欠であることは理解していても、それを自らつくり出すことが可能であると考えている人はごく少数なのではないか。
KEBAPは防空壕から生まれ変わった「都市の楽園」を通して、市民活動の可能性を示唆すると同時に、過去の遺産が形を変えて、現在と未来世代に手渡されていくという点についても多くのヒントを与えている。防空壕という一見無機質で、武骨な建物は、今日も街の中心で市民を暖かく見守っている。