※本記事は、ハーチ株式会社が運営する「Circular Economy Hub」からの転載記事となります。
持続可能な循環経済・社会システムへの移行に向けて大きな責任と役割を担っているのが、建設業界だ。建設業界は世界のCO2排出量の約4割を占めているだけではなく、国連の調査によれば、2060年までに世界の建造物の床面積は現在の2倍になると推定されている。これは、5日間でパリ、1年で日本全体の面積が増えるスピードに相当する。
経済成長とマテリアルフットプリントとのデカップリングも全く起こっておらず、今後も世界人口増加に伴う建設需要の増加が見込まれるなか、建設業界は従来とは全く異なるシステムへの喫緊の移行が求められている状況にある。
そのような背景の中、日本の建設業界においてサーキュラーエコノミーへの移行を牽引する企業の一つが、大成建設だ。同社は現在、オランダ・Madaster(マダスター)社との連携により、日本版の建設物資源循環データプラットフォームの構築に着手しているほか、慶應義塾大学SFC研究所との連携により、神奈川県鎌倉市において新たな資源循環の概念「Vortex Economy」を具体化した未来のまちづくりに参画するなど、従来の建設業の発想を超えた革新的なサーキュラーエコノミープロジェクトを複数推進している。その中核を担っているのが、同社の設計本部先端デザイン部のメンバーたちだ。
持続可能な経済・社会システムの実現に向けて大きな役割を担う建設業として、サーキュラーエコノミーをどのように捉え、推進していこうとしているのか。また、世界とは大きく異なる日本の地理特性や建設業界の事情を踏まえ、どのように日本ならではの循環型建設の未来を描くのか。先端デザイン部・部長の横溝成人氏、先端デザイン室・室長の古市理氏、井坂匠吾氏の3名にお話を伺った。
循環型建設の始まりは、森づくりから
先端デザイン部は、施主の期待と想像を超える提案で感動させようというトップの考えである「PBCE&I(proposal beyond customer’s expectation and imagination)」の下、ビルの用途や建築要素ごとに分かれていた設計本部を横串化して創設。建築設計とまちづくりに関わるメンバーでスタートした。
横溝氏「先端デザイン部にはデザインとラボの役割を併せ持つ建築設計チームである先端デザインチームのほか、ランドスケープを手掛ける環境デザイン室や伝統・保存設計室、CLT(直交集成材)などの先進木材を取り扱う木質建築推進室の4室から構成されています。現在は総勢57名になり、大学で建築設計を学んでまちづくりをやりたいと希望する学生も増えてきました」
同社は現在、2050年を目指したグループの長期環境目標「TAISEI GREEN Target2050」に則って、脱炭素やネイチャーポジティブともに、サーキュラーエコノミーを3つの柱と位置付けて推進している。このうち、脱炭素の中心的な取り組みであるゼロカーボンビル(ZCB)は、建物の調達・施行・運用・修繕・解体で排出されるCO2の実質ゼロ化を目指すビルのこと。2025年秋に日本初のゼロカーボンビルが完成予定だ。
古市氏「ZCB(ゼロ・カーボン・ビル)では構造の大部分を木造化し、鉄骨のリサイクルやCO2吸収コンクリ―トの採用により、建材の大幅なCO2削減を実現しています。施工時も掘削残土の削減や電気自動車(EV)やバイオディーゼルの使用などを通じて、排出量をゼロにしていきます。また、ネットZEBにして運用時のCO2排出量をゼロにします。2030年に向けて、国交省では新築案件をすべてZEB化することが義務づけられます。そうなれば、相対的に運用以外の脱炭素ソリューションに焦点が当たり、建材や設備の生産・解体時のリサイクルやリユースなどサーキュラーデザインが重要になってくるわけです」
そこで同社では、グリーン調達率の拡大や建設副産物の最終処分率0%といった資源循環だけでなく、木材の再生・リサイクルの推進や森林資源の保全・再生などの森林循環と合わせた形でサーキュラーエコノミーを推進することも重視している。
横溝氏「これまでは、施設があることに伴う環境負荷を抑える方向での取り組みが中心でした。これからは、建築行為をポジティブに捉え、より環境に配慮した建築を目指していきたいと考えています」
大成建設では、サーキュラーデザインのスコープを建造物だけではなくそれらを支えるシステム全体にまで広げることで、建造物がもたらす環境負荷を最小限に抑えるという従来の発想ではなく、建築により周辺環境がより良くなっていく、リジェネラティブな建設の未来を模索している。
オランダに学び、日本版「マテリアル・バンク」構築を目指す
同社が建設業のサーキュラーエコノミーへの移行に向けて力を入れているのが、デジタルテクノロジーの活用だ。
横溝氏「2023年5月にオランダ大使館主催のオランダサーキュラーエコノミー視察に参加して、Ran Archtects社を訪問しました。そこでデジタルプラットフォームを構築しているMadaster社のことを知り、日本版のMadasterができないかと考えました。2023年秋に先端デザイン部の古市室長と資源循環技術部の松尾部長にオランダの Madaster Foundation(マダスター財団)の取組みを視察してもらい、帰国後はオンラインでMadaster社の方々と幾度も勉強会やディスカッションを重ねた上で、2024年3月にMadaster との提携を発表しました」
Madasterは、建造物を一時的な建材の保管庫(マテリアル・バンク)と捉え(BAMB:ビルディング・アズ・マテリアル・バンク)、建材の情報をデジタル上に記録することで、解体時のリユースを促進するためのデジタル資源循環プラットフォームだ。すでにオランダのみならずドイツやベルギー、英国など複数の国へと展開し、各地で実証プロジェクトが進んでいる。
大成建設は、建物や橋など建設物のCAD(BIM/CIM)データと資材仕様やトレーサビリティに関するエクセルデータをMadasterのプラットフォームと連携し、活用することで、建設物のライフサイクル全体で使用される各建材・設備、建設物全体でのサーキュラリティ(循環性)やCO2排出量を算出、可視化を目指す。
古市氏「Madasterでは、リサイクル率、長寿命化、分解可能性を定量的に分析できます。これによって、サーキュラリティを検証することができます。分解可能性では、ドライ接合(※)が、最もポイントが高い。前後の部材を取り外したりする必要がないかどうかという部材の独立性やモジュール化など、製品エッジの形状もポイントに影響します」
※ 外壁を設置する際に、隙間を埋めて防水性や気密性を高めるための目地材(シーリング)を使わず、代わりに実(さね)と呼ばれる部分をつなぎ合わせて専用金具でとめていく工法
ただし、Madasterの仕組みをまずは小型の建築物で実証したところ、Madasterの指標をそのまま日本の建築物に適用するのは難しいことが徐々に分かってきたのだという。
古市氏「災害の多い日本では、特に耐久性と分解性との間にコンフリクトが生じます。取り外しできるということは漏水やがたつきが起きやすく、長寿命とは言えなくなってしまうのです。部品自体の耐久性と、建物全体の耐久性をどのように捉えるかも課題です」
今後、日本仕様にカスタマイズする際には、設計段階から資源循環性が高く、CO2削減にも配慮した建設物のライフサイクルを踏まえた効率的な計画策定、維持管理ができるようにしたいと同氏は語る。また、解体時には建材ごとに再資源化の程度も予測できる、建設物のマテリアル・バンク機能を持たせることも目指している。
古市氏「Madasterは、リユースが環境負荷が一番少なくなるという前提で作られている仕組みです。だからこそ、日本版マテリアル・バンクを産官学で連携して構築する必要があります。また、Madasterは建築の専門家であれば理解できますが、一般の市民の方々には分かりづらいところもありますので、私たちが石見銀山で行っているメタバースや、ゲーミフィケーションの要素を入れていくことで、少しでも分かりやすく表示できる工夫も必要かもしれません」
大成建設では地方創生に寄与する新たなデジタルコミュニケーション技術の実証として、島根県・石見銀山の古民家において、現実空間と仮想空間を共有し、身体感覚を伴った高い情報密度で現実と仮想空間の相互共有が可能な「デジタルツインバースシステム」を構築している。
Madasterのマテリアル・パスポートが、こうした仮想空間と現実空間を分け目なく身体的に体験できるデジタル技術と組み合わさることで、建築時や解体時の作業も今とは大きく異なったものになるだろう。
「復興学」から考える、何を循環、復興させるべきか?
Madasterの導入を通じて、欧州のサーキュラーエコノミーと日本のそれとの違いを実感することになった先端デザイン部チーム。さらに、2024年元旦に起きた能登半島地震も、日本ならではのサーキュラーエコノミーを構築すべき理由を考えさせることになった。
同社は、廃棄物から建材を作るベンチャー企業のfabula(東京都大田区)と金型製造の室島精工(石川県かほく市)と共同でプロジェクトを進めている縁もあり、被災地の視察や物資の提供を開始。並行して、地震発生で生じた災害ごみを分別して復興工事で再生材を活用できるスキームの構築を目指している。
古市氏「現地に行くと課題が山積していましたが、同時にそれらを横串に刺せるのはサーキュラーエコノミーではないかとも思いました。そこで、サーキュラーエコノミーを起点に、メンタルヘルスやゴミ問題の解決などといった社会課題について考える『復興学』を作れないかと動き出しています」
5月には、金沢大学と連携して石川県立輪島高校で高校生が未来を考えるワークショップの開催を支援。人ではなくモノの気持ちになって、災害建材ごみをどのようなものに生まれ変わらせるか考える「地域の高校生とともに輪島の未来を考える転生ワークショップ」を実施した。
転生ワークショップでは、風鈴や砂時計を作りたいという生徒も。8月末に開催される輪島高校文化祭で成果発表することを目標に進めている。
井坂氏「欧州発であるサーキュラーエコノミーは、日本のような国で自然災害によって不定期に発生するゴミに対応していません。こうしたゴミにどのように対応すればいいのか、再利用して欲しくないという心情もあるかもしれません。何を循環させ、復興させるのが良いのか。例えば、能登地域には、『ヨバレ』といわれる独自のおもてなし文化やお祭りの数々があります。モノだけでなく、こうした無形の文化財も復興しなければならない地域でもあると思っています」
常に自然災害と向き合う必要がある日本においては、災害を前提としたサーキュラーデザインだけではなく、災害によりどうしても発生してしまう瓦礫などの廃棄物の有効活用も大きなテーマとなるが、そのためには資源としての価値だけではなく地域の人々が持つ感情や、ケアの視点なども考慮する必要がある。資源を使い続けるということに、様々な意味が伴ってくるのだ。建設のサーキュラーエコノミーにおいては、こうした日本ならではの問いを探索していくことも重要だ。
産業を超えた資源の循環利用・需給調整装置としての建築
遡ること約2年前、同社は慶應義塾大学SFC研究所とともに未来の新しい資源循環の概念「Vortex Economy(ボルテックス・エコノミー)」を提唱した。
Vortex Economy とは、一つの企業が単独でサーキュラーエコノミーの仕組みを作り出すのではなく、地域の中で複数の産業を含めたさまざまな資源を繋げ、転用していく循環型の利用を進めながら、プラスチックをはじめとする資源や自然から発生する不要物を含めた廃棄物を資源化し、資産となるよう価値を高めていく新たな経済システム概念だ。
また、Vortex economyでは建造物を資源の需要と供給のバランスを調整・管理する資源ストックとして捉えることで様々なライフサイクルの資源の産業を超えた循環をスムーズにするだけではなく、建築の「場」としての機能を引き出すことで、資源だけではなくエネルギーや人、文化、資産を循環させ、地域の環境、文化、経済の向上に寄与することを目指している。
古市氏「建設業は一社単独でのサーキュラーエコノミーには向いていません。解体したものを地域に回していく、それらがさらに渦のように産業間に回っていく産業間の連関によるサーキュラーエコノミーが、建設業には適していると思います」
現在、日本の産業廃棄物の約2割を建築廃棄物が占める。東京都の最終処分場が満杯になるまであと5年とされており、「建てて壊して捨てる」だけではそろそろ立ち行かなくなる。解体やリファービッシュに伴って生じる建材資源についてはゼネコンが保有し、ゼネコンが起点となって各産業間へ回していくのが望ましいというのが同社の考えだ。
横溝氏「リサイクラーは分別回収の静脈部分のみ担っていますが、ゼネコンは各地の現場で生じる建設廃棄物の広域回収も行っており、動静脈連携を統合する主体となることができるので、それが理想的だと思います」
古市氏「これからはEPR(拡大生産者責任)が厳しくなり、作ったものは作った会社が回収・解体など最後まで責任を持つ時代が来ます。サーキュラーエコノミーに関しては、自社だけで閉じていたら他社からの情報は入ってきませんので、他産業や同業他社と連携して競争領域と共創領域とを分けて新しい開発をどんどん進めていけば良いと思います」
循環型建設への移行が進み、BAMBやマテリアルパスポートといった仕組みの浸透により、併せてComponent as a Service(部品としてのサービス)やMaterial as a Service(素材としてのサービス)など、従来の建造物や建材をめぐる所有の概念を覆す新たな仕組みが生まれていくことが想定される。
ゼネコンは、こうした建設を取り巻く全く新しい経済システムのハブとして機能する可能性を秘めている。ゼネコンがデジタル技術なども活用しながら最小のバージン資源で最大多数の豊かで安全な暮らしを支えるマテリアルの最適な分配プラットフォーマーとなり、フローとストックの最適なデザインによる資源の再利用・循環型活用インフラを構築することができれば、大きく社会は変わるだろう。未来の建設業のあり方を探し求める先端デザインチームの旅は、これからも続く。
取材後記
オランダ・Madasterとの連携による日本版マテリアル・バンクの実現に向けた動きから、石見銀山におけるデジタルツインバースの実証、能登における災害ゴミのサーキュラーエコノミー実現にいたるまで、常に先進的なプロジェクトに挑戦し続ける大成建設。これから日本の建設業の変革をどのように牽引していくのか。今後の展開がとても楽しみだ。
【参照サイト】大成建設株式会社
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