「障害のある方々を支援するのではなく、むしろ私たちは “支援される”側なんですよ」
「異彩を、放て。」をミッションに掲げる福祉実験ユニット、ヘラルボニー。代表の松田崇弥さんはこう言う。同社は、日本全国の福祉施設に在籍する、主に知的障害のある方々が描いたアート作品を「商品」として変身させ、世に伝えるブランドだ。1本のネクタイから始まり、今ではハンカチ、シャツなどのファッションアイテム、壁に飾るアート、さらにはホテルの内装デザインにまで活動の幅を広げている。
「福祉を営利目的で行うのは好ましくない」「障害者の方が頑張っているから買う」など「福祉=支援」といったイメージを持たれがちなこの社会。知的障害のある方々と協力して新たな文化価値を作りつつも、徹底的にデザインにこだわるこのブランドは、たしかに“異彩を放っている”。
ヘラルボニーは、どのように始まったのか。彼らの活動から、私たちが学べることとは何か。創業者のお二人に、ブランドの哲学を伺った。
話者プロフィール:松田崇弥(まつだ・たかや)
代表取締役社長。小山薫堂が率いる企画会社オレンジ・アンド・パートナーズ、プランナーを経て独立。4歳上の兄・翔太が小学校時代に記していた謎の言葉「ヘラルボニー」を社名に、双子の松田文登と共にヘラルボニーを設立。異彩を、放て。をミッションに掲げる福祉実験ユニットを通じて、福祉領域のアップデートに挑む。ヘラルボニーのクリエイティブを統括。東京都在住。双子の弟。日本を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞。
話者プロフィール:松田文登(まつだ・ふみと)
代表取締役副社長。ゼネコン会社で被災地の再建に従事、その後、双子の松田崇弥と共にへラルボニーを設立。4歳上の兄・翔太が小学校時代に記していた謎の言葉「ヘラルボニー」を社名に、福祉領域のアップデートに挑む。ヘラルボニーの営業を統括。岩手在住。双子の兄。日本を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞。
福祉実験ユニット「ヘラルボニー」ができるまで
ヘラルボニーの創業者、松田崇弥さんと松田文登さんは双子の兄弟。事業立ち上げの背景には、4歳上の兄であり、重度の知的障害を持つ翔太さんの存在があった。
幼い頃から福祉施設が身近にあり、そこに何度も訪れていた崇弥さん、文登さんにとって、翔太さんは「泣いたり笑ったりする普通の兄」である。しかし小学校に上がったあたりから、自分たちの認識と、周囲からの反応にギャップを感じ始めた。兄が「可哀想」という目で見られるようになったり、親戚から「お前(双子)は兄貴の分まで一生懸命生きろよ」と語られたりするようになったのだ(※1)。
※1 ヘラルボニーマガジン「世界一のブランドは、たぶん家族だ」より
二人は、兄が重度の知的障害を伴う自閉症だと伝えないと社会と関わり合いを持てないこと、そして、伝えた途端に「障害者」という枠組みに当てはめられることに違和感を持っていたという。
Q. そんな違和感から、どのような経緯でビジネスを始めたのですか?
崇弥さん:兄は「どうしてもこの時間にこれをやらなきゃいけない」とか、「この水は絶対に一気飲みしないといけない」といった数々のこだわりがあったのですが、一見問題に見えるこれらの行動も、私は面白いと思っていました。だから兄のような人たちを無理に健常者に近づけるというよりは、知的障害そのものを肯定できるビジネスができないか、と考えていたんです。
あるとき、岩手の「るんびにい美術館」という場所を訪れました。知的障害のある方々のアート作品が飾られている場所です。そこで「障害者」というフィルターなしに単純に作品がかっこいいと思い、同時に「アート×福祉」の事業の可能性にも気づきました。すぐに文登にも電話をしましたね。
文登さん:以前から「障害者 アート」などで検索したときに、純粋な実力ではなく「障害のある方を支援する」という文脈に留まっていることが気になっていました。素晴らしい才能があったとしても、福祉の傘があることによって支援の粋から出られなくなる、というか。そこで私たちは作家自身の才能を全国各地に旅立たせ、彼らができることにお金の文脈を付けるようにすることで、福祉領域を拡張していきたいと考え、二人でヘラルボニーを立ち上げました。
ヘラルボニーという謎の言葉は、兄の翔太が7歳の頃にあらゆる自由帳に書き残していた言葉です。どういう意味なのか、兄に聞いても「わからない!」と言われたりして。
文登さん:今考えると、なぜそれを書くのか、なぜ面白いのかという説明を他の人から求められたときに、自分の言葉で伝えるのは結構ハードルが高いことだったのではないかと。何かしら意味があると思っているけれど、言語化できないことってたくさんありますよね。健常者なら、それでもSNSを使って発信したり、デザインをする会社に就職したりできるのですが、知的障害があることによって、それが叶わない人もいます。
だから私たちは、障害のある方たちが言語化できないことをブランドとしてちゃんと伝えていきたい、という想いを込めて、兄の使っていたヘラルボニーという言葉を借りて会社名にしています。
Q. 事業を立ち上げた当時、周りからの反応はいかがでしたか?
崇弥さん:当時は本当に見切り発車で、勤めていた企画会社を辞めていきなり兄弟で起業する形だったので、銀行員の父にはかなり反対されました。「ビジネスにならないと思うよ」といった、心配の声も多くいただきました。
実際、立ち上げた最初の1年間はダメダメでしたね。どこに話を持っていっても「素晴らしいことをしているんですね」「障害者支援ということですし、タダなら協力します」と言われて終わりだったり。福祉といえば慈善活動、という価値観があったんです。
ただし、当の福祉業界からは後押しをしてもらったことが救いでした。業界の方々からは、実際に私たちのやろうとしていることが求められているよ、と強く言っていただくこともできたので、なかなかお金にならないときでも心が折れませんでした。
支援されるブランドへ
現在では、日本全国の主に知的障害のある作家や福祉施設とアートのライセンス契約を結び、さまざまな商品展開を行っているヘラルボニー。地元の岩手県に実店舗をオープンし、日本各地でポップアップストアを開いたり、アート展示を行ったりするなど、多くの人に愛されるブランドとなった。
Q. 会社の姿勢として、こだわってきたことはなんですか?
崇弥さん:会社として、SDGsにあるような社会的側面を売りにするというよりは、純粋にデザインが素敵で、身に付けたくなる商品を出すブランドでありたいと思っています。誰かを救いたいというよりは、すでにある「尊敬されるべきアートの才能」を、ブランドを使ってもっと広げていきたい、というマインドです。
私たちのビジネスは、障害のある方々にある種依存していて、作家の方々の才能が無ければ商品もできません。障害のある方々を支援するのではなく、むしろ “支援される”側なんですよ。
文登さん:あとは、ヘラルボニーのスタッフはお互いの「違い」を尊重ができる人が多いです。会社のバリューにも「ちがいに、リスペクトを。」という項目があり、みんな自然に、得意なところに仕事が回っていったりしますね。互いの強みをいかし、フラットに協力できるメンバーが多いなと。
Q. 作家の方とは、どのように出会われているのですか?
文登さん:Webサイト上に窓口があるので、そこから連絡をいただけることが多いです。ご本人はもちろん、福祉施設の職員の方や、親御さんからコンタクトをいただけることもあります。他にも、私たちが直接イベントなどで出会うこともあります。
崇弥さん:そこから作家としての実力も、もちろん見させてもらいます。ヘラルボニーのスタッフの中にはファッションデザイナーや、クリエイティブ系出身の社員もいて、さまざまな判断の基準を持っています。商業デザインとしても展開できるアートかどうかも大切なポイントなのです。
Q. 作家の方への還元率もオープンにされていますよね。
崇弥さん:はい、作家として契約をする段階で、書面上に還元率が明記されているので、そこにお互い合意して、アートデータをお預かりする流れです。作家の才能を発揮するビジネスとして、搾取にならない形を考え、このような還元率になりました。
- 原画販売:40%~50%
- ワンショットライセンス:30%
- 全日本仮囲いアートミュージアム/アップサイクルミュージアム:10%
- 販売プロダクトライセンス:8%(内訳:ヘラルボニー利益5%、作家利益3%)
- 自社物販(HERALBONYライセンス):5%
Q. 作家の方や、そのご家族からは、どのような声をもらっていますか?
崇弥さん:本当にありがたいことに、日々シャワーのように感謝の連絡が届いています。これまで重度の知的障害のある方の中には、賃金が月に1万円に満たない方もいたのですが、ヘラルボニーに関わるなかで、ここ何年かで確定申告が必要になるレベルの収入が得られるようになった方が何人もいました。親御さんが「いつか作家の息子に扶養される未来が来たら面白い」と話していたこともあります。作家の方にとっては、社会的な承認よりも、身近な家族などから喜ばれたり、施設の職員さんから褒められたりすることが嬉しいそうです。
文登さん:他にも、ダウン症の子供を持つ親御さんの中には、ヘラルボニーが存在する時代に子育てができて良かった、という声をいただいたことがありました。才能を羽ばたかせることができれば、地域で一人で歩いていても作家だと声をかけられるとか、手を差し伸べられることがあるとか、障害そのものの見方が変わっていくこともあると信じています。
モノから空間へと広がるブランドへ
たった1本のアートネクタイからはじまったブランドは、その後、エコバックや財布、スカーフ、傘、洋服など、さまざまなプロダクトへと展開していった。今後はより範囲を広げて、空間や街を彩る「ライフスタイルブランド」を目指しているというヘラルボニー。Makuakeで始めたクラウドファンディングは、多くの人の支援を受け、目標金額を上回る形で終了した。
ヘラルボニーは、これからどのような未来を描いているのだろうか。
Q. 今後の展開について教えてください。
崇弥さん:福祉発のアートは、それだけで啓発の機能を持つものです。だからこそ、これからは「意識がある人が自分の意志で身に着けるもの」から「みんなにとって当たり前の景色」に変えていきたい。そういう意味で、空間のデザインも手がけることにしました。現在は、東京・銀座の「ハイアットセントリック銀座 東京」や、2022年秋にオープンを予定している岩手・盛岡の「MAZARIUM(マザリウム)」などのホテルの内装のプロデュースも手掛けていきます。1部屋をまるごと、作家さんのアート作品で埋めつくすような場所です。
将来的には、ヘラルボニーの思想を体現した「福祉×アート」によるまちづくりにも手を広げていきたいですね。
Q. 身近な誰かが輝ける世界を作りたい、誰もが生きやすいと思えるような事業をしたい人に対して、メッセージをください。
崇弥さん:何か始めるときに、社会のマイナスをゼロにしていこうと考えるのではなく「すでにあるものに良い要素をプラスしたらどうなるか?」を考えると良いかもしれません。その方が苦しくないし、結果的に社会を動かすことに繋がると思うからです。
大切なのは、本当にワクワクすることを、倫理感をもってやる、ということではないでしょうか。倫理観がなければ、もっと私たちもお金儲けを重視したマーケティングに走っていたでしょうし、どこかで躓いて、色々と犠牲にしていたかもしれません。
文登さん:私も崇弥と同じで、社会課題を解決するために会社をやっているわけではなく、あくまで自分がとても感動したことを突き詰めた結果ヘラルボニーにたどり着いています。私のゼネコンでの経験は、今後私たちがやろうとしているまちづくりの企画に活かされていますし。本気でやったものはどんな行動であれ、自分の力になるので、まずは身近なところでアクションしてみることじゃないでしょうか。
障害と多様性と、やさしさ
障害に関わらず、一人ひとりがありのままで輝ける社会を。そう言われるようになって久しい。さまざまな症状に名前がつき、身体的な障害だけでなく、発達障害や精神障害などもずっと身近になった。
Googleは「脳の多様性」を職場に取り入れるため、自閉症の人のための採用プログラムを2021年に開始し、日本でも発達障害を持つ大人のためのビジネススクール「キズキビジネスカレッジ」が2019年に誕生するなど、多くの場所で個性を活かした働き方がされるようになっている。
しかし、実際に当事者として苦しんでいる人を前にしたとき、どのように接したら良いのか難しい場面があるのも事実だ。最後に、福祉の現場でさまざまな作家の方やその家族と関わるヘラルボニーのお二人に、それぞれが考える「やさしさ」について投げかけてみた。
「やっぱり私は、相否定しないことと同時に、正直であることがやさしさかなと思います」と話す崇弥さん。「実際に講演会などしたときに、親御さんが『うちの子と契約させてほしい』と画集を持ってきてくださることがあるのですが、商品デザインとしての活用可能性を考えると、難しいときも多いです。そんなとき、期待させてしまうことが何より不誠実なので」
文登さんも続く。「障害のある方と、ただ一緒に場を共有して、無理にコミュニケーションを取ろうと思いすぎないこともやさしさだと私は思います。たとえば自閉症にはこういう傾向があるからこういう対策をした方がいいよね、というバイアスがかかりすぎると、手を差し伸べているつもりでも、そう受け取られないこともある」
幼いころから福祉が身近にあった崇弥さんと文登さん。世に“異彩”を放ち続けるブランドを運営する二人から出てきた言葉は、どちらもやさしいものだった。知的障害のあるアーティストが放つ異彩が、暮らしのなかで、当たり前になっていくように。ヘラルボニーの挑戦は続いていく。
【参照サイト】株式会社ヘラルボニー
ショップ詳細
店舗名 | HERALBONY SHOP(岩手) |
住所 | 岩手県盛岡市菜園1-10-1 パルクアベニュー・カワトク 3階 紳士服売場 |
営業時間 | 10:00~19:00 |
営業日 | 月~日 |
URL | https://heralbony.com/pages/shop-list |