ベトナム、ホーチミンで都市型農業(アーバンファーム)を手がけるレストランがあるという。最近、特にアメリカやヨーロッパでは廃棄物削減やフードマイレージゼロの観点から都市型農業を行うレストランが増えているが、気候が1年中暑く、農業に適しているとは決していえない東南アジアに、それがあるというのだから驚きだ。
レストランの名前は「Pizza 4P’s」。経営するのは、元サイバーエージェント勤務の日本人夫妻である。先日、ホーチミンに11店舗目となる新店舗をオープンし、従業員数は1,500名を超える。圧倒的成長で、今ではベトナムに住む誰もが「Pizza 4P’s」の名前を知り、そのピザの美味しさに魅了されている。
「Pizza 4P’sの夢は、単に素晴らしいレストランを作ることではありません。僕たちは、もっと大きなビジョンを持っています。」
そう話すのは、代表の益子陽介氏。今、経済発展が著しいベトナムでビジネスを営む益子氏は、何を考え、何を大切に想うのか。今回は、ホーチミンの2区にオープンした新店舗「Pizza 4P’s Xuan Thuy」に足を運び、代表の益子氏とサステナブルプロジェクトの責任者である永田悠馬氏の2人に話を聞いた。
話者プロフィール:Pizza4P’s Founder&CEO 益子陽介(ますこ ようすけ)
大学卒業後、商社、サイバーエージェントを経て、ベトナム ホーチミンにPizza4P’sを設立。同店を世界から注目を集める人気店へと成長させた。今後、日本を含めた世界中での展開を計画している。2018年、東京ニュービジネス協議会の海外アントレプレナー賞 最優秀賞を受賞。
話者プロフィール:Pizza4P’s Environmental Measures Planner 永田悠馬(ながた ゆうま)
2014年からカンボジアにて有機農業や再エネ関連の仕事に携わったのち、2018年にベトナムへ移住。現在はPizza 4P’sのサステナビリティ担当。
楽しみながらサステナビリティを学ぶ“エデュテインメント”レストラン
Pizza 4P’s新店舗のコンセプトは「Edutainment(エデュテインメント、楽しみながら学ぶ)」。アーバンファームがある同店にエンターテインメント性を加え、体験しながらサステナビリティを学ぶ機会を創出する。
「ベトナムでは、子どもたちがあまりにも自然と乖離(かいり)してしまっていて、土を触る機会がありません。そもそも野菜がどのように育っているか、トマトがどういう風に実っているかすら、わからない子も多いんです。」
自らが2人の幼い子どもを持つ益子氏は、ベトナムに住む子どもたちがあまりにも自然と触れ合う機会がないことを問題視する。Pizza 4P’sでは、エデュテインメントとして子どもたちに苗を植えてもらうアクティビティを行っており、ゲストがサラダをオーダーした際には、通常のダラットにある契約農家の野菜か、店舗で育てている野菜のどちらかを選べるようにしているという。店内で野菜を育てることにより、ゲストに見える形で安全面を伝えることにもつながる。
また、レストランはどうしてもゴミが大量に出てしまう。そこでPizza 4P’sが取り組むのは、食品廃棄物の削減だ。今回の新店舗に導入されたのは、循環型農業「アクアポニックス」。キッチンから出る食品廃棄物をミミズのコンポストで堆肥化し、その堆肥を利用して店内で野菜を育てる。ミミズを導入することにより、一晩で効率よく20キロほどの生ごみを処理することができる。
これらの食品廃棄物を食べて育ったミミズは、レストランの敷地内にある池の魚にエサとして与える。そうしてろ過された魚の糞尿は池から吸い取られ、屋上にある菜園へと運ばれて野菜の養分となる仕組みだ。
そのほかにも、プラスチックストローの廃止、太陽光発電の導入や省エネなどのエネルギー削減も行う。
レストランは人の幸せにコミットするための“手段”
そもそも、代表の益子氏がベトナムでピザ屋を始めたのは、2011年のこと。きっかけとなったのは、自宅の裏庭で仲間たちとピザ窯を手作りし、ピザパーティを開催したことで、友人たちと幸せ溢れる時間を過ごしたという自身の原体験だ。
「ねえ、裏庭にピザ窯を作らない?」
ある日、創業者のガールフレンドは、彼にそう言いました。そうして彼は、彼女の願いが叶うよう、友人を集めてピザ窯を作ることにしたのです。これが、Pizza 4P’sのはじまり。
子どものように泥だらけになりながら、友人たちと6か月かけてピザ窯を手作りしました。ピザ窯が完成すると、ピザパーティーが始まります。友人が友人を呼び、みんなで作るオリジナルのピザの美味しさに感動しました。
ピザの魔法とピザ窯のおかげで人々はつながり、そして笑顔になりました。
「心を豊かにし、世界中に幸せを広めることは、これほど小さいことから始めることができる。」
―Pizza 4P’s HPより
「Make the World Smile “For Peace.”(平和のために世界を笑顔にする)」という壮大なビジョンを掲げ、常に人の幸せにコミットするPizza 4P’s。その上で掲げているのが「“Delivering Wow, Sharing Happiness”.(驚きを届け、幸せをシェアする)」というミッションである。
人の幸せにコミットするために大切なこと。それは、今この瞬間目の前にいる人や生産者さん、食べ物など、自分たちが抱えているものすべてに、感謝できる時間をどれだけ届けることができるかだと、益子氏は話す。そんな幸せを感じる“瞬間”を人々に届けることこそが、Pizza 4P’sの使命だという。
「僕たちは、レストランをメディアだと思っています。ビジネスは、僕たちのビジョンを達成するための“手段”です。」(益子氏)
食材をストーリーとともに届ける「Farm to Table」
美味しいことは、あたりまえ。美味しいことに加えて、安全で健康的であれば人々はもっと笑顔になる。よりたくさんの笑顔を届けるために、食材を「誰が」「どのように」「どんな想い」で作ったのか、ストーリーとともにゲストに伝えたい。そんな想いから生まれたのが、Pizza 4P’sが大切にしているコンセプトのひとつ「Farm to Table」である。
Pizza 4P’sの契約農家は、ベトナムを代表する高原地域Da Lat(ダラット)にある。今となってはオーガニック野菜と自家製チーズを使ったピザが大人気で連日満席だが、最初からすべてが上手くいったわけではなかったと、益子氏は当時の状況を振り返る。
もともとピザの生野菜は100%無農薬にこだわりたい想いがあり、農薬を使わないことはもちろん、その野菜の味が一番美味しく食べられる絶妙なサイズ感で出荷することにもこだわった。レストラン側からすれば、野菜は大きくなりすぎると苦味が出てしまうのだ。
しかし、かつての日本でもそうだったように、経済的にまだ豊かではないベトナムで、農家は「生活」にフォーカスをする必要があり、利益がもっとも大きくなる状態で野菜を出荷したいと生産者側が思うのは当然だった。レストラン側の優先順位と生産者側の優先順位の違いで、同じ考えを持つ契約農家を探すことに苦労したという。
「最初は、送られてきた野菜が8割虫食いで、全然食べられないということもありました。しかし、パートナーを支えるためには当然、買い支えなければいけません。どれだけ長期の視点でやっていけるかがすごく大切で、失敗からも学んでいます。」(益子氏)
そうして試行錯誤した末に辿り着いたのが、ベトナムで活動している日本のJICAプロジェクトから、10年以上かけて指導された農家Thien Sinh Farm(ティエンシンファーム)だ。
ティエンシンファームで育てる野菜は、農薬や殺菌剤、除草剤を一切使用していない。そして持続可能な農業がベトナムで広がり、最終的にリーズナブルな価格で高品質の食材を入手できるようになることを目標としている。
こうして苦労して見つけた契約農家。良好な関係を保つために、ダラットにある農場に頻繁に足を運ぶことはもちろん、農家の人々をお店に招待し、実際に彼らが作った野菜がどう調理され、テーブルに並んでいるのかを実際に見てもらい、喜びを感じてもらっているという。
多店舗展開だからできること「レストランから農業を変えていく」
サステナブルプロジェクトを担当している永田氏はもともと、ベトナムに住む前はカンボジアにある有機農業の会社で野菜の営業として働いていた。当時、Pizza 4P’sで作られたチーズを、代理店としてカンボジアで販売していたことがきっかけで代表の益子氏に誘われ、ベトナムに移り住んだという。
有機農業の会社で働いていた「生産者側」の立場から今、レストランという「消費者側」の立場となった永田氏は、当時感じていた生産者側の立場の弱さについて振り返る。
「生産者側がどんなに頑張っても、あまり大きなインパクトにつながらないと、奮闘していた時期があったんです。」
「生産者側の立場はどうしても弱い。レストランから『もっと安くしてほしい』と買い叩かれてしまうことも多いんですよね。一方で、主導権を持つレストランが社会に与えるインパクトは大きい。多店舗展開しているPizza 4’sで毎日使う食材は、すごい量です。食材をきちんとしたサプライヤーから買うことも、自分たちで野菜を育てることも、大きなインパクトを生み出すことができます。Pizza 4P’sでは、支援したい生産者さんたちを店舗に呼んで、週末に野菜を直売できるマルシェもやっています。」
「レストランシェフの社会的立場は大きくなっていて、シェフが『この野菜いいよね』とか『こういう農法いいよね』と、発信していくのはすごく大切なことなんです。僕がPizza 4P’sでやりたいのは“レストランから農業を変えていく”ことです。長い道のりだとは思いますが、大きな意味があることだと、僕たちは信じています。」
サステナビリティを「クールだね」で終わらせない評価基準
「こうしてさまざまなサステナビリティを進め、ただ『僕たちはサステナブルです』と言うのは簡単です。でもPizza 4P’sでは、ただ『クールだね』で終わらせたくなかったんです。」(永田氏)
永田氏はPizza 4P’s各店舗のサステナビリティを数値化するために、イギリスに本部を置くSRA(サステナブルレストランアソシエーション)という認証団体が行う評価基準の定義を参考にし、きちんとレストランのサステナビリティを評価できる仕組みを独自に作成した。
その評価基準には、食材の調達基準(Sourcing)、環境に負荷をかけないこと(Environment)そしてレストランのお客さんやスタッフ、地域の人々を大切にする(Society)の3つがある。
もちろん、評価項目はベトナム流にアレンジしている。イギリス版の評価では「野菜はオーガニック認証を取っているところから購入する」という項目があるが、ベトナムではまだそうした認証は費用がかかるため、大企業しか取ることができない。Pizza 4P’sでは「小規模でもきちんといいモノを作っている生産者を評価したい」という想いから、認証がついていない生産者のモノも評価できるように項目を変えている。
「こうして評価制度を設けて質問に答えていくことで、現状で何がどのくらいサステナビリティとして評価されているかがわかるので、ネクストアクションにつなげやすいんです。今、スペインにあるレストランAzurmendi(アスルメンディ)がSRAで93%の評価を獲得し、世界で一番サステナブルなレストランだといわれていますが、Pizza 4P’sでもここを目指します。」
「実際、現時点でのスコアは24%と、まだまだ目標からは程遠いのが現実で、これからさらに努力する必要があります。東南アジアでやり遂げるのはハードルが高いことだと重々承知していますが、僕たちがベトナムでの先駆者になることで、東南アジアのレストランでもサステナビリティは実現できることを証明したいんです。」(永田氏)
人財のサステナビリティ。2023年までに目指すのは10ミリオンスマイル
今、社会意識の高い若者は、企業に対してより本質的な変革を求めている。それはベトナムでも例外ではない。若い人材の確保が難しくなる中で、企業として社会問題に取り組むことや、従業員満足度を高めることで従業員の「企業愛」を高めることは必要不可欠であるといえる。
Pizza 4P’sでは、毎月スタッフアンケートを欠かさず取り、全社員の数値を各部署や会社のKPI(企業目標達成度を評価する指標)にしている。不満が出れば、原因を引き出して改善していくことを繰り返す。
昨年の1月まで65%だったという従業員満足度の目標値は86%。多店舗展開しているがゆえの難しさもあり、経営陣のメッセージが各店舗のメンバー隅々まできちんと伝わらず、何度も失敗を繰り返したという。それから1年、試行錯誤を繰り返し、現在の従業員満足度は82%。理想と現実のギャップに悩み続けながらも、少しずつ目標値へ近付けている。
そんな彼らが目指すのが「2023年までに10ミリオンスマイルを達成すること」だ。「顧客数×顧客満足度+毎日の従業員数×従業員満足度×365日」が年間で生み出されるスマイル数だと定義し、昨年度まで1.9ミリオンだったスマイルを日々増やすことに注力している。
「僕たちが徹底しているのは、自分たちはどういった目的で仕事をしているのか、どう社会に貢献できているのかという、従業員一人一人が会社の大きなパーパスの一部であることを伝えることです。」(益子氏)
こうした取り組みの積み重ねが、顧客に提供するサービスのクオリティ向上につながっているのだろう。
一番大切なのは「自分自身の心の在り方」
「まだまだ、これからです。」
サステナビリティに向けてさまざまなアクションを起こしているPizza 4P’sであるが、話の中で益子氏は何度もこの言葉を繰り返す。店内のプラスチック削減に関しても、使い捨ておしぼりやテイクアウトパックの変更はこれから。Pizza 4P’sとして益子氏が目指す理想には、まだ程遠いと語る。
失敗を繰り返し、悩み続けながら、それでも益子氏が試行錯誤し続けるのはなぜか。
「利益を出すことの重要性やビジネスとしての拡大という経済的なインパクトを出す中でも、社会的意義を追求する。そうした『利益』と『社会性』の両方を、同時に達成することを目指しているからこその苦しみだと、認識しているからです。」(益子氏)
「経済的なインパクトを残したい」という想いから、Pizza 4P’sを起業する前は、あえてバブル時にITの世界に飛び込んだ益子氏。ビジネスをするうえで利益と社会性、極端にどちらにも傾かないことはものすごく意識しているという。
その考えは、映像を学んでいた学生時代の経験からきている。当時益子氏は、ある日本人の元でケニアに学校を作るプロジェクトに参加した。そのプロジェクトは、その日本人の自己資金200万円を使って進められていたものだった。その後に、マイクロソフトのビルゲイツ団体でビルゲイツに見せる3分間のムービーを3日で作るプロジェクトに参加した益子氏は、そのプロジェクト動画で20億ほどの寄付がたったの30秒で集まり、ワクチンが配られる光景を目の当たりにした。
「もちろんどちらが良いかは一概には言えませんが、それを見たときに、経済的なインパクトを生み出して世の中を変えていくことが資本主義の世の中で重要だと思ったんです。だからこそ僕たちは、経済的に社会に貢献することも忘れてはいけないと常に思っていますし、同時に子どもに自分の仕事を胸を張って話せる親でいたいとも思うんです。『利益』にも『社会性』にも、どちらにも傾かない、自分としてしっくりくる場所にいたいと、僕は思います。」
そのために「サステナビリティ」はひとつのキーワードでもある。持続可能な地球環境を作ることも、利益を出し続け、持続可能な会社を作ることも大切だ。益子氏は、最後にこう話した。
「Pizza 4P’sが大切にしているのは『自分自身の心の在り方』です。結局、モノやコンディションで人は満たされません。環境よりも、まずは自分自身。一人一人が自分を愛して初めて、目の前の人を愛することができ、幸せにすることができる。そうすると、自然と心に余裕ができて地球環境のことを考えることができるようになります。僕たちに関わる人々の心の在り方にコミットすること。それが、僕たちの最優先事項です。」
編集後記
創業時からエデュテイメントを大切にしている益子氏は、ひとつの島でエネルギーがすべて完結できる「エデュテイメントアイランド」を作ることが夢だという。
「平和のために世界を笑顔にする」。Pizza 4P’sのビジョンを聞いたとき、なんて壮大なんだ、と思った。「ベトナムで有機農業?」「ベトナムでアーバンファーム?」そうPizza 4P’sに驚かされているのは、きっと私だけではないはずだ。8年前に益子氏が「ベトナムでピザ屋をやる」と、周りの人々に話をしたとき「ピザ?ベトナムなのに?」と、どれだけの人が思ったことだろう。
今、裏庭のピザ窯から始まったPizza 4P’sは、世界中の人から愛され、訪れる人を笑顔にするレストランになった。来年には、ベトナムのダラットにチーズ工房とレストランが併設した、農業体験ができる施設をオープンするそうだ。Pizza 4P’sは着実に、「エデュテイメントアイランド」へのステップを進めている。
「まだまだです。」と何度も繰り返す益子氏は「心の在り方を大切にする」というブレない軸を持ちながらも、頭の中では常に、壮大なビジョンを描いている。今後どのようなアクションで、私たちを驚かせてくれるのかとても楽しみだ。
【参照サイト】Pizza 4P’s
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Photo taken by Rei