工業型畜産からキノコ栽培へ。環境負荷の低い業種への転換支援プログラム

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食肉や乳製品の生産のために牛や豚などを育てる畜産業においては、飼料となる穀物を生産する農地を含めた広大な土地の利用や、牛のゲップによるメタンの排出などに伴う環境負荷が問題視される。とりわけ、効率を求め狭い敷地で何万頭もの家畜を飼育する工業型畜産は、管理方法によっては地域の水質や地質汚染などの環境問題を引き起こすほか、動物たちにも適切な生活環境を提供できない場合がある。

さらに、こうした工業型畜産は労働に携わる人間の健康にもさまざまな影響を与える。例えば、人獣共通感染症がそのひとつだ。狭い飼育場の中ではウイルス性の病気が発生すると急速に蔓延してしまい、それが人間にも感染する危険性があるのだ(※)

養鶏農家イメージ

Image via Shutterstock

こうした状況に課題意識を持ち、工業型の畜産業から他の産業に転向を検討する畜産農家もいるようだ。しかし、そう簡単にはいかない。例えば、大企業と契約し畜産業を始めた農家は、最初に支払ったローンを返済するため、こうしたさまざまな課題を抱えていても、農場の運営から経済的に抜け出せない状況に陥っているのだ。

こうした課題を解決しようと、畜産農家が農作物を育てる農家に転換するのを支援するプログラムがある。工業型畜産を持続可能な食のシステムに変えることを目指すアメリカの非営利団体Mercy For Animalsが行う、Transfarmationというプロジェクトだ。

Transfarmationが始まったのは、Mercy For AnimalsのCEOであるレア・ガーゼス氏が、ノースカロライナ州で工業型の養鶏農家を営んでいたクレイグ・ワッツ氏と出会ったことがきっかけだったという。

アメリカの大手鶏肉企業へ供給するため20年以上にわたり鶏を生産し続けていた当時のワッツ氏は、ガーゼス氏と出会った時にはすでに身体的にも精神的にも大きな負担を抱え、養鶏農家を辞めたいと思っていたという。しかし、企業と契約した際に鶏舎を建設するために借りたローンの返済や同社からの圧力によりワッツ氏は経済的に困窮し、工業型の養鶏から抜け出せずにいたのだ。

ワッツ氏の鶏舎を見た際、ガーゼス氏は「これをイチゴ農場に変え、土地を再利用できないだろうか」と考えた。しかし、養鶏農家から別の作物を育てる農家への転換は、そう簡単にできるものではない。使う設備や育て方、また育てた作物の販売ルートも全く異なるため、実行するには新たな知識やまとまった資金が必要だからだ。

キノコ栽培のイメージ

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そこでガーゼス氏が立ち上げたのが、Tranfarmationである。このプログラムでは、ワッツ氏のような農家と直接提携し、畜産農場を植物性作物の農場へと転換するためのナレッジの共有や技術的支援のほか、設備導入や初期投資に充てられる1万〜2万ドル(約140〜280万円)の助成金も支給している。さらに、プログラムを通じて得られたデータは、他の農家が同様の転換を図る際に役立つものであり、それに対する手当も支給されている。

ガーゼス氏らが雇ったコンサルティング会社の調査によれば、養鶏からの転換で最も効率的に栽培できる作物は、キノコだという。これは、キノコ栽培が養鶏と近い温度や湿度、照明で行えるためだ。また、植物性食品の市場が拡大する中、将来的にキノコの需要が高まっていくであろうと予測されること、成長が早いことなどから、経済面でのメリットも見込める。キノコのほか、トマトやヘンプ(麻)などの作物も栽培しやすいため、これらのソリューションを農場の環境や農家の希望に沿って提供しているのだという。

ガーゼス氏と出会った数年後、ワッツ氏は養鶏農家を辞め、Tranfarmationからの助成金で鶏舎にコンテナを設置し、シイタケなどのキノコ栽培を始めた。以前は鶏肉1ポンドあたり0.05ドル(約7円)で販売していたが、現在ではシイタケ1ポンドあたり6ドル(約870円)の収入を得ているという。

また、ワッツ氏と同じような状況にある畜産農家は大勢いた。Transfarmationのウェブサイトを立ち上げると、すぐに何百人もの農家から連絡があったのだ。ウェブサイトによれば、これまでに豚や牛などを含めた7つの工業型畜産農家が、キノコやヘンプなどの農家へと転換を遂げている。

環境政策を急速に進める欧州各国では、大気汚染対策や温室効果ガス排出削減といった観点で畜産業への課税や制限を行う政策が次々と発表されている。これに対しオランダやフランスでは、畜産農家がトラクターで道路を封鎖するデモが相次いで発生している。

当然ながら農家にも日々の生活があり、いくら環境のためだと言われても一方的な規制を作られるだけでは困難を伴うだろう。こうした課題を解決するためには、農家が新しい選択肢を得られるように移行のための具体的なサポートを提供するTranfarmationのような取り組みや、政府による資金援助などを増やしていくこと、またそれらの認知度を上げていく必要があるのではないだろうか。

Report of the WHO/FAO/OIE joint consultation on emerging zoonotic diseases

【参照サイト】The Transfarmation Project
【参照サイト】Mercy For Animals
【参照サイト】Out with the animal cruelty. In with … mushrooms? These farmers are leaving factory farming behind
【参照サイト】The Farmers Abandoning Big Ag to Grow Mushrooms and Herbs
【関連記事】ニュージーランド、牛の「げっぷ税」を導入へ

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