あなたにとって、「豊かな時間」とは何だろうか。
友人とカフェでお茶をする時かもしれないし、家で一人、読書をしているときかもしれない。あるいは、仕事や勉強をしているときに豊かだと感じるかもしれない。
「豊かな時間」のあり方は人によってさまざまだが、共通していることがある。それは、一つのことに真摯に向き合っているということだ。
南フランスの古都アルビにあるレストラン「サミーズ・ダイナー」では、友人や家族に囲まれて美味しい食事をする時間を楽しんでもらおうと、クリエイティブな取り組みを始めた。その名も、“No Phone January”キャンペーン。
テーブルに着くと、スマートフォン(以下、スマホ)を入れる小さなバスケットを手渡される。ずっとバスケットに手を触れることなく食事を終えた人には、コーヒーや紅茶、食後酒が提供される。実際、客の大半がキャンペーンに参加し、その様子が多くのフランス国内メディアで報道された。
レストランのマネージャー、アドリアン・マルタンがこの斬新なアイデアを思いついたのは、レストランを観察していたときだった。なんと、年齢を問わず客の8割が、スマホの画面に釘付けになっていたそうだ。
この取り組みの狙いは、スマホから離れてもらうことで、一緒に食事をしている友人や家族と、より充実したひとときを過ごしてもらうことであった。実際、スマホの使用頻度と人間の幸福度には関連性があることが、複数の研究によって示唆されている(※1)。
スマートフォンとヒトの幸福、この関係を紐解くキーワードのひとつとして「マルチタスク」が挙げられる。
「マルチタスク」とは、一般的に複数の作業を同時に行うこととされ、効率的でポジティブに捉えられることが多いようだ。しかし、心理学や神経科学の研究によると、この意味でのマルチタスクは基本的に存在しないという(※2)。実際に「マルチタスク」中に起きていることは、タスクの切り替えなのである(※3)。
スタンフォード大学のクリフォード・ナス心理学教授によると、「マルチタスク」は、節約する時間よりも多くの時間を浪費しているとのことだ。また、集中力や創造力の低下につながる恐れがあるという (※4)。これは、次々と流れ込んでくる膨大な情報を脳が処理しきれず、飽和状態となってしまい認知機能が低下するためであると考えられている(※5)。
スマホの使用は「マルチタスク」の典型例であり、その利用自体が情報過多となることが多い。さらに、パソコンを開きながら、あるいはテレビを見ながらスマホを使うという、メディアのマルチタスク化も一般的であり、スマホとの健康的な付き合い方は、現代における重要なテーマとなっている。
スマホと健全な関係を築くためには、目的を持って利用することが大切だ。つまり、「ながらスマホ」や単に手持ちぶさたで触るのではなく、必要な時、本当に使いたいという時に意識的に利用するということである。そうすることで「マルチタスク」的な使用を防ぎ、優先順位をつけて、ひとつひとつのことに心を込めて取り組むことにつながるだろう。
アルビのレストランでの一杯のコーヒーは、今ここにいる大切な人と楽しい時間を過ごしてほしいという願いを込めた、スマホから離れるための優しいきっかけだったのだ。
あなたも、一旦スマホを置いて、お気に入りのドリンクでくつろぎながら、自分にとって本当に豊かな時間とは何か、考えてみてはいかがだろうか。
※1 Study on Relationship Among University Students’ Life Stress, Smart Mobile Phone Addiction, and Life Satisfaction
The relationship between cell phone use, academic performance, anxiety, and Satisfaction with Life in college students
※2 The myths of the digital native and the multitasker
Self-interruptions in discretionary multitasking
Multicosts of Multitasking
※3 Self-interruptions in discretionary multitasking
※4 The Myth Of Multitasking
※5 “スマホ脳過労” 記憶力や意欲が低下!?
【参照サイト】No-Phone January au Samy’s Diner
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Edited by Kimika