【パリ現地レポ】テクノロジーは地球の課題をどう解決する?欧州最大のテックイベントで見たもの

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フランスのパリで2024年5月22日~25日、世界最大級のテックイベント「Viva Technolovy 2024(ビバ・テクノロジー 2024)」が開催された。今年で8回目を迎える通称VivaTechは、企業が最新テクノロジーを披露する場として、また投資家などとのネットワークを深めるイベントとして、回を重ねるごとにその認知度が高まっている。

VivaTech開催前夜、フランスのマクロン大統領は、テクノロジー業界のトップリーダーや国内外の主要関係者を大統領官邸に招待し、Mistral AI(ミストラルAI)やH(アッシュ)など、フランスのAI(人工知能)スタートアップやそのエコシステムをアピールした。また、AIやインフラへの追加投資と、新たな人材育成プログラムを発表、フランスがAI大国になることを宣言してイベントを後押ししている。

今年のVivaTechは、4日間で16万5,000人以上が来場、ソーシャルネットワークを通じて20億人にリーチしたという。プラットフォームを通じた商談の数は40万を超え、1万3,500社以上のスタートアップ企業と、2,000人以上の投資家との関係構築の機会を提供するなど、イベントは大盛況だった。

出展国やパートナー企業によるダイナミックな展示が並ぶ会場は、テクノロジーで世界がポジティブに変化していく瞬間を感じる空間だった。特に、今年の「Country of the Year(特別招待国)」に選ばれた日本は、特大パビリオンやプログラムなどを通じて存在感を放っていた。本記事では、イベントに参加した筆者が、現地で目にした会場の様子やハイライトとともに、特に興味深いと感じた5社の取り組みを紹介したい。

分身ロボットOriHimeで遠隔コミュニケーションの体験をする参加者。ロボットを開発した株式会社オリィ研究所は、VivaTechからの招聘を受けて出展

AIと持続可能なテクノロジーが焦点

今年のVivaTechでは、AIと持続可能なテクノロジーが焦点となり、技術の進歩と地球環境の保護を両立させる取り組みが強調されていた。400人を超える業界のトップリーダーたちが、会場各所で開催されたプログラムに登壇し、イノベーションを取り巻く現代の課題や将来の方向性について議論を繰り広げていた。

VivaTechによると、出展企業の約40%がAIに関する展示を行い、企業役員の約90%が「2024年内にAIに投資する」と回答したという。AIへの関心とビジネスのニーズが高まる中、今年のVivaTechでは「AIアベニュー」と称するエリアを特設し、スタートアップ企業15社の画期的なAIソリューションを展示していた。

その中には、AIで人の動きを先読みするスマート義手のEsper Bionics(エスパービオニクス)や、創薬の開発時間を10分の1にするVitafluence (ビタフルエンス)、ライブニュースやイベントをデータ視覚化するEverdian(エバーディアン)など、イベントに合わせてプロダクトを発表した企業も多かった。

VivaTechでは、責任あるテクノロジーを推進する目的で、展示スペースの10%を関連ソリューションに充てる取り組みをおこなっていた。フランス電力会社のEDFがスポンサーとなり「Impact Bridge(インパクトブリッジ)」と称するエリアを設け、エネルギー効率の向上や、再生可能エネルギーの利用拡大、エコフレンドリーな都市開発に関する技術など、持続可能な未来を築くための具体的なソリューションやイニシアチブを多数展示していた。

その中には、土壌データのリアルタイム分析を可能にする AI 搭載ロボットのAgrist (アグリスト)や、海洋資源から再生可能な冷気を生成する技術を開発する Value Park(バリューパーク)、微細な藻類を使用して大気の質を改善するBioteos(ビオテオシ)など、幅広い分野の技術が紹介されていた。

2つの会場をつなぐ渡り廊下に設置された「Impact Bridge」

近未来のモビリティが会場でお披露目

ビジネス領域として、モビリティ、ヘルスケア、小売など25分野をカバーしたVivaTechだが、AIと持続可能なテクノロジーのテーマにおいて、特に中心的な話題となっていたのはモビリティだ。

VivaTechとの初コラボレーションとなったTesla(テスラ)は、新型モデル「Cybertruck」を含む全モデルを展示し注目を集めていた。他にも、新しいコンセプトの電気自動車として、タッチディスプレイや音声制御AIを搭載したPeugeot/Stellantis(プジョー・ステランティス)の「INCEPTION」や、AIアバターを活用したSoftware République(ソフトウェア・リパブリック)の移動式医療カー「U1st Vision」、Meta(メタ)がデジタルキャンペーンを担ったPorsche(ポルシェ)の「Macan Electric」など、視覚的にもインパクトが大きい展示に参加者の関心が集まっていた。

自動車以外では、貨物輸送のスタートアップ企業Fly-box(フライボックス)、革新的なエアモビリティ・ソリューションを提供するAirbus(エアバス)、電動エアタクシーのADPグループとVolocopter (ヴォロコプター)など、持続可能なモビリティを実現するサービスが展示されていた。

VivaTech2024

左上)プジョー・ステランティス「INCEPTION」、右上)テスラ「Cybertruck」、 左下)ソフトウェア・リパブリック「U1st Vision」、右下)ポルシェ「Macan Electric」

大きな注目を集めた今年の特別招待国・日本

昨年の韓国に続いて、今年の特別招待国に選ばれた日本は、オープニングセレモニーで岸田首相がビデオメッセージを寄せたほか、岩田経済産業副大臣や、楽天の三木谷社長、日本のスタートアップ・エコシステムの代表などが登壇し、日本発のイノベーションを世界にアピールしていた。イベント全体を通しても、日本のスタートアップに関するパネルディスカッションや、ピッチコンテストなど、日本に関するプログラムが充実していた。

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52社のスタートアップ企業と8社のパートナー企業および団体が出展した、VivaTech 日本パビリオン

ジェトロが出展支援をした日本パビリオンでは、60の企業・団体による、AI、クリーンテック、モビリティ、エンターテイメントなどの最新技術や、スタートアップ・エコシステムの展示、イベントスペースでのプログラムが開催され、終日多くの人々でにぎわっていた。

LVMH(モエ ヘネシー・ルイ ヴィトン)の展示スペース「ドリーム・ガーデン」では、LVMHとジェトロによるパネルディスカッションがおこなわれ、日本のスタートアップ・エコシステムの特徴や課題、成長に向けた取り組みが議論されていた。LVMHがVivaTechで毎年開催する「LVMH イノベーション・アワード」では、1,500社の中から厳選されたファイナリスト18社として、初めて日本のスタートアップ企業2社が選ばれた。そのうちの1社、知的障害のある作家のアートエージェンシーの株式会社ヘラルボニーは、社員体験/ダイバーシティ&インクルージョン部門賞を獲得している。

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左上)内閣府科学技術・イノベーション推進事務局の田中氏と山本氏、右上)会場エントランスに設置されたトヨタWoven Cityの展示ブース 左下)ジェトロ開催の日仏スタートアップピッチコンテスト、右下)LVMHとジェトロによるスタートアップ・エコシステムのパネルディスカッション

会場で出会ったスタートアップ企業5社

広い会場の展示ブースの中で、筆者が特に注目したサービスや企業を紹介していく。

01. AIが道案内、視覚障害者補助装置のbiped.ai(バイペッド・エーアイ)

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bipedのCTO、Paul Prevel氏

近年、電動スクーターやマイクロモビリティが増えたことにより、公共スペースでの歩行には一層の注意が必要になっている。Biped.ai(バイペッド・エーアイ)が開発した視覚障害者向けのAIモビリティハーネス「Nao」は、肩に装着するスマートハーネスの3Dサウンド・ナビゲーションで、障害物を避けながら最適なルートで目的地まで誘導する。

肩に装着するハーネスには、胸の左側に広角カメラ、右側に小型コンピューター、首の後ろにバッテリーが搭載されている。上半身に位置する広角カメラのおかげで、枝などの頭の高さの障害物や、穴などの地面の高さの障害物、電動スクーターなどの側面の障害物を識別できる。また、屋外では正確なGPSナビゲーション指示で案内し、屋内ではドアの開閉などの特定を可能とする。

創業者の「自動運転車のコンセプトを使用して支援技術をよりスマートかつ安全にする」という夢が、ホンダ・リサーチ・インスティテュート・ヨーロッパとの技術ライセンス提携により実現したアイテムだ。

02. 人間との自然な音声対話を可能にする会話型生成AIのJumbo Mana(ジャンボ・マナ)

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Jumbo Manaのマーケティングマネージャー、Fatma Chelly氏

2023年のVivaTechに参加したことをきっかけとして、飛躍的に事業を加速したのが、フランスの生成AIスタートアップJumbo Mana(ジャンボ・マナ)だ。オランダの画家ゴッホが残した900通の手紙をもとに、Jumbo Manaが開発した生成AIゴッホは、人間とインタラクティブに会話ができると大きな話題になった。この生成AIゴッホは、アマゾンのスマートホームデバイス「アレクサ」への搭載や、オルセー美術館のゴッホ展で、多くの人に生成AIとの対話体験を提供している。

今回は、仮想キャラクター「ルイ」を会場の5か所に設置し、フランス語での会場案内や情報提供をおこなっていた。また、フランスの海運会社CMA CGMの出展ブースでは、CMAグループのオペレーション担当副社長のアバターが、訪問者を歓迎しCMAグループの歴史を紹介していた。

Jumbo Manaのイノベーションは、空港、大規模商業施設、イベントなどで、アバターと人間とのリアルタイムで自然な音声対話により、顧客サービスに革命を起こすことが期待されている。

03. サービスロボットの新モデルを発表したUnited Robotics Group(ユナイテッド・ロボティクス・グループ)

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United Roboticsのシニア・パートナーシップ・マネージャー、Diego Lopez Barbado氏

サービスロボットが忙しく動き回っていたのは、ドイツのUnited Robotics Group:URG(ユナイテッド・ロボティクス・グループ)の展示ブースだ。URGは、9つのサービスロボティクス企業を統合し、ライフサイエンス、ヘルスケア、ホスピタリティ、教育、物流、メンテナンスなどの分野において、課題を解決するソリューションの開発に取り組んでいる。日本のソフトバンクグループとも関係が深く、現在ソフトバンクの人型ロボット「Pepper」の事業を引き継いでいる。

2023年に出展したサービスロボットへのフィードバックをもとに、今回はその改良版のデモンストレーションをおこなっていた。使いやすさと安全性を高めた新モデルは、行先をプログラムして自立走行することに加えて人間を追いかける機能や、自動ドアやエレベーターなどと通信することも可能で、医療や小売事業の現場での需要が見込まれている。

04. リアルとバーチャルが融合する未来を創るPocket RD(ポケット・アールディ)

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Pocket RDの代表取締役、籾倉 宏哉氏

日本パビリオンにて、多くの人々の関心を集めていたのが、3Dアバター自動作成サービス「AVATARIUM」だ。箱型ブースの中に設置されている29個のカメラで人物を3Dスキャンし、約10分程でオリジナルのアバターを作ることができる。アバターは専用アプリでカスタマイズが可能で、ゲーム、エンタメコンテンツなどとの連携や、特殊なアバターを活用する業務用アプリなどへの対応も可能だという。

「AVATARIUM」を開発したPocket RD(ポケット・アールディ)の籾倉社長によると、VivaTech4日間での総スキャン数は399件で、歴代イベントでの記録を大きく塗り替える反響だったという。複数の海外メディアの取材や、フランスを代表する企業との多くの商談もスタートしたとのことで、本人とそっくりなアバターで世界の人々と交流できる日も近いかもしれない。

05. 生成AIを活用し、広告イメージの作成を効率化したDior(ディオール)

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DiorのCRMプロジェクトマネージャー、Zoubayda Mohamed Bilal氏

ラグジュアリーブランドにとって、マーケティングにおけるブランドイメージの構築は非常に重要だ。広告には、製品の魅力やブランドイメージを強調するためのストーリーが必要となり、優れたクリエイターや広告代理店との協力が欠かせない。しかし、ブランド側とクリエイターとのイメージのすり合わせのためには、何パターンもの写真を撮影し検討する必要があり、その手間と費用は甚大だ。

Diorが展示していたのは、AI活用により広告制作を効率化するデモンストレーションだ。イメージの基礎は、画像生成AIのMidjourney(ミッドジャーニー)に、広告のイメージを入力して画像を作成する。次に、画像加工AIのMagnific AI(マグニフィックAI)を使用し、色彩調整などをおこなう。

このAIが作成したイメージをもとに、実物の写真撮影をおこない、最終的にPhotoshop(フォトショップ)で加工・仕上げをする。文字を入力するだけで、高品質な画像が瞬時に作成される様子には驚くばかりだ。企業におけるAI活用で、大幅に手間と費用と廃棄物を削減することができた好例といえるだろう。

テクノロジーは地球の課題を解決するか?

スタートアップ強化政策「La French Tech(フレンチテック )」を推し進めるフランス政府は、毎年VivaTech開催に合わせて、その年の支援強化対象となるスタートアップ企業120社を発表している。「French Tech Next40/120」と称されたこのプログラムでは、特に有望な40社を「Next40」とランク付けし、フランスを代表する企業へと成長を加速させるために、資金調達、海外展開、規制対応、人材獲得などの支援をおこなう。

今回で5回目となった「French Tech Next40/120」には、33社のユニコーン企業(評価額10億ドル以上の非上場企業)が含まれ、分野別ではグリーンテックアグリテックが24社と一番多く、そのうちモビリティ関連は7社、持続可能な食品関連は6社だった。VivaTechのメインテーマと重複するこれらの分野は、イノベーションとビジネスのトレンドを現わしているといえるだろう。

日本政府も、フランスのスタートアップ強化政策を参考にした「J-Startup」プログラムを2018年に開始し、2022年を「スタートアップ創出元年」と位置づけて、5年でユニコーンを100社創出するという大きな目標を掲げている。VivaTechの日本パビリオンでは、国内スタートアップ・エコシステム拠点形成計画を推し進める内閣府や、今年イノベーション拠点「Tokyo Innovation Base」を新設した東京都などが、日本企業のプロモーションと外国企業誘致に力を注ぎ、目標達成に向けて日本の存在感を世界にアピールしていた。

オンラインを含めて世界20億人が注目した今年のVivaTech。スポンサー企業や、参加国の政策的思惑も交差したイベントであったが、焦点となった「持続可能なテクノロジー」が、本質的に地球や社会の良い未来につながっていくのかどうかは、注意して見ていきたい。

【参照サイト】Viva Technology 公式サイト
【参照サイト】French Tech Next40/120
【参照サイト】J-スタートアップ
【参照サイト】Tokyo Innovation Base
【参照サイト】オルセー美術館 ・Bonjour Vincent
【参照サイト】ジェトロ・世界最大級のテックイベント「VIVA TECHNOLOGY 2024」がパリで開幕!
【関連サイト】【パリ現地レポ】日々の「移動」を脱炭素化。展示会で見た、欧州の最新モビリティ事情

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