2023年10月21日から29日までの9日間、北ヨーロッパ最大のデザインの祭典「Dutch Design Week(ダッチ・デザイン・ウィーク:DDW)」がオランダ・アイントホーフェンで開催された。
毎年オランダで開催されるこのイベントでは、アイントホーフェン市内110以上の会場で革新的なデザインの展示会やトークセッションなどのイベントが開催される。参加者は新進のデザイナーから業界のベテランまで多岐にわたり、デザインの価値や役割を広めるためのプラットフォームとして、国際的な注目を集めている。
本記事では、実際にその場に足を運び、筆者が目の当たりにしたデザインの「今」を、会場の熱量そのままにお届けしたい。
北ヨーロッパ最大のデザインの祭典
ダッチ・デザイン・ウィークのはじまりは、1998年。元々はダッチ・デザイン・デーという一日だけのイベントだったものが年を追うごとに大きくなり、2002年には「The Week of Dutch Design」という1週間のイベントとなった。2005年からは名前を変えて「Dutch Design Week」という今の形に落ち着いた。荒削りだったイベントが洗練され、今では「どのように前向きな未来を形作るのか」を世界中のデザイナーに対して示すまでに至る。デザイン業界のサステナビリティ・インスピレーションの源であるともいえる。
実験やイノベーションに重きが置かれ、若い才能の発見や育成にも尽力している。さらに、近年はデザイナーの持つ、設計者としての社会的責任を問いかけ、社会問題をクリエイティブの力で解き明かしていく使命をデザイナーたちに吹き込む役割さえも担っている。
ダッチ・デザイン・ウィークが毎年テーマを定め、その問いかけに対して国内外から2,600人を超えるデザイナーが作品やアイデアを寄せる。2023年は、会場に約35万人もの参加者が訪れた。
世界の「発明」を牽引してきた都市・アイントホーフェン
ダッチ・デザイン・ウィークが開催されるアイントホーフェンは、首都アムステルダムから車で約1時間半程度の距離にある。歴史的には、家電メーカーPhilips(フィリップス)と、その下請企業らが経済成長を牽引してきたオランダ第五の都市だ。1990年代後半にはフィリップスが自社の研究開発部門をすべて集約する形で「ハイテクキャンパス」というテック地帯を設立。その後、2003年にこのハイテクキャンパスを、フィリップス社外の国内外の企業やスタートアップ企業にも開放したことがターニングポイントとなり、オープンイノベーションの地となった背景がある。
アメリカフォーブス誌によると、実際にアイントホーフェンは人口1万人あたり22.6件の特許を持つ、世界一の発明都市で、一万人以上の研究者や技術者、起業家が働くコミュニティとなっている。こうした場所だからこそ、このダッチ・デザイン・ウィークを見ることで「デザインの今」が見えてくるのだ。
ダッチ・デザイン・ウィークは、そのアイントホーフェンの街をあげて行われる。その規模は、おそらく1週間いても見きれないのではないかと思うほど、多くの作品が街中に点在している。
今年のテーマ「Picture this」ダッチ・デザインアワード2023受賞作品
今年のダッチ・デザイン・ウィークがデザイナーたちに投げかけたテーマは、「Picture this」。
これは、「ある未来を、ありありと写し出すこと」を意味する。地球と社会は今どこに向かっているのかを想像し、その作り手の視点を人々の想像力に訴えかけること。なぜなら、デザインとは意味を伝えると同時に、人々を動かすための手段でもあり、ある未来を実現するために行動を促すこともできるはずだから。
「ダッチ・デザイン・アワード」は、プロダクト賞、生息地(Habitat)賞、コミュニケーション賞、ファッション賞、デザインリサーチ賞、データ&インタラクション賞、ベスト・コミッショニング賞、ヤング・デザイナー賞、BNOピート・ズワルト特別賞からなり、毎年それぞれの最も秀た作品に贈られる。
ここでは、そのなかから特に筆者が注目したものを紹介したい。
アフリカ全土で起こる、気候変動による強制移住を伝える
ダッチ・デザイン・アワード2023、データ&インタラクション受賞作品である、「Voices From The Frontline – Africa Climate Mobility Initiative Website(最前線からの声:アフリカ気候変動による人口移動イニシアチブウェブサイト)」を紹介したい。デザイン事務所・CLEVER°FRANKEの作品だ。
気候変動が私たちの世界を大きく変えるなか、アフリカ全土ではすでに「気候変動による人口移動(クライメートモビリティ)」と呼ばれる、いわば強制移住が起きている。そして2050年までにアフリカ大陸のなかだけで最大1億1,300万人の人々が住む場所を追われ、移住を余儀なくされると推定されている。
世界の他の大陸に比べ、アフリカに暮らす人々の温室効果ガス排出量は最も少ないながら、最も深刻な状況に直面しているのだ。政策立案者、ジャーナリスト、実際に影響を受ける人々、そして課題の引き金となる仕組みに加担する形となってしまう人々など、誰にとってもわかりやすくこの状況を伝えたいと考えたCLEVER°FRANKE。具体的な数字として把握し報告するに留まらず、可視化し、ストーリーとして伝え、そして行動を起こすことを呼びかけるプロジェクトだ。国連や世界銀行などの支援もあり、2年の歳月をかけてまとめ上げられ、今回の受賞に至った。
「ヒマラヤのごみ」を観光客に持ち帰ってもらう?
続いては、ダッチ・デザイン・アワード2023、プロダクト賞を受賞した「From the Himalayas(ヒマラヤから)」。デザイン事務所・SUPER LOCALによるものだ。
ヒマヤラ山脈エベレストのふもとネパール・サガルマータ国立公園には、年間8万人もの観光客が押し寄せる。トレッキングシーズン中、エベレスト地域には毎日約1トンものの廃棄物が放置されるが、標高が高いためアクセスが悪く、リサイクルインフラが十分にないために廃棄物をとりのぞくことができない。その結果、この地域にある80以上のごみ焼却場(焼却場といっても、高温処理できる設備はなく、ごみを野焼きしているに過ぎない)で廃棄物がそのまま青空の下焼却されている現状がある。それが、土壌、水、大気を汚染し、生物多様性を脅かしているのだ。
SUPER LOCALはこの廃棄物のなかからプラスチックボトルのキャップをあつめ、ヒマラヤの山々を模したキーホルダーをつくり、観光客に向けて販売することにした。観光客に山に落ちているごみを持ってきてもらい、それをSUPER LOCALが買い取る。別の観光客に一部お金を払ってもらいながら、登山客に山からごみを持ち帰ってもらうプロセスを生み出したのだ。
このキーホルダーには、「ヒマラヤにごみを捨てないでください」というメッセージが込められている。この売上は、SUPER LOCALの進める、山の上からごみを運びおろし、リサイクル・処理する施設に持ち込むというプロジェクト「Carry Me Back」の運用に充てられる。問題の喚起に留まらず、実際に観光客に対して行動を促していることが高く評価され、今回の受賞に至った。
街を緑にする「歩く森」
ダッチ・デザイン・アワード2023、生息地賞受賞ならびに一般公募からなるパブリック賞を受賞したのが、マーガレット・ハビンガ氏による、「BOSK(歩く森)」だ。この「歩く森」は今回、一般投票の結果、受賞に至った。
「歩く森」と名付けられたこのプロジェクトによって、100日間毎日、オランダ南部のレーワルデン市中心部のさまざまな場所を大小1,000本以上の木々が“歩き回り”、緑色に染めた。木々が歩き回ることで、街のいたるところで緑がある暮らしを体験できる。暑い夏の日には一休みするための木陰を作ってくれるし、週末には子どもたちがダンスを披露するための広場を作ってくれる。
しかし、「木々が歩き回る」と聞くと、一体何のことかと思う人もいるかもしれない。木々が歩き回る仕掛けはこうだ。街に暮らす4,000人もの人々がボランティアとして参加し、プランターにいれた大小様々な木を「歩かせ」たのだ。このプロジェクトの狙いは、自然と人の関係性をつなぎなおし、自然がある暮らしを想像してもらうこと。自然を壊さず、人と自然との共生を訴えるためのデモ活動でもあるという。また、歩く森、としてある種擬人化することで、「木は人間の世界をどのように見ているのか」といった視点にも想いを馳せることを促す。
取材後記
ダッチ・デザイン・ウィークは、元々はプロダクトデザインを起点としたデザインの祭典として始まった。しかし現在では、プロダクトの利用という一点だけをみるのではなく、それを取り巻く仕組み全体を見通す設計や、その作品がもたらす影響に重きを置いている。
これは生産者責任が問われる今の時代に、もはや当然とも言えるだろう。特に今年のテーマ「Picture This」によって、たどり着きたい未来を様々な切り口で捉え、多様な表現と作品をみることができた。今年の印象としては、ChatGPTを始めとするAIを用いたデザインの仕組みが存在感を示していたことだろうか。さらに、ジェンダーや人種へのバイアスのない社会を実現するための数々のアイデアも格段に増えた。出展作品自体にもアジア地域を拠点とするデザイナーのものが増えてきたのも印象的である。
今年は小学生くらいの子どもの訪問者も多く目にした。今からすでに来年のダッチ・デザイン・ウィークが待ち遠しく、いつか9日間まるまる使って、デザインのアイデアに浸ってみたいと心から願う。
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