ウミとヒトにとって「おいしい漁業」とは?船上で語らう1日に密着【FOOD MADE GOOD #16】

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100年後の海のことについて考えたことはあるだろうか?

当たり前のようにスーパーに並び、何気なく手に取り、何気なく食べている水産物。その背景について考えることは、日常ではあまりないだろう。しかしこれから先、水産物が食べられなくなる日がくるかもしれないという。

そんな悲しい未来にならないよう、海を守る活動をしている3社のコラボイベントが、昨年秋に開催された。「おいしい漁業が続く社会を」をコンセプトに、サステナブルな漁業・養殖業の推進を行う株式会社「UMITO Partners」、持続可能な仕事を目指す生産者さんから仕入れた食材を扱う「The Blind Donkey(ブラインドドンキー)」、東京湾で100年後を見据えた漁業に取り組む「海光物産株式会社」だ。

トークショーは、海光物産が普段漁に使用している漁船の上で行われた。ジリジリとした日差しを浴び、海風や潮の匂いなど全身で感じつつ、海光物産によりその日の朝に水揚げされた瞬〆(しゅんじめ)スズキのパエリアをいただきながら、五感で海の大切さを考えさせられるイベントとなった。

食のあり方や、飲食業界のあり方を変えていくため、より多くの飲食店・レストランがサステナビリティに配慮した運営ができるよう支援している日本サステイナブル・レストラン協会(以下、SRA)による連載シリーズ「FOOD MADE GOOD」。第16回目の今回は、SRAの企業パートナーであるUMITO Partnersが開催した本イベントの中で印象的だったことをお届けする。

スピーカープロフィール

ジェローム・ワーグさんブラインドドンキー 共同代表 ジェローム・ワーグ氏
1959年パリ生まれ。シェフ、アーティスト。オーガニックレストランの草分け的存在であるアリス・ウォータースの「シェ・パニーズ」(米国カリフォルニア州バークレー)で25年間ヘッドシェフを務める。2011年食べられるアートインスタレーション「OPEN harvest」(東京現代美術館)参加のため来日。2016年東京に移住。2017年原川慎一郎氏とともにRichSoil & Co.を立ち上げ、東京・神田にレストラン「ザ・ブラインド・ドンキー」をオープン。2020年徳島県神山町に拠点をつくり自然とのつながりを大切にした活動をスタート。

村上春二さん株式会社 UMITO Partners 代表取締役 村上春二氏
福岡県出身。オーシャン・アウトカムズ(O2)の日本支部長として漁業・養殖漁業改善プロジェクト(FIP/AIP)を日本に初めて導入。株式会社シーフードレガシー取締役副社長/COOを経て「株式会社UMITO Partners」を設立。サステナブルな漁業を目指すFIP/AIPの導入や水産エコラベル認証のコンサルティング、トレーサビリティシステムを含むDX化支援など「100年後も続く漁業と地域を目指した事業の創出と伴走」に尽力する。

岡本 類さん株式会社 UMITO Partners 事業開発・営業部 岡本類氏
ロサンゼルス出身。カリフォルニア州立大学にて海洋生態学の学士取得。モントレーベイ水族館のガイドとして海の生態系、保全保護、サステナブルシーフードに関する啓蒙活動を行う。2016年に来日し、日本初の漁業・養殖改善プロジェクト(FIP・AIP)に携わり、UMITO Partnersでも同様の運営を担う。

大野和彦さん海光物産株式会社 代表取締役社長・株式会社大傳丸 代表取締役兼まき網船団大傳丸船団長 大野和彦氏
大傳丸六代目漁労長。1959年、千葉県船橋市生まれ。明治大学商学部産業経営学科卒業と同時に父が経営する(株)大傳丸に入社。1989年同業の中仙丸と海光物産(株)を設立。スズキの活〆神経抜きを「瞬〆」と命名し、商標登録。2018年調達コードを満たす MEL(マリンエコラベル)ジャパンVer.1を取得。2020年TSSS(東京サステナブルシーフード・シンポジウム)にて、2年連続となるサステナブルシーフード・アワード、コラボレーション部門のチャンピオンアワードを受賞。

魚の本来の価値をとことん引き出す「瞬〆すずき」とは?

イベントではまず、海光物産によるスズキの瞬〆の技術がお披露目された。

瞬〆とは、鮮度を保ち、より魚の旨味を引き出すため、海光物産が独自に開発した魚の〆方だ。『江戸前船橋瞬〆すずき®』は、船橋初となる千葉ブランド水産物に認定された。スズキの旬である5月〜10月に水揚げされるものの中から、色・艶・形・大きさ・活きのよさなどの基準から、スズキを厳選する。

基本的にスズキは、船のいけすで生かして港に運び、エラのつけ根の背骨を切って血を抜く。そうすることで、生臭くならず鮮度も保たれるそうだ。

海光物産によるスズキの瞬〆の技術

次に、尾びれ近くの背骨にエアガンで圧縮空気を送り込み、背骨の中にある白い糸のような神経を一気に押し出す。この処理は、10秒足らずの早業だ。神経を抜くことで、死後硬直するのが遅れるので、鮮度を長く保つことができる。コリコリ・プリプリの食感が長持ちして、更に旨味成分を示すイノシン酸量のピークがくるのが遅くなることで、おいしく食べられる期間も通常より3倍ほど長くなるそうだ。瞬〆は商標登録もされ、海光物産株式会社のみがその使用を許可されている独自の技術だ。この技術で、普通のスズキより1〜2割ほど高値で取引されるという。

海光物産の大野さんは「付加価値付け」が大切だという。

「魚にはそもそも価値がある。それを漁師や、流通業者が引き出せていないことが問題だと思う。海で泳いでいるのが一番いい状態なのだから、その新鮮な状態をなるべく保ちながら最大限価値を引き出してあげるのが自分たちの仕事」

単価が2倍になれば、捕る量は半分で今の経営を維持できるという。

付加価値をつけることで、環境と経済のバランスが取れた漁業を

海光物産では2016年から、日本初の漁業改善プロジェクト(FIP)を開始し、2018年には、水産資源の持続的利用、環境や生態系の保全に配慮した管理を積極的に行っている漁業・養殖の生産者を認証する水産エコラベルである「マリン・エコラベル・ジャパン(MEL)Ver.1」を取得している。

瞬〆

海の資源を枯渇させないように、11月から2月のスズキの産卵期には漁をせず、漁期でも25センチメートル以下の若い魚は海に放ち、自主的に管理をし、年間の漁獲量や餌となる水産資源の推移、漁による海底の環境や生態系への影響のモニタリングなどを行っている。大野さんは、「少なく獲って、うまく儲けるのがよい漁師」という祖父の教えのもと、獲った後も瞬〆など手間をかけて魚に付加価値をつけることで、環境と経済のバランスがとれた漁業に取り組んでいるのだ。

生産現場の方とのコミュニケーションの大切さ

スズキの瞬〆を目の前で見せてもらった後には、ブラインド・ドンキーのジェローム・ワーグシェフによる瞬〆スズキを用いたアウトドアクッキングが行われた。

見たこともないような巨大なパエリア用のフライパンの上で調理が開始され、五感を刺激するライブ感あふれるパエリアが完成した。漁協の荷捌き作業場である船上で、先ほどまでスズキが泳いでいたであろう海を見ながら、照りつける日差しや、潮の香りがする風を感じパエリアを食した。先ほど瞬〆されたスズキは信じられない程ふかふかで、付け合わせのお野菜も全て生命力を感じるものだった。

瞬〆スズキを用いたアウトドアクッキング

瞬〆スズキを用いたアウトドアクッキング

ブラインド・ドンキーでは、極力実際に足を運び、顔を合わせた農家が育てているオーガニック野菜や、環境に配慮している海産物など、持続可能な取り組みをしている生産者から届けられる食材を調理している。瞬〆スズキもレストランで提供されている食材の一つだ。ブラインド・ドンキーは生産者との距離がとても近く、コミュニケーションを大切にしているレストランだ。ジェロームシェフはレストランを始めたときに、「都会にあるレストランで何ができるのだろうか」と考えたという。そこで浮かんだ事は、臨場感のある「自然の味」をレストランで届けたい。特に自然をなかなか感じることのできない都会にいる消費者に伝えていきたいということだったという。

消費者にストーリーを伝えることで、自然とのコネクションを強くする

ジェロームシェフは、自然が悲鳴をあげている今、私たちの消費活動を見直していく必要があると感じているという。もちろん豊洲にいけば、新鮮なものやいい食材を沢山買うことができる。しかし、その食材をどこで入手したのか、どんな人が育てたのかストーリーまで知ることはできない。ただ、新鮮ないい食材を買っただけであると。

「自然との距離を縮めるために、レストランとして出来ることは何か?」という答えが、「生産現場のストーリーを伝えていくこと」だったという。「漁師さんの日常や背景、その魚が獲れたその風景や景色も料理に乗せて届けることで、人々はその風景や景色、そして日本への繋がりを感じることができるからだ」と。そうすることで、薄れてしまっている人々と自然の営みとのコネクションを強くしていきたいというジェロームシェフの深い想いが込められているのだ。

パエリア

消費者として、海への社会貢献を進めるには?

大野さんが海光物産として、海を守る取り組みを始めてから6年半が経つという。大きく声を上げていうようになったのは、お孫さんの存在だったという。「この子が大きくなったとき、さらにその子どもが生まれたとき、豊かな水産資源を残してあげないと、祖父として顔向けができない」と思ったそうだ。

「海のサステナブル」というと、とても壮大なことに感じ、消費者である私たちができることがあるのだろうかと疑問に思う人もいるだろう。しかし大野さんは、私たち消費者にも出来ることがあると続ける。

それは、「自分ごととして、魚を選んで、消費する」ということだ。安くて新鮮なものは確かに魅力的だが、その安さには裏があるかもしれない。ルールを守って漁獲されたものなのかどうか?ルールを守って流通しているものなのか?一度考えてみてほしい。

「水産物は日本の大切な共有財産であり、みんなの財産。これは、財産を消費する話」だと大野さんは語った。とはいえ、難しいのが選び方だ。

消費者の方に試して欲しい選び方としては、「マリンエコラベルジャパンの魚、MSCの魚など、認証がついているお魚を選ぶ」ということだ。

株式会社 UMITO Partnersのコーポレートパートナーである日本サステイナブル・レストラン協会(SRA-J)は、フードシステムの課題解決に取り組み、食の持続可能性を推進している。SRA-Jが用意しているサステナビリティのフレームワークの中でも「水産資源や生態系の保全に配慮した魚介類の使用を推進しており、そうすることで魚の資源と海洋環境の未来を確実にすると紹介している。

私たち消費者は、「選択すること、消費することで社会貢献になる」という意識を持って行動することが大切なのだ。

集合写真

編集後記

ウミとヒトにとって「おいしい漁業」とは何か?をテーマに語られた今回のイベント。今朝水揚げされたスズキが目の前で瞬〆され、その瞬〆スズキがシェフにより調理されていく姿を見ながら、何かの犠牲があるからこそ、私たちは生かされているんだなとヒシヒシと感じさせられた。普通に生活していると、なかなか感じることがない「生と死」を目の当たりにした時間だった。サステナブルな漁業を目指して奮闘する漁業者と、生産者主体の活動を応援する料理人の想いがのった、あのパエリアの味は一生忘れない。

日々、海と真剣に向き合い、変化を見てきている漁師さんだからこそ、今の危機的な海の状況は嫌というほど感じるのだろう。

「自然のリズムに合わせた消費」「獲り過ぎないように工夫する漁業」「付加価値をつけていく大切さ」「そして消費者と生産者をつなぐ伝道者としてのシェフの在り方」ウミとヒトが豊かな社会の実現に向け、それぞれの立場で奮闘している姿は、未来に明るい光を灯している様に感じた。

【参照サイト】【talk session 】漁師×料理人 私たちが海のサステナビリティのためにできることとは?
【参照サイト】UMITO Partners
【参照サイト】マリンエコラベルジャパン

Edited by Erika Tomiyama

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