アムステルダムに本拠を置くサーキュラーエコノミー推進団体「Circle Economy」の前編では、ドーナツ経済学の考えに基づき、環境だけではなく社会的側面にも配慮しながらサーキュラーエコノミーへの移行を進めていく重要性についてCircle EconomyのAnnerieke Doumaさんにお話を伺った。
実際に、EUが2015年に採択したCircular Economy Packageの中でも、EUがサーキュラーエコノミーを推進する目的の一つとして雇用の創出が挙げられている。また、EUが2019年12月に公表した2050年までにカーボンニュートラルを目指す「Green Deal」の中でもサーキュラーエコノミーは柱の一つに据えられており、雇用は重点テーマとなっている。サーキュラーエコノミーは環境負荷を低減しながら持続可能な経済成長を実現するための枠組みとしてだけではなく、新たな雇用創出の機会としても期待されているのだ。
一方で、サーキュラーエコノミーが雇用に及ぼす影響についてはまだあまり日本では多くが語られていない。そこで、IDEAS FOR GOOD 編集部では Circle Economyで雇用・スキルプログラム責任者を務めるJoke Dufourmontさんに、雇用というテーマから見たサーキュラーエコノミーについてお話をお伺いしてきた。
サーキュラーエコノミーが雇用にもたらす影響とは?
Circle Economyでは、サーキュラーエコノミーへの移行を実現するうえでの戦略的な注力分野を定めており、「繊維」「都市・地域」「ファイナンス」「デザイン・ブランド」「雇用・スキル」「建造環境」という6つのプログラムを展開している。そのうちの一つ、「雇用・スキル」の責任者を務めているのがJokeさんだ。
雇用・スキルプログラムでは、サーキュラーエコノミーに関わる仕事を「Circular Jobs」と定義し、労働者や政府、多国籍企業、教育機関や研究機関など様々なステークホルダーと協働しながら、Cirular Jobの創出に必要となる環境やCircular Jobsが社会にもたらす便益を最大化するための分析・調査などに取り組んでいる。
具体的には、政策立案者がサーキュラーエコノミーへの移行が労働市場にもたらすインパクトを定量的にモニタリングできるように「Circular Jobs Monitor」と呼ばれるオンラインツールを開発し、ベルギーでパイロットプロジェクトを展開している。
Circular Jobs Monitorは、特定地域内の仕事のうち何%がサーキュラーエコノミー関連の仕事で、どこにどのような仕事がどれだけあるのかを地図上に可視化できるツールで、雇用創出に関わる政策的な指標や戦略づくりに活用可能となっている。
なお、Circle Economyでは2018年にオランダおよびアムステルダム都市部(AMA)で同様の調査を実施しており、オランダでは全体の仕事のうち8%が、AMAでは11%がサーキュラーエコノミー関連の仕事で占められていると報告している。
これらは非常に先進的な取り組みだが、JokeさんはCircle Economyが「繊維」や「都市・地域」などと同じレイヤーで「雇用・スキル」プログラムを開始した理由について、こう語る。
「サーキュラーエコノミーへの移行により、仕事の質が上がり、より労働市場がインクルーシブになり、より多くの雇用が生まれることが期待されていますが、これらは難易度の高い目標であり、必ずしも自動的に実現されるわけではありません。産業革命では誰もに福祉が行き渡り、より良い暮らしができるようになると信じられていましたが、実際にはそうはなりませんでした。私たちは産業革命と同様のことが起こることを避けたいのです。」
「だからこそ、私たちは本当に初期の段階から雇用政策をサーキュラーエコノミー政策の中に組み込み、サーキュラーエコノミーへの移行が労働市場に対してもよい影響をもたらす形で実現されるようにしたいと考えています。もし日本ではサーキュラーエコノミーへの移行が始まったばかりであれば、それは大きなチャンスです。雇用の側面についてあまり考慮されていないのであれば、意識を高めていくべきです。」
経済の仕組みが変われば、当然ながらそこで求められる仕事やスキルも変わってくる。サーキュラーエコノミーという新たな経済パラダイムへの転換は、新たな雇用機会を生み出すと同時に、これまで存在していた仕事の消失にもつながってしまう。だからこそ、私たちは環境だけではなくその社会的側面にも目を向ける必要があるのだ。
「People、Planet、Profitというサステナビリティのトリプルボトムラインがありますよね。サーキュラーエコノミーはPlanetとProfitを結びつけることはとても長けていますが、Peopleについてはあまり明示的に語られません。だからこそ、私たちはそれを明らかにしたいのです。サーキュラーエコノミーは魔法ではありません。私たちは、People(人々)に対してポジティブな影響をもたらすシステムを創り上げる必要があるのです。」
サーキュラーエコノミーと雇用に関する4つの重点領域
Circle Economyでは、サーキュラーエコノミーへの移行が労働市場に対してポジティブな変化をもたらすことができるよう、4つの重点領域を定めたという。それが「Inclusion(包摂)」「Quality of Work(仕事の質)」「Skills and Knowledge(スキルと知識)」「Technology(テクノロジー)」だ。Jokeさんに、それぞれのポイントについて詳しく伺った。
インクルージョン
「一つ目の重点領域は『インクルージョン』です。私たちは、スキルが低い人やハンディキャップを抱えた人、移民の人々など、社会的に弱い立場にいる人々も含めて全ての人々を、サーキュラーエコノミーにおける労働市場の中に取り入れる必要があります。」
「また、グローバルの経済は驚くほどにつながっていますから、私たちは欧州だけではなくグローバル全体のバリューチェーンについても考える必要があります。もっとも顕著な例が繊維産業です。もし私たちが欧州で循環型の繊維産業を実現したいのであれば、東南アジアのサプライチェーン全体も含めて考える必要があるのです。」
一方で、Jokeさんは、サーキュラーエコノミーへの移行は社会的に弱い立場に置かれていた人々にとってのチャンスにもなりうると話す。
「社会的に弱い立場にある人々に対して雇用を提供することを社会的連帯経済と言いますが、サーキュラーエコノミーにおいて彼らがどのような役割を担うかを考えることはとても重要です。なぜなら、多くの場合、彼らは伝統的に修理やメンテナンス、収集、分別、リサイクルといった仕事に携わっており、それらはサーキュラーエコノミーに深く紐づいているからです。」
サーキュラーエコノミーへの移行により、社会的に弱い立場に置かれていた人々が主に担っていた仕事の重要性が高まり、それらの人々が経済の中心へと躍り出て活躍の幅を広げられる可能性があるのだ。
仕事の質
「二つ目の重点領域は、『仕事の質』です。これは、ILOの掲げる”Decent Jobs(働きがいのある人間らしい仕事)”の話にも関わるものです。私たちは、サーキュラーエコノミーに関わる仕事はいかなる仕事もDecent Jobsであるべきだと主張しています。これは、人々が十分な収入や社会保障、安定した仕事を持つだけではなく、多様な仕事に関わり、仕事に対する満足度が高いということも意味します。また、私たちは健康面や安全面にも気を配る必要があります。」
「また、技術的な進展を考えたときにもう一つの面白いなと感じるのは、プラットフォームエコノミーやギグエコノミーの存在です。まだ法律的な枠組みは十分に整っているとは言えませんが、これらはサーキュラーエコノミーにも非常に強く紐づいており、私たちはギグエコノミーの中で働く人々に対しても社会保障を提供できるように制度を整えていく必要があります。」
サーキュラーエコノミーにおける製品・サービス利用の領域で急速に広がっているのが、シェアリングエコノミーという新たな消費スタイルだ。各自がモノやサービスを資産として保有するのではなく、必要なときに必要な分だけシェアしあうことで、最小限の資源で経済活動を回していくシェアリングエコノミーの仕組みは、サーキュラーエコノミーを実現するうえで非常に重要な役割を担っている。
そのシェアリングエコノミーの主役を担うのが、Uberのドライバーなどに代表される、インターネットなどを通じて単発で仕事を請け負う個人のギグワーカーの存在だ。ギグワーカーのような新たな働き方に対する社会保障が充実し、安定的な雇用環境が実現すれば、より多くの個人がそれらの仕事の担い手となることができ、結果としてサーキュラーエコノミーへの移行が実現しやすくなる。
スキルと知識
「そして三つ目の重点領域は、『スキルと知識』です。サーキュラーエコノミーの領域は拡大していますが、そこでは異なる知識、スキル、コンピテンシーが求められます。だからこそ、私たちは教育システムや職業訓練システムが、サーキュラーエコノミーへの移行に対して遅れをとらないように積極的に準備を進めていく必要があります。例えば、化石燃料業界が縮小するのであれば、どのようにそこで働く人々をリスキル、再教育し、より持続可能なセクターへと配置転換をできるかを考える必要があるのです。」
Circle Economyでは、サーキュラーエコノミーにおいて求められるスキルセットとして「Basic Skills:基礎スキル」「Complex Problem Solving Skills:複雑な問題解決スキル」「Resource Management skills:資源管理スキル」「Social skills:社会的スキル」「Systems skills:システムスキル」「Technical skills:技術的スキル」の6つを挙げている。
また、Circle Economyは、サーキュラーエコノミーへの移行に向けて「Prioritise regenerative resources:再生的資源の優先」「Preserve & extend what’s already made:既製品の保存・延長」「Use waste as a resource:廃棄の資源活用」「Rethink the business model:ビジネスモデルの再考」という4つのコア戦略、そしてそれに「Collaborate to create joint value:共創価値の創造に向けた協働」「Design for the future:未来に向けたデザイン」「Incorporate digital technology:デジタル技術の統合」という3つの実現戦略を加えた7つの戦略を特定しているが、それぞれの戦略において上記に掲げた6つのスキルのうちどのスキルが求められるかについても整理をしている。
例えば「Prioritise regenerative resources:再生的資源の優先」にあたっては Problem-solving、Resource Management、Systems、Technical スキルの4つが求められるといった具合だ。
サーキュラーエコノミーへの移行を加速させるうえで重要となるのはその担い手の育成だが、Circle Economyでは人材育成という観点からも非常に戦略的なロードマップを提示し、行政や企業に対して働きかけを行っているのだ。
テクノロジー
「そして最後の重点領域は『テクノロジー』で、ここはまだ未知の分野となります。『ロボットが仕事を奪うのか?』『それはサーキュラーエコノミーの中でどのように活用できるのか?』『仕事とサーキュラリティ、テクノロジーの間でどのような相互作用が生まれるのか?』など多くの大きな問いがあり、私たちもまだその答えを知りません。テクノロジーがもたらす変化について、現在はとてもナラティブに語られがちなのですが、私たちはそのストーリーを洗練させる必要があります。例えばAI、3Dプリンティング、プラットフォームなど、テクノロジーの種類によってそれが労働市場にもたらすインパクトは大きく異なります。」
サーキュラーエコノミーの実現においてテクノロジーが鍵を握ることは間違いない。生産と消費の距離を近づけるという意味で、モノづくりを民主化する3Dプリンティングの技術は非常に有効だし、サーキュラリティを透明化するという意味でブロックチェーンの技術は欠かせない。また、アムステルダムでは廃棄物とそれを資源として活用したい人をAIでマッチングするプラットフォームを開発するスタートアップなども登場しており、多くの企業や起業家がテクノロジーを軸としてサーキュラーエコノミーの分野で仕事を生み出している。
一方で、それらのテクノロジーによって何が起こり、労働市場がどのように影響を受けるのかについては、いまだ定性的な推測が中心だ。Circle Economyは、テクノロジーがもたらす具体的なインパクトをどのように定量的に把握し、測定するかに取り組んでいる。
※2020年2月現在、同プログラムの重点テーマは Skills, Inclusion, Qualityの3つに絞られ、Technologyは統合されています。
アムステルダムではデザイン、テクノロジー人材の需要が高い
上記でCircle Economyが特定した7つの戦略について説明したように、サーキュラーエコノミーの実現には様々な異なる領域からのアプローチが必要であり、それぞれの領域によっても求められるスキルや知識は異なる。アムステルダムの場合は、現在どのような人材が特に求められているのだろうか? Jokeさんはこう話す。
「サーキュラーエコノミーにおいて求められるスキルは都市部と郊外でも異なります。たとえば広大な土地を必要とする重工業のような仕事は郊外に多いですし、都市部ではより知識集約的な仕事が多くなります。アムステルダムのような都市部では、サーキュラーデザインやテクノロジー、コラボレーションに関わる仕事が集中しています。特にデザインやデジタル技術に対する需要は高く、システム思考や複雑な問題解決スキルが求められています。」
より知識集約の仕事が多いアムステルダムでは、モノづくりの現場に関わるスキルよりも、解体や回収を前提とする製品デザインができるデザイナーや、最先端のテクノロジーを駆使して問題解決に取り組める人材への需要が高まっているようだ。サーキュラーエコノミーと聞くとモノづくりに関わる仕事をイメージしがちだが、実際にはデザインからITにいたるまで、幅広い分野の職種において新たな雇用ニーズが生まれているのだ。
サーキュラーエコノミーと教育現場
サーキュラーエコノミーへの移行が進んでいるアムステルダムでは、雇用市場だけではなく教育の分野でもすでに変化が起こっているのだろうか?最後にJokeさんに訊いてみた。
「アムステルダムではいくつかの学校が活発に活動しています。初等教育段階では、取り組み内容はその学校が保有するリソースに大きく依存します。特に裕福な学校の場合はサステナビリティに関するプログラムに投資できる余裕があり、子どもたちをフィールドワークに連れて行っていますね。」
「初等教育の段階では、より意識向上に関するプログラムが多くなり、どのような働き手を育成するかよりも、どのような消費者・市民を育成するかといった点に重点が置かれていいます。一方、高等教育や大学になると、OJTや実践的な訓練が中心となります。」
学校による違いはあるとはいえ、すでにアムステルダムではサステナビリティが教育課程に取り組まれており、市民として、働き手としてどのように持続可能な社会の構築に貢献できるかについて学ぶ機会が提供されている。
また、Circle Economy自体もサーキュラーエコノミー人材の育成に取り組んでいる。2018年4月には、Amsterdam Fashion Institute(AMFI)、Fashion for Goodと提携し、世界初となるサーキュラーファッション・アントレプレナーシップに特化した修士プログラムを提供することを発表した。こうした人材育成への積極的な投資は、将来大きな差となって現れることだろう。
取材後記
サーキュラーエコノミーと聞くと環境や経済成長に関する話がメインになりがちだが、その移行の中心を担うのは「ひと」である。新たな経済システムを担う人材をどのように育成していくか、そのシステムによって職を失う人々をどのようにインクルーシブに取り込んでいくかなど、「ひと」の側面から議論すべきことは山のようにある。一方で、「ひと」の側面からサーキュラーエコノミーを捉え直すことで、企業にも個人にも多くの新たな機会が生まれていることにお気づき頂けたのではないだろうか。
日本においても人材業界や教育業界など雇用や人材育成に関わるセクターがよりサーキュラーエコノミーという新しい経済モデルに関心を持ち、ビジネスチャンスと捉えて積極的に働きかけを進めていくことを期待したい。
【参照サイト】Circle Economy