シェフ自らが模索する、環境再生型の農法。銀座の三つ星フレンチレストランのサステナビリティ【FOOD MADE GOOD #11】

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「美食」や「質の良い食材」の定義が変わりつつある中、我々はどのように食材を選んでいくべきか。生産者の数だけ生産方法も多種多様であり、どんなに美味しい食材でもその食材が環境に良い農法で作られたものとは限らない。

食材選びの際、サステナブルなレストランのシェフたちはどこに目を向けているのか。東京銀座の三つ星フレンチレストラン、「L’OSIER(以下、ロオジエ)」では、シェフ自らが全国各地の生産者を巡り、環境問題に向き合いながら、生産方法に着目した食材選びを行っている。
ロオジエ外観

エグゼクティブシェフのオリヴィエ・シェニョンシェフはフランス人生物博士のベジット・イディアス氏とともに「マイクロバイオータ農法」という微生物やその代謝物の働きによって土壌改良を行いながら野菜を栽培する、先進的な農法を普及する活動を行っている。

今回は、料理人の視点から生産者とともに新たな環境再生型の農法を確立していくシェニョンシェフにインタビューを行った。

話者プロフィール:オリヴィエ・シェニョン

シェフプロフィール写真「タイユヴァン」、「ピエール・ガニェ―ル」のパリ本店などで経験を積み、2005年「ピエール・ガニェール・ア・東京」の総料理長として来日。2013年「ロオジエ」のエグゼクティブシェフに就任。『ミシュランガイド東京2015~2018』では二つ星、『ゴ・エ・ミヨ東京2017』において「今年のシェフ賞」受賞、『ミシュランガイド東京2019~2021』で三つ星を獲得。日本やフランスの最高の食材をセレクトし、独自の感性による新たなコンビネーションを生かした繊細な味とテクスチャーで絶妙なハーモニーを生み出す。

フランス文化を体現する三つ星レストラン「ロオジエ」

今年で創業48年目を迎えるロオジエは、日本のフランス料理店としてはパイオニアのような存在だ。フランスの文化を伝えるレストランとして、料理だけではなく、カトラリー、食器、インテリアにいたるまで、すべてフランスの生活様式を体現している。レストランを通してフランス文化を日本国内に向けて発信する一方で、季節を意識した日本の国産食材を厳選して調達することも大事にしている。

ロオジエのダイニング

ロオジエのダイニング

2005年から料理人としての舞台を日本に移した彼は、まず日本の食材を知るために、全国の生産者を渡り歩き勉強をしたという。

「まずは日本の旬を知ることが最初のステップでした。1〜2年をかけて全国の生産者を訪ね、日本ではどんな食材がどの時期にできるのかを勉強しました。旬の野菜や果物の収穫が始まったらすぐレストランで出せるように、事前に料理構成を考え始めます。また、日本の文化や伝統料理などを参考に、日本人が好む味覚も考慮しながら料理を組み立てています」

料理

ロオジエのコースメニューの一品 「Jardin de légumes(菜園)」

ロオジエでは、サステナブルな取り組みのひとつとして、スパイスや紅茶など海外から調達する食材の生産者の労働環境の改善に向けた取り組みも積極的に行っている。

たとえば、女性のエンパワーメントのための支援活動を続けている非営利の慈善団体「ファム・ドュ・モンド財団(Femmes du monde)」とともに、スリランカの女性たちが大切に手摘みをしている茶葉を使ったロオジエオリジナルティーを作り、紅茶メーカーを通じて売上の一部をファム・ドュ・モンド財団に寄付している。

Losierお茶

スリランカの茶葉をベースに、原材料をシェニョンシェフ自らがセレクト。有機100%の紅茶。

農家の女性

ファム・ドュ・モンド財団が運営している茶畑で働いている女性

微生物を使った環境再生型農業「マイクロバイオータ農法」

ロオジエのサステナブルな取り組みの中で特に注目したいのは、シェフ自らが生産地を訪ね、取引先の生産者に環境再生型の農業を提案していることだ。

日本では、現状99%が慣行農業といわれる化学肥料や農薬を使用する農業を行っており、農薬や除草剤、化学肥料を使用せず、土づくりに着目する有機農業は、国内ではわずか0.5%にとどまる。(※1)

一方、昨今は農薬や化学肥料の散布による健康被害や土壌への悪影響が問題視されるようになり、世界では様々な手法や農法を使った有機農業が広がっている。FiBL(有機農業総合研究所)によると、世界の有機栽培面積は全体の1.5%で、その数値は有機市場の需要の高まりとともに年々増加傾向にあるという。(※2)

ロオジエでは、一年ほど前から、フランス人研究者のベジット氏との共同プロジェクトとして、微生物の力を活かしたマイクロバイオータ農法の普及に乗り出した。

本来、土壌の中には何百万種類もの微生物や菌が生息している。しかし、農薬や化学肥料を撒くことで土の栄養にとって重要な微生物や菌も殺してしまうことになり、土が痩せてしまう。

一方、マイクロバイオータ農法は、土壌や植物など、自然界にいる微生物の力を最大限活かすことで土から育てるという、無農薬栽培手法の一種である。ベジット氏は独自の方法でマイクロバイオータ農法を確立。きっかけは、スペインのアリカンテで樹齢1000年のオリーブの木から発見された菌と、長寿が多いことで知られる沖縄県民が体内に持つ菌が同じ種類のものだということを発見したことだった。彼は菌の持つポテンシャルを見出し、オリーブの木から採取した菌を土壌に撒く研究を始めた。

暑く乾燥し、不毛の地となっているスペインの土地に生える長寿のオリーブの木の周りに他の植物を植え、オリーブの木の菌が他の植物に広がるかどうかを実験したところ、菌が行き渡り、作物がよく育つ土壌になったのだという。

Microbiome 図解

人間と同じように、植物には植物と共生関係にある微生物叢(びせいぶつそう)の生態系があり、化学農薬の使用は、この微生物叢を破壊する可能性がある。(※3)

マイクロバイオータ農法には、土壌の肥沃度を向上させる、病気や害虫を減らす、収穫量を増加させる、野菜のサイズと重量を増やす、といった多くの利点がある。

「農薬や化学肥料を使わなくても、微生物ややその代謝物の働きにより土壌が豊かになり、野菜や動物自体が強くなります。ザクロの木で使用した時は、その実が地面に落ちても何ヶ月も腐らなかったそうです。また、鶏の餌に含ませると鶏の死亡率が低くなるという研究結果もあります」

こうした数々の成功事例から、シェニョンシェフは国内の生産者に微生物を使った農法の提案を行い、和歌山県の食用バラの生産者やポンカン農家、長崎県の多品目野菜農家とともに生産実験を始めている。

農家

竹田かたつむり農園の竹田竜太さんとシニョンシェフ。土地が痩せてしまってきているという相談を受け、マイクロバイオータ農法で土壌を改良していくことを提案。1年前から取り組み始めている。

マイクロバイオータ農業普及の課題

しかし、新たな農法を普及させていくためには、取引先の生産者本人だけでなく、その周りの地域の人からの理解も得る必要がある。

「マイクロバイオータ農法は、身体にも環境にも良い野菜を育てるという意味ではやらなければいけないことなのですが、微生物は見えないものですし、見た目や味などの変化がわかりにくいため、農家にその価値を理解してもらうことが大変です」

また、無農薬で野菜を育てると、隣の農家から『虫がうちにも来てしまうと困る』という声が上がってしまうことがあり、本人がやりたくても周りの目を気にしてできない農家もいました。さらに、農法を変えて収穫量が減ったら生計を立てられない不安を持つ農家もいます。だからこそ、有機農業を始めるには勇気と時間が必要なのです」

生産者の食材に対する向き合い方を見ると、その食材への見え方も変わってくるのだとシェニョンシェフは言う。

「それでもロオジエが付き合っている農家さんたちは時間をかけて一生懸命やっています。野菜がどこからきたのかだけではなく、その人たちがどのように作っているかを見ていくことが大事です。最近ではアレルギーの人も増えていますが、それは食材そのものではなく、農薬に対してアレルギー反応を起こしているかもしれないと言われています。外見ではなく、中身・栄養成分の変化を見ていくこと。ヴィーガンやプラントベースを推進して野菜をたくさん食べたとしても、それが農薬まみれであれば、環境に良い、健康的だとは言い切れません」

沖縄・読谷村のサトウキビ畑

シェニョンシェフとともにロオジエの砂糖を作るにあたりマイクロバイオータ農法に挑戦している、沖縄県・読谷村のサトウキビ畑

システムと意識の変革が重要

世界中の生産者とコミュニケーションをとっているシェニョンシェフは、有機農業やマイクロバイオータ農法といった、環境に良い農法を支援する社会の仕組みが必要だと話す。

「環境に配慮した農法を行う農家を政府が援助する仕組みづくりが必要だと思います。社会全体で、自然環境を守った生産方法のシステムを構築しなければいけません。

野菜を買う人の意識については、シーズンをもっと尊重すべきですね。いつも欲しいものが手に入ることに慣れてしまった消費者は、スーパーで一年中トマトを購入できる状況に違和感を覚えなくなっています。

また、畑では野菜の大きさや形はバラバラなのに、スーパーでは綺麗で同じ形の野菜しか並べられていない。土中に石があれば、ニンジンが曲がるのは当然です。シミがついていたり、形が悪かったりしていても、それを買いたい人はいるはずです。たとえば、ピュレを作るときは、ニンジンが真っ直ぐである必要はありません」

こうした気づきがなければ、課題にも気づくことができない。まずは、現状のシステムや社会のあり方に対する違和感を養うことが大切なのだろう。

レストランのスタッフたち

ロオジエスタッフチーム

「ロオジエだけで社会を変えることはできないので、自分たちがイニシアチブをとって活動をしていくことで、生産者だけでなく、取引先の事業者やお客様など、みんなに影響を与えながら変わっていくことができれば良いと考えています。コミュニケーションを取りながら、自分に賛同してくれる人たちを巻き込み、食の生産方法を持続可能なものに変えていきたいです」

編集後期

三年連続でミシュランガイド三つ星を維持し、日本の美食を牽引しているトップガストロノミーが、サステナブルなレストランとしてのリーダーシップをとっていくことには大きな意義がある。

環境に負荷をかけないサステナブルなレストランにとどまることなく、生産者とともに環境を再生するリジェネラティブな取り組みにも乗り出すロオジエ。

農家や事業者とお互いに歩み寄って一緒に取り組むことに意味があると考えているシェニョンシェフは、「時間はかかっても、環境や社会をもっと良くしたいと思う人を見つけて一緒に頑張っていきたい」と、熱く語った。

※1 有機農業をめぐる我が国の現状について
※2 The World of Organic Agriculture2021
※3 Healthy soils for healthy plants for healthy humans

【参照サイト】L’OSIER

Edited by Motomi Souma

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