アニメやプラネタリウムで社会貢献。カンボジアで活躍する日本人クリエイター「Social Compass」

Browse By

アンコール・ワットで有名なカンボジア。しかし、長年の内戦で大量虐殺が起こり、国内混乱が続いた国でもある。日本政府も政府開発援助(ODA)を通して長年支援してきた。海外やNPO・NGOからの支援などが盛んなカンボジアに対しては、「支援、ボランティアの対象国」というイメージを持っている人も多いだろう。

しかし、これからのカンボジアは、「デザイン、アート、クリエイティブ」の可能性を秘めている。カンボジアで長年、アニメーションを軸に社会課題に取り組んでいるクリエイター集団である一般社団法人Social Compass(ソーシャルコンパス)代表の中村 英誉さんとデザイナーの貝塚 乃梨子さんに、彼らの活動の概要、カンボジアの社会課題やSDGs、デザイン・アートの可能性について話を聞いてきた。

話者プロフィール:中村 英誉(なかむらひでたか)

hidetakanakamura一般社団法人SocialCompass代表。京都造形芸術大学卒業後、イギリスのアニメーションスタジオに勤務。その後日本でアニメーションやiPhoneアプリの制作に携わる。2011年よりカンボジアにて活動を始め、2014年に一般社団法人SocialCompassを設立。

アニメーションでソーシャルビジネスに挑戦

Q: カンボジアに来る前は、イギリスと東京のアニメーションスタジオで働いていた中村さん。なぜその後、カンボジアに来ようと思ったのですか?

学生時代のバックパックでカンボジアに来たとき、屋台のおばちゃんとクレヨンしんちゃんを通してコミュニケーションをすることができました。もともと写真ジャーナリスト志望でしたが、そのときに写真よりもアニメーションが持つ力のほうが大きいと感じました。また、カンボジア人は人もソフトかつシャイで日本人に似ているところがあったり、これから変わろうとする力を感じたこともあり、なんとなく10年後には来てもいいかもと思っていました。

Q: なぜソーシャルビジネスをやろうと思ったのですか?

たまたま話がありカンボジアに来て、遠隔の仕事を始めて3年ほど経ったときに、せっかくカンボジアにいるのだからカンボジアでないとできないことをしたいと考え始めました。カンボジアで仕事をしていると、JICAやNGOのプレゼンスが大きく、実際に接点も多くあります。もともとジャーナリストを目指していたこともあり、デザインやアートを使って社会課題に取り組めないかなと思っていたところ、当時盛り上がり始めたソーシャルビジネスの仕組みを知って感動しました。そこで自分がやっていたキャラクターコンテンツでソーシャルビジネスを始めることにしました。社会貢献活動に関わる貝塚との出会いも大きかったですね。

(左)中村さん、(右)貝塚さん

Q: 仕事のクライアントはどこですか?

日本の官公庁や地方都道府県、財団、カンボジアの官公庁が多いです。例えばJICAがODAを使って渋滞緩和用に道路拡張工事を行います。その予算の中に啓発動画や報告動画が含まれているのですが、自動車教習所で見るビデオのように堅いものが多いです。そこでアニメーションを使ってより面白くするのが僕たちの役割です。

アニメ、プラネタリウム、プロジェクションマッピングまで手がける

Q: どのようなキャラクターを制作しているのですか?

アンコールワットをモチーフにしたワッティーと、プノンペンのシンボルである独立記念塔をイメージしたインディーというキャラクターを制作しました。

人気者のワッティー

啓発イベントや企業のCSRを伝える動画に出演しています。ワッティーのファンも多いので、グッズを作り、日本で開催されるカンボジアフェスティバルやカンボジア国内のおみやげ屋さんでも販売しています。スタディーツアーに参加した学生さんなどが買っています。

ワッティーのグッズ

Q: ほかにはどのような活動をされているのでしょうか?

日本の国際交流基金やNHK、TBS、カンボジアの文化省や情報省と連携して、アニメーションワークショップを開催しています。3歳くらいの子供から大学レベルの学生まで要望に応じて教えています。アニメーションの絵コンテを描いてもらって、それをパソコンアプリを使って動かして、自分たちでアニメーションを作ります。小さい頃からテクノロジーに慣れさせることは大切ですね。

真剣な表情の子供たち

Q: アニメーション以外にはどのような手法を用いていますか?

プロジェクションマッピングも手がけました。プノンペンの川沿いに日本政府が支援して作った地下貯水施設があるのですが、知名度がなく、JICAの方も困っていました。また、排水溝にゴミが溜まると施設が機能しなくなる問題があるため、貯水施設の壁面にアニメーションを映し出し、ゴミのポイ捨てを啓発するプロジェクションマッピングを実施することにしました。

プノンペンの地下貯水槽

子供たちが描いた絵がアニメーションになっている

子供たちの絵が暗い地下ホールに映し出され、洪水の原因やポイ捨ての結果をワッティーとともに学べるアニメーションにしました。その後地下ホールから外に出てワッティーと一緒にゴミ拾いをするイベントです。地下で見た世界観がそのまま現実になっているので、子供たちもスムーズに理解することができます。

Q: プラネタリウムも手がけていらっしゃいますよね。

違う国や田舎の子供たちにも環境について学んでもらうために、プラネタリウムも利用しています。日本のようなきちんとした施設がないので、カンボジアにある材料だけで作ろうと、知人に協力してもらい、プノンペン工科大学の建築学科の学生と一緒に配電菅とゴムホースでドームを制作しました。

カンボジアにある材料のみで作られたプラネタリウムのドーム

このワークショップでは、地球や環境について僕たちが子供たちに教えるのではなく、一緒に考えたいと思っています。リサーチしたところ、カンボジアの田舎の子供たちは地球がなにかわかっていない子が多いんですよね。でも途上国の子供たちの考えている宇宙って、みんな想像できなくて一種の哲学的な部分がありますよね。自分たちの住んでいる世界ってどんな感じなのかを考えながら、プラネタリウムに映し出す絵を描いてもらいました。一種のファシリテーションの道具として、キャラバン的に世界各地でやっていけたらと思っています。

プラネタリウムワークショップの様子

そして、ドームでVRコンテンツを見ることもできます。しかも一人よりみんなで見たほうが楽しいですよね。実はアニメーションを通り越して、子供たちがVRコンテンツを作っていると考えられるのも面白いです。

https://youtu.be/zkshVlAahHA

Q: 反応はいかがですか?

フェイスブックでの反応が良いですね。逆に東南アジアはユーチューブがあまり普及していないので、今後さらに広めていくためにはそこは課題ですね。

Q: 日本でも活動されていますよね?

日本の社会問題はなにかと考えたときに、高齢者社会だと思います。高齢者が生き生きと働いたり、何かを創作したりする機会が少なく、お年寄りから生きがいを奪っている。でも物を作ることは生きがいになりますよね。絵を描いて切って、動かして撮影して、プロジェクターでみんなと一緒に見る。アニメーションはコミュニケーションツールであり、それを通して交流の場が生まれます。将来的には東南アジアの子供たちと日本のお年寄りがアニメーションを教えあってお互いに交流する場を作りたいです。

カンボジアのゴミ問題やSDGsってどうなの?

Q: カンボジアにはどのような環境問題がありますか?

カンボジアのゴミ問題はひどいですね。生まれた時からゴミが目の前にあるので、当たり前で問題として意識していません。食べ物にハエや蚊がたかっても病気をもたらす仕組みをきちんと理解していない。日本だと小さい頃から絵本やテレビの教育番組を通してなんとなく知っていますが、カンボジアの子は本当に知らないんですよね。彼らの母語であるクメール語の子供向けコンテンツが少ないのも一つの理由だと思います。

クメール語字幕のアニメーション

Q: SDGsについてどれくらい認知されているのでしょうか?

カンボジアに関しては日本と同じくらいかなと。東南アジアで一番進んでいると感じるのは、ミャンマーです。大手企業や外資系企業が多いのも理由だと思います。

これまでの経済発展を目指す時代から、今は環境保全や貧困削減など新しいゴールに向かっていますよね。仮想通貨などで新しい価値を誰でも作り出せる時代の、多様な価値観の中の一つがSDGsだと思います。クリエイティビティやブロックチェーンなどを使って、SDGsを一過性ではなく新しい時代のお金的な価値にしていきたいし、政府や企業、学校などがSDGsというバリューを使って、採用や仕事の発注・受注がおこなわれていく時代になると思います。

SDGsのキャラクター

カンボジアのデザイン・アートについて

Q: カンボジアのデザイン・アートって正直どうなんでしょうか?

デザインスクールのレベルが高いシンガポール、デザインやアート、コンテンツ制作が伸びているタイ、オフショアのメッカであるベトナムと比べると、カンボジアでは仕事に直結するようなデザインスクールが少なく、IT教育のレベルもあまり高くありません。

しかし、僕はカンボジアのデザイン・アートは面白いと感じています。1970年から1993年までのカンボジア内戦で知識層が殺されてしまったカンボジアでは、昔はピカソもゴッホもみんな知らなかったんですよね。でもそれが逆に面白いと感じました。なにをしてもパイオニアになれますし、なにをやっても斬新になれる。クリエイター視点で見ると、なにもない国からなにかを作ったほうが面白いなと。

将来のクリエイターが生まれるかもしれない


「カンボジアでデザインを語るならカフェが面白い」と中村さん。例えば、カンボジア人の若手起業家が2009年に創業したブラウン・コーヒー。実際に筆者もカンボジア滞在中に何度か通ったが、落ち着いた店内インテリア、こだわりのあるコーヒー、丁寧な接客など、居心地のいい空間を作り出している。

Brown Coffee

編集後記

小さい頃の習慣は、大人になってもなかなか変えにくい。だからこそ、食品衛生でもゴミ捨てでも、身の回りの生活のルールやマナーについて幼少期の教育は非常に大切である。そこで愛らしいキャラクターのアニメやプラネタリウムで楽しみながら、堅苦しくなりがちな環境や社会問題について学べるのは、子供の教育にとって有効だ。内戦の大量虐殺のせいで、きちんと教育を受けた大人の少ないカンボジアではなおさら効果的だろう。

しかし、ソーシャルコンパスのさらに面白い点は、途上国の子供たちに正しい知識をただ教えるだけではなく、一緒になにかを作ることで子供たち自身に考えてもらう、ファシリテイターとしての役割を担っていることだ。教えられたことが本当に正しいのか、なぜそれをしてはいけないのか、それをするとどうなるのか、すべて自分の頭で考えてはじめて腑に落ち自分のものとなる。そこが、ただのアニメーション制作会社ではない、ソーシャルコンパスの強みだと感じた。

【参照サイト】一般社団法人Social Compass(ソーシャルコンパス)

東南アジア漂流記に関する記事の一覧

FacebookTwitter