気候変動により、地球の温度はますます上昇しています。国連によると、1800年代に比べて地球の気温は1.1度上昇しているといいます(※1)。このまま気温上昇が続けば、人類は自然災害や紛争、食料不足などさらなるリスクにさらされるでしょう。
気候危機は環境だけでなく、社会や政治、世界システムなど複雑に絡み合って私たちの前に立ち塞がっています。
私たちは、複雑な問題が組み合わさっているこの気候危機に対して、どう向き合っていけばいいのでしょうか。ますます進行の一途をたどっている気候変動を抑えていくためには、これまで以上の大胆な改革が必要だ──そんな想いから、IDEAS FOR GOODと株式会社メンバーズが始めた共創プロジェクトが「Climate Creative(クライメイト・クリエイティブ)」です。
Climate Creative企画第1回目のイベント「ワクワクが未来を変える。気候危機にクリエイティブに立ち向かうアイデア最前線」に引き続き、第2回目の今回は「CO2排出とコミュニケーション」をテーマに「CO2排出量表示は消費行動をどう変える? ーデータを活用したナッジとコミュニケーションデザインー」と題したイベントを開催しました。
今回のイベントでモデレーターを務めた倉地栄子さんは、「クリエイティブ」とは単にアートやテクノロジーを指しているわけではなく、ビジネスやコミュニケーションの方法など物事の変革を起こせるものだと言います。本記事では、そのイベントの様子をレポートします。
スピーカープロフィール
鶴田 祥一郎さん(一般社団法人サステナブル経営推進機構 コンサルティング事業部長/武蔵野大学兼任講師)
2007年社団法人産業環境管理協会に入社。ISO14001の審査員評価登録制度、ISOに準拠したエコリーフ(EPD)やカーボンフットプリント制度の構築・運用、LCAのコンサルティング業務に従事。2015~2016年度に環境省地球温暖化対策課に出向し、技術開発実証業務等に従事。2019年に一般社団法人サステナブル経営推進機構の設立により、転籍。現職ではLCAを中心としたコンサルティング業務に従事。
倉地 栄子さん(株式会社メンバーズ)
カナダ政府局(NPO)で難民・移民保護支援活動を経て、メンバーズに入社。Web運用、構築、設計、改善など幅広く従事。 現在は、社会課題解決型のマーケティングやコミュニケーションのプロジェクトを推進。 関心テーマは気候変動・森林と農業・地方創生。趣味は、スノーボード、サーフィン、畑など自然と戯れる遊びが好き。
我有 才怜さん(株式会社メンバーズ)
2017年にメンバーズ新卒入社。社会課題解決型マーケティングを推進するほか、幸福度ランキング上位国デンマークのデザインコンサル会社Bespokeとともに「Futures Design」というメソッドの日本展開に従事。また、社内のクリエイターとともにサステナブルWebデザインLab.を運営。気候変動への危機感や市民運動への興味から国際環境NGOでも活動中。
伊藤恵(ハーチ株式会社)
ハーチ欧州英国支部。一橋大学社会学研究科修了。現在はIDEAS FOR GOODでの執筆・編集ほか、Business Design Labでは展示・リサーチ・イベントなどの案件に取り組む。ハーチ欧州ではリサーチ・イベントなどのプロジェクトを推進。
購買行動と気候変動対策
イベントでは、まず株式会社メンバーズの我有才怜さんから話がありました。我有さんは「私たちの日々の選択と気候変動対策はさまざまなところでつながっている」と言います。
毎日使う日用品の選択、今日の食事メニューの選択、職場まで行く交通手段の選択……。私たちは毎日いろいろなことを選択しています。自分の行動を選ぶときに「環境負荷が少ないものを選ぶ」という選択肢が生まれるためには、どんなクリエイティブの力が必要かを考えていきたいと話しました。
実際のところ、生活者は毎日の意思決定の中で気候変動対策も基準のひとつにしているのでしょうか。我有さんは、メンバーズが毎年行っているという「生活者意識調査」の結果をシェア。
2022年に行った調査によると、「気候変動問題に配慮した商品を選びたい」と回答した人は72%に上ることがわかりました。我有さんによると、年々この傾向は強くなっていると言います。
一方で、「過去半年以内に気候変動問題に配慮した商品を買った」と回答した人は27%にとどまることも判明。多少金額が高くても環境に配慮した商品を買いたいと思っている人は増えているものの、実際の行動とはギャップが生じていたのです。
さらに、一度気候変動問題に配慮した商品を買った人に対し、「また買いたいと思うか」と尋ねたところ、96%の人がまた買いたいと思っていることがわかりました。
では、環境に配慮した商品を買いたいと思っているのに購入まで至らなかった理由は何でしょうか。
メンバーズがその理由を尋ねたところ、「どの商品が配慮されているかわかりにくかった」「どのように配慮されているか不明瞭だった」などのコミュニケーション上の問題が金額よりも上位だったことが明らかになったのです。
購入までにはいかないものの、環境に配慮された商品を購入したいと思っている人がいる一方で、日本人全体の気候変動対策に関する見方はネガティブな傾向にあるというデータも我有さんから示されました。
2015年に行われた世界市民会議「気候変動とエネルギー」の中で「あなたにとって気候変動対策とはどのようなものか」という問いが上がりました。これに対して、世界平均では66%の人が「生活の質を高めるものだ」と回答した一方で、日本ではわずか17%。逆に、「気候変動対策は、生活を脅かすものだ」と回答した人が過半数を占めたことが明らかになったのです。
以上の「生活者意識調査」の結果を受けて、我有さんは「企業から生活者へ、もっと納得感のある情報開示やコミュニケーションが必要なのではないでしょうか。この部分は企業側が工夫できるところがありそうだなと思います」と話しました。
欧州のクリエイティブなコミュニケーションの事例
企業から生活者への納得感のあるコミュニケーションには、どんな方法があるでしょうか。
ここでは、ハーチ欧州・イギリス在住者である伊藤さんから、企業と生活者のコミュニケーションの事例がシェアされました。たとえば、こちらの容器にある足のマーク。これはカーボントラスト社という機関が発行しているラベルで、これが貼られた製品をつくっている会社はきちんとCO2を計測していて、それを減らす努力もしていることを示しているのだそうです。
続いてこちらは、OATLYというスウェーデンの会社が製造しているミルク。ラベルを見ると、一目で各プロダクトがどれくらいCO2を排出しているかがわかるようになっています。
また、認証以外にもクリエイティブなコミュニケーションの例があると言います。
たとえば、イギリスでは野菜や果物に賞味期限の記載がなくなってきているのだそう。その代わり、消費者が状態を見たり匂いを嗅いだりして、その食品が食べられるかどうかを判断していきます。賞味期限が記載されなくなったことで、冷蔵庫にあるものを気にしたり小まめに状態を確認したりするようになったと言います。
「イギリスではカーボンラベリングをよく見かけますが、どう活用すればいいかはまだ悩んでいる気がする」。伊藤さんは、イギリスで生活をする中でそう感じたと言います。カーボンラベルは、植物性のミルクやヴィーガン製品などの環境問題に関心のある層向けに、商品の魅力を伝えるために使われていることが多いとのこと。逆に、CO2を多く排出している商品にはつけられていないため、比較には使えないのだそうです。
「ヨーロッパに住んでいると、自分もCO2を削減するために何かしたいと思ったときに、手軽に実践できる環境にあります。こういった環境にいると、自分も地球に負荷をかけない活動の一端を担えているのかなと嬉しい気持ちになります」
環境ラベルで人を動かせるのか?
イベントの第二部では、一般社団法人サステナブル経営推進機構SuMPOの鶴田祥一郎さんから、「CO2排出量表示は、購買行動をどのように変えていけるのか」というテーマでお話がありました。
日本でも、環境に配慮した製品は企業がマーケットに出しているものの、消費者への認知が追いついておらず、普及できていないのが実情。SuMPOは、消費者が環境に配慮した製品を認知し、そうした製品をもっと選択するようになれば、「カーボンニュートラル社会」の実現がより早く到来すると仮説を立てているといいます。
ではどうすれば、消費者がより環境に配慮した製品を購入するようになるのでしょうか?
これを探るべく、SuMPOは筑波大学と東洋大学の協力も得ながら、楽天の「Pasha」というクーポンを取得するアプリを用いた実証実験を実施。消費者にCO2の排出量やCO2の削減量をカーボンラベルで提示することで、商品購入に利用できるクーポンの選択にどんな違いが出てくるかを調査しました。
クーポンで購入できる商品は、トイレットペーパー、牛乳、洗濯洗剤、ビールの4つ。どんなパターンのラベルが有効かを調べるために、ラベルのデザインも複数準備したそうです。
実証実験では、まず対象者をおよそ2000人ずつ3グループに分けて、それぞれ地球温暖化に関する同じ情報を提供。次に、1つ目のグループには「多くの人が『消費者一人ひとりが気候変動対策に取り組むべきだ』と思っている」という社会規範型のメッセージを流しました。一方、2つ目のグループには「今回の気候変動対策の対象となっている商品を実際に購入すれば、抽選でポイントをもらえる」というインセンティブ型のメッセージを伝えました。3つ目のグループは、特に追加した情報は流しませんでした。
以上のような実証実験の結果、約7割の人がカーボンラベルに反応したことが判明。特に、画像のCとFのような、CO2の削減量を示すラベルに高い反応が見られたとのこと。また、何も気候変動対策へのメッセージを付け加えなかったグループより、メッセージを流したグループの方が、より反応があったことも明らかになりました。
この結果を受けて、鶴田さんは「CO2の削減量を示す環境ラベルによって、消費者の行動が変わることが示されたのです」とまとめました。
最後に
イベントの後半では、鶴田さんからクイズが出題されました。
「iphoneを4年間使ったら、チーズバーガーいくつ分のCO2排出量になるでしょうか?」
答えはチーズバーガー約20個分だそうです。iphoneは素材の多くが再生可能な材料でできており、製品の消費エネルギーも比較的少ないのだそうです(※2)。
このように、実は身近なものにも環境に配慮した製品はあるけれど、そのメッセージが消費者に伝わり切れていないのが現状です。
消費者が環境負荷をかけない購買行動を選択するためには、どんなアクションが必要なのか?
今後も、Climate Creativeでは多くの人を巻き込みながら考え、実践していきます!