服を縫製する人の存在を、指紋で可視化するブランド「HUMAN TOUCH」

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今日着ているその服は、どこから来た服だろうか。中国、バングラデシュ、ベトナム……服のタグには、見慣れた国名が書かれている。2013年4月にバングラデシュの商業ビルが崩壊したことで、縫製工場で勤務していた人々の多くが命を落とした「ラナ・プラザ崩落事故」から10年以上が経った今でも、当時と変わらぬ原産国を見ている気はしないだろうか。

「同じ国でも、労働環境が良くなっていれば問題ないのでは」と思うかもしれない。しかし未だに、服を買う場面では、どんな工場で、どんな人が、どんな工程でその服を縫製したのかは分からない。だからこそ、多くの人は売り場で見える形状や価格といった情報を重視し、流行のデザインがより安く手に入ることを求めがちなのだろう。

では、縫製の工程が「見える」状態になったら、私たちと服の関わりは変わるのだろうか──そんな問いを投げかけるのが、ドイツのブランド・HUMAN TOUCHだ。同社では服を縫うとき、手に黒いインクをつけ、生地に黒い手形をあえて残す。そうすることで、服を作る「人」がいることや、その服一つに多くの手間が掛かっていることを“フィンガープリント(指紋)”として表現し、それを模様として取り入れたブランドなのだ。

扱う商品は、TシャツやYシャツ、ジーンズ、ニット、コートなど幅広い。どれも白の生地をベースとしており、黒いインクのしぶきが飛んだかのように、まだら模様になっている。その一つひとつは、作り手が服に触れた形跡であり、その模様が濃いほど、何度も服を押さえたり整えたりしたということだ。

Image via HUMAN TOUCH, photo by STUDIO MIME

インクは水性の塗料であり、黒くなったミシンは使用後に水で洗い流せるという。一方、生地についた塗料が日々の着用や洗濯によって剥がれないよう、加工が施されるとのことだ。また、同社は大量生産をしておらず、主に一点モノの販売やポップアップイベントを実施している。ベルリン・ファッションウィークでも縫製のパフォーマンスを披露した。

同社は、2020年にJuliet Seger氏によって研究の延長として設立され、2023年にはブランドとして独立した。テーマとして「服には​​仕立て屋や縫製工、機械工の見えない指紋が付着していることに想像を巡らせること」を掲げている。

ブランドの背景には、繊維産業における人間の手仕事に関して、創設者の並々ならぬ想いが込められている。立ち上げにあたりJuliet氏は、成長至上主義に異議を唱える脱成長を発端とした、Andrea Vetter氏による研究「コンヴィヴィアルなテクノロジーのマトリックス」をガイドとして用いた。自立共生を意味するコンヴィヴィアリティの概念を軸に縫製技術を捉え直し、労働とテクノロジーの関係性について、Juliet氏はこう述べる

確立されたデジタル技術は、多くの業界で人間主導の製造プロセスを合理化しようとしています。しかし衣類の生産は、スタイルの変動が大きく、利益率が低く、繊維素材が柔らかいという独自の特性により、完全な自動化は不可能であり、近い将来には実現できないかもしれません。

このように人間の参加に絶えず依存しているため、衣服の生産、特に縫製工程は倫理的観点から評価されなければなりません。縫製技術をコンヴィヴィアルな価値観から再考すると、社会技術として分類されます。つまり、この技術は、基本的なニーズを満たし、創造力を通じて人々に力を与え、関係を構築する可能性を秘めているのです。

しかし、商業化された動機の下では、人間の労働は「システムとその固有の消費主義よりも劣るもの」になります。より公正な未来のファッション業界をどう設計するかという問題は、「テクノロジーは良いか、悪いか」「テクノロジーは私たちを救うのか」という話ではなく、むしろ「社会的主体性 vs 社会的受動性」の問題です。衣料品労働者の地位を積極的に変えていく責任は、消費者にあります。

(HUMAN TOUCHの)科学的根拠に基づいたデザインは、縫製技術の人間的なタッチを、日常的に使用する衣服に視覚化することで、人間的要素に焦点を当てているのです。

──HUMAN TOUCHホームページより一部抜粋

HUMAN TOUCHの服は、まっさらな服とは明らかに異なるメッセージを背負っている。そのデザインを用いても、工場の労働環境を詳しく知ることはできないかもしれない。それでも、数えきれないほどの指紋は、想像し直すきっかけを生むのだ。

果たして現代の技術は、創造力を通じて働き手にエネルギーを与える存在になっているのだろうか。Juliet氏が語るように、私たちは労働や経済に「人間的な」要素を取り戻していくことが必要であるのかもしれない。

【参照サイト】HUMAN TOUCH
【参照サイト】HUMAN TOUCH Instagram
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