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自然環境の危機から生物多様性の危機、食料の危機、安全保障の危機、人権の危機まで……さまざまな危機をもたらしている気候変動。この問題に立ち向かうためには、人々をワクワクさせる創造的なアイデアや、人々に新しい視点を提供する創造的な表現とコミュニケーション、デジタル技術を活用した創造的なビジネスモデルの創出といった一人ひとりのクリエイティビティ(創造性)が必要なのではないだろうか。
そうした想いから、IDEAS FOR GOODは株式会社メンバーズとのシリーズ「Climate Creative」をお届けしている。今回は、「仕掛学」を創始し,仕掛学の研究・実装・普及に従事する大阪大学大学院経済学研究科教授の松村氏への取材記事をお送りする。
※以下は、株式会社メンバーズ萩谷氏による、松村氏へのインタビュー。
話者プロフィール:松村真宏(まつむら なおひろ)氏 大阪大学大学院経済学研究科教授
1998年大阪大学基礎工学部卒業。2003年東京大学大学院工学系研究科修了。博士(工学)。2017年より現職。「仕掛学」を創始し,仕掛学の研究・実装・普及に従事。著書は『仕掛学』(東洋経済新報社),『人を動かす「仕掛け」』(PHP研究所),『しかけは世界を変える!!』(徳間書店),『Shikake: The Japanese Art of Shaping Behavior Through Design』(Liveright Pub Corp),『松村式 子育て仕掛学』(主婦の友社)など。
仕掛学とは、過去の経験や自らの好奇心を利用し行動変容を促すもの
Q. はじめに「仕掛学」とは何か、教えてください。
人の行動を変えるきっかけになるものを仕掛けと呼んでいます。そうした内容を体系的に理解しようするのが仕掛学という学問分野です。仕掛けは、人に無自覚に選択させたり行動させるものではなく、自らがその行動を選択するものです。人間が持ち合わしているバイアスを利用しているのではなく、過去の経験や体験、好奇心を利用しています。
Q. ナッジ(行動経済学)との違いを教えて頂けますか?
仕掛学もナッジも行動変容によって問題を解決するというゴールは一緒です。しかし、根本的な考え方や発想の原点は全く別のものです。
人が知らず知らずのうちにとってしまう行動を利用するのがナッジです。ナッジを使うということは、人の無自覚な選択、つまり、ついこちらを選んでしまうといった、考えずにとる行動を利用することです。
人は必ずしも合理的な判断や行動をとらないことが知られています。合理的な行動をとらないのは、認知バイアスにとらわれているからです。それを利用するのがナッジですが、最近、ナッジは拡大解釈されていると感じています。
一方で仕掛学は特定の分野に限定せず、あらゆる問題解決に活かそうという考え方です。
Q. 仕掛学研究のきっかけは何ですか?
もともと私は、データ分析の専門家でした。しかしあるとき、データの所在は非常に局所的であることに気づきました。データがあれば分析できますが、私たちの身の回りで、肝心なことはほとんどデータになっておらず、データ化されていたとしても、表層的なものに限られます。
例えば、購入者数や購入金額といったデータがあったとしましょう。しかし、それらのデータには、購入者が何を考えて商品を購入したのか、購買行動の背景にどのような思考が働いていたのか、購入者の知識や経験といったことは一切データには含まれていません。
こうしたことからデータ分析に限界を感じたのが、そもそものきっかけです。
Q. その後、独自に仕掛学の研究を始めたわけですね。
その当時は、仕掛学という言葉もありませんし、何をしたら良いかわからない状態が数年続きました。そうした中で、仕掛けを利用すれば、データがなくても人の心や行動を変えることができて、問題解決にもつながるということに気付きました。
Q. これまでにない学問のため当初は苦労されたかと思います。
学内で昇進するためには研究業績が必要になりますが、仕掛学には学会がないので論文が書けません。そこで、データ分析の限界を感じながらもデータ分析に関する論文を書いていました。その裏でこっそり仕掛学の研究をしていました。
現在は、教員の立場でデータ分析に関する授業も担当していますが、研究者の立場としては仕掛学に専念しゼミ生も抱えています。
Q. 学生自らが仕掛けに取り組んでいるとのことですが、ゼミはどのように進められていますか?
ゼミ生全員でディスカッションをして仕掛けのアイデアを考えます。しかし、アイデアを出すのは簡単なことではありません。あるテーマに何ヶ月もかけてもアイデアを出すこともありますが、アイデアが出ずにやめてしまうことも数多くあります。
アイデア創出のポイントは真面目に取り組まないことである
Q. 松村教授の著書『仕掛学 人を動かすアイデアの作り方』には、異なる2つの要素を組み合わせることや、オズボーンのチェックリストといった手法も紹介されています。アイデア創出のコツのようなことがあれば教えてください。
最も重要なポイントは、真面目に取り組まないということです。通常、何か課題があれば、その課題に関連することから解決のアイデアを考えます。真面目に考えるということは、特定の課題に関連することを考えるということです。そして、その関連することに答えがあるのであれば、アイデアはすぐに見つかるはずです。しかし、その答えが見つからなくてみんなが悩んでいるわけです。
であれば、課題に関連する範囲内では答えを探さないほうがいいわけです。つまり、アイデアを考える上では、発散させて、いくつかのステップの先を考えることが重要です。
「○○とかけて、□□と解きます。その心は・・・」という、なぞかけがありますが、それと同様の考え方です。○○と□□が無関係にみえるときほど、良いなぞかけになります。同様に、仕掛けを発想するときも、誰かが出したアイデアに乗っかって、別の話題へと脱線させていくことが重要です。一見関係性がないように見えても、連想して発想したことは必ずつながっているので、仕掛けとしての候補となります。真面目に考えるだけでは脱線しません。
Q. 議論する上で、うまく脱線するコツは何ですか?
議論の場に、あえて脱線しそうな人を参加させることが挙げられます。ゼミでは、私自身が脱線するように促すこともあります。
しかし、真面目に考えるプロセスも必要です。真面目に考え尽くしたからこそ、脱線したときに新しい局面が見えてきます。そして、脱線するフェーズに持ち込むことはとても重要です。
異なる二つの目的を果たすのが仕掛けの要件である
Q. これまでの中でお気に入りの仕掛けは何ですか?
家庭にある身近なものでは、ホームベーカリーの仕掛けがあります。ホームベーカリーはパンを作るためのものですが、我が家では朝の起床時間に合わせてタイマーをセットしています。タイマー機能により、目覚まし時計の役割も果たしています。けたたましい目覚まし時計の音は心地良いものではありません。しかし、ホームベーカリーであれば、パンの良い香りが漂い、とても心地良く目を覚ますことができます。
また、でき上がったパンは、すぐにホームベーカリーから取り出さないと縮んでしまいます。そうしたことを学ぶと、パンを取り出すために起きることになります。つまり、気分良く目覚めるための仕掛けと言えます。パンを焼くことに加えて、目覚ましのための機能という、二つの目的を果たしていることが仕掛けの要件となっています。タイマー機能付きのコーヒーメーカーでも同様のことが言えるでしょう。
また、「真実の口」の中にアルコール消毒液を組み込んだ仕掛けがあります。多くの人に喜んで使っていただきましたので、とても良い仕掛けであったと思います。
Q. 良い仕掛けのポイントは目的が二重になっていること、そして、ポジティブな行動変容を促すことにあると感じました。
まさにそのポイントがナッジとの一番の違いです。また、良い仕掛けかどうかを判断する上で、仕掛けの対象となる人の表情を観察することが挙げられます。楽しそうな表情であれば良い仕掛けであると言えます。
個人の行動変容が社会的なムーブメントになることで気候変動問題にも貢献できる
Q. 社会課題を解決するために、ポジティブな行動変容を促すことはとても重要であると改めて実感しています。仕掛けは気候変動問題解決にどのように貢献できるでしょうか?
仕掛けはちょっとした身の回りの問題解決を対象としています。つまり、自分の行動を少しだけ変えることで、問題も解決するということです。
一方で、気候変動は非常にスケールの大きな問題です。個人の行動変容を集団にまで拡げることができれば可能性はあるかもしれません。それによって社会的なムーブメントが起これば、大きな力が働くことになるでしょう。
はじめは小さな行動変容かもしれませんが、それが集まり大きくなれば、行動変容の仕方も切磋琢磨され、より良い行動変容を促すことにもなるでしょう。効果が大きくなり良い循環が起きれば、気候変動問題解決の期待も高まります。小さな仕掛けを周りに拡げていくことで、社会課題の解決にもつながると言えます。
Q. 今後の社会課題解決の取組みに関するご意向やこれまでの事例があればお聞かせください。
最近、高校生からの問い合わせがとても増えています。内容は、総合的な学習(探究)の時間でSDGsに取り組む高校生から課題解決のために仕掛学を適用できないかという相談です。具体的な課題としては、ごみの分別など環境をテーマにしたものが大半を占めています。
Q. ごみの分別を促す仕掛けとしてはどのようなアイデアが考えられますか?
以前に大阪のある場所で、多くのごみがポイ捨てされるという問題がありました。そこで、その場所にプランターを置いて花を植えました。さらに、ジョウロを置いて水やりを促すメッセージも掲示しました。つまり、通行人を巻き込む仕掛けをしたのです。1年かけてごみの量を計測しましたが、ごみを減らすことにとても効果がありました。
Q. 巻き込むという仕掛けが功を奏したのでしょうか?
プランターや花、ジョウロを置くことで、ごみ捨てに対する抑止力になりますが、参加を促すことで、自分事化できたのでしょう。巻き込むということは重要なポイントです。
Q. 今後、どのようなテーマを仕掛学として取り組んでいきたいと考えていますか?
数年前から取り組むテーマの一つが、歩きスマホの問題です。身近な課題で事故も起きていますので、どうにか減らせないかと考えています。考えを巡らせますが、歩きスマホはとても魅力的で、なかなかそれを超える仕掛けが見当たりません。
最近では、フードロスやカーボンニュートラルに関する相談も増え、共同研究もスタートします。その辺りのテーマに対して、私自身の関心も高まっています。
不真面目さを持ち合わせることはこれからの必要なスキルである
Q. 最後にビジネスパーソンや社会に向けてメッセージをお願いします。
「正論にとらわれるな」ということを常々伝えています。世の中の問題の多くは、人々の行動が原因となっています。やってはいけないと分かっていながら、ついやってしまうケースが大半を占めています。そうした人の行動を変えたいと思ったときに、正論を言っても受け入れられません。当たり前のことを伝えたところで「そんなの知ってるよ」と言われるでしょう。正論が通じないから問題として残っているわけです。したがって、正論を使わない仕掛学が有効に働くと思っています。
問題解決を考える方法として、正論にとらわれがちですが、それは思考が凝り固まっていると言わざるを得ません。表向きは真面目でも、頭の中に不真面目さを持ち合わせることが大切です。そして、求められたタイミングでアイデアを出すには、いつでも発信できるように、常に考えていることが必要です。
繰り返しになりますが、真面目さの中に不真面目さを持ち合わせていることが、これからのビジネスパーソンに求められる必要なスキルであると思います。