目指すは「一億皆農」。つくり手と食べ手の間に化学反応を起こす『ふくおか食べる通信』

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私たちは、大量生産・大量消費社会の中で生きている。サプライチェーンが長くなり、生産者と消費者の距離が遠く離れてお互いの顔が見えなくなってしまったことが、私たちの日々の想像力を乏しくさせている。食卓に並ぶ料理の食材がどこから来ているのか、それがどんな人の手によって作られたのか、誰かの顔がすぐに頭に思い浮かぶ人は、一体どれほどいるだろうか。

毎日の食卓を彩る食の「つくり手」に今、私たちの見えないところで苦境が続いている。1970年代に1,000万人を超えていた農業人口は、2016年には192万人に減少。一次産業の担い手は不足しており、さらに農業従事者の65%が65歳以上という現状だ。39歳以下の生産者は、わずか6%で、担い手も不足している(※)

そんな中、「世なおしは、食なおし。」をコンセプトに、つくり手と食べ手、売り手と買い手、読み手と書き手という関係性から一歩踏み出したつながりを提供し、お互いを顔の見える存在にしているのが「食べる通信」だ。2013年にNPO法人東北開墾を立上げた高橋博之さんが、日本初の食べ物つき情報誌として『東北食べる通信』を創刊したのが始まりだ。その後、2014年に「日本食べる通信リーグ」を創設し、その食べもの付き情報誌は全国各地で誕生した。今では、全国各地に編集部がいて生産者を発掘し、個性あふれる生産者を特集している。

今回はそんな「食べる通信」のうちのひとつ、福岡の『ふくおか食べる通信』編集長の梶原さんに「大切にしているつながり」や「共感してもらうためのヒント」「コロナ禍に改めて考え直された食の分野」について話を聞いた。

話者プロフィール:梶原圭三さん(ふくおか食べる通信編集長)

梶原さん福岡県朝倉市杷木出身。くだもの屋の長男として生を受けるも、高校卒業後は福岡を離れ、鹿児島、熊本、名古屋、東京と渡り歩き早30年。食べる通信と運命的出会いを果たし福岡にUターン。美味しい食事と美味しいお酒、そして気のおけない仲間との楽しい会話に最高の幸せを感じる。ふくおか食べる通信を通じて、関わるみんなが幸せになれるコミュニティを作る事を夢見ている。

知っている人が作ったものを、知っているどうしで食べる「知産知消」

ふくおか食べる通信が人々に届けるのは、「つくる人の物語」だ。梶原さんが取材する際はいつも、生産者さんの伝記を書くつもりで話を聞いているという。生産者さんが生まれてからの歴史や、先代から受け継いでいるのであればおじいさんの代まで遡り、どんな経緯で農業を続けてきたのか、内面の部分を知ることを大切にしている。中には、自身の昔のアルバムや日記を持ち出して取材に答えてくれる人もいるという。

ひとつの特集の取材にかける時間は、なんと1年以上。たとえば、りんごの生産者さんを特集するとしたとき、旬の時期に噂を聞きつけて生産者さんまで足を運ぶ。特集が決まると、次のりんごの収穫時期は1年後。その間も機会があればちょくちょく足を運びながら、時間をかけて生産者さんとの関係作りを大切にしているという。

梶原さん

梶原さん

Q. 「ふくおか食べる通信」の楽しみ方を教えてください。

「読む」「食べる」「つながる」。ポイントは、「つながる」のところです。最近は、「読む」に加えて、「見る」「聴く」も追加しています。動画や音声メディアを使って、今まで以上に生産者さんとの距離を近づけてもらいたいと思っています。他にもつながる仕掛けとしては、さまざまなイベントを開催しています。イベントで大切にしている3つのコンセプトは、「美味しい」「楽しい」「ためになる」。たとえば、東京や大阪など、読者さんが多い場所に生産者さんをお呼びして、生産者さんと読者さんがお互いの顔が見えるオフ会を行っています。あとは、逆に読者さんを生産地にお呼びする現地ツアーも開催していました。

今は新型コロナの影響でこうしたリアルの場でのイベントができなくなってしまいましたが、この半年間はすべてオンラインでチャレンジし、現地ツアー以外はすべて問題なくできることに気が付きました。オンラインでみんなで一緒に料理を作ったり、オンラインオフ会やオンラインマルシェを開催したりもしましたね。

Q. 読者さんに、受け身の購読ではなく「自分ゴト化」してもらうために大事だと考えていることは何ですか?

これについては日々考えていて、毎日模索しています。まず、発信している「人」に対する共感を持ってもらうことを意識しています。食べる通信でいうと、編集長である「僕」に対する共感です。僕は日々、ゆるがない誠実さや信頼を大切にしています。飾り気のない、素のままの自己開示をしている人って、ついつい応援したくなりますよね。たとえば僕は、ボーダレス・ジャパン代表の田口一成さんがやっているハチドリ電力を応援していますが、仮にこれがハチドリ電力の取り組みではなかったとしても、僕は田口さんを応援したいと思っています。

実際、共感や琴線がどこに触れるかは人それぞれ。マーケティングは、買う人のことを意識することが是とされていますが、共感は、こちらの共感してほしいポイントを、相手に合わせるのではなく、こちら側に合わせるくらいの我慢強さが必要だと思うんです。相手に合わせようと自分自身を変えると、軸がぶれてしまうので、そうするとその人に共感しなくなってしまう。編集者として、「飾らない」とか「よく見せようとしない」というのが大事です。弱みを吐露したりする人の方が信頼できることって、ありませんか?「え、こんなすごい人が俺と同じ悩み持ってんの?!」みたいに(笑)

もう一つは、コンテンツに対する共感ですね。食べる通信の例で言うと、コンテンツは生産者さんです。コンテンツの中の「人」を、読者にとって三人称から二人称の近しい存在にすることが大切です。たとえば直売所で、「井上さんが作ったほうれん草」というポップがよくありますよね。あれを見ても、まだその井上さんは食べ手にとったら「彼/彼女」という印象です。でもそれがもし、井上さんのことをよく知っていれば、三人称から二人称になるんです。イベントなどを通して、つくり手と食べ手が顔見知りになり、お互いが知っている存在になり、「知産知消」を生み出すことが大切なんです。

あとは、ふくおか食べる通信のサービスをなぜ購入しているのか、「意味」を持ってもらえるよう意識しています。ふくおか食べる通信を購読することで農家さんを支援できたり、農家さんを幸せにすることにつながったり。そのアクションが次のステップにつながるんですよね。

梶原さん

梶原さん

食べる通信はチャッカマン。つくり手と食べ手の間にうまれる化学反応

Q. 梶原さんが現在感じている生産者さんの課題は、どんなものがありますか?

まず生産面では、異常気象ですね。これは特にこの数年で感じていることですが、気候変動による自然環境の急激な変化で起こっている集中豪雨や巨大台風で、これまで考えられなかったような被害が発生しています。それが今までは4年に一度ほどの頻度だったので、なんとか立て直すことができていました。しかし、最近では毎年のように発生しており、生産者さんにとっても厳しい状況が続いています。

販売面にも課題があります。生産者さんたちは、販路開拓やプロモーション、マーケティングなどに慣れていない方が多いんです。なので、僕たちのような拡声器となって想いの発信をサポートする存在が必要になります。生産者さんは、みんなそれぞれ想いや理念を持っていて、最初は適正な価格で売ろうと試みるんですが、売れないと安くしてしまいがちです。そうすると、せっかく想いを込めて作っていたとしても、みんな何のためにやっているのかわからなくなってしまい、疲弊してしまう。作るまでのストーリーを食べ手にうまく伝えられていないから、適正価格で売れなくなってしまっているんです。

あとは、生産者さん同士のネットワークが少ないことも問題です。生産者さんはロンリーウルフが多く、ひとりで何でも解決しようとしてしまうんです。なので、ふくおか食べる通信で特集した生産者さんたちは一つのグループを作っていて、オフ会以外でも、勉強会と称した飲み会をやったり情報交換をしたりして、農家さん同士のネットワーク構築にも力を入れています。

これは単に僕が、みんながワイワイやっているのを見たいだけなんですけどね。面白そうだ、と思ってコミュニティを作ったら、いつのまにか色々な化学反応が生まれてきたんです。根本で大事にしているのは、「楽しむこと」ですね。

Q. 読者の方からはどんな声がありますか?

読者さんの関わりの度合いでも変わってきます。最初は「美味しい」「家族が笑顔になりました」というものから、生産者さんと一度会った方になると、それが生産者さんへの想いやお礼に変わります。台風が来ると「大丈夫ですか?」と、ふくおか食べる通信のコミュニティの中で生産者さんを心配する声が増えることもあります。僕の知らないところで、生産者さんと読者さんの会話がどんどん増えていっているのが嬉しいです。

もっと関わりの度合いが高くなると、サービスの受け手からこちら側になりたいと言ってくれる人もいます。たとえば、イベントのときにお手伝いを名乗り出てくれる人も多いですね。前回の味噌作りのオンラインイベントでは、幹事を募集したら、5人ほどの読者の方が手を上げてくれて、すべてお任せしてしまったのですが、無事に開催できました。共感レベルが上がっていくに連れて、読者さんの行動が進化していくのが嬉しいです。高みの見物ではなく、要は観客席から見ていた人がグランドに降りてくるような感覚ですね。

今度も、読者さんから「大阪でレンタルスペースを見つけたのでマルシェをやってもいいですか?」という連絡をもらっていて、僕がタッチしていなくても生産者さんと直接連絡とって動いてくれているんです。関わる人同士で生まれている化学変化が嬉しい。ふくおか食べる通信が、そのチャッカマンになっているんです。

生産者さんと読者との一枚

ふくおか食べる通信1周年記念イベントにて。真ん中が梶原さん

大手メーカーから食べる通信へ

Q. 梶原さんはもともと東京で大手メーカーに務めていらっしゃったんですよね。ふくおか食べる通信の編集長になったきっかけは何でしたか?

きっかけは今から12年くらい前、東京で会社員生活をしながら農業のことを学びたくて、今でいうシェア畑のようなものを練馬で見つけて、畑を借りて野菜を作り始めました。僕はコンクリートジャングルが大の苦手で。畑で農作業する環境がすごく良くて、ストレス解消になっていたんです。そこには人がたくさん集まっていて、農体験にお金を支払う人は多いんだという気づきがありました。そのときに、農業というフィールドを求めている人たちをつなぐことを仕事でできたらいいなと、漠然と思ったんです。

そこで、単純に思いついたのがイベントでした。知り合いの農家さんに協力してもらって農地を貸してもらおうとしたところ、耕作放棄地(1年以上作物が栽培されていない土地のこと)だったんです。「これは人手がかかる……」と、思ったときに、誰かが「開墾をイベントにしましょう」と言い出したんですよ。そうして開催したのが、「耕作放棄地開墾ツアー」。参加費も2千円徴収しました。草刈りなのに。それにもかかわらず、30人くらい人が集まったんです。素人がやっているので、オペレーションもぐたぐたでしたが、イベントの最後に「初めてで至らなくてすみません」と謝ったら、参加者から予想外の質問が来たんですよ。「次はいつやるんですか?」って。「ええ?また来たいんですか?」と、驚きました。

そんな経験をする中で、農業体験のニーズが相当あると感じたんですよね。最初はイベントベースにビジネスモデルを考えていたのですが、なかなか定期的に開催するのは難しいので、イベント開催は週末に留めながら、他に何かないかと考えていました。そのときに、ちょうど「東北食べる通信」を立ち上げた高橋博之さんの動画を見て、「これは俺がやりたかったことだ」って、本能的に思ったんですよ。そして高橋さんの座談会で話を聞いて共感し、会社を辞めました。

農業従事者が減っている課題がある中、農家さんとつながりたがっている都会の消費者が大勢いる。その二者のマッチング自体が、みんなを幸せにすることだし、それができたら自分自身がとても楽しいだろうな、と。それが「食べる通信」を通してできる、と。自分の想いを実現できることを仕事としてできるかもしれないと思ったとき、迷いはなかったですね。高橋さんとの出会いが人生を変えるきっかけになったんです。

国語算数理科社会英語「農」。目指すは、「一億皆農」。

Q. 新型コロナによってどんな変化がありましたか?

僕自身が人と会うことによってエネルギーを充電していることを改めて気付かされたのもあり、読者さんにも生産者さんにも会えず、スイッチが入らなくなる、ということはありました。しかし、もちろん軽率なことは言えませんが、多くの人が変化を前向きに受け入れるターニングポイントだったのではないかと、今振り返ると感じています。

「そもそも我々の今の日常生活は正しいのか?」「本当にこれでいいのか?」を、多くの人がコロナ禍のタイミングで見直したという声を聞きました。たとえば、食はこれまでアウトソーシング化が進み、効率化される分野でしたよね。仕事をする時間をつくるために食の時間を最小化していた人も多かったのではないでしょうか。しかし、それがコロナによる外出自粛で外食ができなくなったので、ここで多くの人が家族で食卓を囲んで楽しむことの大切さに気がつき、誰が食材を作ったか把握したり、食に時間をかけるようになったりしました。

もともと、ふくおか食べる通信はそうした世界観を実現させたいというのが根本であったので、食について改めて考える意識が、日本だけではなく世界中で働いたことに変化を感じましたね。

梶原さん

Q. 梶原さんの夢を教えてください。

最終的なゴールは、「一億皆農」です。日本国民が一度は農を経験している状態を作りたい。結局、今の状況は都市の生活者が農の現場のことを知らない。生産者と生活者が分断されていて、お互いを知ってもらうために苦労している状況です。

でもよく考えてみたら、小さい子が泥だらけになって田植え体験をすると、とても喜びますよね。にんじんを食べれなかった子が、自分の収穫したにんじんだったら食べれたり。これは単なる感覚的なことではなく、おそらく科学的に解き明かされるものだと思っています。そこの分野は学者に任せるとして、僕は小学校の授業に農を組み込みたい。農体験のイベントより、国語算数理科社会英語「農」のカリキュラムを作ることで、幼少期から農への興味関心も出るし、職業選択の時に農業も上がってくるようになるのではないでしょうか。地元の農家さんに先生になってもらい、農業をかっこいいと思ってもらう。相当ハードルは高いですが、僕の孫が小学校に上がるくらいまでには、そんな世界ができていたらいいな。

Q. 最後に、ふくおか食べる通信を通して伝えたいことを教えてください

最終的に行き着くところは、「あなたにとっての幸せって何ですか?」なんですよね。幸せの定義は、大前提として人と人とのつながり、良好な関係があってこそだと思います。人と人との関係性が豊かな人は、内面から幸せ感が伝わってくるものです。

ふくおか食べる通信では、人と人とのつながりを、食を通じて伝えたい。食は毎日のものです。誰もが関わる食というきっかけを通じて、生産者と生活者というつながり、都市と地方というつながりをつくる。もちろん、僕自身もつながりたいので、書き手と読み手もつながる。あとは生産者さん同士のつながりや、想定していなかった読者さん同士のつながりもあります。居心地のよいコミュニティのつながりを生み出す。それが、食べる通信の役割です。SNSがこれだけ発達しているのも、人々がつながりを欲しがっているから。「食」という分野で、つながりを作りましょう。それが豊かさであり、ふくおか食べる通信がやりたいことです。

梶原さん

梶原さんと生産者、読者の皆さん

編集後記

取材中、梶原さんはこんな話をしてくれた。

「僕の友人が、世界を変えると言うんですよ。世界を変えるって、いったいお前、どうやって変えるんだって思うんですけど。その友人の講演を聞いた人の意識が変わり、辛かったけど幸せになったって話を聞いたら、たとえ世の中の仕組みが変わっていなかったとしても、世界は変わってるって思ったんですよね。人の内側にスイッチがあって、そこが切り替わってその人が幸せになったとしたら、友人は、そのスイッチを押したんです。それは、世界を変えたことになる、と。何か問題があったとき、人は外側にソリューションを求めますが、僕が最近思うのは、外側にソリューションはないんじゃないかなって。全部、内側にある気がして。」

それはいつもと同じ料理。いつもと同じ食材、かもしれない。しかし、ほんの少し想像力を働かせてみたら、ほんの少し、知ろうとしてみたら、それは「あの人が作った食材」に、変わるのだ。毎日の食事で人とのつながりを感じることができたら、どれだけ幸せだろう。食は、そうして内側から人を幸せにする力があるのではないだろうか。

今回の取材で最も印象的だったのは、生産者さんや読者の方々のことを嬉しそうに話すイキイキとした梶原さんの姿だ。真っ直ぐに、愚直に、農の課題に取り組む梶原さんのことを応援したいと、そして梶原さんがつくりだすつながりの中に混ざってみたいと、素直に思った。そう人々に思わせるのはきっと、梶原さん自身が少年のように楽しむことを、忘れていないからなのだろう。

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本記事は、ハチドリ電力とIDEAS FOR GOOD の共同企画「Switch for Good」の連載記事となります。記事を読んでえんがおの活動に共感した方は、ハチドリ電力を通じて毎月電気代の1%をふくおか食べる通信に寄付することができるようになります。あなたの部屋のスイッチを、社会をもっとよくするための寄付ボタンに変えてみませんか?

(※)農林水産省

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