徳島県、神山町。人口5000人ちょっとの小さな山間部の町は、高齢化率(総人口に占める65歳以上人口の比率)も約50%にまで達している。日本の典型的な過疎化地域のひとつだが、実は徳島県内だけではなく県外や海外でも名の知れた場所である。それは、IT企業を中心としたサテライトオフィスの誘致や海外からアーティストを招聘するアーティスト・イン・レジデンスなどの取り組みが成功し、「創造的過疎」の町として注目を集めているからだ。
神山町の成功事例については既に6年ほど前から数多くのメディアで取り上げられている。今回の訪問では、徳島県庁や神山町で活動しているNPO、サテライトオフィスで働く方々などの話を交え、神山町のこれまでの取り組みや現在の姿について取材した。
「日本の田舎をステキに変える!」NPO法人グリーンバレー
神山町の成功を語るうえで欠かせない団体のひとつが、NPO法人グリーンバレー(以下、グリーンバレー)だ。神山町に本拠を置くグリーンバレーは、「日本の田舎をステキに変える!」をミッションに、神山町の情報発信、アーティスト・イン・レジデンス、サテライト・オフィス誘致、フードバブ・プロジェクトなど、移住支援を軸とした活動をおこなっている。
世界中のアーティストが作品を作りに来る場所へ「アーティスト・イン・レジデンス」
アーティスト・イン・レジデンスとは、毎年海外から2名、国内から1名のアーティストを9〜11月に神山町に招待し作品を制作・展示してもらう事業だ。
次の作品は出月秀明さんが制作した「隠された図書館」で、思い出を共有するための図書館だ。本を納めることが出来るのは人生で三回、卒業、結婚、退職のとき住民だけに許され、図書館を開けることが出来るのも住民のみである。
他にも、山の上にあるお寺の奥や小屋の中など、神山町のいたるところに作品が展示してある。
移住者も一緒に!「フードハブ・プロジェクト」
地産地食をモットーに、みんなが地域で一緒に食べることで「関係性」を育て、神山の農業と食文化を次の世代につなぐ活動をおこなっているのが「フードハブ・プロジェクト」だ。神山町地方創生戦略を考えるための、神山町役場と住民が一体となったワーキンググループがきっかけとなって2014年に発足した。
フードハブ・プロジェクトが運営する食堂「かま屋」とベーカリー「かまパン&ストア」では、地域の食材を使った料理を提供している。
神山町のサテライトオフィスで働くってどう?
神山町は、東京などに本社を構える会社のサテライトオフィス先としても人気だ。現在約12社のサテライトオフィスが点在しているが、今回訪ねたのは、東京・恵比寿に本社を置く放送事業会社、株式会社プラットイーズの「えんがわオフィス」。その立ち上げから携わっているという佐々木さんにお話をうかがった。
東京本社では100名ほど、えんがわオフィスでは15~20名ほどのスタッフが働いている。スタッフは東京本社からの転勤という形ではなく、現地募集し、その多くが県内や東京近郊、沖縄、北海道などからやってきているという。県外から来る人はキャンプ好きや、元バックパッカーなどアクティブな人が多いという。
仕事内容はどちらのオフィスでもほぼ同じだが、4K映画祭をはじめとした地元連携型の映像制作・編集は神山町でのみおこなっているそうだ。
このえんがわオフィス、もともとは2011年の東日本大震災をきっかけに、データや運用業務の多拠点化によって万が一本社が機能を停止した際のリスクヘッジの一環として創設されたものだ。古民家を改修し、「オープン&シームレス」をテーマに、社員にも地元の人にも開かれたオフィス作りをおこなってきた。
実際に訪れてみると、「オフィス」という冷たい印象を与える言葉が似つかないほど、家の中では木造のぬくもりが感じられる。台所が完備されているのでランチを作ったり、2階には布団があるので社員研修時に宿泊することもできる。
「東京と仕事内容は変わらないですが、生活費が安いので住みやすく気分転換がしやすいのは徳島ですね。地元の人を招いて、イベントや宴会をすることもあります」と佐々木さん。
専用線で本社までつながっているため内線もそのまま使え、ビデオ会議もやっているので、距離は離れていても仕事上はとくに問題なさそうだ。神山町のほうが人口が少ないため、インターネット回線が早かったり、賃貸料をはじめとして生活費を押さえられる点で、メリットも多いという。
ずっとオフィスに閉じこもっているとクリエイティビティが失われてしまうが、目の前に緑が広がるえんがわオフィスでは、すぐに気分転換をすることができそうだ。映像制作など創造力が求められる仕事にはもってこいの場所だろう。
平日はストレスを抱え、金曜日の飲み会や週末でストレスを発散するのが当たり前の都会生活。しかし本当は、日々リラックスして仕事ができるほうが本来の能力を発揮できるはず。「日々の生活を我慢することはない」。鳥のさえずりだけが聞こえる、静かで澄んだ空気のなか、そんなことを思った。
神山町が成功した理由とは?
神山町は、なぜ人の誘致に成功し、ここまで有名になることができたのだろうか。県職員の方にお話をうかがった。
もともとのはじまりは、徳島県がケーブルテレビのために県全体で日本屈指の光ファイバー網を敷いたことにある。この光ファイバーのおかげで神山町では山奥でもWi-Fiが飛んでおり、通信速度は東京都心の数倍のスピードを誇るという。恵まれたインターネットインフラが、IT企業を呼び寄せるための土台となった。
インフラが整った上で、グリーンバレーの前身となる団体がアーティスト・イン・レジデンス制度など海外から人を受け入れる国際交流事業を始めた。これがきっかけで、神山町では外部から人が来ることに対する抵抗感がなくなったという。そして、国内からIT企業などのサテライトオフィスを誘致する際にも、移住者を受け入れる土壌につながった。
また、こうしたサテライトオフィスや他地域からの移住者の増加に伴い、地元でお金を使う人が増え、カフェやレストランといった地場のサービス産業が成立するようになった。今では、もともと移住者の間で人気だったレストランに地元の人も訪れるようになり、よい循環ができているという。
地方創生に向けていきなりカフェやレストランを増やそうと思ってもなかなか難しいが、恵まれたネット環境、国際交流による外部からの人材受け入れ、そのうえでサテライトオフィスを招致し、消費パワーのある移住者を惹きつけるというプロセスがあってはじめて、現在の地場産業が成り立っているのだ。
上記のように、異なるプロジェクトがうまくつながったことが神山町ならではの特徴である。
地域の将来を担う若者が立場を超えてつながる場づくり
今回の訪問中は、県職員向けの研修にも参加させてもらった。講師は地元の起業家らで、参加者の中には銀行職員など民間企業の人も含まれる。参加者が行政や企業といった垣根を越えてチームを組み、地域の課題についてディスカッションをするという先進的な取り組みだ。
県職員向けの研修がここまでオープンに行われるのはかなり珍しい。職員の方にその意図を聞くと、「参加する若手職員らが将来責任ある立場になったとき、外部と連携しながら取り組みを進めていくことに対する抵抗感をなくすために、今のうちからあえてこのような場を用意している」と話してくれた。
ディスカッションの内容もユニークな話で溢れていた。あるグループは仮想通貨を活用したトークンエコノミーによる人材育成プラットフォームの構築について話し合い、別のグループは神山町に本を読む文化を創るための新たな図書館づくりとして、泊まれる図書館や温泉図書館などユニークなアイデアを出し合っていた。
徳島県としては、このまま何もしなければいずれにせよ過疎化によって消滅するという危機感があるからこそ、過去の前例に囚われず、分野や立場を超えて本気で取り組んでいるのだという。
編集後記
すでに多様なメディアで取り上げられ、国内外を問わず多くの視察を受け入れている神山町。私たちが訪問した1日で学べることは限られているが、メディアで知って想像していた神山町と実際に行ってみて感じたことは違った。
グリーンバレー、県職員、えんがわオフィスの人も、神山町が注目されていることはそれとして受け止めつつ、神山町が直面している問題をきちんと見つめ、淡々と自分たちのやることをやり、「神山町ブランド」を特別視しすぎることなく生活しているように感じた。
これだけ有名になっても、人口は年々着実に減少している。それでも、これまで外国人や移住者など外の力をうまく取り入れながら成長してきた神山町が、今後どういった面白いプロジェクトで私たちを驚かせてくれるのか楽しみだ。