タイの首都バンコクで外国人に人気のレストランのひとつが、キャべジズ&コンドームズレストラン(Cabbages & Condoms Restaurant)だ。
そのユニークで衝撃的な名前に驚くかもしれないが、家族計画を通して貧困撲滅を目指す”Population and Community Development Association(人口と地域開発協会)”(以下、PDA)というタイのNGOが運営している。
キャべジズ&コンドームズレストランは、タイの老舗ソーシャルビジネス(社会的企業)としても有名である。そこで今回、バンコク中心地にあるレストランで働くティタイヤ氏(Ms.Tittaya)とPDA本部職員のフランク氏(Ph.D Frank)にレストランのビジネスモデルやタイの性教育についてお話を聞いて来た。
レストランの中はどんな感じ?
1986年にオープンしたキャべジズ&コンドームズレストラン。お店の至るところにコンドームで飾り付けされたマスコットや照明が飾ってある。また壁には世界中のコンドームやPDAの取り組みについてのパネルも展示してあり、食事をしながら家族計画や性教育について学ぶことができる。
毎日マーケットに行って野菜を買い家で料理するのと同じくらい、家族計画は簡単でシンプルなことだ。それを知ってもらいたいとの思いから、西洋でも東洋でもどこでも育ちみんなが知っている野菜であるキャベツを名前に使用した。CabbageとCondomの頭文字Cがマッチし覚えやすいネーミングでもある。
もちろんレストランとしてタイ料理を堪能することができ、とくに外国人や旅行客に人気だ。ブログやレビューサイト、訪れた人の口コミなどによって人気が広まっている。
食事が終わるとお客さんにコンドームを手渡している。自由に持ち帰り用に、出入り口にもコンドームが置いてある。
その直接的な名前とコンドームが置いてあることに対して顧客の反応はどのようなものなのだろうか。
ティタイヤ氏は以下のように語ってくれた。「お客さんの大半はここのコンセプトを知って来てくれています。実際に来てみて、笑っている人が多いですね。でもそれでいいと思っています。真面目にしすぎずユーモアを持って、リラックスした雰囲気の中で、家族計画やエイズについて話してもらいたいからです。そういう意味で『食べる』という毎日の行為に直結するレストランは、ビジネス的にも話す場としても適切ですね」
ティタイヤ氏は続けた。
「タイでは昔、家族計画について話すことは少し恥ずかしいことだと思われていました。そこでPDAでは多様なチャネルを通して情報提供をしています。そのおかげで家族計画についてもっと理解しやすくなっているし、彼らも家族計画はシンプルで実行しやすいと感じています。レストランにはエイズ教育についてのポスターも貼ってあります」
ソーシャルビジネスの優等生。その仕組みとは?
一見すると一風変わったレストランに見えるが、ビジネスモデルは社会的企業そのものだ。キャべジズ&コンドームズレストランの運営費を除いた利益は、貧困削減、エイズ撲滅、マイクロクレジット、安全な水へのアクセスなどの分野で活動するPDAの財源として使われている。
タイ国内に12店舗あるレストラン事業だけではなく、リゾートホテル運営やハンドクラフト商品の販売、工場レンタル、エコツーリズムビジネスも展開している。口コミで広がったレストラン同様、リゾートホテルの集客はブッキングドットコムやエクスペディアなどのホテル予約サイトは使わず、自分たちのウェブサイト上で集客しているため、ほとんどのゲストが彼らの活動を知って予約をしているという。ミーティングルームの貸し出しやランチの提供もできるため、PDAにとってホテル事業は好ましいビジネスのひとつである。
地方でのリゾートホテル事業や旧ファッション工場を地元企業にレンタルするモデルは、地元での雇用創出という点で重要だ。ホテルや工場で地元出身の村人たちが働いており、都市への出稼ぎ人口の削減につながっている。
現在PDA活動費の2/3以上はこれらのビジネスが財源となっている。残りは、コカ・コーラや石油関連企業シェブロン、銀行などの多国籍企業や地元大企業のCSRの一環や、世界銀行や国連などの国際機関や財団、個人からの寄付金や補助金で賄われている。
PDAで十数年働いているフランク氏は、このビジネスの重要性について語ってくれた。
「国際機関や財団など伝統的なドナーが『池』、企業からの支援が『湖(池より大きい)』、自分たちのビジネスが『川』としての機能を持ちます。一時的な寄付金や補助金に頼ると支給満期後にどうするかという問題がありますが、ビジネスできちんとお金の流れがあると持続して活動を続けることができます」
タイの性教育とは?
PDAは、家族計画の促進やエイズ撲滅などを目的として1974年にタイで設立された老舗NGOだ。創設者はタイ副首相も務めたミーチャイ・ウィラワイタヤ氏(Mr. Michai Willa Wataya)。タイの初代社会起業家のひとりである。
1974年、タイのひと家庭の子どもの平均人数は7人で、人口増加率は年間3.3%。当時、人口抑制が国際開発の世界におけるトレンドであり、ミーチャイ氏もピルやコンドームの配給を通して若年層の妊娠・出産を抑制しようと取り組んできた。そのおかげで2015年には、子どもの数は1.66人、人口増加率も0.52%にまで激減した。
また、女性11万人に対して医者が一人しかいなかったため、看護師や助産師、さらには村の小売店主や美容師を医者がきちんとトレーニングしてピルの処方をできるようにした。コンドームに関していえば、今はコンビニやスーパーでも簡単に買うことができる。
1980年代中頃になると、HIVエイズがタイで蔓延しはじめる。セックスツーリズムで多くの観光客が訪れるなか、観光業に悪影響になるのを避けたい政府はエイズに関するメディア報道を規制していた。そんななかミーチャイ氏の働きかけによってエイズ対策への政府予算が一気に50倍にまで増え、学校の先生に向けたトレーニングや大学生が小中学校でエイズ教育をする活動も率先してきた。
現在はコミュニティや民間部門と協力して貧困削減や学校の運営なども行なっている。
編集後記
多くのNGOやNPOが素晴らしいミッションを掲げながらも持続可能な組織運営に苦労するのが常な国際協力の世界。そのなかで、いつ打ち切りになるかわからない補助金や助成金への依存を減らし、自分たちの足でもっと遠くまで力強く歩いていくためにソーシャルビジネスに軸足を移しているキャべジズ&コンドームズレストランは、まさにNGOや社会的企業の手本となるような団体だ。
そして私たち消費者にとっても、食事を楽しみながら社会貢献でき、同時に普段話す機会がなかったり話しにくかったりする家族計画や性教育について考えるきかっけとなる。
これだけ奇抜な店内デコレーションと直接的なネーミングに一瞬たじろくかもしれない。しかし、それが本場タイ料理で味わう強烈なスパイスのような刺激となって、恥ずかしさを通り越しユーモアをもたらしてくれる。旅の思い出のひとつとして、タイ旅行の際にはぜひ訪れてみてはいかがだろうか。
【関連サイト】Cabbages & Condoms Restaurant