サーキュラーエコノミーをデザインするプロジェクトやアイデアを表彰するグローバルアワード「crQlr Awards(サーキュラー・アワード)」。国内初のサーキュラー・デザイン分野のアワードとして2021年に始まり、今や持続可能な経済・社会を目指すプレイヤーの登竜門となっている。4回目の開催となった2024年度には、世界各地から約140のプロジェクトが集まり、28組が受賞、3組が特別賞を授与された。
2024年度の特別賞のテーマは、生物学的プロセスを活用することで、自然のシステムの中でより再生的な循環のループを作ろうとする「『サーキュラーバイオエコノミー』の実現に向けて」だ。IDEAS FOR GOODでは、アワード審査員への取材や受賞プロジェクトの紹介を通し、全4回にわたりサーキュラーバイオエコノミーの現在地と可能性を深掘りしていく。
第1回目は、FabCafe Bangkokの共同設立者であり、2024年度の特別賞のテーマを策定したキーパーソンでもある審査員の1人、Kalaya Kovidvisith氏(カラヤ・コヴィドビシット/以下、カラヤ氏)を取材した。
デジタルファブリケーションやバイオテクノロジーが生み出すビジネスモデルの可能性を追求する研究者でもある彼女は、サーキュラーバイオエコノミーをどのように解釈しているのか。その可能性とは、どのようなものなのか。crQlr Awardsを主催するFabCafe CCO・同アワードのチェアマンであるKelsie Stewart氏(ケルシー・スチュワート/以下、ケルシー氏)を交え、議論した。
話者プロフィール:Kalaya Kovidvisith(カラヤ・コヴィドビシット)
FabCafe Bangkokの共同創設者であり、FABLAB Thailandのマネージング・ディレクター。マサチューセッツ工科大学(MIT)でデザインと計算の修士号を取得。デジタルファブリケーションとバイオテクノロジーがどのように産業界の関係の変化を強化し、次世代の新しいビジネスモデルを生み出すかを研究テーマとしている。2015年のGlobal Entrepreneur Summit Delegate、2016年のAsia Pacific Weeks Berlinに出席。
話者プロフィール:Kelsie Stewart(ケルシー・スチュワート)
crQlr Awards チェアマン/ Loftwork Sustainability Executive。2017年にLoftworkとFabCafeに入社。FabCafe Chief Community OfficerとしてFabCafe Global Networkのまとめ役を務め、世界各地のFabCafeのローカルクリエイティブコミュニティを育成、コミュニティのグローバルネットワークを構築。持続可能な開発目標の短期的な解決を目指した2日間のデザインソン「Global Goals Jam(GGJ)」の東京開催の主催者、同イベントをバンコク、香港の複数都市で企画・実施。
サーキュラーバイオエコノミーは、自然を“パートナー”とする循環経済
サーキュラーバイオエコノミーとは、生物の能力や働きを活用するバイオテクノロジーを基盤としたバイオエコノミーと、気候変動への危機意識の高まりを背景に国内外で広がるサーキュラーエコノミーを組み合わせた概念である。
バイオ素材や生物のはたらきを活用して経済成長と地球環境などの社会問題を同時に解決しようとする前者と、廃棄物を減らそうとする過程で同じような素材に着目せざるを得ない後者にはそもそも親和性があり、EUや日本が策定する「バイオエコノミー戦略」の中でも両者を同時に進める重要性が言及されてきた。
では、サーキュラーバイオエコノミーとは、既存のサーキュラーエコノミーの枠組みに内包される、「ひとつのカテゴリ」に過ぎないのだろうか?この点に対するカラヤ氏の考えは異なっていた。カラヤ氏は既存のサーキュラーエコノミーを、「非常に人間中心的だ」と指摘する。
カラヤ氏「これまでのサーキュラーエコノミーの議論では、資源の供給から材料の加工、製品やサービスの提供、そして最終的な廃棄と再利用といった一連のサイクルを、人間の経済活動を中心とした視点で最適化されてきました。しかし、このアプローチは結局のところ、人間が設計したシステムの中での話であり、自然というより大きなシステムとの関係性を考慮したものではありません」
サーキュラーエコノミーが議論される際に往々にして話題になるリサイクルやリユース、製品の長寿命化などの取り組みは、人間の経済活動の枠内での最適化にすぎず、これらは、根本的な課題解決にはならない。
本来は、視点をもっと大きなシステム──つまり自然がどのように機能しているのかを理解し、それを活かしたデザインを考える必要があるとカラヤ氏は言う。人間のシステムが自然というもっと大きなシステムの中に入れ子になっている以上、自然と調和しない自分本意なシステムを駆動させ続けることは不可能だからだ。
カラヤ氏「自然はそれ自体が資源の供給網であり、その力だけで全てのプロセスを完了させることができます。材料が分解されると、自然に循環して再生されるのです。つまり、自然は自動的で持続可能な“システム”なのです。
そして、このような自然の循環を私たちの物事の進め方に取り入れ、自然のシステムとの調和を目指すのが、サーキュラーバイオエコノミーだと考えています。そうすれば、汚染や環境への悪影響が減らせるだけでなく、新しい工場を建設したり、問題を生み出してからその複雑な解決策を探したりすることも減らせるはずなのです。
そのためには、私たちが自然を人間の“パートナー”と捉え、人間ではなく自然を“中心的存在”として位置付ける必要があるのです」

カラヤ氏
人間が自然を“より深く”理解できるようにする、バイオテクノロジーの発展
自然のシステムと調和する──こう聞くと、我々の先祖が行っていたような、環境に負荷をかけないシンプルで原始的な暮らし方に回帰すれば良いのではないか、と思うかもしれない。カラヤ氏の出身であるタイでも、サステナビリティが議論される際には、食料や布を自給自足で賄うような伝統的な生活様式がよく話題に上る。実際、一部の若い世代の間では、そうした生活への回帰を目指す動きも見られるという。
しかし、「実際には、誰もがそうした暮らしをできるわけではない」とカラヤ氏は指摘する。だからこそ必要となってくるのが、現代の暮らしにフィットしつつ自然との調和も実現する新たなソリューションを生み出していくことなのである。
そこでカギとなるのが、過去数十年の間に著しい発展を遂げている、バイオテクノロジーだ。1970年代の遺伝子組換え技術の誕生を皮切りに急速に発展し、2010年代には遺伝子編集技術が登場。自然界に存在しない生物や遺伝子を人工的に設計する合成生物学や、微生物を活用して食糧や医薬品を作る技術、生物の力で環境を保護・修復する技術などが次々と生まれ、医療をはじめ、農業や環境、エネルギーなど、幅広い分野で活用されるようになった。
自身もバイオテクノロジーの可能性に魅了される1人だというカラヤ氏は、「こうした最先端の技術により、人間が自然や生物をより深く理解できるようになってきている」と語る。
カラヤ氏「これまで私たちは、自然にあまり注目してこなかったのだと思います。それはおそらく、自然を理解するための知識や技術が不足していたからです。しかし、現在ではそれらが進歩したことで、自然から学び、その原則を産業に応用する可能性が生まれています。科学者たちが自然界における合成や分解といったプロセスを理解しようとする取り組みは、個人的にも素晴らしいものだと思います」

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「もしも、電線や電気という概念自体がなかったら?」システムの根本を疑う問いが、新たなソリューションを生み出す
では、そうしたテクノロジーをどのように用いれば、自然のシステムに調和しながら我々人間の生活を維持していけるのだろうか。この点についてケルシー氏は、現代の生活の基盤となっている電気やエネルギーといったインフラこそ、バイオテクノロジーを用いて新しいソリューションを導入し、仕組みの転換をはかっていく必要があるという。
crQlr Awards 2024では、それを実現する可能性を持つプロジェクトが特別賞に選ばれた。
例えば、発光バクテリアを照明として活用する可能性を模索する「Bio-Moon Lab」。このプロジェクトでは、外部エネルギーを必要とせずに発光するバクテリアを用いた「バイオライト」を開発し、化石燃料に依存する現在の照明インフラを代替することを目指しているという。
また、大阪大学の研究グループが開発した「『土に還る』循環型センサデバイス」は、セルロースナノファイバーを用いた生分解性のセンサだ。こちらも、環境情報の収集に広く必要とされているセンサデバイスを再生的なものに置き換えることで、将来の環境負荷を大幅に削減する可能性を持つプロジェクトだ。
ケルシー氏「『土に還る』循環型センサデバイスから取得できる生態系の健康状態を表すデータは、さまざまな研究に役立てることができるスケーラブルなものです。また、企業にとっては、二酸化炭素の減少にとどまらない、より多様な種類のKPIを測定する手助けになるかもしれません。そのような段階に達することができれば、センサー自体は小さくても、その生態系に対する影響は深く、大きいものになると言えます」

Bio-Moon Lab Image via crQlr Awards

「土に還る」循環型センサデバイス Image via crQlr Awards
カラヤ氏は、こうした革新的なソリューションを生み出すためには、まずは既存の方法やシステムを前提とせず、新しい視点で考え直すことが重要だと語る。
カラヤ氏「『もし電線や電気という概念自体がなかったら、どうやってそれを置き換えるのか?』これは、私がMITで学んでいた頃、建設方法を再考するプロジェクトで教授が私たちに投げかけた問いです。
こうした問いかけを受けて私たちが取り組んだのは、建物の塗装を再考することでした。既存の建物の塗装は、多額の費用がかかったり、塗料を何度も塗り直す必要があったり、塗料自体が環境や健康に害を及ぼすものであったりと、さまざまな課題があります。そこで私たちはレーザー技術を活用し、顔料を使わずに素材自体を発光させる技術を発見しました。これで長期間色を保つことが可能になり、塗料を塗り直す必要も無くなりました。
このように、過去の方法を見直し、新しい技術、素材、システムを活用してそれを置き換えようとする姿勢が非常に大切だと考えています。私たちは過去の方法を踏襲しがちですが、技術がこれだけ進歩した今、過去のやり方にとらわれる必要はないのです」
自然は儚い、人工物は永続的?自然と人間、双方のGOODとなる協働のかたちとは
照明やセンサー、エネルギー源……日々の暮らしに欠かせないあらゆるものが、バイオ素材や生物由来に置き換わっていく。これらの事例は、文字通り生物や自然と調和し、共存する未来を想像させてくれる。
ただし、ここでひとつ疑問も生まれる。こうしたソリューションも結局のところ、人間の快適で便利な暮らしを維持するために、生物を“利用”しているに過ぎないのではないか。人間が自然の仕組みを取り入れることは、どこまでが協働であり、どこからが搾取となるのか。その境界線をどのように考えるべきなのだろうか。
ケルシー氏「この問いは、『自然と協力する間違った方法とは何か?』と言い換えることもできますね。ここでまず考えるべきは、倫理的な観点でしょう。
例えば、バクテリアや藻類に権利はあるのでしょうか?Bio-Moon Labを例にとってみると、『“生きている”生物に私たちが使う光を依存することは、倫理的に許されるのか?』という問いになりますね。加えて、光を活用するためにバクテリアの養殖を行うのか、あるいはそれを自然界から捕らえるのか、学校や家庭でそれらを使うにはどのような決まりを作れば良いのかなど、考えるべきことはたくさんあります。
私自身はこの問いに対する明確な答えを持っているわけではありませんが、少なくとも、現代において人間が自然と最善の形で協力する方法、つまり、自然と協力しながら、双方にとって『GOOD』となるような方法を見つける必要があるということは確かです」
ケルシー氏「一方で、これは実践に関連する問題でもあります。たとえば、私たちは現在すでに植物や他の生物に深く依存しており、そこには常にリスクが伴います。
現実的な例のひとつが、アメリカの家禽(かきん)産業です。この産業では、鳥インフルエンザの急速な蔓延により、大量の鳥の殺処分やサプライチェーンの混乱などが起こり、農家や企業に大きな影響が出ています。科学者たちが長年研究を続けているものの、感染拡大を完全に防ぐ効果的な解決策はいまだに確立されていません。
この危機は、効率性を追求するために作られた工業型畜産の問題を浮き彫りにしています。高密度な飼育環境がウイルスの急速な拡散を助長し、生態系全体に影響を及ぼす可能性が指摘されているのです。これは、人間のニーズを一方的に押し付ける、『自然と協力する間違った方法』と言えるのではないでしょうか。
ここで考えなければいけないのは、私たちの現代的なライフスタイルを維持するために自然や生物に依存することは本当に合理的なのだろうか、という問いです」
これに対しカラヤ氏は、「既存のバイオソリューションの多くも、信頼性や実用性の観点で実用化に向けた課題を抱えている」とケルシー氏に同意する。一方で彼女は、自然から切り離されたシステムが必ずしも安定的で合理的なものではないことも指摘する。
カラヤ氏「『Grow Your Own Cloud』というプロジェクトを例に挙げましょう。これは、テキストや画像といったデジタルデータをDNAに変換し、植物にデータを保存しようとする取り組みです。大量のCO2や膨大な電子廃棄物を生み出す従来のデータセンターの代替案となるもので、最終的には地域の花屋や庭園、森林などをデータセンターとして活用することを目指しています。
このプロジェクトについて誰かに話した時の反応は主に2つに分かれ、その人が自然をどのように捉えているかがわかります。1つ目は、『素晴らしい、実現してほしい』というポジティブなもの。もう1つは、『データが消えたらどうするのか?』と懸念するネガティブなものです。
しかし冷静に考えてみれば、ハードドライブのような現在のデータ保存方法でも、データが失われるリスクは大いにあります。それなのに、既存のシステムには疑問を持たず、自然を活用した新しい方法に懸念を持つのは、不思議だと思いませんか?」
ケルシー氏「それは非常に面白いポイントですね。確かに、自然と協働するプロジェクトについて話すと、『自然はいつか死んでしまうでしょ?』といった反応を得ることもあります。しかし実際には、松の木のように切らなければ数千年生きる植物もありますよね。それなのに、『木は簡単に枯れてしまうから、自然に依存するなんて現実的ではない』と考える人がほとんどです。
私たちは自分のスマートフォンのような人工的なデバイスは永続的なものだと無意識に信じていますが、これらはどれも永続的ではありませんし、自然のように再生可能でもありません。それなのに、私たちはこれらに価値を置いています。固体ハードドライブの永続性は信じるのに、木の永続性は信じないのです。
このような私たちの潜在的な認識を取り払った先に、自然との新たな協働の可能性が開かれていくのかもしれませんね」
自然は最高の教師であり、共に歩むパートナー。次世代が暮らし続けられる世界を残すために
自然は人間よりもずっと長く生き、人間や、人間の考える技術よりもずっと優れている──こうした認識は、表面的には合理的に見える人間的なシステムに囲まれて生きる私たちが、ついつい忘れがちなものではないだろうか。だからこそ、自然を理解し、自然から学ぶこと。そして、自然に歩み寄ること。それが私たちの今すべきことなのだとカラヤ氏は言う。
カラヤ氏「バイオミミクリー(生体模倣)という考え方もあるように、自然は私たちにとって最高の教師です。何百万年にもわたる進化の過程で、自然は非常に効率的なプロセスを築いてきました。ですから、生物学や気候変動についてもっと学び、人間が行ってきたこととの因果関係や自然の重要性を理解したうえで、自然の賢い活用の仕方を考えられるようになる必要があると思います。
私にとってサーキュラーエコノミーは、自然と人間の“対話”のようなものであり、長い間共存するための指針だと思っています。以前は、自然は人間が何をしようと一緒に歩んでくれる優しいパートナーのようなだったかもしれません。しかし、今では一方的で自分勝手に振る舞う私たちに対し、自然が私たちに怒っているように思えます。それが、日々の気候変動として現れているのではないでしょうか」
カラヤ氏「この世界は、私や、今生きている私たちだけのものではありません。ですから、少しでも良い世界になるように私はこの仕事を続けています。それは、この地球が、自然と生命に溢れた素晴らしい場所だと思っているからです。だからこそ私たちは、自然と調和しながら生きる方法を探り続けるべきではないでしょうか」

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編集後記
取材中にも話されたように、人間が何かをデザインする以上、それが究極のところ人間視点であることは否めないだろう。どこまでが協働でどこからが搾取なのか──この問いには、真摯に向き合い続ける必要がありそうだ。また、そもそも人間が自然の一部であることも忘れてはいけない点だ。
だからこそ、謙虚な態度で自然に学び、自然を信頼し、丁寧にその協力を仰いでいくこと。これを根気強く続けた先に、自然と人間がより良く協働できる未来は開けていくのではないだろうか。そしてその旅路は、自然の叡智への感動と新たな発見に満ちた、エキサイティングなものになりそうだ。
次回は、アワードの審査員でバイオ素材を用いた建築の先駆者であるDavid Benjamin氏を取材し、建築領域におけるサーキュラーバイオエコノミーの実践について探っていく。
【参照サイト】crQlr Awards
【参照サイト】特別賞について(crQlr Awards)
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