「私が住んでいる街は、誰の視点でつくられてきたか?」皆さんは考えたことがあるだろうか。
これは、ジェンダーの研究者であるレスリー・カーンが書いた『フェミニスト・シティ』という本のなかで問いかけられる疑問だ。カーンによると、都市開発はこれまで主に男性によって計画されてきたため、あらゆる施策が男性目線から策定され、都市の機能は女性やセクシャルマイノリティの人々の日常におけるニーズを反映していないという。
たしかに、今日の社会では、男性と女性は同等の生活条件や機会を与えられているとは言い難く、ジェンダー格差はあらゆる面で存在している。女性にとっては、社会で、職場で、日常生活で、「負担が大きい」「立ち回りがしにくい」と感じる機会が多いことは否めない。そしてそれは都市においても同じ話だという。
それでは、「女性の視点を含めたジェンダー平等なまちづくり」とは、一体どのようなものだろうか。カーンは著書でその事例をいくつか示しており、中でもオーストリア・ウィーンを「突出した取り組みを行う都市」としてあげている。どのようにウィーンは「ジェンダー平等」をまちづくりに取り込んだのか?現地ではどのような取り組みが進められているのか?2022年の冬、ウィーン在住である筆者が実際に街を歩いてみた。
都市を女性目線でつくるということ
都市におけるジェンダー格差とは具体的に何を意味しているのだろうか。
カーンがあげる一例は、移動のパターンだ。男性の移動は、女性に比べ「会社と自宅の往復」という単純なパターンが多いことに対し、女性は、短距離を頻繁に移動し帰宅までに立ち寄る場所も多いことが調査の結果でわかっている。これは、多くの女性が子どもの送迎や買い物などを男性より多く担っていることを意味している。カーンは、都市機能は単純な移動パターンの多い男性の視点で開発されているため、女性のニーズは住居や公共交通機関などの都市計画へ反映されておらず、そのため女性は移動自体により大きな負担を強いられていると述べる。
このように、女性の生活にとって不便を感じる部分が街の中には多くある。それらをシステムや設備の再構築によって乗り越えようとするのが『フェミニスト・シティ』の中で語られたジェンダー平等の考え方だ。
「ジェンダー平等」とウィーンのまちづくり政策
ウィーンの「ジェンダー平等まちづくり」のきっかけとなった、ある写真展
「ジェンダー平等社会を形成しよう」という考えの誕生は90年代にさかのぼる。1995年に北京で開催された国連世界女性会議において初めてEUによって提唱され、具体的な推進方法としてジェンダー主流化戦略が生まれた。
そのなかでウィーンは、ほかのEUの都市に先駆けて、「ジェンダー平等」というコンセプトを市の政策へ取り入れた。その発端となった出来事は、90年代に当時のウィーン市職員であるエヴァ・カイル氏率いる政策担当者グループが開催した写真展だった。この写真展は、多様な社会層の女性に焦点をあて、彼女たちのウィーンにおける日常を映し出すものだった。
ベビーカーを引いて横断歩道を渡るたくさんの女性、車道の際を車椅子で移動する人々……日々の生活のなかで、安全性や移動の難しさに直面する人々を写し出した写真展は大きな反響を呼び、メディアや一般からの注目を集めた。こうした企画は、当時は斬新なものであったが、その反響の大きさは市の政治家たちも動かすことになる。
その後ウィーンは、市民を対象に、ジェンダーの違いと市民が使う公共スペースの関係に注目して調査を実施した。ジェンダーの視点を取り入れることに関しては、当時懐疑的な意見もあったそうだが、この調査の結果が、女性の置かれている状況の改善に向けて、市の政策に反映されることになる。
90年代の都市計画プロジェクト「働く女性の都市(Fraun-Werk-Stadt)」
ウィーンがジェンダー平等都市への取り組みとして最初に実施したことの一つは、市内に女性による女性のための住居を建設するという「働く女性の都市」プロジェクトだ。
通常、男性より家事や育児に費やす時間が長い女性の生活パターンを考えた住居が建設され、また都市開発や都市拡張の設計へ関わる女性の専門家を増やすことにも焦点があてられた。働く女性の都市プロジェクトは、2回にわたって実施されている。
1回目(1992〜97年)に実施されたプロジェクトは、以下の通りだ。
- ウィーンの21区にて357棟の高層アパートを建設(女性の生活に配慮した女性による建設プロジェクトとしては、当時ヨーロッパ最大規模)
- 集合住宅の敷地には、緑に覆われた中庭・自宅のすぐ外で子どもと親が一緒に遊べる空間を設置
- 住宅の一部に、幼稚園、薬局、医療クリニックなどを同設
- 通勤や子どもの送迎に便利なように、公共交通へのアクセスも考慮
- 市内の公園についてもジェンダーによる使い方の違いを調査。公園の構造を変えるプロジェクトを市内5区の公園2ヶ所で実施
1回目プロジェクトの成功に伴い着手された2回目のプロジェクト(2000年)ではさらに下記のことが進んだ。
- ウィーンの11区で、独身女性の老後生活支援に特化した集合住宅を建設
- バルコニーやテラスを備えた高齢者用アパート、所有権のオプションやサービス付き賃貸アパートなど、居住者のニーズに合った選択ができるよう、さまざまなタイプの住居を建設
- 駐車場や交番を併設し、近所の老人ホームとともに高齢者や介護する家族を支援するサービスを提供
ウィーンのジェンダー主流化とその仕組み
90年代に試験的に実施されたプロジェクトを経て、ウィーンは2000年以降ジェンダー主流化を市の政策の一部に取り入れた。また、2005年にはジェンダー平等都市への取り組みに使われる「ジェンダー予算」が組まれており、政策面での足固めがなされた。
それでは、ウィーンのジェンダー平等都市推進において、ツール的な役割を果たすジェンダー主流化とはどのようなものだろうか?ジェンダー主流化が目指すのは、連帯・機会・責任が男女平等に共有される社会だ。取り組みにあたっては、以下のような達成目標が定められ、5つの原則に沿って政策が策定されるようになっている。
達成目標
- 雇用における男女均等機会
- 有給および無給労働における男女の均等な配分(無給労働とは家事や育児も含まれる)
- 政治参加における男女の平等性
- 男女の役割における固定観念を取り払い、性別に偏らない規範をつくっていく
- 男女双方への個人的自由の保障とあらゆる脅威からの保護
ジェンダーメインストリーミング5原則(※)
- ジェンダーに配慮した言葉遣い
- ジェンダーに関する情報収集と分析
- 市が提供するサービスへの平等なアクセス
- 政策決定の段階における男女平等の参加
- 政策・規制へ平等性を一体化
ウィーン市内のジェンダー平等推進プロジェクト事例
ここまで、ジェンダー平等を反映する都市計画の要となる政策をみてきたが、実際に街ではどのようなことが実施されているのだろうか。ジェンダー主流化のもと、ウィーンではビジネス・教育機関、公共交通設備、信号、公共道路、公園など、これまでに60件以上のパイロットプロジェクトが進んでいる。一部の事例をここで見ていこう。
まずは「女性が働ける社会」に
雇用機会における男女の不平等を改善するため、市が運営するウィーンビジネス局では、女性が中心となって運営する中小企業を対象として、研究や技術開発の資金援助を実施している。同局の決定権をもつ組織の人員構成は、男女同比率となっている。プロジェクト選出においては、ジェンダーに関連する特徴が計画に反映されているかが重視される。
子どもを連れていても歩きやすい道路設計
市の調査では、男性は移動手段に車を使う割合が高いことに対し、女性は徒歩や交通機関を利用する割合が高いことがわかった。そのためウィーンでは、女性の移動パターンを考慮した道路計画を実施している。たとえば、子どもを連れた徒歩の女性が歩きやすいように歩道スペースの拡張、歩行中に座って休めるようなベンチの設置、横断歩道がよく見えるよう付近の街灯の明るさ改善などである。
誰もが夜も安全に歩ける街灯整備
市の調査では、公共の場では、女性は男性より不安や危機感を覚えるという結果が得られた。そのためウィーンは、女性の安心感や一般的な安全性を高めるため、街灯改善プロジェクトを実施した。道路、高架下、公園、通学路などで街灯を増やし、既存の街灯の明るさも改善された。また新しく建設される道路・小道・広場は、女性だけでなく、男性・高齢者・子ども・若者・移動が困難な人へ配慮して設計される計画である。
「女子もしっかりと体を動かせる」学校の校庭を設計
さらに調査では、学校における男子と女子では、校庭などのスペース使用の仕方が異なることが明らかになった。女子は校庭を他の生徒との交流の場所として使用する傾向にあるのに対し、男子は運動に使用する傾向にある。こうした結果を分析した専門家は、女子ももっと運動に興味を持てるような場をつくるべきだと奨励している。また、体を活発に動かす傾向にある男子は、けがへのリスクがより高く、ケンカを力で解決しようとする可能性が女子より高いという。
こうした結果を反映し、ウィーン内の一部の学校では、男子と女子がより均等な方法で校庭を利用するよう再設計するプロジェクトが実施されている。たとえば、男子が好んで利用するジャングルジムについて、一種類ではなく身体的な違いに合わせて利用できるものをいくつか設置する、球技用の校庭は男子によってサッカーに使われる傾向にあるが、バレーボールやバスケットボール、その他の球技もできるように再設計するなどである。
将来を担う子どもへのジェンダー教育にも注目
それでは、女性も生活しやすいようなハードの設備を作ったとして、それで終わりかというとそうではない。ウィーンでは、将来を担う幼い子どもたちへのジェンダー平等教育の重要性にも注目しており、一部の幼稚園を対象にジェンダーに配慮した教育を実施している。たとえば、おもちゃを男児・女児用と分類せず本人の選択に任せる、伝統や文化からくる既成概念を教えることを避けるなどだ。
幼稚園で使用される教材には、「料理・家事・育児はお母さん、時々遊んでくれるお父さん」といった古典的な役割分担が描かれているものを避け、かわりに父親が家事や育児を担当し、母親が外で働いている家庭を描いた教材などを取り入れている。男児は、お父さんもおむつを替えることを習い、女児は人形で遊ぶ以外にも古典的な男児の遊びも経験する。そして、それぞれが好きなものを自身で選択できるように配慮されているのだ。
2022年のウィーンを歩いて
ジェンダー平等な都市を目指し、これまでに多くの取り組みを実施してきたウィーン。ウィーンに住む筆者はある日、ジェンダー平等都市への取り組みを意識して街を歩いてみた。すると、普段は気に留めなかった多くのことが見えてきた。
地下鉄の入り口は、日本のような自動改札がなく、自由にホームへの出入りができる。荷物を持っていたり小さな子どもを連れていたりすると、切符の出し入れが必要な改札はかなり面倒だ。ここではその煩わしさやラッシュ時の混雑もない。
電車に乗ると入り口はバリアフリーで、ドアの開閉スペースも広い。車両のなかに入るとベビーカーや車椅子用の広いスペースが十分確保してある。どの駅にもホームと道路が直結するエレベータが設置されている。ウィーン内ではベビーカーでバスや地下鉄に乗る人を多数見かけるが、非常に利用しやすい設計になっている。また、ベビーカーを押すのは男性が多いことにも気づく。実際に筆者の周りを見ても、男性の育休が標準化されつつあるようだ。
歩いていて実感するのは、市内の道路や歩道の幅が非常に広いことだ。ウィーンは街全体がゆったりしたイメージがあるが、それは道幅の広さの効果かもしれない。バスやトラムの停留所は、街灯が特に明るくベンチや屋根もついている。街のあちこちに小さな広場や公園が設けられており、そこでは子連れの親子が遊んでいたり、人々が腰掛けて読書をしたりしてゆったりとした時間を過ごしている。
90年代に始まったジェンダー平等都市計画がこれまでにもたらしたものは、この街のあちこちにみてとれる。そしてそれは、男女という区別を超えて、より広い意味でのジェンダーへ配慮した街として発展しつつある。
たとえば、筆者の自宅付近の横断歩道はLGBTQのシンボルであるレインボーカラーで塗られ、LGBTQへの連帯が表現されている。信号機の一部には、同性カップルが表示されており、街ではしばしば手をつないで歩く同性カップルを目にする。オーストリアは2019年1月から同性婚を認め、同姓カップルに異性カップルと同等の権利を保証している。
こうした傾向は、ウィーンのジェンダー平等性の追求が単に女性の権利の拡大という枠にとどまらず、「都市社会の平等ではないあらゆる部分を改善する」という概念で発展してきたことに由来しているようだ。この街は、文化や伝統によって定義付けられたジェンダーの役割を書き換え、個人の選択によるジェンダーとそれを受け入れる社会都市の形成を目指しているように思われる。
「ジェンダー平等性をあらゆる政策へ反映する」という考え方を通じて、お互いの違いを尊重し合う社会の形成は、同時に多様性を理解し尊重する社会の形成へもつながるはずだ。それは、すべての人にとって住みやすい社会の形成に大きく貢献するのではないだろうか。
※ Equality Action Plan for Vienna 2009-2012
【参照書籍】『フェミニスト・シティ』(レスリー・カーン 著 東辻賢治郎 訳, 2022)
【参照サイト】Equality Action Plan for Vienna 2009-2012
【参照サイト】The five principles of gender mainstreaming
【参照サイト】Gender mainstreaming – objectives
【参照サイト】UN-Habitat and Vienna City Hall discuss gender issues on knowledge sharing visit
【参照サイト】Manual “Gender mainstreaming made easy”
【参照サイト】Gender-sensitive traffic planning
【参照サイト】Alltags- und Frauengerechter Wohnbau
【参照サイト】Public lighting – ways to implement gender mainstreaming
【参照サイト】Kindergartens – ways to implement gender mainstreaming
【参照サイト】Schoolyards – ways to implement gender mainstreaming
【関連記事】ジェンダー不平等とは?数字と事実・原因・解決策
【参照サイト】「誰もが住みやすいまち」のために、まず女性の声を聞く。『フェミニスト・シティ』著者を尋ねて【多元世界をめぐる】
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Edited by Megumi
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