「官僚主義に創造性を」。そんな一見矛盾するような言葉を掲げるフェスティバルが、ドイツ・ベルリンからじわじわと広がりを見せている。
それがCreative Bureaucracy Festival(クリエイティブ・ビューロクラシー・フェスティバル)だ。「ビューロクラシー(官僚主義)」と聞くと、非効率や形式主義、融通の利かなさといった、ネガティブなイメージが頭に浮かぶかもしれない。しかし、このフェスティバルは、まさにその既成概念に挑戦している。公務員や政策立案者、市民、NPO、デザイナー、研究者など多様な人々が集まり、「公共」をもっと創造的に、もっと市民に開かれたものへと変えていくための場となっているのだ。
パンデミックや気候危機、移民問題、経済格差といった、複雑で大きな課題を前に、個人の努力や一企業の活動だけでは限界がある。だからこそ今、「公共」をいかに再構築し、誰もが参画できる開かれたものにしていくかが問われているのだ。

Photo by Anette Riedl for Creative Bureaucracy Festival
2025年で第8回を迎えたこのフェスティバルには、世界中から2,000人以上が参加し、行政関係者や市民活動家、研究者などが登壇。まちづくりから教育、デジタル行政、移民政策に至るまで、「公共」に関わるあらゆるトピックが取り上げられる。単なる「情報交換」の場ではなく、実践的で未来志向のアイデアが数多く飛び交うのも特徴だ。
本記事では、フェスティバルの運営責任者であるJohanna Sieben(ヨハンナ・ジーベン)氏へのインタビューを通じて、このイベントがなぜ生まれたのか、どんな変化を目指しているのかを紐解く。そして実際に現地を訪れた編集部が注目した3つのセッションの内容も紹介していきたい。
「より良い官僚主義」のために。主催者が語るフェスティバルの思想
クリエイティブ・ビューロクラシー・フェスティバルの主催者であるヨハンナ氏は、私たちの取材に対し、このフェスティバルが目指すビジョンを語ってくれた。まず彼女が強調したのは、「官僚主義(bureaucracy)」という言葉そのものに対する社会的な誤解だ。

ヨハンナ・ジーベン氏|Photo by Erika Tomiyama
「制度や手続きというと、つい紙の書類や面倒なプロセスといったネガティブなイメージで語られがちです。でも本来、官僚制も人によってつくられ、運営されています。すべての人には何らかの創造性があると、私たちは信じています」
だからこそ、クリエイティブ・ビューロクラシーという言葉には、制度の中にいる一人ひとりの創造性に光を当てるという意思が込められている。そこで強調されるのは「官僚制をなくす」のではなく、「より良い官僚制をつくる」というアプローチだ。
「『少ない官僚制』を目指すだけでは不十分です。単に手続きを減らすと、かえって本当に必要な支援まで削られてしまうことがあるからです。大切なのは、誰もがアクセスしやすく、公平に機能する『より良い仕組み』をどう設計するかだと考えています」
その視点から、彼女は「官僚制は民主主義への玄関口」だとも語る。選挙には数年に一度しか参加しない市民も、行政サービスとの関わりは日常的だ。だからこそ行政の窓口は、市民が社会と直接触れ合う大切な場所なのである。
また行政の制度と市民の間の信頼について、ヨハンナ氏は「双方向でなければならない」と語った。市民が制度を信頼するだけでなく、制度の側も市民を信頼する文化を築くことが必要だという。
「オンライン申請が可能になっても、『本当に本人か確認したいから来庁してほしい』と言われてしまう。それは『市民は信用できない』という前提があるから。そうした構造を変えるには、制度の側も信頼する勇気を持たなくてはなりません」
ヨハンナ氏の語る「創造的な官僚制」は、決して特別な才能を持つ人たちのものではない。制度の中にいるすべての人が問いかけ、協働し、信頼し合うことから始まる、未来への提案なのだ。
創造性は現場から。編集部が注目した3つのセッション
制度を変える力は、遠くの誰かではなく、現場にいる人たちの創造的な実践から生まれている。クリエイティブ・ビューロクラシー・フェスティバルでは、そのような取り組みが世界中から集まり、さまざまな視点から「新しい公共」が語られていた。ここではその中から3つのセッションを紹介していきたい。

Photo by Anette Riedl for Creative Bureaucracy Festival
グリーンで公正な移行のために、制度と信頼の土台をつくる
「このセッションは官僚制の話ではなく、可能性の話です」。そう語ったのは、25年にわたり公共部門で働いてきた、カタルーニャ州政府 変革的イノベーション部門責任者のタチアナ・フェルナンデス・シレラ氏。気候変動や社会的不平等といった複雑で長期的な課題に対して、制度や政策はどのように向き合えるのか。本セッションでは、グリーンで公正な移行(green and just transitions)を実現するために必要な「新しい制度設計」が共有された。
まず強調されたのは、変革には大胆さと政治的正当性が必要であるということだ。制度や政策の微調整だけでなく、食や移動、ケア、労働、消費といった日常の営みの見直しが求められており、そのためには「まずやってみよう」という実験的なアプローチを許容し、後押しする仕組みが不可欠である。
次に紹介されたのは、カタルーニャ地域で取り組まれている「共有アジェンダ」という仕組みだ。これは、行政機関、大学・研究機関、市民団体、企業、そして当事者自身といったアクターが、社会課題に対して共通のゴールを定め、その実現に向けて責任とリソースを持ち寄る協働の枠組み。単なる意見交換ではなく、具体的なアクションと合意形成を目指している。
こうした協働の基盤となるのが、「社会的イノベーションのインフラ」である。具体的には、時間、空間、ファシリテーション、方向性の共有、信頼関係などが挙げられ、それらに対して政府による長期的投資が必要とされる。
また、既存の公共財政システムは、短期成果を重視するがゆえに、長期的視点を阻害していると指摘。状況に応じて柔軟に予算を配分できるような「適応的で信頼に基づいた公共財政」の必要性が語られた。
脱植民地化の視点で公共交通政策を見直す
交通について語るとき、多くの人が思い浮かべるのは、整備された鉄道や電気バスなどの「近代的で安全なインフラ」かもしれない。しかし本セッションではシェアードモビリティセンターのCEOであるベンハミン・デ・ラ・ペーニャ氏によって、そのようなイメージそのものが西洋的な価値観に基づくものだと問題提起がされた。
このセッションでは「脱植民地化」の視点を用いて、世界の大半の都市が依存しているオートリクシャー、トゥクトゥク、ミニバス、乗り合いタクシーといった「非公式交通」の価値を問い直した。こうした交通手段はグローバルサウスを中心に、世界のモビリティの約70%を担っているにもかかわらず、政策立案の場面では「混沌」「非効率」といった理由で正当な評価を受けていない。
また、海外から持ち込まれた最先端技術が、地域に合わずうまくいかないケースも多いという。例えば、ハイパーループ(※)のような未来的インフラは注目を集める一方で、地域の実情に即していないことが多いという。
※ 真空に近い状態にしたチューブの中を、カプセル型の乗り物(ポッド)が高速で移動する次世代の輸送システム
一方で、こうした交通整備が、現地の人たちの暮らしや仕事、文化を壊してしまう恐れもあるという指摘も。たとえば、移動時間の短縮だけで交通政策の成功を測ってしまうと、その裏で失われる雇用や、交通アクセスの不平などが見過ごされてしまうかもしれない。
すでにある仕組みを大切にしながら、現地の人びとと一緒に、よりよい制度や技術をつくっていく。そうした共創こそが、持続的なモビリティの鍵になるという。締めくくりには「生命は戦いによって世界を制したのではなく、ネットワークによって広がった」という言葉が引用され、交通もまた、つながり合い、支え合うネットワークとして考えるべきだというメッセージが残された。
想像力で民主主義を拡張する。市民の語りからつくる未来都市
本セッションでは、ポルトガルで実践された参加型予算制度が紹介された。リスボン市では、市民が付箋に書き出したアイデアを、政策に反映する仕組みが導入された。現在リスボンにある多くの緑地やインフラは、こうした市民の提案から生まれたものだという。
この取り組みはその後、2015年から国全体に広がった。ネット上で募集するのではなく専用のバスが全国を巡り、村や町で住民と直接対話しながらアイデアを募るというアナログな方法をとったのが特徴だ。提案された中で最も多くの票を集めた政策は実施される仕組みで、例えば18歳の年に文化施設への入場が無料になる政策が紹介された。
セッションの後半では、2045年の架空の未来都市を舞台にした「Sofiaの一日」という物語が語られた。未来の市議会では「未来世代のための空席」が設けられ、すべての政策が50年後の影響をシミュレーションされる。自然にも法的権利が与えられ、木々が議会でのステークホルダーとして扱われる。
物語では、Sofiaが朝食を屋上菜園で採れた食材とともに取り、共同で再設計された大学での学びを経て、市民によって運営される市場や文化施設を訪れる様子が描かれた。都市のあらゆる空間が、市民の提案から生まれていることが繰り返し示されていた。
登壇したFutura Foundationの共同創設者兼理事・グレース・フォンセカ氏は最後に、「これはAIが描いた未来像ではなく、世界のどこかで実際に行われている事例を組み合わせたものです」と語り、参加者に「夜、眠れなくなるほど気になること」から未来を想像し、語り合うことの大切さを呼びかけた。
公共をもっと創造的に。この対話を日本でも

Photo by Rebecca Ruetten for Creative Bureaucracy Festival
クリエイティブ・ビューロクラシー・フェスティバルでは、「公共」にまつわる問いが無数に飛び交っていた。それは、「行政をどう効率化するか」といった表層的な議論ではなく、「誰のために制度があり、どうすればそれが人々にとって意味を持つものになるか」という根本的な問いだった。
現場から立ち上がる声、小さな試行錯誤、制度の隙間で行われている実践、そして何よりも「公共はもっと面白くできる」という前向きな想像力。それらを、ベルリンの会場でたしかに感じた。
【参照サイト】Creative Bureaucracy Festival
※ Creative Bureaucracy Festivalの一部セッションのアーカイブ動画はこちらからご覧いただけます。