木の上から声をあげたドイツの気候活動家たちに聞く、環境危機時代の市民のあり方

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「森が消えた」

その連絡が入ってきたのは、筆者が取材を予定していた日の5日前のことだった。森というのは、ドイツ・ヘッセン州に位置するDannenröder Forst(ダーネンルーダーの森)のこと。実はこの森が、いまドイツで気候正義・反資本主義運動の象徴となりつつある。一体何が起きているのか?

事の発端は、40年以上さかのぼる。当時、交通インフラの拡充のため、高速道路(通称A49)の建設が計画された。その後、ドイツの中央付近に位置するこの森の一部が伐採されることとなったが、近隣の住民や市民のアクティビストによる反対運動を受け、伐採・着工には至らなかった。

秋を迎え紅葉するダーネンルーダーの森。Photo by Tim Wagner

秋を迎え紅葉するダーネンルーダーの森。Photo by Tim Wagner

しかしついに、2019年より州政府が本格的に動き始める。それに対抗すべく、アクティビストの運動も過激化。2020年の夏以降は、一度に最大で5000人を超える市民が森に集結し、樹上にツリーハウスを建て、木々の伐採を物理的に阻止してきた。ただ、冬の伐出シーズンを迎え、10月より警察が立ち退きを強要するようになる。主に若い世代のアクティビストによる「反抗」と、警察による暴力が錯綜する異様な空間は、ドイツ国内においても反資本主義・気候正義運動の象徴となっているのだ。

その森の一部がついに、消失した。なぜ彼らは、ツリーハウスを使った抗議をしようと思ったのか。いまはどのような想いで、真冬の森の中、抗議を続けるのか。過激な手段だが、話を聞いた3人のアクティビストの声には、地球環境危機時代の「市民のあり方」を考える上で大切にしたい感覚が秘められていた。

ツリーハウスを建てて行う森林占拠アクティビズム。Photo by Tim Wagner

ツリーハウスを建てて行う森林占拠アクティビズム。Photo by Tim Wagner

「なぜ森を守るのか?」1人目の活動家の声

「大学で文学を勉強しながら、Danniで活動しています」

落ち着いた様子でそう語ってくれたのは、20代の女性アクティビスト。占拠運動の創始メンバーでもある彼女は、Danni(ダーニ、森の愛称)での森林アクティビズムを一番近くで体験してきた人のひとりだ。彼女は、国際ニュースでほとんど取り上げられることのない占拠運動の背景を説明してくれた。

そもそもDanniは生態系、そして人間にとっても重要な森だと彼女はいう。実際に、ホクオウクシイモリなどの絶滅危惧種が生息するだけでなく、樹齢250年を超えるカシの木も多い。さらには、周辺の住民の飲料水資源を確保する上でも不可欠な存在だ。

歴史あるカシの木。Photo by Tim Wagner

歴史あるカシの木。Photo by Tim Wagner

ところが2012年、40年以上前から計画されていた高速道路がDanniを通過することが決定。建設にあたって水資源や生態系に関する規制条件を満たす必要があるが、彼女によれば、州政府が詳細を濁し、手続きを進めてしまっていたという。アクティビストも訴訟等を起こし反対活動を続けるが、彼女が2019年の秋に参画したときには、残された手段はそう多くなかった。

「こうなると、もう森林占拠を行うしかないという結論に至りました」

一から自分たちの手で築き上げたツリーハウス。

一から自分たちの手で築き上げたツリーハウス。Photo by Tim Wagner

森林占拠(forest occupation)とは、伐採者が人の身体を傷つける・移動させることができないことを利用し、森の一部や木々を占拠することで、物理的に伐採を阻止しようとする、ある意味過激な「市民的不服従」のカタチだ。

一刻も早く森を占拠すべく、彼女らは動き出す。まずはメンバーを集め、知恵を寄せ合うところから。ドイツの他の森で似たような活動を経験したメンバーを中心に、木材を加工しツリーハウスの足場を作り上げていく。出来上がった足場の引き上げは、警察の目を避けるために夜間に行った。ヘッドライトを頼りに、とてつもなく重い「新居」を自分たちの手で地上数メートル、時には数十メートルの樹上に持ち上げる危険な作業だ(彼女いわく、地上から一定の距離を保つことで、警察は特殊部隊を派遣する必要があり、時間稼ぎになるのだということ)。

ツリーハウスの中の様子。Photo by Tim Wagner

ツリーハウスの中の様子。Photo by Tim Wagner

そしていよいよ、2020年10月より州警察が「立ち退き」要請を始める。当初は平和的であったものの、両者一歩も譲らない。次第に、警察は暴力を行使するようになり、逮捕者も急増。アクティビストも、樹上から石や煙玉を投げるなど、一触即発の「戦場」と化していった。

「地上に降りたらもう終わり。マグマから逃げているように感じました」

地上で待機する警察官とクレーンを利用する特殊部隊。Photo by Tim Wagner

地上で待機する警察官とクレーンを利用する特殊部隊。Photo by Tim Wagner

「警察の暴力と政府の偽善」2人目の活動家の声

第一線で活動をしているのは、10代や20代の若者だけではない。今度は、40代の女性コーデリアさんに話を伺った。

コーデリアさんご本人。筆者が撮影。

コーデリアさんご本人。筆者が撮影。

元から環境問題は自分ごととして捉え、デモ等にも出向いていたコーデリアさん。現在は家に帰らず、キャンプ用のテント内に毛布と寝袋を敷き詰めた「基地」での生活を続けている。

そんなコーデリアさんが力強い口調で語ったのが、警察の存在だ。

「ある日、警察官とアクティビストたちが交錯した日があった。どさくさの中で私はど突かれて、地面に倒されたのさ。その時、数メートル先にもうひとり、重い怪我を負い、苦しみながら倒れているアクティビストがいた。にも関わらず、警察官は完全に無視。これって普通のことではないでしょう?」警察の暴力というのは、実際に被害者になってみないとそのむごさに気づかないとコーデリアさんは語る。

樹上より引き降ろされるアクティビスト。Photo by Tim Wagner

樹上より引き降ろされるアクティビスト。Photo by Tim Wagner

その他にもう一つ、最前線での活動を通じて気づいたことがあるという。ドイツ政府の環境政策におけるイメージと現実のギャップだ。

「ドイツ政府は気候・環境政策で国際社会から褒められることが多い。でも、この現実を見てごらんなさい。自動車産業から石炭まで、問題は山積み。外から見ても気づかない『偽善』がたくさんあるのだよ」

「このようにあなたが今取材しているのは、本当に大切なこと。この森での出来事は、世界に発信していかないといけない」

モビリティ産業の変革を訴える横断幕。Photo by Tim Wagner

モビリティ産業の変革を訴える横断幕。Photo by Tim Wagner

草の根の市民運動というのは、実際に自分の足で現地に行き、自分の目で現実を目の当たりにして、自分の手で行動を起こしていく営みだ。そこには、TVのニュースやスマホの画面を通じて見る世界とは全く異なる「リアリティ」があり、そこでしか学べない経験知がある。またその経験は、自分一人では得られず、集合体として育んでいくものでもあるだろう。最後に、Danniにおけるコミュニティの存在について、もう一人のアクティビストが話してくれた。

「森は消えた。でもアクティビズムは終わらない」3人目の活動家の声

「僕はホームレス。でも、ここにいると安心する」

マスクの下から笑顔でそう話してくれたのは、20代男性のレモンさん(仮名)。今回話を伺った三人の中で、おそらく最も過激なアクティビストだろう。たとえば、地面に固定されたコンクリートの塊に自らの腕を縛り付け、警察官が解くのに要する数時間の時間稼ぎを行ったり、放水砲を駆使する警察に対して樹上からボトル瓶を投げたりと、思いついた方法は行動に移してきた。結果、これまでに合計8回警察署に連行されたという。

レモンさんの指。本人確認を避けるために、刃物で指紋を判別不能にしてある。筆者が撮影。

レモンさんの指。本人確認を避けるために、刃物で指紋を判別不能にしてある。筆者が撮影。

ホームレスの彼が毎日の生活を送るのが、基地でのコミュニティだ。そこには大小さまざまなテントが並び、事務用の「インフォメーション」もあれば、共用の炊事場もある(屋根はない)。そこで暮らすのも、老若男女や背景を問わず、多様な人々だった。

「ここは、単なる抗議活動の場ではない。生活を共にするコミュニティそのものなんだ。互いの自由を尊重しつつ、群れとして協力・団結もする。インクルーシブな空間づくりや民主主義的な意思決定も学ぶ。僕にとっては、アナキズム(無政府主義)のリアルな実験場でもあるのです」

音楽を通じてつながるコミュニティメンバー。Photo by Tim Wagner

音楽を通じてつながるコミュニティメンバー。Photo by Tim Wagner

Danniでの反抗活動は、生物多様性の保護や気候危機を訴える市民的・政治的なプロテストだけではない。彼らにとってこの森は、自分たちが日頃抱く違和感に対して意識的になり、共有・共感を通じて、オルタナティブな社会のあり方を自分たちの手で形づくっていくアトリエそのものなのかもしれない。

その森の一部が2020年12月中旬、警察による立ち退き命令とその後の伐採によって、消失した。

しかし、高速道路A49は2024年竣工予定で、完成まではまだ時間があると彼らは語る。また、ドイツ政府は追加で数百キロメートルの高速道路を建設予定だが、反抗運動を続ければ、何か変化を起こすのに間に合うかもしれない。

伐採される木々。Photo by Tim Wagner

伐採される木々。Photo by Tim Wagner

「これは、僕の人生そのものなんだ。明るい未来のために戦っている(This is my life. I fight for a better future)。森は消えたけれど、アクティビズムは終わらない」

Danniに生まれたコミュニティの命は、大地に力強く根っこを生やしている。

切り拓かれたDanni。Photo by Tim Wagner

切り拓かれたDanni。Photo by Tim Wagner

取材後記

Danniでの「攻防」は、両者まったく譲らず、意地と義務と暴力が錯綜するカオスな戦場へと化していった。ただそれは、「誰が正義で、誰が悪か」という枠の中で話してしまうと、事の本質を見失いやすい。根幹にあるのが、森を伐採しなくてはならなかったシステムの課題だからだ。

産業革命以後、急速に文明を発展させてきた人類。そのモットーとして使われる「成長」や「効率」という言葉の裏側には、搾取される自然や画一化される文化・思想といった、現代の社会経済システムの弊害も潜んでいる。

Photo by Tim Wagner

Photo by Tim Wagner

地球環境の保護、資本主義への反抗、ドイツの政治や政策のイメージとは異なるリアルな体験、カウンターカルチャーのコミュニティづくり。その動機は、一人ひとり異なる。ただ、冬用のブーツを履いていても足の指の感覚がなくなるほどの寒さの中でも活動を続ける彼らの言葉、眼差しには、自分たちの未来のために直観を信じ、自らの身を捧げる決意と覚悟が感じられた。

ビジョンは、大きく。アクションは、自分にできることを、最後まで。今回の記事では抗議者側の視点のみに光をあてており、抗議の方法自体には賛同ができない人もいるかもしれない。それでも、一人の「市民」として生きることがどういうことなのか、諦めずに社会を変革しようとすることはどういうことなのか、Danniのアクティビストたちから学べることは確かにある。

筆者プロフィール


田代 周平(たしろしゅうへい)
ドイツ・ハイデルベルクの大学院にて、環境人類学・超域文化学の視点から、「人新世」「ものと物質性」「時間」などのテーマを探究している。自給自足を実験するのが好き。一般社団法人Ecological Memes共同代表。Sustainable Ocean Alliance日本チャプター代表。

(※画像提供:フォトジャーナリスト Tim Wagner
Edited by Kimika

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