【イベントレポ】脱プラから“改”プラスチックへ。生活者と企業で創る、移行期のデザインとは

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気候変動や資源問題が深刻化する中で、持続可能な社会への移行を模索し「脱炭素」「脱プラスチック」と、従来私たちが依存してきた資源から脱却する動きが進められてきました。しかし、行き過ぎた「脱〇〇」の動きは時に分断を生み、私たちを本質的な問題解決からむしろ遠ざけてしまう可能性すらあります。

今回、気候危機に創造力で立ち向かう共創プロジェクト「Climate Creative(クライメイト・クリエイティブ)」では、「生活者と企業で創る、移行期のデザインとは。 “改”プラスチックの可能性を探る」と題し、16回目となるトークイベント・Climate Creative Cafeを開催しました。(過去のイベント一覧はこちら

ゲストには三井化学株式会社(以下、三井化学)の松永有理さん、金沢大学の河内幾帆さんをお招きし、企業や生活者の視点から見るプラスチック問題へのアプローチを軸に、社会全体でどのような移行期をデザインしていくべきかについて議論を交わしました。

本レポートでは、そのイベントの第一部の様子をお伝えします。

登壇者紹介

松永 有理(三井化学株式会社 グリーンケミカル事業推進室 ビジネス・ディベロップメントグループリーダー)

2002年三井化学入社。食品パッケージなどの素材であるポリオレフィン樹脂の営業・マーケティング、IR・広報、ESG推進室を経て、2023年6月よりグリーンケミカル事業推進室。バイオマス・リサイクル素材のブランディングとマーケティングを担当。2015年に組織横断的オープンラボラトリー「そざいの魅力ラボ(MOLp®)」を設立、B2B企業における新しいブランディング・PRの形を実践している。PRSJ認定PRプランナー。MOLp®の活動を通して2018年グッドデザイン賞ベスト100、2018トレたま年間大賞(テレビ東京WBS)、Japan Branding Awards2021「Rising Stars」賞受賞。

河内 幾帆(金沢大学 融合研究域融合科学系 准教授)

デューク大学で修士号(環境学)、ジョージア州立大学で博士号(経済学)を修める。専門は環境経済学、教育工学、認知科学。サステナブルな社会システム構築のための価値観・意識・行動変容に関する研究に取り組んでいる。COI-NEXT「再生可能多糖類植物由来プラスチックによる資源循環社会共創拠点」研究開発課題5リーダー。

「脱却」から「移行」への視点の転換

イベント冒頭では、メンバーズの我有さんより今回のテーマである「移行期のデザイン」に関する背景が共有されました。エネルギー分野の脱石炭やモビリティ分野の脱ガソリン車など、多くの分野で「脱却」の動きが進む一方で、その取り組みが二項対立的な議論や否定的な捉え方に陥りやすい現状があると指摘。

特に「脱プラスチック」に関しては、素材そのものを使うか使わないかという極端な選択肢が議論されることが多い一方、それだけでは持続可能な未来を描くことは難しいといいます。

また、生活者による気候変動問題の捉え方に着目し、2015年に行われた調査結果が紹介されました。気候変動対策が生活の質を高めると考える人々が世界平均で66%だった一方、日本ではわずか17%に留まったという認識ギャップが明らかになったといいます(※1)

このギャップを埋め、気候変動問題への対策を着実に進めていくためには、「脱却」の視点にとらわれすぎず、生活者と企業とがともに変革の先のポジティブな未来を描き、そのための建設的な「移行」の道筋をつくっていく必要があります。企業による技術革新に加え、生活者が主体的に参加できる社会システムやビジネスモデルの構築が鍵となってくるのです。

この後、三井化学の松永さんと金沢大学の河内さんから、それぞれ「企業による技術革新」「生活者による行動変容」の観点から、プラスチックを題材に「移行期のデザイン」について共有してもらいました。

なぜ「脱プラ」ではなく「改プラ」なのか

プラスチックは適切ではない方法で廃棄されることで、地球温暖化や海洋プラスチック問題など深刻な問題を引き起こしており、真剣に取り組まなければならない課題である一方、私たちの日常生活に欠かせない存在でもあります。

松永さんは、石器や金属、ガラスなど、他の素材と人間との関係性の歴史を引き合いに、「プラスチックは地球や人類にとってまだ慣れ親しんでいない素材だからこそ、様々な問題が生まれているのではないか」と話し、プラスチックをより人や地球に寄り添った素材に生まれ変わらせていく必要性を語りました。

そこで三井化学は、大元の原料転換によりプラスチックの消費そのものを否定しない再生的な素材を提供する『脱プラ▶︎改プラ』をパーパスに掲げています。“素材の素材”から世界を刷新し、リジェネラティブなライフスタイルの実現を目指すため、GHG排出量の削減に貢献する”バイオマス化”と廃棄物を有効活用する”リサイクル”の両輪で進めています。

プラスチックを使わないのではなく、プラスチックを素材から変えていく

GHG排出量削減のために三井化学が取り組んでいる一つがバイオマスプラスチック(※2)の開発。通常の石油由来プラスチックと異なり、植物由来の原料(廃食油)を使用することで、ライフサイクル全体でのCO2排出量を約6割削減できるといいます。実際、ストローの比較では、バイオマスプラスチック(マスバランス方式、556トン)は通常プラスチック(1,390トン)や紙(1,890トン)よりもCO2排出量が少ないことが分かっています(※3)

2つ目は、リサイクルによるプラスチック資源の循環促進です。現在、国内の廃棄プラスチックの75%は物質としてリサイクルされていません。同社は廃プラを分解して得られる炭化水素油を原料として活用し、リサイクル率向上とCO2排出抑制を目指しています。

松永さんは、「素材メーカーとしての使命は、環境負荷を下げるだけでなく、お客様と共に最適解を見つけるパートナーになること」だと話します。

素材メーカーとしてプラスチックが抱える問題に正面から向き合い、素材そのものやものづくり・循環のプロセスを「改める」ことで、素材を選ぶ企業やプラスチック製品を手に取る生活者の懸念を小さくしていく。これまでのライフスタイルの良い面を維持しつつ、より低炭素な「当たり前」を作っていくアプローチだと言えます。

環境問題の解決には社会のシフトをバランスよく進めることが重要

続いて、金沢大学の河内さんから、認知科学・心理学をベースにした環境意識・行動変容の動機づけの研究についてお話がありました。

河内さんは、市民・消費者の意識変容が環境問題解決には不可欠だと指摘します。

「日本ではリサイクル行動は盛んですが、それ以外のサーキュラー行動(3Rに加え、リペアやリパーパスなど)は消極的です。また、多くの人々が『環境問題解決後の未来』をポジティブに描けていないため、具体的な行動につながりにくい状況があります」

河内さんは、この課題に対して二つのアプローチを提案しました。一つは「技術ベースの解決アプローチ」であり、バイオマスプラスチックやリサイクル技術などによって環境負荷を軽減する方法です。もう一つは「市民・消費者の意識変容をベースとした解決アプローチ」であり、人々がウェルビーイング(幸福感)の向上を目指して価値観や行動を変えることです。この二つのアプローチをバランスよく進めることで、持続可能な社会への移行が可能になると述べました。

「環境問題の本質として、経済成長を目標としている社会システムは消費量をとにかく増やす、生産量を上げることで人々がさらに消費するようになるというループが作られ、結果として汚染量や廃棄量が増えています。本来であれば資源がなくなっていくと自然と生産量にブレーキがかかるはずですが、技術やシステムはますます生産や消費を増やす方向に向かっており、経済成長の構造は変わっていません」

つまり、技術ベースの解決アプローチではあくまで経済成長を目標としながら問題解決を目指していますが、汚染や廃棄の抑制や緩和を上回るペースで環境負荷が増大する場合、問題解決の効果に限界があるのが課題です。そこで市民・消費者の意識変容をベースとした解決アプローチでは社会の目標を「経済成長」から「ウェルビーイングの向上」にシフトすることで経済活動のスピードを緩め、地球環境問題の緩和を目指します。

ただし、集団としての意識や行動変容には時間がかかること、製品選択時にその環境影響を判断する「サーキュラーリテラシー」が向上するまでは消費者が感覚的に製品の環境負荷の違いを判断できないことなどの課題もあります。その克服にはエビデンスに基づいた情報提供や教育プログラムが必要だといいます。

河内さんは、海洋プラスチック汚染問題およびサーキュラー行動(※4)に関して、日本の市民にどのような認知・意識・行動プロセスが起きているのかを明らかにすることで、市民がより容易にサーキュラー行動に移行できるような教育プログラムの設計や社会的システムの移行を促すレバレッジポイントの検証をしています。

「サーキュラー行動がウェルビーイングを高める」というシステムをいかに実現するか?

河内さんが実施した国際的な調査(米国、ドイツ、中国、日本、インドネシア、タイの各500人を対象)によると、日本では、環境問題に対する認識が極端に低く、リサイクル行動以外のサーキュラー行動が全般的に低いそうです。経済的・時間的合理性に基づいて判断する傾向は強いものの、環境問題の解決につながるポジティブな未来を描くことは難しいことから、サーキュラー行動に上手く結びついていません。「プラスチックフリーのライフスタイルが生活の質を高める」と答えた割合も際立って低いという結果が出ています。

「今後、市民のサーキュラー行動を妨げる要因を構造的に検証し、サーキュラー行動が市民のウェルビーイングを高める形で統合されていくような社会システムのあり方についてより具体的に検証していきたいと考えています」

日本で「海洋プラごみ削減行動」に参加している人々(全体の9%)は、そうでない人々と比較してサーキュラー行動によるメリットやポジティブな未来の変化を認知・意識している傾向にある

ポジティブな未来を描き、企業と生活者がともに移行期に挑む

今回はプラスチックと持続可能な社会への移行をテーマに、企業と生活者それぞれの視点から話してもらいました。三井化学・松永さんと金沢大学・河内さんのお二人との対話を通じて感じたのは、問題解決の先にポジティブな未来(ビジョン)を描くことの大切さと、そのビジョンは問題にアプローチするそれぞれの立場のナラティブを共有する必要性でした。

「脱却」に伴う苦しみを分かち合うよりも、それぞれの山の登り方、つまり描く未来への到達の仕方を共有する。それによってあらゆる立場のアクターが理解しあい、手を取り合いながら社会のシフトを目指していくことができるのではないでしょうか。

Climate Creative Cafeでは、気候危機に立ち向かう実践者や専門家をゲストに招き、そしてご参加の皆さんとともに様々な問いやモヤモヤについて対話することで、アクションにつながる新たな気づきや視点を得ることを目指しています。次回のイベントも、ぜひご期待ください!

※1:世界市民会議「気候変動とエネルギー」(2015年)開催報告書
※2:バイオマスプラスチックの他に”バイオプラスチック”という言葉もありますが、バイオプラスチックはバイオマスプラスチックと生分解性プラスチックの総称で、バイオマスプラスチックの中にも生分解できるものとできないものに分かれています。
※3: 素素「【ホワイトペーパー公開】ストローのLCA比較でみたプラスチックとその代替」
※4:3R(リユース、リデュース、リサイクル)に加え、リペア、リパーパスなど、サーキュラーエコノミーへの移行に資する広範囲の行動。

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