【欧州CE特集#15】ドーナツ経済学でつくるサーキュラーシティ。アムステルダム「Circle Economy」前編

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2050年までに100%サーキュラーエコノミーを実現するという野心的な目標を掲げ、世界のサーキュラーエコノミーを牽引しているのが、オランダの首都・アムステルダムだ。今でこそ世界中から視察が途絶えないアムステルダムだが、その旅路の始まりは今から5年前まで遡る。

2015年、アムステルダム市は世界で初めてサーキュラーエコノミーが自治体にもたらす環境・経済的な影響を定量的に把握するための本格的な調査を実施した。同市はその結果に基づいて ”Amsterdam Circular: Learning by doing”と”the Circular Innovation Programme”という2つのプログラムをローンチした。以降3年間で70を超えるサーキュラーエコノミープロジェクトが生み出され、多くの知見が蓄積された。

このアムステルダムの歩みを語るうえで欠かせないのが、同市に本拠を置くサーキュラーエコノミー推進団体、Circle Economyの存在だ。2011年に設立されたCircle Economyは、アムステルダム市とも密接に連携しながら同市のサーキュラーエコノミー戦略を支えてきた。

2018年9月には、アムステルダム市と共同で同市のこれまでの経験と教訓を世界中の都市に共有し、グローバルにおけるサーキュラエコノミーを加速させるためのウェブサイト「Circular Journey of Amsterdam」をローンチしたほか、2019年6月には、2020年から2025年に向けたアムステルダム市のサーキュラーエコノミー戦略「Building blocks for the new strategy Amsterdam Circular 2020-2025」も公表している。

この戦略の中で新たに採用されたのが、英オックスフォード大学の経済学者、Kate Raworth氏が2017年に提唱した「ドーナツ経済学」という概念だ。ドーナツ経済学とは、分かりやすく言えば自然環境を破壊することなく社会的正義(貧困や格差などがない社会)を実現し、全員が豊かに繁栄していくための方法論で、そのビジュアルイメージからドーナツと名付けられた。

サーキュラーエコノミーと聞くと資源の循環や再利用など環境の話をイメージする方も多いかもしれない。しかし、現在アムステルダムではサーキュラーエコノミーが環境面にもたらすインパクトだけではなく、その社会的な側面にも目を向けた議論が活発に行われており、その帰結とも言えるのがドーナツ経済学の考え方を取り入れた2025年までの戦略でもある。

今回IDEAS FOR GOOD編集部では、Circle Economyでグローバルアライアンス・シティ担当ディレクターを務め、ドーナツ経済学の提唱者であるKate Raworth氏と共に「Amsterdam City Doughnut」プログラムの開発にも携わったAnnerieke Doumaさんに、サーキュラーエコノミーの浸透が環境だけではなく社会や雇用に対してどのような変化をもたらすのか、お話をお伺いしてきた。

グローバルのサーキュラーシティネットワークをつくる

今ではアムステルダムが掲げる都市戦略において欠かせない存在となっているCircle Economyだが、その過程において中心的な役割を担ってきたのがAnneriekeさんだ。

「私のサーキュラーエコノミー分野における仕事は教育分野から始まり、その後はサーキュラーホテルとして有名な『QOホテル』の開発に携わりました。そしてオランダがEU議長国(2016年上半期)だった時期に『the Netherlands as a Circular Hotspot』キャンペーンを展開しました。これは、世界、特にEUの中でオランダをサーキュラーエコノミー分野におけるフロントランナーに位置づけるためのキャンペーンで、この取り組みは結果的に大きく成功し、後に他国や他都市にとってのブループリントとなりました。現在までにスコットランドやルクセンブルグ、ベルギー、スペインなど多くのサーキュラーホットスポットが生まれています。」

Circle Economy・Annerieke Doumaさん

「その後、私はCircle Economyのマネジメントチームに加わり、これまで主に自治体との仕事やCircle Economyの大局的な戦略づくりに携わってきました。Circle Economyはアムステルダムのサーキュラーエコノミーを主導する機関の一つです。現在私たちは欧州の15都市以上と協働しており、その他にもアメリカの2都市やカナダのトロントとも協働しています。また、昨年には世界1500都市以上が加盟するグローバルネットワークのICLEI(International Council for Local Environmental Initiatives:国際環境自治体協議会)や、ICLEIのGreen Circular Cities Coalitionとも連携協定を締結し、横浜など日本の都市とも協働しています。私たちの目的は、これらの都市でサーキュラーイノベーションのプロセスを通じてキャパシティビルディングを行うことにあります。」

Anneriekeさんの役割は、アムステルダム市だけではなく世界中の都市と連携しながらサーキュラーシティへの移行に向けたベストプラクティスを共有し、世界全体でイノベーションを加速させることにある。

循環型経済への移行には、環境だけではなく社会的側面も重要

このようにグローバルな都市連携を進め、サーキュラーシティの未来について考えるなかで、Anneriekeさんはサーキュラーエコノミーへの移行には環境や経済だけではなく社会的側面への配慮も同様にとても重要だという点に気づいたという。

「サーキュラーエコノミーによりゼロエミッションやカーボンニュートラル都市を実現するといった目標は、環境面に焦点を絞りすぎています。もし私たちが社会的側面を考慮しなければ、サーキュラリティというコンセプトは意味をなしません。例えば、廃棄物の埋め立てが日常的に行われている都市では、非常に多くのインフォーマルセクターの人々がゴミ山の上で働いています。環境的側面から私たちがよい仕事をすればするほど、彼らの仕事は失われます。だからこそ、私たちは彼らの社会的な移行にも責任を持つべきなのです。廃棄の問題を解決することで、彼らから仕事を奪うことはできません。」

インドネシアの埋め立て地で働く子供たち via Shutterstock

「そのためには、ゴミ山で働く人々がフォーマルな仕事に就労できるように、彼らのリスキルや新たなスキル習得に向けた移行計画が必要となります。そして同様のことはほぼ全ての事例にあてはまります。もし私たちがグラスゴーのような工業都市で自動車工場を閉鎖し、新たな産業へと移行するのであれば、人々をリスキルし、新たな仕事を提供する必要があります。それをしなかったことが、現在アメリカをはじめとする世界中の国々で起こっているように白人労働者階級の怒りを生み、大きな社会問題につながっているのです。」

サーキュラーエコノミーへの移行は新たな雇用を生み出す一方で、従来の経済モデルの中に存在していた雇用を奪うことにもつながる。だからこそ、その影響を受ける人々のことを配慮し、リスキルや新たな雇用機会への提供を通じて人々と共に移行していくことが大事なのだ。

「私たちがサーキュラーエコノミーへの移行に向けてホリスティックなアプローチをとらない限り、この世界に住むすべての人々によい影響をもたらし、繁栄する世界を築くことはできません。」

Circle Economyのオフィス

ドーナツ経済学との出会い

サーキュラーエコノミーへの移行にあたっては、環境面だけではなく社会面への配慮が欠かせない。同様の議論は、世界90以上の都市が気候変動に向けて連携しているグローバルネットワーク、C40(C40 Cities Climate Leadership Group)でも行われていた。C40には「Inclusive Climate Action(インクルーシブな気候変動アクション)」というプログラムがあり、いかに社会的側面に配慮しながら包摂的に気候変動対策を進めていくかという点が議論されていたのだ。この流れが、Anneriekeさんとドーナツ経済学とを結びつけることになる。

「C40では気候変動アクションをインクルーシブにすることに焦点が当てられていました。これは2年前とも大きく異なっていて、気候変動について主張するときは『ゼロウェイスト都市を実現するのは素晴らしい』と言うのではなく、『気候変動アクションに関わる社会的側面に配慮しなければ、それは縦割りのアプローチであって、いずれ異なる社会課題を生み出すことになる』と主張するのが私たちの重要な役割となったのです。」

アムステルダム市内 via Shutterstock

「私たちはこの目的を実現するためのフレームワークを探しており、そこで行き着いたのがドーナツ経済学の概念でした。ドーナツ経済は私たちの目指すサーキュラーエコノミーを説明するうえでとても美しい方法でした。そこで、私たちはKateに連絡をとり、幾度か打ち合わせを重ねた結果、Doughnut Economics Action Labと、Circle Economy、C40との協働が始まりました。C40ではすでに同じ領域で議論がはじまっていましたが、皆が合流したことで素晴らしいプログラムが誕生したのです。それが”Thriving Cities Initiative”です。」

Thriving Cities Initiative。そしてアムステルダムの5年計画へ

C40の”Thriving Cities Initiative”は、ドーナツ経済学の方法論をベースとする都市開発プログラムだ。目的は、ドーナツ経済学の理論と、実際の都市づくりにおける実践を橋渡しすることにある。

「Doughnut Economics Action LabのKateと、Biomimicry 3.8のJanine Benyusの二人のコンセプトが組み合わさり、ドーナツ経済学をベースとする都市向けの方法論が生まれました。ドーナツ経済学は素晴らしい概念であり理論なのですが、実際の移行に向けた実践はいつも難しいものです。私たちはリニア経済システムの中に閉じ込められていますから。そこで、まずはアムステルダム、フィラデルフィア、ポートランドという三都市でパイロットプロジェクトを開始しています。これらは全て異なるタイプの都市ですが、高所得国となります。次のステップでは中所得国、続いて低所得国へと展開予定です。」

この取り組みが始まってから、Circle Economyの本拠地であるアムステルダムでは、ユニークな展開が起こった。アムステルダム市が正式に2020年~2025年に向けたサーキュラーエコノミー戦略の中に、このドーナツ経済学の理論が採用されたのだ。

「私がKateとC40とドーナツ経済学について話していたところ、アムステルダム市が私たちに2020~2025年までの戦略を策定するよう依頼してきたのです。そこで、私が『その戦略をドーナツに基づいて作るのはどうでしょうか?ドーナツには平等や労働、教育といった社会的側面も全て含まれていて、すべてを議論のテーブルに乗せることができます』と言いました。責任も感じましたが、そこで私たちは社会的側面も考慮した5か年の戦略を策定しました。」

アムステルダムでは、初となる都市向けドーナツ(City Doughnut)の作成に向けて「ドーナツモデルと共に現在の目標を見直す」「優先度が高い3つのバリューチェーンのためのホリスティックなサーキュラーエコノミーの方向性を策定する」「サーキュラーエコノミーの方向性とドーナツモデルに基づいて現状の目標を強化する」「知識とともに基礎から方向性を強化、検証する」という4つのプロセスが策定された。そして、それぞれのプロセスにおいて多様なステークホルダーとともにCity Doughnutのモデルを用いたワークショップが開催された。

Anneriekeさんによると、このドーナツに基づく方法論は今年の第一四半期中に公開される予定だという。また、今年の11月にスコットランドのグラスゴーで開催予定のCOP26でも同プログラムを発表予定とのことだ。環境負荷をかけることなく、誰もが貧困や格差から抜け出して豊かに暮らすことができる都市。その具体的な道筋を考えるための方法論となるCity Doughnutが世界中に広がれば、大きなインパクトが生まれることは間違いない。

無限成長を前提とする「GDP」に変わる、新たな指標

ドーナツ経済学の著書の中でも、無限成長を前提とするGDPという指標だけに依存することなく、Thriving Economy を実現するための新たな指標の必要性が説かれている。この点について、Anneriekeさんはどのように考えているのだろうか。

「GDPの先にある指標をどのように測定するか。これはとても核心的な問いです。例えば、ニュージーランドはすでに国家としての成功を図るために複数の指標を導入しています。これは私たちが世界中で議論すべきとても大事なテーマです。なぜなら、これまで国家の成功は基本的に経済的成功によってのみ測られてきたからです。」

「現在の経済は基本的に無限成長を前提としていますが、すでに世界のリーダーは、この成長は終わりつつあるということを理解しています。ブータンがすでに多くの異なる指標を取り入れているように、世界は少しずつ変わってきています。もし私たちがウェルビーイングを測定したり、よりホリスティックな思考をするようになれば、今とは大きく異なる世界になっていることでしょう。」

世界は徐々にGDP偏重の世界から変化しつつあるというのがAnneriekeさんの見方だが、一方で真に循環型の社会をつくり上げるためには、指標だけではなくプラネタリーバウンダリーの中で全ての人々の社会的ニーズを満たせるよう、システムそのものを変える必要があると語る。

「私たちは複数のボードで同時にチェスをプレイする必要があります。私たちはシステム全体の変化について話していますが、もし私たちがシステム全体を変えることができなければ、従来とは異なった方法で成功を測定することもできないからです。そして、システム全体の変革に立ち向かうとき、大事になるのは人々のマインドセットです。」

「その点、若い世代に多くの希望を見ることができます。先日も若者を対象としたウェルビーイングに関するとてもユニークな研究結果があり、『何があなたを幸せにするか?』という質問に対する回答のTOP10のうち、上位7つは全て物質的なものではありませんでした。」

Anneriekeさんが語るように、多くの若者は経済的な成功を追い求めるのではなく、持続可能な暮らしや精神的な豊かさを重視した生き方を実践しはじめている。

アムステルダム市内の公園でくつろぐ人々 via Shutterstock

循環型経済への移行に向けた最も効果的な政策は?

これまでアムステルダム市と密接に協働しながら多くの変化を主導してきたAnneriekeさんに、サーキュラーエコノミーへの移行を進めるうえで最も効果的だと思う政策について訊いてみた。

「サーキュラーエコノミーをメインストリームにするための動機づけの一つとして効果的なのが、課税システムを変えることです。サーキュラーエコノミーにおいては、バージンマテリアルを手放す必要がありますが、これらのバージンマテリアル(新品の材料)は人件費ほど高くは課税されていません。もし私が複数の選択肢から一つだけ政策を選ぶとしたら、課税は最も効果的な手段です。なぜなら、バージンマテリアルへの課税を人材に対する課税よりも高くすれば、企業はより多くの労働者を雇い、地域に雇用を提供するように動機付けられるからです。多くのケースにおいて、バージンマテリアルを使用するコストは、人の手でそれらを改修したりするよりも安くついてしまうのです。課税システムを変えることで、私たちは企業に対してよりバージンマテリアルの使用を少なくし、より多くの人々を雇うように働きかけることができるのです。」

サーキュラーエコノミーへの移行を実現するためには、循環型のビジネスモデルに貢献する選択肢が、その他の選択肢と比較して経済的に合理的である必要がある。しかし、現状では環境負荷の高い選択肢の外部性に対して適切な価格設定がされておらず、結果として企業も市民もより持続可能ではない選択肢へと流れている。この仕組みそのものを変えるというのがAnneriekeさんの考えだ。

取材後記

ただサーキュラーエコノミーへの移行を進めるのではなく、その過程で起こりうる社会的側面への負の影響も考慮しながら、より包摂的かつホリスティックなアプローチを取る必要がある。そのうえで有効なのがドーナツ経済学の概念であり、ドーナツをサーキュラーエコノミー戦略に取り入れることで、真に「Thriving(繁栄する)」社会と経済を築き上げることができる。

Anneriekeさんのお話には、サーキュラーエコノミーへの移行を考えるうえで意識するべき重要な示唆が数多く含まれていた。最近は日本でもサーキュラーエコノミーという言葉を聞く機会が増えているが、その社会的な側面に関する議論はまだまだ少ないのが現状だ。どのようにサーキュラーエコノミーをインクルーシブに実現していくのか。その方法を考えるうえで、アムステルダムに学ぶべき点は多い。

【参照サイト】Circle Economy
【参考書籍】ドーナツ経済学が世界を救う 人類と地球のためのパラダイムシフト
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